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言葉より早く伝わること

今日もいつも通り、午後の追加オーダーの状況を見に、事務所へ戻った時だった。

パート社員たちのリーダー格二人が一緒にオーダー表を見ながら 割り振りをしていた。


「お疲れ様~」

声を掛けると 二人が顔を上げて返事を返してくれた


クマ吉こと熊澤さんが「そうそう」と切り出す

「さっき、蕃昌さん宛に電話ありました。今度は ケータイに 直接電話するって言ってましたよ」

「誰から?」

「えーっと、えーっと…」

名前を思い出せず、困ったクマ吉が 苦し紛れに言う

「えーっと、あの、本社にいる あの『背の高い御方』」

リーダー格もう一人 リン兄こと 大林さんが笑う

「秘書課のエラい人って言えば 早いだろ」

ああ、柏木竜一のことか。二人が言うのは、社内恋愛の彼氏の事。


そうね、もし リン兄だったら リュウイチの名前を忘れても「背が高い御方」とは 言わないだろうな


クマ吉が言う通り リュウイチは 背が高い。「本社にいる背の高い御方」って言っても通じるんだけどね

でもね、リン兄は、リュウイチよりも背が高い。

リン兄なら、違うこというんだろうな…と リン兄を見上げながら思った。


ねえ リン兄?

それだけ背が高いとさ 日常生活…不便でしょ? リン兄が 猫背気味なのは 家具とか建物とか 他の人との目線が、屈まないと 合わせづらいからだよね?


私の視線に気がついたリン兄が言う

「ダメだよ~? 『ブイシネ』とか言っちゃ~?」

「は? ブイシネ?」

リン兄がクスクス笑いながら 目線は 違う方を見ているので、同じ視線の先をみやると クマ吉が、オロオロしている。


口がちっちゃくなって、黒目がちな大きな瞳が 左に行ったり右へ行ったりしてる。

「くーまーきーち?」

こういうときのクマ吉は、だいたい 隠し事があるとき。

「い、いや 違うんですよ」

たまらなくなって、遂に言う。笑っているところを見ると、言いづらいけど、言えないことでも無いらしい。

「アノデスネ…」


クマ吉いわく。

クマ吉のセクションにいるパート社員さんたちは、私の彼氏:柏木竜一 を 初めて見たとき「インテリヤクザ」っぽいと思ったらしい。


世間のヤクザのイメージは、東映Vぶいシネマシリーズ。だから、リュウイチのあだ名も『ブイシネ』


「あーっはっはっはっはっ!」


今でこそ笑えるけど、ね

当時、初対面の頃。

柏木竜一とアタシは、敵対でもないけど… 犬猿の仲に近かった


本社の指示できたコストカッター 秘書課のチーフ VS 現行の実務責任者 物流センターのチーフ その構図だった。


あの頃ね、リュウイチは 本社から単身乗り込んできた気負いも手伝って、目付きも言い方もキツかった。

その姿を 何も知らされず見た若い衆たちが『その筋の人?』と思っても仕方ない、かな?


まあ、そうよね

高そうなスーツに、靴に、時計。トドメは 黒塗りの日本刀を思わせる艶のあるオールバックに、切れ長の瞳に眉。

あのまま 目を開いたら 殺人ビーム飛んでくるかもよ?

…まあ、辛辣な台詞とともに 実際 飛んでくるんだけど。



「それ、今も通用する呼び名なの?」

私の大笑いは 止まらない。

「いやね、俺も そんなこと言っちゃダメだよって言ってるんですけどね」

クマ吉は 手をパタパタさせて 慌ててる。

「まさか、本社の正社員に そんな ヤクザっぽいのがいるとは、誰も思わねーからな?」

リン兄が 煽るように また笑う

「り、リン兄!」

クマ吉が アウアウして「人の彼氏さんを そんな風に言っちゃダメだよ」と止めてるけど、気にしてない私は ずっと笑い続けていた



机に置いていた社用ケータイが鳴っている。生憎、両手は塞がってるし、距離もある。

「ゴメン、クマ吉かリン兄…代わりに 出てくれる?」頼むと 二つ返事でクマ吉が「はい、熊澤が取りました」と歯切れよく出てくれた。

ニコっと笑うクマ吉、「あーはいはい、ちょっと待って下さいね」


どうやら アタシじゃないと対処出来ない相手らしい… ケータイは クマ吉の隣にいたリン兄を経由して アタシの手元に来た。

アタシに手渡す直前… リン兄が 液晶画面をみてニヤッと一言。


「ブイシネ、だよ」


アンタねー

平然と言わないでよ。

せっかく 笑いが収まったのに 思い出しちゃったじゃない!



「はい、蕃昌です」電話に出たときも 笑いの余韻が消えなかった

「何か楽しいことでも起きたか?」聞かれた上に、しっかりと「…で、ブイシネって何?」


説明に困ったのは言うまでもない。

ま、言っちゃったけど。




あの後、会った私達。


一応、謝ったわよ?言わなくても 分かってくれたのもあったけど。

「甘んじて、受け入れるさ」

そう言ったのは、リュウイチの家のソファーの上での事


お互いの手元には 手作りカクテル。

王道のリキュール酒買ってきて その一本を色んな飲み物で割っては 楽しむの。

ワタシのは ホットキャラメルオレ。最近のアタシのお気に入り。抹茶リキュールを熱ぅ~い牛乳で割って 最後にキャラメルを落とすの。

リュウイチのカップには 梅緑茶。抹茶リキュールを梅酒で割って 和風の甘苦さに仕上げてる。


んー いい気分!酔いに任せて 言ってはいけないことも言った気がするけど、リュウイチも 口許は 緩んでる。

…と思ったんだけど。

「ブイシネ、と言われたのは 初めてだ」

「アンタのことだから、似たり寄ったりの事は 言われてるんじゃないの?」

まあ、そうだろうなと思って 喋っちゃったんだけど。

「言われてるのと聞かされるのは違う」

…そりゃ失敬。やっぱ 傷、付けちゃったかな…

なにも言わない横顔、少しも酔いの色が無い。

うーん、マイッタナ。よしっ


「私、この髪型好きよ? キスしやすいし。」

ちょっと 背伸びして オールバックのオデコにキスした。

悔しいけど リュウイチは 男前な顔立ちしてると思う。スタイルだっていい。

オデコの形もキレイだし、見た目の雰囲気が スマートで精悍。

オールバック位 インパクトある髪型でも 確かに似合ってしまう


似合ってしまう、けど 本当の本人の一面とは かけ離れてるんじゃないかな、とこの頃思う

奴の仕事は うちの会社の重役秘書…凡人の及びも付かない心労も溜まるんだろうな。

弱い姿見せられなくて、とかでさ? こんな髪型して 自分にプレッシャー掛けちゃったりしてない? どうせ、アンタのことだから。



デコチューし終わって、ゆるゆると下がったとき、筋の通った鼻を掠めてしまい、互いの視線がぶつかった。

しまったと思ったそばから、そう思った事すら忘れかけていく。


リュウイチは 髪も 眉も 本当に漆黒なのに 瞳だけは キレイな茶なんだ… 子供のときに遊んだビー玉を思いだす…



ふと、リュウイチが呟いた

「この髪型にして 困る時と役に立つ時がある」

あっ… 瞳が伏せられ、2つのガラス玉は 隠された… 名残惜しさに まぶたを、睫毛を、追い続ける私がいる


「困るのは、お前に 言葉で言うよりも早く伝わっちまう」


もう一度、あの鮮やかな茶色を見れた時、背中に回されていたと思った両手が 違う動きを始めた…下ろした私の髪、顔に掛かる全てを掻き上げられ、表情を隠す物のなにもかもが 取り払われる。


待って

髪は カーテンだったのに

…茶化して 誤魔化すようにキスしたのを隠すための幕だったのに。

それが、バレてしまった。


私、今 どんな顔しているんだろう…同じく目を閉じて 「甘んじて受けれる」その言葉をリュウイチ同様 心の中でリピートした


息が掛かって、触れて 重なって 離れるときも また息を感じるだけのささやかなキス

それだけなのに、たった それだけなのに、目の前の『男』を感じるのは 十分すぎる感覚。早くも、自分の体が支えきれない。 自然な流れでリュウイチの胸の中に倒れこんだ


ねえ?

「そのオールバックが 役に立つ時は、いつなの?」

聞くまでもないかもしれないわね、こうやって 女の子落とすのに苦労しないこと…?

リュウイチが ちいさく笑った


「翌朝、寝過ごしても 寝癖ごと後ろに流してセットすれば 分からない、こと。」


泊まっていくだろ?

その声音は、言い終えるよりも早く 泊まっていけよ、と 告げていた


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