結局いつも…やっぱり大好き
肌寒い朝だったけど、今日は少しあったかい。
「ゆっくり出来る朝は、のんびりしろよ?」
すぐの耳元で、彼氏さま リュウイチの眠そうな声がする。体温を分けあって眠った夜は、なかなか心地好かった。
物流センターのガテン管理職 蕃昌真知子です、おはようさまです。
仕事もしますけど、恋もしてますよのアラサーです。
アラサーの朝は、嘘のように身体が重いけど、今朝は朝イチ本社…しかも 10:30集合。ふふ、ゆっくり出来る…そして、研修中 寝てやるんだー どうせシステム室の主催だもん。チョロい、チョロい…
…の!はずだったんだけど。
「本日、講師を行うことになりました。秘書課の柏木です。」
「え?」
ほんの数時間前まで同じベッドで眠った彼氏さまこと 本社秘書課チーフの柏木サマが、教壇でマイクとプロジェクターのチェックをしている。
何で、講師役がアンタなの?
研修資料、システム室発信だったよ?しかも、昨日「システム室のチーフがやる」ってアンタ自身が言ってたよね?
てゆーか、アタシ、昨日の夜の寝不足をここで取り返す筈だったんだけど??
理由は、近くの話し声で分かった。
「なんかね、インフルエンザ感染らしいよ。システム室、壊滅だって。」
インフル?
「今回、地方の事業所も呼んでるじゃん?交通費とホテル代経費も掛かってるから、秘書課の柏木チーフが代行することになったんだって。
…今朝いきなり決まったから、柏木チーフの機嫌、ヤバいくらい悪いって総務課が言ってた。」
聞き耳立ててたその場全員が思ったに違いない。
『寝れねーじゃん!!』
会場全体に嫌な汗が流れるのもしかり。仕事中のリュウイチは…時折、いや 結構な確率で冷やかな視線も飛ばす。自分に厳しいから、仕事も完璧にするしね…色々と畏れられてる存在。
恐る恐る見るご尊顔を拝すると…うーわ、今日も一段と怖い顔!
これで眠れる猛者がいるなら 見てみたい。
講義は、淡々と始まった。やはり 誰一人寝るもラクガキをするも、ケータイみるのもいない。
流石リュウイチらしい完璧すぎるプレゼンで、「アダルトサイトなどに仕掛けられたワンクリック詐欺、ウィルス感染の罠」を淀みなく説明するものの、話自体は上手で分かりやすかった。
リュウイチ自身から漂う、凛とした緊張感が怖いからね、絶対寝れないとかもあるけどね、でも、なんか…思ってたんと違ってた。
なんかね、目が離せないの。女子的に。
想像よりも怖くなくて…どこか女子社員には優しいの。席次表を見ながら誰かを指すときも、ふっと浮かぶ微笑が突然そこだけ甘くなる。
スーツの背広、途中で脱いだりするもんだから、なお危険。
捲ったワイシャツから覗く腕が自分より筋肉と骨っぽくて…ギュとされたいなとか、
胸の中が案外広そうで、暖かそうだなとか、
最初に外しちゃった腕時計の手でアレコレされたいなとか、
プレゼンデータが入ってるノートPCを見るキリリとした横顔が、一度でいいから笑って欲しいなとか
具体的に妄想してしまう。
…変態だわ、アタシ。脳内映像がどれも明確過ぎる、昼間から。
そして何か、もやー
リュウイチって、あんなに仕事中 モテ要素振り撒く男だっけ?
ツンケンしてる「ただのエラそう」で「クール気取りの怖い人」だと思ってる社員が、今までは大多数、だったはず。
でも、実は面倒見が良くて、何だかんだで義理堅い一面もある。
それを知ってるのは、アタシとか 物流センターの面々だけが知ってる姿…っていう設定でいて欲しかった。
願わくばずーっと。
まあ今自覚したけど。
リュウイチに怒るのは勿論筋違いなんだけど…でも、何か面白くないっていうか。
これが世間でいう独占欲っての?
今のままで付き合った男の人のなかで、全く感じたことのなかったモヤモヤ。
…参ったなあ。
散々「アンタなんか大っ嫌い」とか言い放ちまくってたけど、こう…立ち回られると…結果が逆じゃん。
あー、ダメだ。
こんなんぼーっとしたアタマで、リン兄他パート社員たちに講習出来ないよ。
集中しなきゃ、集中!
講義終了後に、何とか感想文を書き上げて提出したものの、この講義を物流センターで皆に説明するって…上手くできるかしら?
いやー 危険だ。バックにいれたら最後、絶対忘れる気がする…!!忘れないうちに、DVD流すタイミングとか全体の構成時間とか 書いておかなきゃ!
三色ボールペンをカチャカチャ言わせてると、気がつけば周りには誰もいなくて。
「大丈夫か?」
すぐ隣には、先ほどまでこの会議室で圧倒的な存在感を放っていた秘書課チーフの柏木さま ことリュウイチが立っていた。
このタイミングで隣に立たれると、何を口走るか分からない。それぐらい、どぎまぎしてるアタシがいる。
「分からない事があれば、答えるぞ?」
「…大丈夫、といえば大丈夫… どこが理解できてて、どこが理解出来てないかとか、全体的な把握的には怪しいけど。」
落ち着け~アタシ、いつもを思い出せ~アタシ!
なのに、リュウイチは、不用意に笑顔をホイホイ見せてくる。
「物流センターが忙しいのは知っている。…事務所PCで悪さ出来る環境じゃないだろうから、そんなに力まなくても平気だろう?」
そして、すぐ隣の机に、腰掛けてアタシをみてる。
違うのよ、近い!近すぎる!
そしてその表情、ヤバいって。
今のアタシは、もう一度惚れ直した初々しい状態なの!!必死に平常心を装って会話してるんだから、惑わさないで!!!
「ここぞとリン兄たちが、意地の悪い質問用意して待ってそう…」
困った顔作って、必死に誤魔化してるけど、これ アナタを見ないようにしてるだけですからっ
「遊んでやれよ、連中だって息抜きが必要だ。」
本音で笑った時のリュウイチの破壊力は、分かってる。今の機嫌のよさだと、間違いなくアタシは、作動しなくなる!!
潔く鮮やかに話題を変えた。
「…リュウイチ、今日突然決まったんだってね?」
「ああ…
システム室が全員インフルだと。打ち合わせ資料無かったらアウトだった。」
ふう、と息をついて。「終わったからもういいけど。」ゆっくり首を回しては寛いでる。…ほんと…
「ぶっつけ本番に見えなかったよ?」
聞いてみた。そして、手元の大してアタマに入ってないと思われる資料をバックに入れた。
「場数、踏んでるからだ。」
頭上から降ってくる声に、そっか。役員のトップセールスにいつも同行してるんだもんね、自社の社員相手じゃ緊張すらしないんだ??と思い直す。
そういえば、聞きたかった。
「プレゼン中、なんか…営業スマイルしてたね。初めて見たよ…」
あの時、間違いなく撃ち抜かれた。多分、あの場にいた女子社員全員も。
「俺だって、客先ではそれ用の顔は作る、ちゃんと。」
「社内は怒ってるときが、多いのにね?」
よく言ったアタシ!
「社内は、な…」
ぷい、とアタシに背を向け、壇上へ戻ろうとするリュウイチ。
「片付けてたら飯にするぞ?どうするか考えとけ。」
広くて大きい背中の後ろ姿をみて、改めて思う。ホント…今もドキドキし続けてる。
実際、ホントに大きいんだよね。背が高いから、向かい合うとリュウイチの胸の鎖骨の少し下辺りがアタシの…く、く…
ダメだ、今は前後の妄想が。
よし、手伝おう!
手元を片付けて「台車に積むんでしょ?使い方、分かる?」
総務課から借りてきたんだろう、オモチャみたいな折り畳み式台車を広げて、その上にオリコンを組み立ててリュウイチの脇に並べようとした時だった。
「ああ、助かった。」
急に立ち上がったリュウイチが、真後ろに居たアタシに激突。
「う、うわっ!」
偶然とはいえ、アタシは背中に思いっきり抱きついてる格好になっていた。リップクリームがうっかりワイシャツに付かないよう、それだけは気を付けたけど、割ける気力はそれが限界。
びっ びっくりした…声が出る前に、リュウイチの手のひらが 背中にしがみつくアタシの手のひらに重なる。
「…打ってないか?どこか」
動いてもいいか、訊ねるリュウイチに「も、もう少し待って?」と思わず言ってるアタシがいた。
やっぱり、背中…おっきい。知ってたけど、ワイシャツ、ちゃんと糊が掛かってて肌触りが少し良くないけど…、
そこがまたリュウイチらしくて、安心する。
身動きしないアタシを不思議に思ったのか、頬でも擦ったと思われたらしく、
「冷やすか?」聞かれたけど、そんなんじゃないの。
「カッコ、」
いつもの自分じゃ考えられないくらい小さな声…リュウイチが聞き取ってくれればいい程の弱っちい声だったけど。
「カッコ、良かった。凄く。さっきのプレゼン。」
場違いな返事なのは分かってる。
「それはどうも。」
困惑するリュウイチが、少しぶっきらぼうなのも、ごもっとも。でも。
不意打ちの甘さに当てられて、挙動不審になっちゃったくらい、受け止めてよ。
お願いだから。
黙って受け止めて…
「真知子、そろそろ 不味い。もう少し大丈夫とは思うが、清掃の巡回があるかもしれない。」
言われるまで、抱きついてた。でも、総務課にプレゼン備品と台車を返す直前まで、リュウイチは 紳士的で少し優しかった。
「じゃ、またな」
アタシが ドキドキで溶けちゃったりしたから、お昼は一緒に食べられなかったけど、リュウイチは 裏の従業員出入口まで送ってくれて。
「気を付けろよ、五十日は、どこも運転が荒っぽい。」
すっかりいつもの別れ際挨拶のキスをしてくれた。さりげなく、でも 丁寧に。
アタシ、また…貴方が好きになったんだろうな。
このところ、うっかり「大っ嫌い!」とか言ったりしたけど、やっぱり…大好き。結局いつも…やっぱり大好き。