浦島太郎
長旅から帰ってみると、両親は既に亡くなっていた。
「……おかえり」
「……ああ」
慣れない手つきで両親に線香を上げる。懐かしい匂いが部屋に漂っていく。
「駅に着いた時はすっかり変わってしまったと思っていたけれど、ここは変わらないな」
「兄さんが帰って来ても戸惑わないようにって、母さんがね」
旅立ってからのことを聞く。それら日々のことを想おうとして、想像すら出来ない自分に気付く。
「……でね、今は妻と、ふたりの子供とで暮らしているよ」
子供は学校だけど、妻はもうすぐ帰って来るんじゃないかな。
その言葉に何故か焦りにも似たものを感じ、じゃあそろそろ行くよと口にしてしまう。
「なんでだよ。会っていってくれよ」
「でもな……」と返そうとしたちょうどその時、玄関のドアが開いてひとりの女性が入って来た。
「ただいま……あら? その人は……?」
「言ってただろ? 兄さんだよ」
「え……?」
その女性が見せた表情は、きっと間違っていない。
「初めまして。もう出るところでしたけれど、会えて良かった」
上手く笑顔で言えたつもりだった。けれど、長く離れていたとは言えやはり兄弟なのだろう。帰り際に弟から「ごめん」という言葉が聞こえた。
「兄さんにあんな表情させるつもりじゃなかったんだ」
「ごめん」と言う時の微妙なイントネーションや表情に、懐かしい顔を見た気がした。
「わかってるさ」
昔、そうしたように弟の頭を撫でる。
二十代にしか見えない兄と、今年四十になる弟。
傍から見ればとても変な光景なんだろうと思う。
「じゃあな」
「あ、次は……」
「……だいたい六十年後だな」
もう会うことは無いだろう。けれど笑って言う。
「だから百までボケずに生きろよ」
駅へ向かう道すがら、弟の顔を思い出しながら考える。
ウラシマ効果だなんて言うけれど……。
「……玉手箱なんて無いんだよな」
呟いて見上げた先に、明日から向かう星が瞬いていた。




