お夕飯、どうしようか?
ウチの彼氏殿、柏木竜一さま。
この男は、これでもかってくらい、仕事にストイックで、ツンケンしてて。
事情は分かってるツモリ。
リュウイチは、本社勤務の重役秘書。
縁故入社で入ってきた行儀見習いのお嬢さんの面倒を見つつ、機密だらけの情報の中で働いている。
…ストレス、溜まるだろうなとは、おもう、うん。
とはいえ最近、ツンケンっぷりに磨きがかかってるんだよね…
態度に出されると、元からクールだけにフツーの人より怖い。
恋人としては少し寂しい。
「なんでえ、もう食わねえんかよ」
12時半も過ぎようとしたアタシの職場、都内湾岸エリアの物流センター
話しかけてきたのは、隣で弁当を広げていた上司、『武藤のオヤジさん』。
ウチの職場こと、ここの物流センターは、昼休みになると業務がピタリと止む。
上司で全体の親方格でもある武藤さんの方針なの。余程の緊急以外は対応を断っている。
だから、この時間は、走り回るフォークリフトや大型車両の唸るエンジン音がピタリと止んで、驚くほど静かになる。けど、その分のにぎやかさは、事務所とか休憩室とかで、華やかな笑い声が溢れかえる。
遠くの部屋から賑やかな雰囲気がもれて流れてくる中、オヤジさんもまた穏やかにいう。
「『飯が旨いと思える。』いい仕事する為には大事なこった」
珍しく?食欲が無いアタシを、「食べ物、粗末にするんじゃねえぞ」と自分の弁当片手にもったまま見やってきた。
そうはいっても、な。
なんか憂鬱なの。なんとなく、箸が進まない。
「季節の…変わり目だから、かも知れません」
アタシは、笑ってみせた。何かと気にかけてくれる上司を不安にさせたくなくて。
オヤジさんは、ふっと笑う。
「何が『季節の変わり目』でぇ? 季節なんざ、いつも変わるんだ。」
そして、麦茶を湯呑みに注いで話し続ける。
「花見が終われば、蕪が並ぶ。蕪の漬け物が上手に漬かれるようになると、アスパラが並ぶ。アスパラを、塩茹でにバター炒めに肉巻きにと一通り食い尽くした頃には、真ん丸な茄子が並ぶ。
八百屋の店先みてりゃ、いつだって季節は流れてるんだ」
そこまで言うと水筒からお茶を注ぐとグッと飲み干した。
「スーパーってなあ、どうも味気なくていけねえや。
…今は流通がいいから、全ぇ部、彼方此方から持って来やがる。旬だ初物だ縁起もんだとかよ、有り難みが無くなっちまうじゃねえか」
話すオヤジさんの目がきらきらしてる。
笑う目線の先に、食卓が想像できちゃう。
「ま、全部ウチのかみさんの受け売りだけどよ? かみさんは、いつも良いこと言うなと俺も思うワケよ?」
その口振りに ちょっとだけキュンとした。
きっと、オヤジさんの家は、ささやかだけど、いつだってご馳走に思えるお惣菜が並んで。家っていいな、家族っていいなって思える幸せな風景なんだろうな。
もう。
オチは、ノロケですか、全く…
アタシは、そう言いかけて、焼き魚を口に放り込んだ。
そして、ちょっぴり羨ましく思った。
アタシの食欲不振は、実は分かり切ってた。
我が彼氏殿 柏木竜一その人。
リュウイチは、無口な人。
もともとだと思う。
でも… この頃は特に話さない。
ただ黙々と食べ続け、自分のご飯茶碗と味噌汁が空くと、ピタリと食べるのを止めてしまう。
ウチで何度もご飯食べて帰ってるのに… 好きなものも、嫌いな食べ物も、その日の感想すら教えてくれない。
知らないだらけの間柄なんて、寂しすぎる。
昨日だって。
箸の音しか聞こえない食卓では、カボチャの煮物が、くすんで見えた。きゅうりの浅漬け物がやつれて見えた。
…ご飯が…辛くなっちゃうじゃない…
愛情表現が苦手なヒトなんだと思う。そこは分かる。でも、無言は…キツいかな。
なのに、今夜もまた懲りずにリュウイチはウチに来ると言っていた。
…夕飯、食べてそのまま泊まるってさ…
「何つくろう?」献立を考えるのが苦痛。
ネタ、尽きそう…
なんとか白米を押し込んだ口の中は、カラカラに乾いていた。
どんなに悩んでも、夜はやってくる。
待ち合わせていたスーパーにお悩みの根源はやってきた。
白いワイシャツに、ダークトーンなスーツ。真っ黒な髪が一層スッキリした顔立ちを際立たせていて、生活感を感じさせないビジネスマンの立ち振る舞いは、ちょっとスーパーでは浮いていた。
「何、作るんだ?」
…きた。
「まだ、決めてない。」
正直にいうと、リュウイチは買い物かごをスルリと取り上げながら言う。
「お前の飯は、見てるだけで腹が膨れる」
は? いきなりの爆弾発言にアタマが真っ白になった。
お腹が空くじゃなくて?食欲ないのに、食べにきたの?
呆然としたアタシ。耳だけは遠くで、「お母さぁ~ん」泣く子供の声を拾ってきた。
取り留めがつかないアタシのアタマがはじき出した言葉は
「…じゃあ 何を用意すればいいのよ…」
嫌に白く見えるモヤシが、ぼんやりと見える。湯がいて味付けするのも、好きなんだけどな… 今となっては、手を伸ばすのも躊躇してしまった。
「…思い付かねえんだよ。」
ん?今、なんて言った?
「…仕事柄、接待の外食は多いからな。
献立を選ぶのも仕事だが…この頃は特に、選択肢が多過ぎて、考える手間がウザい」
なにその…ムチャクチャな理論。だからって、肝心な献立は人任せなの?
「本当は、粥か蕎麦が一番楽でいい。」
それだけ言い捨てると、手を伸ばしかけたモヤシを「買うのか?」と訊ねてきた。
…モヤシ、どうしよう。
淡白だから、何に入れても邪魔はしないけど… 食べたい?
目線で訊ねかえす。
「味噌汁なら。」
あっそ。
手を伸ばし、買い物かごに放り込んだアタシ。
それなら、少しだけ、生姜の絞り汁入れて、辛くしよっと。
「おかず、どうする?」
もう一度訊ねた。
「主菜副菜の皿数が並ばれるだけで、腹が膨れる気がする。濃いと喉が乾く。水気が多いと飽きてくる。」
ねえ、それって。
「物凄く味覚が過び…繊細なんじゃ?」
過敏といいかけて、繊細と言い直した。
武藤のオヤジさんが言ってた。
人間、疲れると味の濃いものが好きになるけど、通り過ぎると食欲そのものが無くなるって。
…疲れてるんだ。この人。
食べることすら、疲れてる。
味覚を感じ取って味わうのすら、楽しむ気もなく。
何を食べようか、ソレを考えるのも億劫。
この人の食事とは、ただ食べ物を流し込んでは、身体を維持させるだけのもの。
ねえ、そんなにツンケンしてて、食事もマトモに楽しんでない貴方の原動力って何なの?
「お前の飯は、不思議と食える。」
カートを引きながら、肉と魚のコーナーへ進みながら言う。
「何か口に入れれば、後は流れで箸を進められる。」
美味いとも、不味いとも言わない貴方。
それは、味がどうこう以前に、親しい人が作ってくれた食事に餓えていただけなんじゃ…?
ふと、思い付いた事を聞いた
「ねえ、子供の頃…何が好きだった?」
貴方にとって、ご馳走って何?
いつから、そんなにくたびれきってしまったのか…分からないけど。
貴方が、純粋で ありのままだった頃の元気を 思い出して欲しい
作れるなら、作ってあげたい
「ミートソースのスパゲッティ。家のは、ナスでなくズッキーニが入っていた。」
ふと垣間見えた、リュウイチの実家の話。ズッキーニなんて、洒落てるじゃない? 頭の中に、フォークを不器用に使いながら、めいいっぱい頬張る男の子が一瞬、浮かんで、そして目があった。
大きくなった男の子が、いま、目の前にいる。
「今夜、作ったら食べる?」
リュウイチがわずかに笑った
「悪くないな」
よしっ!今夜はミートスパゲッティ
脳裏に浮かんださっきの男の子もまた、笑っていた。
二人で帰る家までの道
リュウイチがポツリと話し始めた
「実家では、トマトが、なかなか出なかった」
へえ? もしかして、それって。
「子どもは、食べこぼすだろ? ウチは、妹もいるから 親にしてみれば、面倒事が増える」
ははっ!
やっぱり、なんかそんな気がしたんだよね。でもあどけない失敗談を話す表情は、素直だった。その顔に、アタシもまた、自然に笑う気持ちになれる 。
貴方にも、好きな食べ物であり、憧れのオトナの食べ物ってのがあったんだね。
ミートスパゲッティが、そうだった。
こうやって、貴方がもっと分かると嬉しい。
元気を取り戻してくれたら、もっと嬉しい
だから、ご飯は 楽しく食べようね




