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「おい待て! 逃げるな、お前たち、追え!」
背後から、黒服どもから社長と呼ばれているアレ、の怒声が降ってくる。
「ですが社長、景色がディスコばりに真っ暗で走るには少々危険なので徒歩で追いますが」
「真っ暗って、その掛けてるグラサンのせいだろうが! とっとと外せ! なんだディスコって、時代錯誤甚だしいわ」
「ダメです! 色々外れそうで怖いです! その膝関節とか頭の秘密とか」
「お前は病院に行け、ハゲ込みでな!」
「小学校の頃、先生に廊下は走っちゃダメって言ってたっけ」
「だいじょーぶだ! ここは屋外だ、問題ないから走って追え!」
「あ、バッタだ、捕まえてやる」
「ソレどうでもいいから、捕まえる対象を向こうの男に変えろ!」
全速力で走る意味は無いかもしれんが、逃げよう、意外に社長が世界陸上出るほどのスプリンターという可能性も否定できない、逃げよう。
逃走中でありの、しばらくしてのゼエゼエハアハアの背後振り返り。追ってくる気配ありません。見晴し世過ぎのド田舎農道では、いくら逃げても姿は隠せない。が、こっちからも確認できる。奴ら、スタート位置から動いていない。不動。余裕か、余裕なのか? もう結構遠いぞ、姿見えるっても点だぞ、蟻さんばりの小ささにしか見えないぞ。一番手近な、村長の家にでも入っちゃったら見失うんじゃないか。しかし入ったら入ったで妙な後ろめたさを感じるが、俺、うん悪くない。人んちなんぞそう簡単に泊まれるもんじゃないって事わからせんといかん、気がする。ので、村長の家へ。
がら空きの玄関、引き戸の全開っぷりは見るからに風通し良さそうで。特に何もないかのようにすんなりと上がらせていただく。田舎に相応しいボロ屋っぷり。いや、周り畑に囲まれて、超前衛的な建物あっても困るけど。
「そんちょー、いるかーい」
こりゃ、生存確認の意も含まれてる。見た目、萎びた枯れ木かサラミって感じなほどの風化っぷりだものねえ、あの人……人?
「あ~。なんだ~い?」
居たか。いないほうが珍しいか。魂も現存してたか。
「生きてたぁ~?」直接の生存確認してみる。
「生きとるわ、なめんな」
ちょい怒られたわ。まーそれはよしとして、なんとなく奥の部屋から聞こえるな、台所か。
ではまず手前の居間を確認、誰もいない。よーし居間にでも座らせて頂こう。そしてちゃぶ台中央に置かれているせんべいも頂こう。いつもの市販の、しょう油ダレがさって掛かっているせんべい。
「なんじゃい、晩飯はまだ作っとらんぞ。んあ、まぁたワシのせんべい勝手に食いおってからに!」
出てきた出現した、やっぱ台所が発生源か。
「おいおいそんなに叫んだら、入れ歯とれちゃいますぞ」
「なめんな、ワシのは未だにナチュラルボーンだ」
見せんな見せんな、婆さんの歯茎見ても嬉しかない。歯茎から目へと繋がるラインを手でふさぎ、物理的に遮断せねば。
「手が邪魔じゃ、ほれもっとよー見んしゃい。ついでに麗しきプリップルな歯ぐきも見んしゃい」
さっき口に突っ込んでた指じゃねえか、粘液で溶けてしまう。
「あ~もう充分見たから。気が済んでるから。その歯茎見せようとする変態プレイはやめてくれ」
「ふむ」
手を下げたか。
「わかってくれたなら良かった」
「おぬしがワシの産まれたてエナメル質をなめちゃるでいかんのだぞ」
産まれたて、失われた古代文化遺産の間違いじゃないのか、とこれ言えばマズイ。二の足は踏まない。
気が済み、いつものシワシワな表情を体中で浮かばせてるババア、俺の向かいにて鎮座する。
「で、何しに来たんだ」
「あ~、別になんかしに来たわけじゃないんだ。ちょっと村に変な黒いの四つと社長がやってきててな。怪しいんで逃げた。んで、ここに避難」
「そんぐらい、自分でケリつけんかい」
「いやいや、家に泊めろっつうんで。嫌だし」
「……そりゃ、あんなのかい?」
指さす庭先にさっき見た黒いの。茂みに潜って足を、中途半端に泳げる子どものクロール並にバタ足させている。
「ああそうそうあれあれ……うっわ」
瞬間的にバタ足から足を抱えている形に。ツッタな、ありゃ。上半身は茂みに隠れているので表情を見ることできんが、さぞ地獄の刑罰でも喰らっているかのようでしょう。
「ツッタな」
「ああ、俺も思った」
「おぬしの言うやつら……最初はおぬしの心の1K並みの狭さを呪ったもんだが、勝手に人んちの庭で昆虫探し出すとは。あの図体で少年の心持ってちゃただの変態だな。それはもう、突然歯ぐき見せつけようとするぐらい変態だな」
……何も言わん、言わんよ。
「……いやまて、なぜ昆虫探ししてるとわかる?」
「奴の手元からバッタが三匹逃げた」
バッタぁぁ。つーかよく見えるな婆さん、保護色で芝生と見分けがつかん、わからん。しかし黒服一匹ここに来てるという事は。
「あ~~って事はもう来てるなあ、変態集団」
「わからんぞ、ただ少年の心がココに虫がおるぞと呼びかけただけかもしれん」
「やけにロマンチックっぽいな。厳密に言えばまるで違うけど」
「青春だな」
どこが。……まあ、時間の問題、と。
はーい二枚目食べ終わりました。続きまして、せんべい、三枚目、いっきまーす。
「おーい誰かいるかー!」
なんだコノヤロー。ガンガンガンと叩く音も聞こえる、玄関の引き戸でも叩いてんか。……ああ、社長が来たな。
村長のばあさんは全く動揺もせず、せんべいかじりだしとる。
「……いいのか?」
「何がだ」
「出なくて」
「んあー、くたびれてくたびれて、腰の曲がりっぷりも半端ねえ~~、ワシももう歳じゃのう~~」
「ババアの家だろうが、俺に出させようと促すな。腰曲がってんなら伸ばせ」
「もっと年寄りを労われ」
「アンタは例外だ」
「ほれ、せんべいやるから」
「いや、だから行かねえって」
「じゃあもういいわい、ほっとくわい」
「じゃあ俺もー」
次のせんべい食べるか。甘辛、うまうま。
「いい加減にしろぉ! 玄関までせんべいかじってる音聞こえてんだよ! さっさと返事しろよ!」
「初対面に馴れ馴れしいぞ社長」「あ? よく聞こえんぞ社長?」
「お前らぁ……」
「いやいやババア、聞こえんってのは嘘だろ」
「はいぃ?」
「入れ歯」
「入れ歯ちゃうわ! ババアをなめんなよ小僧!」
「だーかーらてめーらいい加減にしろーーー!!」