社内恋愛の彼氏に 守られました
「分かりました、了解しました」
その安請け合いが 後日 とんでもない大騒ぎになるとは… その時は思わなかったのよね~
今、アタシは 本社の会議室にいる。
営業部隊のチーフと 人事担当の課長とアタシ。
事の顛末はこう。
営業で使ってた事務の女の子が、部署内でイジメに遭ってその末に休職しちゃったから、復帰に際して 異動させたい。
本社は引き取らず、物流センターで 貰い受けて欲しい。
可哀想だなと思ったわ。事情が事情だから アタシは オーケーしたのよ。
そしたら… そっからが 大騒ぎ。
受け入れたその子は、
入力間違いは激しいし、外線出ないし、物覚えは 悪いし。
まあ、アタシの事務能力もかなりアヤシイけど、営業事務でアレは マズイでしょう?
注意すれば、ふてくされる。かといって、直る訳でもない。
アタシも マンツーマンで 教えられる訳じゃないし、パートの総リーダー:リン兄 に頼んでいたら 時待たずして、指導拒否。
「蕃昌、あんたが マシに見えてきた」と びみょーなコメントを頂いたわ
しゃーない。
本人と面談した後、当物流センターの菩薩様こと パートの二番手:クマ吉に泣きついたの。 クマ吉の管轄で 倉庫内軽作業の部署に移したの。
そこが問題だったらしい。
たかが1日の作業なのに 腰痛になったそうで、翌日から休み。
「明日は行きます」を繰り返して、一週間経過
どーなってんだ?と思っていたら、何故か その子の親を名乗る男性から 本社の総務課に電話が来たそうな
「娘は パワハラを受けている」って
で、慌てた本社総務課は 人事に話して アタシを事情聴取してるってワケ。
そんなこんなで過ごす本社の会議室
「蕃昌サンって、あの秘書課の柏木くん相手に 地下駐車場で怒鳴り付けたことがあるんだろ?
…指導に問題があったんじゃないのか?」
ああ、そんなことも前にありましたねえ。ちゅーか なぜに ご存じなんですかい…
貴方のいう柏木サンは、実は アタシの彼氏ですけど、あの男…仕事になると カノジョだろうが容赦ないでっせ?
「当時の事情をご存じなんですか? 彼方に非があったので 言葉を返しただけですよ?」
「あの柏木くんだよ?」
「『あの』って 問題ありますか? よっぽど彼の日頃の方が 受け答え悪いと思いますけど? …社交性と愛想の欠片もない」
営業のチーフが吹き出した
「すんません、アタシ 嘘吐けないし、心にもないことも 言えないんですよ」
一応、フォローを入れといたけど、これ…フォローになるのかな?
しゃあない。加算するか。
「柏木サン、イイ奴だとは思いますよ? 社内で会っても ニコリともしないけど、分かんないことは 聞けば何でも教えてくれますし。参考資料とかも送ってくれるから、味方には心強いっすよね?」
まあ、それだけの仲だから、怒鳴り合おうが お互い気にしないって伝わってくれれば、な
「まあ、なにがともあれ 君の部署に移った後に 事が発覚した。」
おいおい ちょっと待ったあぁ!
嫌な流れを察知してアタシは 反撃を始めた。
「あの事務処理能力は 酷すぎます! 営業からは、そんな申し送り無かった。受け入れの際、本人と面談しましたけど、入社4年目の割には 自社商品の知識が無さすぎるのもオカシイ。」
ここでアタシは 一息いれた
「逆にアタシは 聞きたい。…むしろ、営業部でやっていけたんですか? なぜ、イジメられたんですか?」
イジメられるには 原因がある。あの出来の悪さは 際立ってる。
「人には ウマの合う合わないがあるからねえ」
営業のチーフが 人事の課長をみやる
「女同士の人間関係って 難しいっていうよね」
人事の課長が それに応える
…ああもう、話にならんっ!!
「ウチのセンターの事務作業は、パート社員で回るような 簡単な入力と電話対応です。
教育も 従来 新人がきた時通りの指導しました。別段 要求値をあげた訳ではないんですよ…なのに、彼女は 出来てない。」
つまりは
「彼女の事務処理能力では、物流センターでの内勤は 認められません。指導の限界を感じます」
むしろ、アンタ達 とんでもない厄介払いをしてくれたわね、を どういう敬語で言おうか、考えてたところで 会議室のドアが空いた
「悪いが、失礼する。」
振り替えると… 人事の課長が「あの」と強調した 秘書課の鬼チーフ 柏木竜一がいた。
おおう、ちょうど キメ台詞を言おうとしてたのに、邪魔しに来やがったか。間の悪い彼氏殿だこと。
柏木チーフご乱入の理由は どうやら「上(重役)が騒ぎ始めた」んだそうな。
そっかあ
総務課、手に負えなくなったのか…
「悪いが、俺も一枚 噛ませてもらう」
いうなり、話の続きをする場所が変わった。
なんかね~?
いつまでも 会議室に籠っているというのも、上(重役たち)の心象が悪い、んだって。
という事で 会議の場所は タバコ部屋へ移動。
ったく、いつ 誰が入ってくるかも分かんないこのタバコ部屋…プライバシーのヘッタクレも無いわね? と思いながら 聞かれるままに 話を最初から伝えた。
「成る程、話の顛末は分かった」
俺は中立の立場でモノを言わせて貰う、という前置きの後で リュウイチは 静かに話始めた。
「まずは、蕃昌チーフの部署だ。後で 面談させてもらう。 指導に当たったパートのリーダーと時間を作ってくれ」
「はーい」
リュウイチは、仕事となると 本当に容赦がない。精神的なフルボッコ覚悟だな…はあ。
「…それと。営業での面談はどうだったか知りたい」
あれ? アタシへの質疑応答は それだけ?
それは、その場 皆思ったらしく、営業のチーフが 一番反応した。
そういや この人、リュウイチが現れた途端、下をうつ向いたままだったんだよね… やっぱ、リュウイチって 誰に対しても怖いんだなあ。
リュウイチは 迫力というか 貫禄がある。少しの乱れもない、完璧な漆黒のオールバック。白くてスベスベの肌に映える真っ黒な眉に睫毛。悔しいことに、クッキリとした切れ長の瞳に二重で、彫りも深い…文句の付け様の無い顔立ちが 真っ直ぐに 目の前の男たちを射抜いている。
「娘を案じて連絡してきたのだろ…?」
その顔は、怒ってるというより、尋ねてる。 感情を交えず 淡々と。
滑らかに進む口調…淀みなく話す会話が 逆に怖い
「営業での毎日には 納得がいっていたのか?」
まあね? 見慣れれば怖くないけど、ヤマシイ感情を抱えれば 即座に切り捨てられそうな危うさも孕んでいて… クワバラ クワバラ。
聞かれた質問へ なにも答えない営業のチーフ。それを見て、人事の課長の表情が固まった。
あっ、次は我が身なのを察したわね?
リュウイチが フーッと息を付いた。
おもむろに タバコを取り出して おもむろに ライターを付ける。 カチッという発火音が 耳に痛いほど 部屋で響いた
最初の煙を吐きながらいう
「最初の時点で、会社と本人にズレが生じている、というわけか」
まあ、いい。 それだけ言うと、今度は 人事の課長を見やった。
営業のチーフが 崩れてよろめいたようにみえた… まさに、猟犬か蛇の睨みから逃れた後の構図ね。
次の標的 人事の課長は、心無しか 顔色が白かった。
リュウイチが タバコの灰を払いながら言う
「休職の際、診断書は取ったのですか?」
相手が課長ならば 敬語も使うようだけれど、全く 敬っているように聴こえない声。
「心的外傷を証明する診断書があれば、傷病金手当で給与の2/3で 給付が 健康保険から受けられるはずですが?」
人事の課長が 重い唇を開いて 話始めた
「休暇には事由は聞かない、というのが人事の方針だよ」
「なら、ウチの会社は 社員が病もうが自己責任ということになりますね」
間髪入れず、リュウイチの声が刺さった
「病む?」
「これが本人の勤怠です。」
毎週月曜日に半休か全休する事が多い、と タイムカードのコピー 数枚を広げながら話始めた。
「土日が終わって翌朝になると 憂鬱になり、仕事へ行きたくなくなる…そう 考えたことは?」
次は 入社研修で受けた 性格判断の結果表が現れた
「入社時の性格分析も 虚栄心と依存度の数値が異様に高い」
…あー。アタシもそんなん受けたなあ。
「結果だけみれば、心療内科などの医療機関への診察は 受けていない可能性が否めない」
もう一度聞くが。と、低いのに 通る声が 一層響いた。
「ウチの会社は、病欠で休職するにも 診断書を取らないで認めているのか?」
その時だった。
アタシの右手が、温かいことに気が付いた。
テーブルの下に隠れたままの手が、しっとりと温かいものに包まれてる…とっても 慣れ親しんだ感覚…リュウイチが、いつのまにか 手を握っていてくれていた
しっかりと 指の根元から絡められた二つの手は、抱き合うカラダのようにすら思えた。
リュウイチ、大胆。
顔は 平然と 会話を進めている。口調も、視線も変わらないでやんの。 しどろもどろな人事の課長を 冷ややかにみながら、その眼は 先の対処を考えてる。
ハタからみると、一見 そう見えるのに、不意に ゆるゆると 握る手に力が込められた。
引き寄せられ包まれた左手が「心配するな」って伝えてきた気がした。
いや。気がした、じゃないわよね… 私を守ってくれている。伝わる体温が 穏やかのようで どこか 違う…
人事と営業の二人は 今も神妙な顔してうつ向いている。
…リュウイチの奴、目の前の二人が気付かないのを…分かっているのね
目敏いというか、変に器用というか。
なんか、こっちが苦笑しちゃうけど、私…守られてるのかも。
まあ、ね
世の中とこの男が そんなに甘いわけないからさ、この後 どうせ『秘書課チーフ殿との面談』で 心的フルボッコで ヤられるんだろう、な。
腹をくくっといて損はないハズ、うん。
そんなことを思いながらも、緩んじゃう顔を必死に引き締めて 何とかやり過ごすアタシだった
話が佳境に入って 「蕃昌!」リュウイチが 秘書課の柏木チーフとしての顔で アタシを見ていた
来たな、遂に。
「人事権は、今のところ 蕃昌チーフが持っている。彼女をどうしたい?」
手は、流石にもう 放されてるけど 大丈夫。…アタシは 守られてるだけの女の子じゃない
「まずは 本人との面談次第ですね
職種を問わず、頑張るのであれば、受け入れます。 ですが、早急に事務職としてとは 考えていません。」
分かった。
柏木チーフの返答は、本当に 一言のみだった
貴方の『分かった』を信じてる。
貴方の裁量を信じてる
アタシの判断を 支持してくれているって、信じてる
事態の収拾は、驚くほど 呆気なかった
本人の父親との対話は、リュウイチが担当したものの「そんないい加減な会社へ 娘を預けられるか!」の一点張りだったそうで、数日後 一方的に 社員証と保険証だけが郵送されてきたんだそうな
そして、本人とは連絡が着かないまま 有給の消化が完了してしまい、そのまま 無断欠勤が続いた。
なもんで、社内規定に基づいて 最終的には 退職と扱われた、んだそうな。
「父親に 横槍を入れさせる時点で、本人に問題がある。」
リュウイチは 「社会人失格」そう言っていたけど、人事の課長と営業のチーフが コッテリ 上から絞られたらしい話を 後日 本社の物流部から聞いた。
「営業の本部長が 『重役から聞いた』って謝り電きましたよ
『…物流センターの対処に落ち度はない』『蕃昌チーフに 迷惑掛けた、と伝えてくれ』だそうです」
本社物流部の窓際戸締まり役のオジさんが教えてくれた
リュウイチ…
貴方、やっぱり アタシのこと 守ってくれたんだ。
しかも、私に負担が掛からない結果の方向で。
最後まで 貴方は 何も言わなかったけど、伝わったよ…?
ありがとう、リュウイチ
言葉にならないくらい、貴方に感動してる、感謝している。
貴方に 大事にされて、アタシは 幸せだね
そこに甘んじないよう 頑張るから…
これからも 宜しくね
傷病金手当の支給は、いくつかの条件があります
健康保険への加入実績が継続して一年以上あり、かつ 任意継続による加入状況でないこと。
就業不能から数えて、欠勤の履歴が 3日以上ある翌日から 対応可能期間となります。
気になる方は、自分で調べてみてくださいね