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小さく決まっていく 二人の約束

何で 数えて数回目のデートがホラー映画なのよっ!


いま、アタシは 映画館にいる。

となりの席は、近日 「彼氏」と呼ばれる付き合いをしているメンズ 柏木竜一34才



アタクシ、実は サスペンスとホラーは 大嫌い

…なんでさぁ…

お金払ってまで 人様の愛憎殺戮現場を見なきゃいけないのよ、イヤーっ!

今晩、トイレとお風呂、行くのが怖くなっちゃう。


ストールで目隠しをしたけど、 おどろおどろしい音響までは 隠せない。

目を瞑った脳裏の中で、気になるストーリーが 勝手に想像されていく。

必死に、恐怖を追いやろうとしながら、チケットをくれた隣の男を 内心ののしった。



ああああ。

チケットを(タダで)くれたのは、感謝する。

誘ってくれたのも、ありがとうって思うことにする。


でもさ?

フツー ペアチケットでホラーってなんなの?




ストーリーなんて、追えたもんじゃない。

アタシは、ガタガタっぱなし

右側に縮こまってみたり、左側に向きを代えてみたり。


余りに、ジッタンバッタンしてたら、遂に 「出るか?」聞かれてしまった。

「いい。」

我慢するもん。意地でも、我慢する。

折角来たんだし、見始めちゃった以上、大まかな粗筋と結末だけでも知りたいしさ。

「なら、じっとしていろ」

アンタ、鬼やっ!

「あと残り上映時間は 一時間切ってる」


そんな言い方ないじゃん!!!


普段だったら、言い返してる。でも、こんなに ジタバタしてたら、回りの人にも 御迷惑かけてるよね

場違いな観客でスミマセン

これぐらい 耐えられなくてゴメンナサイ



本当に 躰が震えているのが分かる。

フーッ、と ため息が吐かれたのが聞こえて、哀しくなった


「手を出せ」

胸元で固く固く腕を組んでいた手をほどかれ、アレヨと二人の手同士が握り合う


おっ? 握っててくれるの?!


恥ずかしかったけど、今は 素直に甘えることにした。

「(アタシ、カッコ悪いなあ)」

温かくて 適度に大きくて 筋肉のあるオトコの手のひらを感じながら思った。





こんな時だからこそ、普段の自分を反省してしまう。


アタシってね、いつもは 超言いたい放題なの。

職場では、物流センターの現場管理社員。

直属配下は 5人いる。その下の末端パート社員まで入れると100人いる。

そのほとんどが年上。それでもって、いろんな個性の人が居る。


ナメられたくなくて、でも、尊重はしなくちゃいけなくて。

「言わなきゃ伝わらない」「どんなに、言いづらくても、思ったことは言えなきゃ負け」って思って 仕事してきた。

だから、「ものすごく気が強い女」って、思われてきた。いや、思ってもらった方が楽だった。

そういうキャラの方が、仕事はしやすかった。

本社のエラい人たちが どんなに高圧的に来たって、怖くなかった。怖いと思ったら負けだと思って、当たってきた。


でも、ホントは 今みたいに怖い映像程度で ビビッてる。

本当のアタシって、トラの威借りた小心者…カッコわるい




ここまでくると、怖くて怖くて 顔なんて取り繕う余裕なんて ない。

今も、自分の手は汗でびっしょり。柏木サンが差し出してくれた手のひらに、どっぷり甘えてる。

申し訳ないとは思いつつ、どんなに力任せに握って、爪が立ってしまっても、振り払ったりしない手。凄く有難い。


手のひらだけじゃ 全く足りなくて ガッツリ 腕を引き寄せて抱きついた

ごめん、また爪たてたかも。

それは 後で謝るし お叱りも(たぶん)甘んじて受けると思うから 今は その手を離さないで




なんとか なんとか ストーリーは エンディングに辿り着いた。


もー!

映画を作った全製作者の皆様へ申し上げたい。

最後の最後で、平和で幸せな風景を織り交ぜたからってさ~

さっきのおぞましい情景を チャラに出来たとか思わないでねっ!

あー 怖かったようぅ…


手汗どころか あちこち 変な汗をいっぱいかいて、若干グッタリなアタシ

「出られるか?」

腰が抜けたように動きが鈍いのを、目で促された。


周りを見渡せば、他の観客さんたちは、味もそっけなく淡々と客席を後にしている。

あのー?

皆様、本当に怖くなかったんですか? アタシが弱すぎるんでせうか?


そっか、マジかー。分かりました。

今日は、鼻で笑われようが 謝ります!

「有り難うゴザイマシタ…」手を握っててくれて、心強かった

返事なんて どうせ 素っ気ないだろうけど、イチオウ お礼は言わねば。

「結構、救われました」

イチオウは、ちゃんと言ったけど。

「いいから 行くぞ」

ああ、やっぱりね、いいもん。期待してなかったし。


掃除の係員の方向を気にしながら 私を促し、すたすたと歩く彼氏さま

「待って」

バックを持って 忘れ物無いか確認して そこから慌てて追い掛けた。



この男、感動映画みても 余韻とか興奮とか 無いんだろうなあ… 気持ちの切り替え、早そうだしね

そんなことを思いながら あと少しで 追い付くと思った時だった


ピタッ

クールというか、ドライな彼氏さまが急に立ち止まった

いやいやいや、急に止まるな! 減速が間に合わないデショっ


客席の階段を 数段飛ばしで降りていたアタシ。最後の段を 一足に飛び降りて着地するはずの部分に 柏木サンがいた。


案の定、ごっちーん。

ああああ


ぶつかった身体は「走らなくていい、急いでくれるだけでいいのに」まるで、私が飛びついたみたいな体勢で受け止められた。

痛いと思ったけど、思ったより 痛くなくて、むしろ 嬉しかった。


さっきまでしがみついていた腕は、この手だったんだ。


顔立ちも言葉も、雰囲気も整然としすぎちゃって、何時だって冷たいしそっけないのに、握っていてくれた手は、大きくて 優しかった。


いろんな取り止めの無い感情がこみ上げる…嬉しくて、切なくて、でも、もっと味わいたくて。

こんな、感情が分かりづらい男… 深入りしたら、よくもわるくもハマるのは分かっている。もし後悔したとき、引き返すのが辛くなるとわかっているけど。


でもやっぱり、もう一度、手を繋いで欲しい… 自分の左手を差し出した。

「なら、俺の左手にしてくれ。」

それは…?

「右は、何かと使う。俺が空いていた方が、いいだろ?」

お互いの利き手は、右。それは、私の利き手をふさぐ分、守って…くれ、る?

答えは、言葉でもらえなかったけど、たぶん 合っていた。

「分かった。私の右手出すから、握って」自分の利き手を差し出した。


「メシ、何 食べる?」

館内図を見ながら、探している右手

「それとも、お前が家で作って、そのままゆっくりする?」

泣きはらした目の周りに散ったマスカラを払ってくれる右の指先


今まで、付き合ってきた女の人とも、左手で包んでくれて、右手でこうやって構ってたのかな…

聞くのは野暮だから、口にしないけど でも…力を抜いて、絡めてくれた指に全部預けた



こうやって、小さく小さく、二人の約束事が決まっていくのかな。

デート中に、ホラーは 見ないとか、

手を繋ぐときは、私の利き手を握ってくれるとか、

デート帰りは、無理に外食しないで、家で好きなもの作ってくつろぐとか。


こうやって、積み上げていくのかな。二人だけの時間とか付き合い方って。

これからも、よろしくね

いろいろ、積み上げていこうね。



車に乗ったとき、ふと聞かれた。

「お前、駐車券 どうした?」

え? 運転席のフロントミラーの上の…ここに、挟んだけど?

「映画館を出る前までに、半券と引き換えしないと、無料にならないはずだ。」

あっ ここ、そんなルールだって 聞いていた気がする、あっ!忘れてた。

「ごめん、ダッシュで行って来る。」

バカ、といわれて 柏木サンも降りた。


…車で来たときの ルールも、決めなきゃね。

また、改めて手を繋ぎながら、お互いきっと、そんなことを思った、数回目のデート


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