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タッパーから出てきたのは宣言通りの肉じゃが、か。ここでビフテキやら出てくれば社長は諸手を挙げて喜ぶだろうが、おっと、以外にも結構な喜びようじゃないか。
「村長さん、わざわざありがとうございます」
「いやいや、久々の来客者を無下には出来んからなあ」
昼間は、一緒に散々な程になじった記憶があるが。よくもまあ言えるこって。
「ああっ! 美味しいですぅ!」
「うむ、我ながら中々の出来栄えである」
「ババアも食ってんなよ。鍛冶屋で済ましたんじゃないのかよ」
「歩いたら、腹減った」
なんじゃそら。どんだけ燃焼効率悪いんだよ。ロートルでも食欲旺盛ならんだろうが。
「さあ、たーんとお食べ」
「え」
社長の箸が止まった。
「ななな何かへへ変なモノ入って……!」
あー、なんやかんやでまだ警戒してるんだな。
「何を失礼な。ワシ特性スペシャル肉じゃがであるが、デンジャラス要素はこれっぽっちも無いぞ。代わりにデリシャス要素なら、それはもう、これでもかってなぐらい加えておるがな。ほっほっほ」
「たまに入れ歯入っているから気をつけろ」
「入れ歯ちゃうっちゅーねん。もうええ加減にせんか、今日やたらと多いぞ。てんどんも頻繁だと飽きられるぞ」
言うとおり、多かったな、入れ歯。
「じゃあ抜け毛だな」
「ハゲちゃうっちゅーねん!」
どうだ笑ったろ社長。……じっと肉じゃがを凝視か。聞いてなかったか。
「食えよ。怪しいのは認めるが、虫とか入れてないから。ごくごくスタンダードな材料だ。残したら、俺への侮辱にもなる。俺が育てた野菜だからな」
「へえー」
じとーっと見るな。無農薬だオーガニックだ、向けるなら尊敬の眼差しを向けろ。
「食わぬならワシが全部食べる、むしろ食べたい」
「いやいやババアらしく少食で済ませよ」
「うまうま」
さあて、全部食べたな。洗うか、食器。
「さっさと寝て、すくすく豚になれよ」
「去り際に恐ろしい事言わないでよ」
「ワシも食器洗うの手伝おう」
「あ、私も手伝った方が、いい?」
「お客人は休んでくださいな」
「年寄りか」
「年寄りだわぃ!」
ご飯で無かった分、俺一人でも余裕だな。ババアの手すら余分かもしれん。
「これ、ワシ、いるか?」
「あ、それ俺も思った」
ざっと三分ジャスト。あっさり食器が無くなり、台所の用が済んでしまったな。
「もどるか」「もどるか」
社長がいつぞや見せた、と本日ついさっきなのだが、オフモードに入ってるウサギのような震え方をしている。しかも何故正座だ。いや、それはずっと同じか。だがかしこまり方が半端無い。
「どうした、さっきまでのリラックス状態はどこやったんだ。もしかして足が痺れたのか。いいぞ、足崩しても」
「いや……茶道やってるから……その辺は平気だけど……。それよりまた……若返った……よ?」
「あー、ババアが腰伸ばす時のあれか。いい加減慣れろよ、害は無いから」
「台所であれこれするのに、あの姿では厳しいでなぁ。手元見えんどころか、手が届かぬしなぁ」
「そう……」
立ち上がった。
「では失礼します」
「おいおい何処行くんだ、外に泊まる気か。野宿か社長」
「車中泊する。車の中が唯一のテリトリーな気がする」
「まー、俺はそっちの方が断然有難いが……」
村長は腕を上げている。そして親指を立てている。アウトって事か。
「……難だったら村長の家に泊まれば」
「絶対イヤ!」
「色んな意味で安全だぞ。虫、入ってこないし、耐震完璧だし」
「そういう問題じゃなくて、え。村長さん頷いてるけど本当なの、耐震まで完璧なの、てそうじゃなくてぇ! もうこの村、得体が知れなさ過ぎて怖いのぉ!」
「俺は?」
「何も無いじゃん! 唯一何も無いじゃん!」
ひでえ……。さり気に傷つくぞ。
「あるだろ、野菜作ってるとか」
「普通じゃん」
トーン下がったな。
「力持ちとか」
「許容範囲内」
「クワ使うのうまい」
「もう農家じゃん、普通の」
普通って付けないで欲しいよなあ、全く嬉しくない!
「やめとけお前、何言っても無駄だぞ」
村長、その最下位を見下しているドベ2のようなニヤケづら、勝ち誇った気分かこの野郎。肩に手ぇ置くなっつの。
「で、どうする。車中泊するのか。しないのか。最初から女なんて泊めたくなかったしな、とっとと村出て行ってくれたら尚更にいいのだが」
「刺々しい物言いになった……」
ああ、自分でも荒んで来ているのがわかる。
「どうか泊めてください、お願いします」
よし、じゃあ布団出すからとっとと寝てくれ。
「あの……」
ん、ああ。
「空き部屋一つあるから、そっちで寝てくれ」
当たりか。一目で分かる、胸を撫で下ろす、と呼ばれる所作だな。とりあえず、天井に向けて言っておくぞ。
「俺の生きる道、及び、まつわる話に置いて一切恋愛的要素を含める気は無いから、期待しないように」
「……なにそれ」
「なんでもない」
布団はカビてるかもしれんが、そん時はそん時。文句出る要素があれば、向こうから勝手にクレームしてくるだろう。気にする必要も無し。飯も食った、後は寝るだけ……。
「おふろ……は?」
ああー。
「村長の家行かんと無いな。ウチのは明日まで開かない」
「……なによそれ。まぁいいわ、じゃあもう一つ濡れタオル用意してよ、体だけでも拭いておきたいから」
本日、二度目の作業……と。
「ほれ」
「ありがと」
なんだかな。
「アンタも普通じゃないか社長」
で、何を悩むよ、すぐ言葉を返しんよ。
「貴方の「普通」は普通じゃないよねぇ……。あ~今日ほど「普通」が恋しいと思ったことは無いわぁ」
なんだそりゃ。
「まあいいや、おやすみな」
「うん、おやすみ」
ようやくだ。ようやく一日が終われそうだ。