○○市営バス北区路線
ああ、うん。
何だこの状況?
……まあ、簡潔に言えば光と共に女の子が出現したということなのだが。
「私は○○市営バス北区路線の精です」
範囲広いなオイ。
そう心の中でツッコミを入れつつも、その名前に無視出来ないものを感じていた。
「いつも有難う御座います」
ぺこりと頭を下げる○○市営バス北区路線の精(以下精霊)。出現の瞬間を見ていたことも相俟ってテンションの上がる俺。
「そりゃもう! 速度と外の景色が紡ぐリズム、道路の舗装具合による適度な揺れ、その他どれを取っても全国路線バス中最高ですから!」
テンション上がりまくりでまくし立てる俺に嬉しそうな顔をした精霊は「そんな貴方に今日は贈り物があるんです」と、懐から名刺サイズのものを取り出す。
「これは……!」
「○○市営バス北区路線公認ファンクラブの会員証です」
俄然テンションの上がる俺。渡された会員証に目を通す。
「……3?」
「ええ、会員番号3番ですけど……お嫌でしたか?」
いや、自分以外にもファンが居たことに驚いてるんですが。むしろ自分独りじゃなかったことにテンションMAXなんですが!
「ふふ。自分で言うのもあれですけど、こう見えて結構ファン居るんですよ?」
これから他のファンにも会員証を配って回るのだとか。なんてファン想いの律義な路線なのだろう。俺、ちょっと涙で前が……。
「それで来週、ファンの集いを予定してるんですけど」
来ますかという問いに二つ返事。俺のテンションは今、一億光年の彼方だ。
* * *
「いやあ、やっぱり違いますね」
「ええ、もうこのグリップ感といい適度な勾配といい、一度走ったらもう他の路線なんて走れませんよ」
あの日から一週間。
ファンの集いにやって来たのは、俺以外全てバスだった。
精霊? 居るよ実体が。足元に。路線ですから。
「いやしかし目のつけどころが違いますね。さすがは3番さんだ!」
「本当。人間にしとくには勿体ないくらいの“○○市営バス北区路線愛”ですね!」
そんな中、俺はバス数十台に絶賛のクラクションを鳴らされていたりする。
「さあ、今日は夜通し走りますよ!」
「3番さんこっちに乗りなよ!」
「いやいや是非ともこちらに! そして○○市営バス北区路線の素晴らしさを語り合いましょうよ!」
何だこの状況?
一瞬そんなことを思いもしたが、正直そんなことはどうでもよかった。
「次の区間で乗るのは……わざわざその区間のためにタイヤ交換してきた6番さんだ!」
『おお……! そこにも気づいているとは……!』
ざわめくバスたち。そしてすぐに通じる言葉。
楽しすぎる! 同じものを好きなもの同士の会話がこんなに楽しいものだったなんて!
楽しくて仕方がないのに、どんどん視界がぼやけてくる。
「ど、どうしかんですか3番さん!?」
そんな自分を気にして声をかけてくれるバスたち。涙が溢れるのを止めることが出来ない。
誰も、理解してくれなかった。バス好きと勘違いされることもあった。
「嬉しくて、嬉しくて……嬉しくて仕方ないんだ!」
あまり心配させるのも悪い。涙を流しながらも笑って、大声を上げた。そんな姿を慈しむように、小さく揺れるバス。
たくさんのことを語らいながら、一晩中走り続けた。
何もかもが幸せだった。
* * *
朝になり、ひとりの老人が静かに息を引き取った。
身寄りも、友達も無い孤独な彼は、けれど幸せそうな顔をしていたと言う。
何度か引越しをしていた彼の、そこに或る法則性があることを誰も知ることは無かった。




