今までのアタシと貴方がいれば、大丈夫
たまたまその場に居合わせただけなのに、出くわしちゃった悲劇って、こういうこと言うんだろうな。
物流センターの現場管理職です、ガテン女子です、アラサーです!番昌真知子です!
いま、本社の廊下で泣きそうです…!
 
「俺、アイツ大っ嫌いなんだよね、使えねーし。責任取りたがらないっつうの?逃げんだよね。
この前も、やり方わかんない、電話してきてさ…自分で考えろって話なんだよ、ボケ!」
たまたま本社に来ていた、たった僅かな時間だったのに。
本社物流部の若手社員が、アタシの事をボロクソに、誰かへ話してる姿を聞いてしまった…
「何かさっきも電話あったけど…俺、出るだけウザいからシカトした。」
電話、出ないなと思った。それって、そういうこと?
アタシ、陰でそこまで言われてるの?
悔しくて? 哀しくて?虚しくて?ごちゃ混ぜの感傷の中、ただただ、涙が出そうで出ない。胃だけが シクシクとキリキリと色んな歪みをたてて泣いている。
アタシって、会社でどういう扱い?
そもそも、電話の書類だって結構レアな申請書。
それに、物流センターが自分で何かをやり始めたのは、ここ数ヶ月での話だから、相談相手に本社物流部を選んで何が悪いの? アタシ、元々 現場なんだよ?仕事でPCさわるのは、数時間だよ?経験浅いんだよ?
まずは黙ってその場を離れた。
このままじゃいられない。女子トイレは嫌だ。地下駐車場の片隅で泣こうか…いや そこは管理人さんが優しいから 恥ずかしい。
さて、どういうする。
屋上?でも、タバコ組とか、逢い引き組とかいるよね。
裏階段?声響くよね。じゃあ 外階段?
  
   
幸い、誰とも会わずに外階段まで来た時だった。冷たい外気にやっと 緊張が解けて涙がようやく出ると思えた頃だった。
「真知子!」
鉄階段の上の階から聞きなれた声がした。ちょっと待ってろ、今行く。と上の階から降りてきたのは。
「リュ、」リュウイチ、と言いかけて「柏木さん」と社内恋愛の彼氏サマの名前を口に出す。
折角、一人になれると思ってたのに。
よりによって、ミスとか失敗を見逃さない彼氏様に見付かるなんて。
「無理しなくていい。理由は知っている。」
リュウイチが指の柔らかいところで、涙を掬う。
あれ、怒ってない?また、「自業自得だ」とか言ったりするんじゃないの??
でも あくまでも優しい仕草で続く会話。
「唐澤だろ?相手。
縁故入社のボンボン、要領が良いから、ひとつ飛び抜けてるが、ただそれだけだ。」
全部…知っているんだ…そうだよね、だって社内恋愛だもん、この人、秘書課勤務だもん。
とっくに…報告上がってるか…
無意識に涙が引いた。まるで、息を飲むように。
「唐澤は、不器用で、要領の悪いヤツとは相性が悪い。」
カラカラの喉が、何も言えぬまま、心の中で(アタシみたいな?)と復唱する。
「利口で、バカな素振りが出来る童顔が好きで…ロリ顔アイドルとかが、丁度タイプだろうな。銀座のホステスだと、笑われて終わるだろうな。」
はっきり言うねえ… 今のアタシ、少しでも、笑えてるかしら…
「無理して泣き止まなくていい。」
本当?黙って泣かせてくれる?
「…外階段で俺を見て、そのまま上がって来るヤツは、まずいない。」
それもそうね。
でも…ごめん…なんか…涙…もう引いちゃった。
貴方相手に、大泣き出来るほど、気持ち切り替えられない。
「お願い…」
スーツの腕へアタシの両手がしがみつく。
「今だけでいい、一緒にいて。」
涙が…やっぱり 出そうで出ない。
泣き方、忘れちゃったのか、
心が凍結したのか…
でも、これだけは分かる。
今は、一人でいたくない。
一人だと、ね?
重くて暗い感情に押し潰されちゃうの。
本社=本社物流部からの評価、みたいに 感じちゃう。
アタシ自身が、とってもとっても、使えない人間みたいに感じて…やるせなくなるの。
それがそのまんまの事実だとしても、せめて、アタシ自身だけでも、「アンタはよくやってる」言い聞かせ続けたい。
だからこそ、この空気に潰されないよう…
「ごめん、一緒にいて。」
柏木さんが…いや、彼氏様が…チラッと 時計を見た。
そうだよね、「ごめん…、やっぱ」大丈夫、と言いかけたその時だった。
 
グッと抱き寄せられて、フッとキスされた。そして、腕の中で矢継ぎ早に言い聞かせられた。
「自分の下の面倒も大して見ないで、他のヤツに当たる時点でガキだ。
…が、変に要領で仕事をこなせるヤツだから、誰も言えずにいる。」
ガキかどうか…そこまで知らないけど、どうせ、いつだって誰も助けてくれなかった。
アタシは、確かに要領よく仕事できないからさ…これからも、あんな罵声に出くわし続けて、言われ続けるんだろうな。
そう、
リュウイチの腕から出ても、きっと誰も助けてくれない空間に帰るだけ。
「ブッ潰しちゃえよ、本社物流部。
それまで、いつでも泣きに来ていい。」
…でも…今のアタシには、涙も出ないし…
それに、
あの要領の良さに、いつも仕事増やされて、良いようにやり込められて。
「もうちょっと…」
色々なトコで、利口だったり、
「可愛かったら…こんなことにならなかったのかな。バカならバカなりに。」
リュウイチが苦笑してる。
「まあ、タイプでも困るけどな?美人よりロリ巨乳らしい。」
要らねー情報だけど、と続けながら、ギュッと抱き寄せてくれる体温が暖かい。
「アタシ、童顔かもしれないけど、巨乳じゃないなあ…」
それでも、こうして立場を理解して抱き寄せてくれる存在は 有難い…こんな、アタシなのに。
こんなアタシなのに?
ホントにアタシって「こんな」だったっけ?
今まで「こんな」程度じゃ 乗り越えられないこと、何度もなかった?
「ねえ?」
ふと、閃いた事があって、リュウイチの腕の中で 顔を上げた。
昔ね、敬愛する上司の「武藤の親父さん」に教えられたの。
『倉庫マンてなァ
モノ、箱、人。全部と上手ェことやって初めて一人前だ。』
でも、きっとどっかで「ふざけんな!アンタ達!」と息巻いてた。本社物流部を。
警戒されて当然、相手はロリコン巨乳好きだもん… きっと バカな振りして持ち上げてくれる相手が大好物なグズ男。
だったら ゴマ摺って すり寄っておけばいい、多分。
昔のアタシだったら、そんな芸当、多分出来ない。でも、今のアタシは、今回で「身の程」を知った。
似合わないけど、素直に少々気弱な声出して「精一杯書いたんですけど、添削してもらって良いですか?」角が取れた様子で、メールしてみよう。
大丈夫。
あんな奴、今まで相手にしてきた作業パートさんたちに何人もいた。
  
今度こそ、リュウイチの腕から離れた。
「多分、大丈夫。」
「多分?」
リュウイチが食い付く。
「絶対じゃないけど、まあ 多分大丈夫。」
「そうか。」
リュウイチは、半信半疑でこっちを見てるけど、でも 今は アタシが歩いてきた「今まで」を信じて歩いてみようと思う。
「ありがとう。
失敗したら、また泣きに来る。」
今まで歩いてきたアタシと、貴方がいれば、きっと…大丈夫。
頭上の流れる風が、唸りながら疾走する様が、景気付けのエールを送ってくれるように聞こえて。
「まだまだ、アタシ、頑張れる。
ありがとね。」
今度こそ、リュウイチから離れてまた並び立った。




