その気持ちのはじまる話
まだ7月だというのに、気温が三十度を超えた日。
授業を無視して期末試験対策をしたいというのに、何が面白くて「直前抜き打ちテスト」なんてものに付き合わされなければならないのだろう? という皆の苛立ちは、その暑さでさらに加熱していた。
そんな中僕は困っていて、思わず「あー……」なんて声まで小さく漏らしてしまう。
机の上には書き損じたテスト用紙と、消しゴムの入っていない筆箱。
「ねぇ」
後ろから控えめな声が聞こえたのはそんな時だった。
「ん?」
「これ…」
肩の上に置かれたそれは小さな消しゴム。
「使って。私はふたつ持ってるから」
僕は少しだけ後ろを向いて言う。
「ありがとう」
視界の端に黒髪と申し訳なさそうな笑みが見えた。
放課後。
「返すの、帰りでいいから」と彼女に言われたけれど、その小さな消しゴムはまだ僕の手の中にあった。
6時間目の体育で彼女は倒れ、保健室に運ばれたのだと女子が話しているのを聞いた。
まだ7月だというのに、気温が三十度を超えた日。
僕には、保健室にまで返しに行く程の勇気が無かった。
家に帰ると、少し早いお祭りでもあったのか、妹が金魚を貰ってきていた。
傍らの紙には名前の候補がたくさん書かれている。
「お兄ちゃん。名前、何がいいかな?」
「何だっていいよ」
そう答えて二階への階段を上る。
結局、探したけれど僕の消しゴムは部屋にも無かった。
ノートを開いて課題を始める。
「……」
彼女の名前を書いて、消しゴムですぐに消した。




