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忘れ物は なんですか?

リュウイチと付き合うようになって、一番辛いのは… 

帰っていた後の部屋に 一人 残されたときかもしれない


でも、そこから メソメソ泣く女の子には、なりたくないんだよね




明日からまた会社、そんな 日曜日の夜。

本当にさっきまで、リュウイチがこの部屋にいた

見渡せば、まだ名残が残っていて 思い出しちゃうんだよね

感傷に浸って 動けなくなるのが一番いやだから、いつも 片付けは急ぐようにしている


「洗うか…」

寝具をたためば、二人の濃い匂いが、鼻先をかすめていく

「いきなり、一人で残されたら、空しくなるじゃん…」

落ちそうになる気持ちを振り払いたくて、布団から引き剥がすシーツは 「うりゃっ!」思いっきり勢いよく引っ張った


その瞬間、キラっと光る小ぶりの物体が 「あっ」滑るように出てきた。

…光の正体はリュウイチの時計。

時計の有名ブランドとか分かんないけど、多分 高い一品…むしろ 逸品? 地味に文字盤が いい光り方してる。


さすが、秘書課のチーフ様:リュウイチ

「仕事柄、やっぱ こういうモンもってるんだなあ」

仕事柄じゃなくても、似合うけど。

…手元の時計は リュウイチそのものに見えてきちゃう…


はあ… また 落ちてきちゃった。


リュウイチ、ずるい

涼しい顔して私を一人にして帰ってさ、しっかり 痕跡残していくなんて。

シーツも 部屋の空気も、洗い流すことは出来るけど、忘れ物は どうにも出来ない

貴方の一部が手元にあると、切なくて苦しくて 何も出来なくなっちゃう。

「ヤラレタ」

自分すら気付かず呟くアタシがいた


こんな、オセンチになるアタシ、なんか カッコ悪い。

友達とかで、彼氏がらみになると さ。

細かく一喜一憂してる女の子、居たりするよね。

アタシ、前々から思ってたけど、そういう女だけには、なりたくなかった


オトコ以外にも 自分の価値観と世界を持ちたい

オトコの胸板に縋るだけじゃなくて、趣味と仕事とを ちゃんと ライフスタイルにしたい

恋でときめいて キレイな女の子は、確かに憧れるけど、それだけの女の子には なりたくない。



「気分、変えるか…」

寝具は 全部 洗濯機に放り込んで一息。寝転びたくなる自分を叱咤して、愛車の自転車の前に座り込んだ


メンテナンスしようと思ったの。

自慢じゃないけど、結構 いい自転車乗ってる。ロードバイクっていう トライアスロンも出来る競技用の自転車。

身体さえ作れば、1日100キロも夢じゃないんだよね。東京から、鎌倉までフラッと出掛けたり、そのまま 足を伸ばして 熱海まで 一泊二日したり。


今度ね、竹芝桟橋からの夜行船に自転車載せて 伊豆諸島ツーリングもいいな、とか思ってるの。

夜中に船が出るんだけどね。出航から 30分もすると、レインボーブリッジの真下をライトアップに包まれながら通過して、そこから 大田区の工場倉庫街を横目でみながら、次第に羽田空港が見えてくる。 海に競り出した誘導灯に導かれて 飛行機が舞い降りる姿とか、見ててロマンチックなのよね

行きは 格安夜間クルージング。着けば ツーリング。帰りは、いつも 甲板でビール飲んで 潮風楽しんでる。これぞ極楽満喫旅行。

…ヤバイ、ホントに行きたくなってきた。

自転車を磨きながら、そんな楽しい計画が浮かんでいく


最後のクロスを使いきったとき、初めて時計をみた。あっ、結構 いい時間が過ぎてるかも。


ふいに 社用ケータイが鳴ってるのに気が付いた

「はいはい、出ますよ~ 待っててくださいね~」

休みの日に鳴るなんて 珍しいな…、そんなことを おもいつつ 充電しっぱなしのコンセントの側まで駆け寄った


社用ケータイを手に取ったとき、隣の個人ケータイにも、不在着信と留守電、メールを知らせる表示が出ていた。

「はい 物流の蕃昌です」


電話の相手は、「悪い、俺だ」全て同一人物

「なんで、個人ケータイよりも 社用ケータイ掛けると 一発で捕まるんだ?」

あんなに 切なく思ってはずの 秘書チーフ+彼氏殿:リュウイチ御本人サマだった。


用件は、「俺、時計忘れてないか?」

「ああ、今度 会うとき渡すよ。枕の下にあったよ」

と、まあ 簡潔に会話は済んだ。


おもむろに リュウイチが聴く

「今 何してた?」

「チャリ、メンテしてた」

答えたら、フッと口許が緩んだような気配がした


「お前、今までフラれたときは、突然『ごめん』って言われてきたタイプだろ?」


んん?

何を言わんとしてるか、わかるよーな、掴めないよーな?

電話の向こうは クスクス笑うような気配が続いている

「『時計、いつ渡せるのか考えてたの』ぐらい 言えよ」

ああ、そういうことですかい

嘘でも 男を喜ばせる甘い言葉か優しさを 言ってみてよ、って事よね?


まあうん、そのなんだね…

積もり積もって 不満が溜まっていたのか、いきなり別れ話を切り出されたのは、確かに…あった


リュウイチの前に付き合った人もね、 フラれた時は、いきなり『ゴメン』だった

サヨナラさせてくれ。理由は、浮気じゃないけど、俺が悪いんだ。的なよく分からない顛末


あー はいはい、そういうことね

その手のご愛嬌、アタシ 薄いかも。

男から 言われてみれば、それは確かに 可愛くないよね

そこまで 気が回らなかった


「気が利かなくてごめん。気付いた時に、連絡すれば良かったね」


電話の向こうの沈黙の奥で、新たにフッ と笑う声がした

「自転車で 俺の家に来て 『忘れてたよ』渡して『じゃあね』帰るつもりだったろ?」

あっ…いや。

あの時間から、自転車で追い掛けて 渡しに行く愛の根性は無かった。


「まあ、うーん」

とはいえ リュウイチの読みは、結構 イイ線 行ってなくもない。


これが、別な日で 時間に余裕があったら マジで出向いたかもしれない。

今回は 日曜の夜に忘れ物が発覚したから、さ。明日が控えてる分 そこまで 思い至らなかっただけで。


「遠からず、近からず。か」

軽く笑う声が帰ってくる

ウソが相変わらず つけないアタシ。ある程度 悟られてしまったらしい。


「確かに、チャリは 整備してたけど… 」

イチオウ、イチオウ 異議申し立てを言うわよ?そもそも チャリを整備してたのはね

「なんか、急に一人で部屋に残されて 気持ち物寂しくてさあ~。 単純作業に没頭したかったって訳よ。こういうのって 気持ち、切り替わるでしょ?」

プッと リュウイチが吹き出した

「お前は、その場に望まれた『社交辞令』を考えつくよりか、軽口叩けるぐらいの余裕、持ってた方がいいな」


ひどーい

なんで吹き出すのよ

しかも、結構 本気の本音だったのに『社交辞令』で片された~


「アンタね、そこ『社交辞令』は ヒドイっ!

二人でいた部屋が いきなり一人になったらさ、分かるでしょ? 人の気配減った分 あの静寂の落差…結構 堪えちゃったりしない?」

「分かるよ」

そこ、安直に いわない。

白々しいっての。

「ウソだ。絶対、分かってない」

ちょっとキツめに言っても 奴は動じない。軽く受け流すだけ。

「本当に磨いていたんだろ?」

うん、そうだけど…

「お前、そんなしおらしい事を 随分 シレッと言ったな?」

息混じりに フフと笑われた

「『軽口叩いてる』方がいいわけね? 折角、しおらしく『女の子』してたのに」

「バァ~カ、察しろよ。」

クツクツと笑う声、そして沈黙

あの、なんなんでしょ? この沈黙は?

「リュウイチ?」

呼び掛けたら、呆れるような、照れ隠しの笑うような カラ笑いが返ってきた

そこからさらに 少しの沈黙の後。


「真知子?」

ゆっくりと、穏やかな声で リュウイチが言った

「お前が思ってるより、俺は お前のコト分かってる。心配しなくていい」


イイ声してるなあ、リュウイチ。

あーあ、普段から そういう話し方すればいいのに。色々 台無しよね…じゃなくて。

「まあ、そんな気はする。リュウイチって アタシの考えてるコト、よく 先読みで先手打ってくる」

さっきだって、今までだって 色々お見通しだった。見透かされた感、満載


「即答かよ、まあいいや」

リュウイチが フーッと 困ったようにいう。

「なら、俺が 『バァカ』と言ったのも 分かるだろ?」

ううん? どうなんだろ、それは。

「お前の『軽口』のセンス、悪くないってことだ」

ふむ、誉めて貰ったと思っていいのかしら? じゃあ…

「さっきのも『シャコジ』じゃなくて、ちゃんと受け止めてくれたってコト?」

「さあね? どう思う?」

リュウイチは、話ながら 寝転んだのか、衣擦れの音が微かに聞こえた。「んっ…」と背伸びした声が、悩ましく聞こえてしまい、非常にけしからん。

「そこでイジワルしないでよ」

女子的には ハッキリ 聞きたいんですよ。トドメの一言は、甘ければ甘いほど ハッキリ聞きたいのが、女子なのよ?

「言 わ な い。」

「イジワル~っ!!」

リュウイチが、今度こそ 楽しそうに笑った。


「お前、俺の車とか 部屋に忘れ物とか していくなよ?」

「忘れ物した奴がいうなっ!」

「そうだな…今度、休みの時にしか付けてない トワレとか、わざと置いていったりしてやろうか?」

聞いちゃいねえ、このお兄さん

「アホじゃないの?」

「お前の布団に 振り掛けて帰ってやるよ。」

いや、だから 人の話をお聞きなさい

「嫌がらせだっ! そーいうの、止めて貰っていいかしら?」

「そうか? 寝るとき、寂しくならないだろ?」

いや、それは困る。

寂しい通り越して 切なくなって眠れなくなるもん

分かってくんないなら、こっちが先にやってやる

「じゃあ ワタシも アンタの部屋に忘れ物を仕込んで帰るわ」

やっぱり そうきたか、とリュウイチが笑う

「真知子、やってもいいけど お前 次 俺に会うとき その日がどういう予定になるか 考えろよ?」

えっ? 嫌な予感

「俺の寝不足分を 返して貰う。覚悟しろ」


えーっと それはつまり。

「その時のご予定は、外出とかのデートじゃなくて…?」

「外でも構わない。屋外よりも 室内の方が お互い居心地はいいとは思うがな。

そうそう、会う前に飯は、食いだめしておけ。トイレとかも 済ませてこい」

念のため 聞いてみる。

「もしや、その日のご予定は お風呂からスタートです、か?」

「俺もその方が有難い。そのあとは、どんなのがお好みか、ある程度 希望は聞く」

だんだん 怖くなってきた。そろそろ、言葉で聞いておこう

「まさか…そのご予定って…」

「アルファベットで三文字。直訳は、性別。これ以上はない ヒントだろ? 言えたら、さっきの『言わない』も 答えてやるよ」

い、い、言える訳ないでしょーっ! 一応、言葉の恥じらいぐらいは、持ち合わせてるわよーっ!!

「理想は 金曜の夜だな。いや、土曜の午後からでもいい」


ねえ

一つだけ 聞いてもいいかなあ?

アタシが忘れ物仕込んで帰ったら、そういう『大人のイジワル』があるんだよね?

って ことは…?


「リュウイチ、もしかして。

むしろ 思いっきり 構って欲しくなったら、何か仕込んでいけばいいの?」


電話口からは また笑い声が聞こえた

「その時は 分かりやすく仕込んでくれ。 見逃されたくないだろ?」

いや、あの、すんません

見逃すどころか、おっと ゴニョゴニョ。


リュウイチの家に、迂闊に忘れ物出来ないなあ…と アタマを抱えつつ、ちょっぴり 元気になった日曜日の夜


今度の休みも… また 一緒に 過ごそうね、リュウイチ


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