いつも 「好き」で いれますように
「ごっめーん!」
アタシは 朝から平謝りしていた
彼氏:柏木竜一と朝まで一緒にいたんだけど、奴の社用ケータイを 間違えて 持ってきてしまった
だって、同じ会社に勤めてて 同じケータイを渡されてるんだもん、間違えても おかしくないデショ…
かくいう私は、しっかり 自分のケータイは 持っていて 全く同じ機種のケータイが 二台手元で並ばせている状態
「バカか、お前」
個人ケータイで 罵り続けられてるけど、それは ごもっとも
「下手に鳴られても面倒だ。電源落として、今すぐ俺の手元に届けに来い」
いや、それ無理だし。 今、私抜けたら 職場から ボコボコに怒られること、間違いなし!
隣では、上司の武藤の親父さんが 何も言わずに 部屋から出ていった。心なしか 「若いってなあ…」笑ってた気がする
パートたちは、「ラブラブねえ~?」表情を隠すこともなく冷やかされてる。
…すんません… 朝帰りしてる挙げ句、彼氏の社用ケータイを 持ち帰ってくるなんて。
「…届けに行ってくれば…?」
パートたちの総リーダー リン兄が 呆れ顔を通り越した無表情でいう
「社内ネットワークの掲示板に 掲載載ってるよ。
『柏木チーフ 本日 社用携帯不所持 緊急連絡は、本社秘書課まで』だって。
困ってるんじゃないの?」
グサっ!
はーい、行かせて頂きまーす
受け渡しは、呆気ないもんだったわ
秘書課のフロアに着いて電話したら 本人が颯爽と出てきて「サンキュ!」すぐ引き返していった…あっさりと 扉に消えていく背中に、無機質過ぎる開閉音。
「ありがとうも無し、かいな。」
いや、サンキュ の一言は あったか。
…もーちょっと、さ? 優しくても いいんでないかい?
まあ、ね
一応は アタシのドジだし、必要なら届けに行くべきかもしれないけど アタシだって仕事から抜けてきた
当たり前の様に要求されても、当たり前の様に返せる訳じゃない。
ちょっとは、感謝してよって思うのよ、そうよね? やっぱ
まあ、うん…いつものことか。
元々、社内で会うと 冷たかった。挨拶しても 素っ気ない。隣り合わせになったとしても、会話ない。
というわけで、さっきのことも いつもと何も変わらない…か。
それにしても、なーんかなあ? と思いながら 別件で 総務課に寄った時だった
「柏木チーフ、ケータイ手元に戻ったって! 本人から、連絡来たから ネットワーク掲示板の書き込み、訂正しておいて」
そんな話が聞こえてきて、続けて聴こえたのは、総務の名物、看板娘三人組の会話だった。
「なんかさ~? カノジョが 間違えて持って帰っちゃったらしいよ~?」
「聞いた、聞いた! そうらしいね!」
『カノジョ』という単語に 歓声が上がっている。
「朝からさ~ 柏木チーフに限って『社内ケータイ、手元に無い』とか言う時点で 相当ビックリだけど。」
うんうん。と 二人が 同調している
「だから 『カノジョ』に わざわざ 持ってこさせたんでしょ?」
すんません! 間違って持ち帰ったのは、ワタシです!
「柏木チーフ、怖ッ!
ケータイないならさ『家に忘れた』でいいじゃん?とか おもうんだよね。仕事中毒っていうか、さ。カノジョにも 厳しいんだね」
その通りっ!! うつ向きながら、必死に 渡された書類へ集中するアタシ。
もー、どんな顔していいか 分かんないわよ
でもね、それだけの会話なら まだ 表情は保てたと思うの。だって一番 言われたくなかった一言が残ってる…
「ちゅーかさあ…」
えっ、言っちゃうの?
「『カノジョが間違って持ち帰った』ってことは… 『平日に御泊まりした』ってことよね?」
キター! キャー!
「翌朝、仕事あるのに 外泊デートするんだ? 柏木チーフって 仕事もタフだけど、」
その先は言うなっ! 言いたいことは 当たってるけど、ハレンチ発言は ヤメテ~
「どんだけって感じよね」
ひー!
聞いているだけで どっと疲れる女子校的トークアタシは 用件が終わり次第、総務からそさくさと逃げ出した
総務の姉さん三人、えげつないわね…女って 三人寄ると イタダケナイ結束だわさ。怖いわ~
リュウイチの奴、あんな恐ろしい生き物相手に 何で 馬鹿正直に あそこまで話しちゃったんだろ?
アタシの存在でさえ 社内では 冷たくあしらうのに…?
口を滑らせるには、迂闊過ぎる気がする
「まだ本社にいるんだけど、
御詫びに 昼でも奢るわ。
一緒にどう?」
メールしたら、すぐに返事が来た。
「これから外出する。話なら 地下駐車場の喫煙所で」
「了解」
それだけ送って 現地に向かうと リュウイチが ケータイ片手に待っていた
「何が 不満だ?」
先ほどに引き続き、リュウイチは 若干の不機嫌 続行中。ストレートに「不満」と言い当てるその顔が イマイチ 厄介だけど。今は気にしてられないかもね、さて言うか。
「正直に、『カノジョが ケータイを持って帰った』って話したでしょ?」
「事実だろ?」
「それは事実だけど」
アタシが言いたいことは、違うのよね
「貴方が、そこまで正直に 職場でプライベートを明かすと思わなかったから、驚いたわ」
リュウイチは 平然という。
「俺が お前の想定を越えたから、慌てたのか?」
平たくいえば…そんなとこ、かな? まあ、うん。
ちょっと会話の雰囲気が、確信に来たけど、肯定の仕草を出した途端、リュウイチの機嫌が更に悪くなっているのが、伝わってきた
「知るか。お前の勝手なイメージなんか」
…!!
「ちょっと それ、ヒドイ!!
リュウイチって 本社で会ってる時は ベラボウに冷たいのに…! でも、こんな所では アタシの存在を 匂わせるなんて、卑怯だよっ」
一瞬で血が上って、覚束ない理性が何とか言葉を紡ぐ。
「卑怯の意味が分からないな。元々、女心は、分からんが。」
リュウイチは、動じない。
「(何ていえば、分かるのよ)」「(今の…言葉を選び間違えた、わよね)」
まあ、一応 卑怯って言葉を使ってみたけど、感情が赴くままでは、上手く説明出来る自信もない。
アタマのいいリュウイチに 意図を汲み取って貰いたいくらい。頼むように、リュウイチを見た
「俺は、仕事にプライベートは持ち込まない。
だが、ケータイを誤って持ち帰ったのは お前だろ」
違う、違うんだってば。そこじゃない
「もー どう説明していいのかな」
困って、頭をかいた。かいたところで、気休めにしかならないんだけど。
「それとも、なにか?
俺が お前とは 社内では 積極的には関わらないのに、いざお前が俺の社用ケー タイ持って現れた姿を 誰かに見られるのが 不都合だったか?」
なんだ、ああもう!分かってんじゃん!
なんで 推察力は働くのに、理解が追い付かないのかな? この男は?!不都合、ではあるけど ただの不都合とは違うのよ!
「…どうやら、当たりのようだな」
「当たってるけど、ハズレよ」
言いたいのは、違うのよ。
「貴方がいままで 遠回しに、私を社内でシゴいてくれてるのは分かってるわ
むしろ、感謝してる…たまに 辛いけど。
でもね、貴方の徹底した『プライベートを匂わせない』スタンスが、今日になって 突然崩れたから、驚いたのよ」
プライベート、っていうのは 私とのことを指すのよ。 そこは、察しなさいよ?目を合わせて訴える。
しばらく 視線が絡んだ。溜まり重なった口の中の唾液を、いつのまにか ゴクリと飲み干していた。
ふう、とリュウイチが話し始める
「それ自体が、お前の勝手な『俺のイメージ』だろ」
「…私が悪いの…? 」
悪いかどうかは別だ、とリュウイチはすぐに切り返してきた。
「大した事じゃないだろう? 今日のこれで、俺への誤解が一つ解けた。ただそれだけの話だ」
ちょっと… それだけっていう大きさじゃないわよ?
だって、アンタっていう男はいつも… 仕事が絡むと 私に冷たいじゃん…
「そもそも 地下駐車場で 秘書課の俺と物流部のお前が 話してるだけで十分不自然だろ」
何をいまさら? と、私を促す。
「隠すつもりはないが、面白おかしく話題にされるのは面倒だ。…社内恋愛の税金だと割り切ってるが、税率は低い方が有難い」
それは、私も同じだけど… そういう事を論点にしたいんじゃなくて…!!
「それとも、潔くお前も『柏木』になるか?」
えっ それって。プロポーズ? 先程までの真顔が 一瞬緩んで、少しだけ上がった口角が 雰囲気を和らげた。
「…あ、アンタが 『蕃昌』になりなさいよ…」
結婚を冗談の話題にしないで…本気に受け止めて、後で また 哀しくなるのは切ない。だから、とっさに 軽口で返したんだけど。
「蕃昌は嫌だ。画数多いし 言いづらい。」
本気とも、冗談ともつかない返事に、奴の真意が計れない
何秒たっても リュウイチの爆弾発言の真相が解けないままなのに、互いの社用ケータイが 同時に鳴った
リュウイチは、上司から
私は、自分の部署から
「悪いな、時間だ。」
リュウイチは、「じゃあ」手を挙げて 駐車場の奥へ消えていった。
ねえ、どうなってるのよ?
言いたいことは、言えなかった上に 分からない爆弾発言が飛んできた
…意味が分かんないよ…
あれから 直近の休みの日。
いつものように、リュウイチと会っていた
いざとなると、この前の事がちらついてしまってね、キスをするにも、手を繋ぐにも ぎこちない自分がいる
…アタシ、いつまで 引っ張っぱるつもりなんだろ…
それでも 実は ずっと悩んでる
「ゴハン、美味しかったし なんか いい気分になっちゃった~」
昼寝と称して、食事あとに 一眠りさせてもらった時だった
本当は、ね
一人 悩み疲れて この家にくるのも 気が重たかった。
あるよね、会いたいけど 会うのが面倒になる期間って。
寝てるうちに、蜜事だの秘め事だのに流れ込んで うやむやに かき混ぜられても…この際、いいかも
なんか、今は 面倒くさくなってきた。それぐらい、気持ちが疲れてた。
あれから どれだけ経ったのかな
「真知子…?」
先に目が覚めたんだろう、リュウイチが 私を起こそうとする
でも、応じるのが 面倒くさい。まだ眠いし、未だに 気持ちが負けちゃってて 狸寝入りを続けさせて貰うことにした。
再度、呼び掛ける声はない。今は 髪を撫でられてる感覚だけがする。それは、いつまでも続いていて 一向に それ以上も止まることもない。
リュウイチが もう一度、「真知子…」アタシを呼んだ。
…悪いけど、シカトさせてもらうね。ごめんなさい。
ふーっと 吐く息が聞こえた。
「ホント、可愛くねえ… お前」
その割には、髪を撫でる手は、相変わらず優しい
「俺は、仕事だと 妥協が出来ない男だ… 知ってるだろ?」
うん。知ってる
「いつも。 相手が、泣きを入れても、聞かないつもりで 詰めてきた」
確かに、アンタは 提出物の出来栄えとか、徹底的にチェックを入れてきた。絶対、細かい手抜きも見落としてこない。
だからね…たまに思ったよ。
この人 こんなに根詰めて 仕事に打ち込んで…むしろ よく死なないなって。
「お前、どこまで健気なんだよ… 俺に『鬼畜』の役ばかり やらせるなよ」
…!!
アンタ、罪悪感とか 有ったんだ! 仕事になると 手厳しくて 見境が無くなる人なんだと思ってたよ。
髪を鋤く手が、深くさしこまれて 頭皮をマッサージするような撫で方になった… これ、気持ちがいいかも…
貴方は、甘くない人だと思ってた。
いや、甘いけど、甘い事をする切っ掛けをいつも 逃してしまうだけで…本当は?
さて、と手が止まった
「一度くらいは キスマークを付けさせて貰うからな」
待って! それは 阻止っ、断固阻止!
やばいってば、そんなん付けて出社できないよ! アタシは普段 作業着だから、一般のOLさんと違って スカーフとか巻けないし!
タイミングみて、寝返り打って 逃げねば…!
ドギマギしてるアタシだったけど、切りだしを掴めないでいたら、耳元で 低い囁きがいきなり飛び込んできた。
「真知子、下手な猿芝居に付き合ってやったんだ。覚悟しろ」
万事窮すっ! マズイっ
息が触れた。唇が掠める。下調べとばかりに、舌が這う。身体にかかるリュウイチの体重が 安定を求めて さ迷う…やばい、本気だ…
諦めて お腹の力を抜いた時だった
「やるわけ、ねーだろ?」
少しの衣擦れの音がしたかと思うと、起きろ、真知子?と 頬を軽く叩かれた
恐る恐る目を開けると視界の先には、ニヤニヤと上機嫌なリュウイチがいる
「よく眠れたか?」
うわっ。白々しいっ!
「…怖い夢を見た気がする…」
「どんな夢?」
いや、それは。…アンタ自身が一番知ってるでしょうに…しらばっくれないでよ
「ずっと怖かったか?」
クククと笑われていた顔が、少しだけ溶けて違う雰囲気になった
「最後の直前だけ。」
「他は?」
「…甘かった、気がする」 うん、甘かった。
「きっと、正夢になるよ。」
リュウイチが、真顔で言う
「…本当?」
「夢は、祈れば叶うって言うだろ?」
真顔が緩んで、優しくなった
「あの夢ね、」
もう一度、聞きたくて 口を開いたら、リュウイチの指で押さえられた
「人に話したら、叶わなくなるって 聞いたことない、か?」
…ずるい… 言わせないなんて
一瞬で表情が怪しくなったアタシを、リュウイチが笑った
「叶うかは 日頃の行い次第なんじゃないか?」
ニヤッとそれはもう いつもと同じ顔で。
「リュウイチの『日頃の行い』、ハードル高いでーす」
「うるせえ、やれ」
「そんときは、不貞寝で拒否してやるっ!」
「今回みたいにな?」
「…」
「まあ、いい。 ハードルの種類を そのうち変えてやるよ」
「ハードルの種類?」
リュウイチは、「言うかよ、簡単に」ニヤッとまた笑った。
相変わらず、イジワルだったけど 大丈夫。今のは『鬼畜』には、見えなかったから。
ハードルの種類は、どう変わるんだろ?
…甘いといいな。
リュウイチの腕の中に招かれた。そして、目をつぶるように促される…
ねえねえ、願いは、叶うんだよね? イイコにしてたら 叶うんだよね?
じゃあ、祈ってる。
貴方の事、無理しなくても 好きで居続けられますようにって。
そんな 苦い悩みを挟んで また 甘くなった一週間のお話