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困らされるのもまた、一興

朝からアタシは絶句していた。

「番昌さん、宜しく」

「あの… マジっすか?」

「え? 何言ってんの、物流部でしょ?」

いや。そうじゃなくて… 


アタシがアタマを抱えていたにも訳がある。

…なんかねー

社長室のシュレッダーとオフィス複合機を交換するんだって。

聞きつけて「じゃあ、物流センターに下さいよ」とダメ元で言ってみたら、すんなり貰えちゃった迄は良かった。


…だがバット!

来てみれば、色々話が違う。


車も道具も揃えてきた。

積み込みの人手は、男手を貸してくれるで聞いてきたのに。


「え? 本社物流部が手伝うんでしょ?」

引く手あまただったブツを回してくれた総務課、最後の最後で拒否

「え? アレ、信じたの? ここは、物流センターから連れてくるとこじゃないの?」

本社の唯一の身内、本社物流部、裏切った。


マジかーっ!!

我が本拠地 物流センターに電話しようと思ったけど、今頃は入荷対応のピーク。

パート社員の総リーダー リン兄なら二つ返事で何とかしてくれそうだけど、無駄に負担かけたくない。


大体、話が違うなら、出直した方がいいわ

そう思って、帰ろうとしたときだった。


「番昌!」

遠くからアタシを呼ぶ声がする。振り返った先には「手伝ってやる」

社長室の管轄 秘書課のチーフ 柏木竜一

実はアタシの社内恋愛中の彼氏殿だった。



 社内で会うリュウイチといえば、誰に対しても厳しくてそして、自分自身に一番厳しいストイックな男。いつも一貫したその姿は、一目置かれながらも、殆どの社員に恐れられる存在。


 その声に驚いたのは、アタシだけじゃなかった。総務課のオジサンもまた、「柏木チーフ?!」ゆらりと不意に現れたリュウイチに驚いている。

 リュウイチは、本社のエントランスからメイン階段までの道筋を悠々とあるいてきた。

 まるで戦慄の批評が始まる恐怖を予感させる圧力的な存在が迫ってくるように見えた。


 リュウイチは、そばまで来ると総務のオジサンを見ながら話し始める。

「何の手違いか知らないが、これは女性一人で運ばせる荷物か?」

 感情を悟らせない淡々とした声。低いのに嫌に響くのは、キツい言い方だからなのか。

…それとも…? 

「いや、あの。」

総務課のオジサンから、更に脂汗が浮かんだように見えたけど、そのまま、リュウイチは、追い討ちを浴びせた。

「あの大きさを、社長や専務に搬出させるつもりだったのか?」


リュウイチ、あんたって人はエゲツナイくらい追いつめるのね。


「はい」と言えば、「立場と相手を考えて物を言え」と怒られるんだろうし、

「いいえ」といえば、「人手を貸せない理由は、何故だ?」と怒られるんだろうし。


 …どっちにしろ、怒るんだろうな。


 リュウイチは、冷たい一瞥のまま アタシの隣に立つ。

「誰も助けてくれねーのか。人望ねえな」

いつもの冷笑がアタシに向けられた。

アンタは人望あんのか!アンタはっ!!


でも。

次の一言は、打って変わった優しいもので。

「取りに来るのは知ってはいたが、人手の話は、俺も確認不足だった。悪い事をした」

 僅かに緩んだ表情に、誠実に話す物腰が、さっきの総務課を相手にしたときとは違う。


いや、あの。

そんな、いきなり キラキラしないでよ。

予告なしで、女に優しい紳士にならないで。


その場限りだとしても、好きな人と話せるとキュンとする

間違いだとしても、好きな人に優しくされると ときめく。


「ダイジョウブ、デスヨ」

やっと絞り出した言葉は、滑らかさの欠片もないカタコトで。


もう、反則技ださないでよ。

人前で、しかも 社内なのに。

リュウイチのこんな柔らかい表情が、惜しげもなくさらされてる。

こんなん見せられたら、アタシ、普通の女の子に戻っちゃうじゃない。

貴方の事が好きで、スッゴい尊敬もしてる女の子に。

自分も頑張ろうって 憧れ続けてる…素のアタシに…なっちゃうじゃない。


調子、狂っちゃうじゃない。

もう。

そんな貴方に困ってしまうじゃない…



「まだ喜ばないでくれ」

アタシの外面を剥がしたのがリュウイチなら、

「お前の指示がないと 細かいことは分からない」

また我に帰るような 冷や水を浴びせたのもまた、リュウイチだった。

「ここ、自社ビルじゃないからな。傷、付けるなよ。」

「道具、持ってきてますから大丈夫ですってば。」

「なら始めるか」

 フッと笑う顔が、本当に社内で会う時といつも通り。さっきの態度が少しだけ悔しくて。

「ネクタイ、はずした方がいいわよ。アタシの前で労災とか勘弁してね」

 軽口叩くと

「それもそうだな」

 と素直に外してる

「なんだ?」

「素直ね」

「ここはお前の専門だろ?言いつけは守るさ」

 アンタが従順って、ますます調子狂っちゃうんだけど。でも。

「ご了解、ありがとう」

 そんな貴方に困らされるのも、一興よね。たまでいいけど。




「よしっ!」

 毛布で養生もしたし、パットも当てて ラッシングも掛けた。指さし点呼した後、荷台から飛び降りてテールを閉めた。

「本当に物流部なんだな。」

 最後まで手伝ってくれたリュウイチがしみじみ呟いた。

「そうよ?配達手伝ったこともあるし。4トンも運転したことはあるわ」

 リュウイチがふいに聞いているのか、聞いてないような返事をした。

「顔、付いてる」

 え?油かなにか?軍手、そんなに汚れてたっけ?

 リュウイチの手が伸びてくる。指先で払ってくれるってとこは、細かいカスか何かかしら?


 視界が揺れた。驚いて目を閉じたら、唇が柔らかくて、暖かくて。


 ちょ、ちょ、ちょっと…!!

 公衆の道路っ端で、なんて事すんのよ!


「気をつけて帰れよ」

 ど、どういうお見送りなのよ…

「その様子だと事故りそうだな」

 事故ったら、アンタのせいよ?あーもードキドキした。


 でも。

 社内恋愛だもんね、こういう時くらい甘い時間があって 突発的に困らされるのもアリかもしれない。


「ありがとう、ね」

 アタシは、運転席に乗り込む前にもう一度言った。色んなありがとうを込めて


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