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名前で呼ぶってのも、勇気がいるんですよ

「真知子」呼ばれて振り返った

声の主は、マイダーリン? 柏木竜一(34)


待ち合わせ場所は、本社最寄りの駅前モニュメント

「おう、お疲れぃ!」

歯切れのいい気風が 我が物流部 流。

「何が、『おぅ、お疲れぃ!』だ。30になった女の挨拶か?」

紳士淑女の品格を重んじるのが、柏木所属の本社秘書課の流儀

なんでこんな二人が 一緒に居るかは、たぶん 七不思議レベルの謎だけど、

きっと 両想い…なんだと思う…イマイチ 実感はないが。




最近見つけた、隠れ家風 ダイニングバーがある。

山小屋か、港のログハウスに近い、アウトドアめいた素朴な内装が気に入った

インテリアも、使い込まれた年代物の登山道具や釣りセットが さりげなく置かれて

立ち込める息遣いのある生活感に 居心地の良さを感じる。

今回で3回目の店内、互いのお気に入りのカクテルで乾杯した


「柏木さんが、シャンディガフを好きだとは思わなかったなあ」

シャンディガフは、ビールをジンジャーエールで割ったカクテルで、ビールが薄くなってサッパリしたカクテル。ただし、ショウガの炭酸ジュースで割ってる故に、油断すると酔いが回るので 要注意

私も、家でジンジャエールの原液…ジンジャーシロップを冬になると作るから シャンディガフは嫌いじゃない。

一口ちょうだい、と断って 口をつける

「んー、美味しい! ジンジャエールは、ウィルキンソンが一番好きかな」

香辛料が効いた辛口風味が、こみ上げてきて幸せな気分になる。

ふふっと笑うと、柏木さんも 一瞬だけ愛想笑いで付き合ってくれた


「ジュレップって、夏の飲み物だろ?」

一方、私のお気に入りは ミントジュレップ。バーボンベースで、レモンと砂糖、ライムを炭酸で割り、グラスの底へあらかじめ入れておいたミントを潰しながら飲む…という、まるで 酒の入ったスポーツドリンクみたいな清涼感

「柑橘系の甘いのも好きだけど、ハーブっぽい清涼感が好きなんですよ。」

ふふふ、と笑い続ける私を見る目が、下を向きがちだ。

「ど、した?」気になって声をかけると「いや…」と歯切れが悪い。

「どーしたのさ?」出来るだけ、勤めて軽く言うと…


「お前は、現場系の姐さんなのに、俺にはたまに敬語で いまだに『柏木さん』なんだな」

うっ なんか、寂しそうにみえた。そして、胸が痛んだ。

腹わって、膝合わせて話しましょ、のガテン丸だし熱血体育会系職場なのに、彼氏?には、敬語で「竜一」と呼び捨てをしたことが無い


それはつまり。

人との壁を嫌うアタシなのに、アタシ自身が目の前の男と壁を作ってる。


「竜一、ってガラじゃないんだよね、アタシの中で。」

苦し紛れの言い訳で時間を稼ぎながら、いつも通り鋭すぎる指摘に心臓がぎゅーっとする。


ガラじゃない、っていうのは 言葉が違う。

『竜一』と呼び捨てに出来るだけの踏み込んだ彼を知らないだけ。

知る時間はあった、あったけど、踏み込むための気が向かなかった。

とっくに、答えは出ているんだよね。「彼氏?」って云いまわしてる時点で。


「リュウイチ…」

思い切って呼んでみる。ぎこちない音の羅列が 目的もなく彷徨って消える

だめだ、声に気持ちが乗ってない

その前に、恥ずかしくて顔が見れない。

失敗した恥ずかしさもあれば、自分の奥底まで見抜かれてる気まずさもある。

委ねてしまえば、楽なのに。それが出来ない、まだそこまで気を許してない自分がいるから、出来ない。


気がつけば、下を向いて イメージトレーニング。

「リュウイ…チ」

ウチのセンターだったら、誰と似てるだろなー

ストイック加減は、あのリーダーと似てる。

人に干渉されたくないプライドの高さは、あそこのリーダーとも似てる。

歴代の彼氏だったら…? いろんな知り合いだったら? 業者の担当者だったら?

今まで出会った、あらゆる男の人との「似ているところ」が、段々と積み木のように重なっていく。

やっと、おぼろげながら 形になりかけたところで 何かが見えた。


『柏木さん』は、ホントは 一個人の柏木竜一で。


「真知子? 何お前、練習してるの?」

なんか、無理してないか?と 逆に気遣われ始めたけど、今は あと少しだけ時間がほしい。

「ごめんね。

 『柏木さん』を、一個人としての『柏木さん』と見れるまで 時間が足りてなくてさ」

あと、本当に少しできっと言える。

「『柏木さん』は、ホントは『リューイチ』なんだよね。って、頭ではわかってきた所なのよ?」


残り僅かのシャンディガフを片手に「へぇ」と鼻が笑う顔が、『リューイチ』なんだと思う

「そうやって説明が出来るのに、煮え切らないのが、真知子らしいな」

そう、高飛車な目線だけど、ものすごく正確に人を見ている頭の良さが『リューイチ』


ねえ

「もっと、甘い言い方してくれれば、呼べるのに」

「俺が悪いのか? お前なら、俺を分かってると思ってるのに」

人を褒めるのが下手な『リューイチ』

「ドSのチーフ殿に、なんで慣れなアカンねん」「突っ張るなよ。本当は、可愛いくせに」

ほらね、変な褒め方しかできないの。『リューイチ』は。


『柏木さん』は、ホントは 一個人の柏木竜一で。

私の前では『リューイチ』という部分もみせてくれる人


まったくもう、といつの間にか 笑って目を合わせられる自分がいる

「人のこと、言えないでしょ?

 頭の良さに任せて、高飛車にならないでよ。

 伝えたら揉める言葉だけは、誠実に伝えるのに、褒め言葉は素直に言えないんだから。」

カワイイと、分かっているなら 最初から「カワイイ」と言ってほしかった

貴方にとって「カワイイ」=「好き」なら、私も貴方に慣れれたのに。

「…お前と違って、ストレートに言えないんだから、仕方ないだろ。

 頭が良い上に、察しもいい。俺が警戒されるのも分かるが、

 人の目をそらさずに話す度胸がある女なのに 何を躊躇してるのかと思うとね」

本音でぶつかれば、本音を言ってくれる『リューイチ』

「普通の人付き合いはともかく、恋愛になると…」そこで言葉を選んだ「慎重になるのよ、分かって」

そこまで一気に会話して。たどり着いた間になってようやく、最後の一口を飲もうとした。


…が、グラスを持つ手が、彼の手でさえぎられた。「呼べよ、名前で」

呼べるまで、飲ませない。意思を持った目だった

「…」

言葉がおもわず出ないほど、試されてる。そういえば、ここ数分の中で彼を呼んでいるけど、

声には出してなかった。


「リューイチ、ムキに ならないで。大丈夫よ、基本スタンスは、貴方が好きだから」

多少作った顔に声だったかもしれないけど、今の精一杯を込めた

「ただ、ちょっと素直に言えてないだけよ。」


きっと伝わった。ほら、だって その証拠に鼻で笑わないもん。

貴方の「鼻で笑う」は、照れ隠しで、素直にうれしい時は真顔になるのね。

もしかしたら、今は「真顔」に見えるだけで、本当は 細かい違いが毎回あるのかしら?

大丈夫よ、貴方が好きだから ちゃんと 違いを覚えていくわ




さーて、言ってスッキリ。

ちょいと プレッシャー無くなって余裕出てきたぞ。

ハテハテ、グラスを握ってる手をどかすには、どうしてやろうかな


思い立ってニヤリ

「焦って手が出たなんて、なかなか良いわね。嫌いじゃないわ」

どうせ、周りの客なんて 自分のテーブルの談笑に夢中よね

耳元にささやくそぶりを見せながら、「くふふ」頬にキスをした。

触れるだけにしようかと思ったけど、悪ノリして どさくさに一舐め。


掴まれてた手がゆる…む、筈が、ますます力が籠った。

ん? やりすぎたか?

「いい根性してるじゃないか、帰るぞ」そのまま出口方面まで連れて行かれ…



帰宅どころか、リューイチの家に帰宅になってしまったとさ!!

言わずもがなの作戦成功しすぎ。

「あーあ リューちゃん 喜んじゃいましたか」って言ったら、「お前、ホント 生意気だな」って言われて 『寝かせてもらえない夜』になってしまった

34歳になってまで…以下略、ま そんなこの子も嫌いじゃないのよね


大丈夫よ、貴方の事が 好きだから


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