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 青年は畑を耕し終えたところです

 ボーっと遠くを見るっつっても地平線なんぞ見えやしない、こっからだとお邪魔な山ばっかりしかない。

 俺はここで生まれ、育ち、なんやかんやあったりなかったりで、今現在もこうして育つ。なんて、とうの昔に成長なんぞ止まっているが。

 もはや役目を終えたクワをかついで、腐った小屋にぶちこむが為に農道を徒歩で移動している。現状確認はこの一行で充分だろう。

「あ~、なんもねえ!」

 ホントなんもねえ! 思ったままの言葉まるごと口に出る、そんぐらいなんもねえ。ナンモネエ。リピートアフタミー、ナンモネエ。

「ナンモネエ。オーイエスオ~イエス! ハッハー!」

 虫になら山ほど居て、存分に聞かれているだろう。だがアイツ等にはこの素晴らしき言語というテクニックを生きる上でのスキルを身に着けていないので、きっと理解はしていない。ああ、心配ない。言語を理解する存在はいない。言い方を変えれば、誰一人いない。

「なんちゅう独り言を言ってんだ……」

 なんてこった。たまらなく、虚しいじゃないか。ここで実は、誰か見ていましたー的な事実があるならば……オウ、顔中からエネルギーが生み出されていく。ヒートしている、ヒートしている。居ないよな、誰もいない、よな?

 360°確認する。いない。よし。せめて声に出すなら鼻歌程度で留めないとな、訳わからん事喋っとったら、リーカチャン電話の主と勘違いされるじゃないか。俺様には幼女なだめる趣味はないのでな。そんなイメージを持たれては至極遺憾である至極、遺憾である。ふん、全くだな、頷こう、うむ。


 さあ、着いたぞクワよ。

 これまで幾多なる障害があった。少し道がぬかるんで歩きにくかったり、倉庫の手前の電信柱根本にいつもの挨拶がわりがごとくに茶色のチューブ状の何かがそっとお上品に置かれていてソイツくっせーのなんの! 後は、後は、後は、あー小石を気付かず蹴っ飛ばしたくらいか。つまづく? この俺が? とんでもないあり得なーい。左右小刻みに顔を揺らして目の前が揺れ、雨も降っていないにも関わらず両手を肩の高さに掲げている。……さあ、誰も見てないな! 

 360°確認する。いない。いないけど、ものすごく遠くの向こうのあの曲がり角から黒い車らしき豆粒が侵入してきているが、それは今起きた事であるので、問題ない。見られてない。俺が空港で飛行機を旗であーだこーだ操る人と間違えられる心配もない。つーかしないか、あーだこーだする人でもしないか。よし笑っとこう。それぐらいなら思いだし笑いというジャンルで許される。

 扉、オシャレに言うとモクゾウドアー、を開ける。はい開けました。中入ります。いいですか、中入りますよ、はい入ったー。

「暗いですねー。そしてかび臭い。褒めるところが見事なまでに何もありませんねー。感服しましたー」

 はいクワ置きます。肥料袋が積まれている隣にクワを置きます。ここは慎重にいかないといけませんねー。倒れてしまいますから。その衝撃でちょっとびっくりしてまた立てかける手間と労力が増え、はい置きました。置いちゃった。問題なくミッションコンプリート。今日の全作業はこれにて終了。

「ハイ皆様ご苦労様でした。今回、頑張ったのはクワさんだけですが、あ、クワマン、あー関係ない関係ない。まあーあれか。自分頑張ったから帰って讃えながら飯食って寝るかな、お、途中にお風呂にも入っちゃおっか……なー……」

 オウ、アウチ。見られていた。恥ずかしい。その何とも村にはミスマッチかつ清潔な真っ黒なお服は多分、多分だけど虫じゃあ着れない。あれだ、人専用の服だ。着たことないがかろうじて見たことある。スーツだ。ただ顔にかけている黒レンズは虫の眼を連想させるが、人だ。そして相手は一人じゃない。目の前に立つのは二人で、更に後ろの黒い車、あれなんて名前の車かなー。カローラ? ああわからん、例えあれがヤーさんがよくお乗りになるクラウンだとしてもカローラでいいやカローラで。そんでその、黒カローラからもう二人産まれてきている。ええそれはもう擬音にすると、ぬう~、と出てきている。

「君はこの村の者か」

 いきなり手前の二人から話しかけられたが、どっちが言い出したか全くわからなかった。この二人せめて背番号つけろよ、区別つかん。

「君は、この村の者かと聞いている」

 若干、怒りが込められているような気が。大人しく答えたほうがよさそうである。

「そうですが」

 くそう、両方とも俺よりデカい。この見上げるスタイルが妙にイラッとくる。

「では君の家に泊めてほしい」

 ではぁ? では、て何だよ。この村に住んでんなら泊めるの当然だろ的流れムンムンに漂ってきてるぞ。

「あのぅ~すいません、今なんと?」

 でも聞き間違いかもしれないし、嫌だし、怖いし、逃げたいので、抜け道探りつつの返答。仕方ないんだ、うむ。腰を低くしたせいで両方とも更にデカく見えるのも仕方ないんだ。

「君の家に社長を泊めてほしいのだ」

「しゃ、社長?」この二人プラス後ろ二人とはまた別か?

「ああ。どうもこの辺には宿が無いようなので、近くの民家に泊めてもらおうと思い、伺っている」

 宿? あれ、近くに民宿あったような気がするぞ。

「あぁ……民宿……あったような……ありませんでしたか?」

「それらしきものは見当たらなかった。調べても見たが、最も近い宿で山を越える必要が出てくる」

 ええ……越えろよ、山。

「あ、あなた方なら山越えるのも容易いのでは……立派なお車に乗られているようですし……」

「君は社長に、一々山越えさせろと」

「え……一日限りでは……」

 と言った声は後ろの車からまた新たに誰か産まれる音で塗りつぶされた。

「どうした、長いぞ。代われ、私が交渉する」

 なんだ見えん。あれか、例の社長か。お、デカいのが引き下がっていくぞ、おお困り顔困り顔。やべっ、ちょっとニヤけた。

「使えん部下を持つと苦労するよ、ははは。単刀直入に言うとしよう、君の家にひと月、いや一週間ほど泊めてはもらえんだろうか。もちろん報酬はきちんとさせてもらうつもりだ」

 あのデカいやつと比べると相当小柄であるけど、さすが社長、オシャレ感が半端ない。黒のスーツという点では後ろのヤツ変わりないが、なんかデザインが、なんだ、ちょい複雑というべきか……ちょっと待て、コイツ。

「す、すいません。ちょっと横に向いてもらえますか」

「うん? なんだ突然。こうでいいか」

 ……はい、確認終了。ああ、やばいな、ああやばい。これはやばい。

「あ、もう結構です、はい」

「ん。で、どうなんだ、泊めてもら――」

「断る!!」

 さあ、脱兎! 月に向かって走れ! 逆方向だけど!

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