運命って そんなモンなのかもしれない
長年使っているお気に入りってさ
買った時を思い出すと、ここぞの 一期一会だったりしない?
実は、10年使ってるウールのストールは 旅先でセール中だった古着屋で見つけた。
6年乗ってるロードバイクは 親の田舎の自転車屋で 展示品を卸した『新品中古』の破格で買った
私が探して出会ったというより、向こうが 偶然を装って私を呼び寄せたような出会い。
しかも、買た時より 使い続けるうちに良さが分かってくる。
何かさ、運命ばかりが 偶然って面白いよね。
まさか、[彼氏]もそうだとは 思わなかった。
...そうだったのよ、今から思えば
デートの最後、どちらとも言い出すいつものお約束がある。
シメのコーヒーを飲みながら お互いの手帳を眺めるの。
「来週、どんな感じ?」「平日なら、水曜、頑張れば金曜日もかな。土日なら 土曜。」
来週の予定を見ながら いつの夜なら会えるか、どっちの土日なら一日一緒に過ごせるか。
○と△で 教えあう
「だったら、金曜日頑張って、そのまま泊まりに来い」
「お泊りグッツもって 出勤かぁ」
ちょっとゴネると、「水曜日に置きにくればいいだろ。」不機嫌丸出しに返される
じゃあ、金曜日終わったら 迎えに行くから そのまま俺の家だな」
毎回 こんな感じ。
というより、今日も? 勝手に予定が決まってしまった。うーん、相変わらず俺様だね、アンタって男は。
顔をみやれば、フフと笑いながら ケータイへ予定を打ち込んでいる。
そう、この男の予定は 全てスマートフォンへ打ち込んでいるらしい。
あ、個人ケータイのほうね。
ウチの会社、ケチだから 社用ケータイは 通話とメール機能しかないの。
ネットも使えなくもないけど、天気予報と乗換案内以外は アクセス制限かかってる。
前から気になっていたのよね
「ねぇ、スマホって使いやすいの? 」
現場職に スマートフォンは使いづらこい。
パート達が「音が悪いのよね、案外」とか「汗で濡れた手でタッチパネルを触ると 感知してくれなの」
いろいろ聞くから、結局 買わずに来ている
「ああ、便利だ。触ってみるか?」
いきなりケータイを渡された。
ウヌヌ!ちょっとびっくり。
だって…ねえ?
よりによって 個人ケータイだよ?
個人情報とかプライベートとかのカタマリを いきなり渡されて ちょっと緊張
信用されてるのは嬉しいけど…
かたまったままの私の手が、白くて大きな手が覆う
気がついたら リュウイチは 後ろ手に回っていて すっぽり抱きかかえられてるような体勢
ちょ、ちょっと 近いでっせ兄さん。いくら ちょっと人が誰もいないカウンター席だからって…。いやいや 大胆すぎやしませんか?
ちょっとの緊張が ガチンと硬直したアタシを カタカタと笑う
「まさか、スマートフォンは 指先で操作するのを知らないとでも?」
ククク、と笑う声に「そこじゃないでしょう!?」言い返すも「いいから、画面みろよ」ここぞと美声が 耳に付く
「これが ロック解除」
ピッタリ重ねられた手、わずかに熱い。私の手?それとも リュウイチの手?
「で、メイン画面。ここに、『アプリ』って呼ばれてるソフトが色々入っている」
私を抱き寄せるもう一つの手が 脇腹に届く。うっ 脇腹弱いんだよね、やめ やめて
「これが、手帳のアプリケーション。押して」
脇腹の手が 人の気も知らないで疼いている。まるで、濃厚なあの時間を思い出させる触り方
耳がジンジンする。首筋がチリチリする。触れてもらえるのを待ち焦がれてしまうあの時間へ体が変わりそうになっていく
「どう?」
息で笑っているのが 耳をくすぐるから… ますます、タッチパネルに触れている指が熱帯びて… 汗でスベった
あぁもう、イジワル。イジワルすぎるわ。
「日付をクリックすると、その日の予定が下に表示される。
ここを押すと 設定画面に飛べて、そのままここを押し続けて…」
説明が 右から左へ抜けていく。だって、人が少ない飲み屋のカウンターだからって この体制はマズイでしょ、恥ずかしいってば。完全に からかわれてる気がする。なのに、感覚が冴えきってしまった皮膚は、次の仕草を待ち望んでしまっている。どうにもならない、どうにかしてー
「ここで、俺の予定が 週間で分かる」
私の手を包んでいた手、絡めてきた指が、指の脇を同じく掠めていく
いやあ、もう ケータイどこじゃなあい!! このエロ男め!
アタシを救ったのは、空気を読めない店員の
「お冷や、いかがですか〜? 空いてる灰皿、お取替え致しますね〜」
「このあと デザートお持ちしましょうか〜?」
漂う空気を分断してくれるような 能天気な声。
ほっ、惜しい気もしたけど ちょっと我が身救われたわ。…ん? なんか今 変な本音が漏れた?き、気にしないで!
実は ベタ甘に撫でられたりするのが好きとか、オットゴニョゴニョ。ん、んなことないわよっ!
それでもね、ケータイは そのまま触らせてくれたの。
「好きに遊んでみていい」いいの?って聞いたら。
「元々、お前に見られて困るモノは 無い」だって!!
例の店員いなくなったし、また ベッタリ甘やかせてくれたんだけど 今はもっとすごいわよ。
向かい合うようなカッコ、しかも すっぽり腕の中で サラリ。お、おおう。ケータイ落としそうになったじゃない、危ない。危ない
顔はきっと真っ赤。きっとじゃない。間違いなく。
今、見ているのは 見開き1週間の画面。
そりゃもう、朝からぎっしりつまった予定
自分の部署の朝礼から始まって、本社朝礼、同時に 自分が担当している重役だろう予定が表示されて。
「これは、グーグルでも見れる。…ケータイからもパソコンからも。」
すごい。
自分の予定と、自分と関係している人の予定を同時に表示させて。
詳細を押すと、関係する情報がメモ書きされてる
たまに、プライベートっぽい予定がチラホラ書いてあったりする
クリーニング引き取りとか、マンションの火災報知器点検とか、車検まであと2年とか。
たまに、M:10:00コール有 M:20:00頃センター集合 とか、書いてある…Mって 真知子=私 の事?
多分そう。なんか嬉しくなる。自分との予定が ちゃんと手帳に載ってるなんて。
勝手にニヤニヤしている私を放置して、リュウイチは 呼び出しブザーを押している
「気分的に 飲み足らないな。この店、越乃寒梅あるのか…お前も飲むか?」
のめり込んでる私は生返事「適当にもらう」「分かった。楽しいみたいだから そのまま遊んでろ」
取り上げるわけでもなく、ただ見守られている私。なんか、いろいろ気を許してもらっているのがチョットくすぐったくも 嬉しい。
お言葉に甘えて、今度は 象の横顔?のアイコンをおもむろに押してみた。
「ねえ、これなんのソフト?」
振り向いた視線の先では、マス酒を受け取るリュウイチ。おもむろに、グラスを拭う仕草が見えた。手のこなしが妙に 柔らかくて…その色っぽい感じがした
「それは、俺のメモ帳。
仕事中のメモを、取り敢えず 全部そこに放り込んでる。データは、会社のパソコンからも 自宅からも ケータイからも呼び出せる。
分類と整理も出来るから、愛用してる。」
色んなアイコンが並んでて よくわかんないけど、押して出てくるのは 仕事に関するコトばかり。
経済用語っぽいモノから、セレブが好きそうな歴史的な美術品、プレゼントで使えそうな地方の工芸品。
他には、各部署に出している報告書の事案とか、その途中経過とか。もちろん、自分でも勉強しているらしく、『物流・センター』のフォルダには、『物流用語』のデータもあった
こんな こむずかしいソフトを 使いこなしているのがすごい。
ここまで キッチリ仕事に没頭しきっているのも すごい。
無意識に言葉が口から漏れた
「よく恋愛する暇あるね」
言ったそばから、「あっ」自分の立場を思い出す。
「お互い様だろ?」
フフフ、と軽く笑われて 少しばかり安心。
って、さぁ。アンタ…抱えてる仕事の種類と数が違うでしょう...
アタシ、物流の単語は詳しいけど、経理用語と経済用語は 全然わかんないわ。
本当に よく 恋愛する気になるわね、この人
どういう理性と集中力を持っているのかしら?もはや、鉄人だわね。
「別に、やれば出来る程のことだろう?」
あのね? それ、嫌味?…よそ様より頭がお宜しいのを そろそろご自覚くださいませ。
ふつーは ここまで ハイテクを使いこなせないものですわよ?
ここまでちゃんと保管管理してるなんて、情報の番人ね。アンタって男は
でもねー おもったんだぁ
「意外に 真面目だったのね」
こんだけ、仕事関連のデータばかりに出会うのに、さ
インターネットのブックマークをみたら、仕事以外っぽいサイトなんて 全然ない。
せいぜい、履歴を拾っていたら なんかのエロ動画サイトにブチあたったくらいくらいかしら?
あ、プライベート見すぎ? 悪いわね、見ていいなら この際 見ちゃおうと思ったのよ。
口に出してなかっただけ いいでしょ?黙ってあげてただけ、大人でしょ?
ちなみに
着信履歴は、ほとんどが私。たまに、男友達なのか、みるからに 女じゃない名前が続いて、たまに 「お?」誰だと思ってみたら 苗字がしっかり柏木だった。…家族?
改めて言うのも難だけど。
この人、本当に アタシに一途なのかも。
でもって、本当に 仕事とアタシとしか ないのかも。
ついでに言っちゃったら
頭の良さに任せて、何か 人に顔向けできないことやってそうとか思ったけど…
叩いてもホコリは出てこない人なのかも。
ひょんなことから付き合い始めたのに。
実際んとこ、こいつ 本当にいい奴かも。
ふと、乗って6年目のロードバイクが浮かぶ。
親の田舎へ遊びに行った時 暇そうにしていた近所の自転車屋の壁に飾られてたのが 気に入って 思わず即買いした。
お世辞にも 簡単に買える金額じゃなかったし、店の頑固なおっちゃんが「体格が合わないと 怪我するよ」って 最初は止めていた
でも、実際に乗ってみた途端
「姉ちゃん、意外に足が長いんだね。最初、無理だと思ったけど これなら乗れるよ。」
って喜んでくれて、ハンドルと本体をつなぐ部品を交換してサドルを一番下まで下げるのを条件で 売ってくれた。
買ったあと、おっちゃんが「衝動買い出来る物じゃないんだよ、こういう自転車は」言った意味が分かった
今なら 常識としてしってる知識だけど、
ロードバイクは基本 乗り手の体格に合わせてオーダーメイドだということ。
フレームだって 10万はする代物。簡単に交換できない
フレームのサイズが合わなければ おっちゃんの言うとおり「体が 故障・怪我する」
そもそも 販売携帯自体が ほぼ 受注生産で、納車まで 1ヶ月〜3ヶ月。長いと半年もザラということ
だからあれは、その場の感情に任せて買っちゃったけど
しっくり乗れるカスタマイズをされて、あたしを待っていてくれたという運命の出会いだった。
私しか分からない「運命」の出会いだけど、直感がそう言ってる
あの時の感覚と似てる。
この男との出会いも 突然すぎるし、アタシにしては珍しく 流されるように付き合い始めた。
言いたいこと言い合って、たまに折れて。折れてくれなかったら、こっちも 納得いくまで折れなくて
諦めたこともあるけど、諦めてもらったこともある
でも、そんなやり取りが アナタとは楽しくて嬉しくて。
運命との出会いって そんなもんなのかもしれない。
この男とも… もしかしたら 運命とかいう そんなモンなのかもしれない
手元の日本酒を飲み干したころだった。
「ケータイで思い出した。
お前、自分の社用ケータイ使いすぎだ。そろそろ、通話料が高すぎるっていう警告の連絡くるぞ」
えーっ! かかってくる自分のパートたちの「聞いてぇ〜」の愚痴電話に付き合ってたら やっぱり 怒られる金額まで行ったか…
「リュウイチは?」
「俺は、毎回 無料通話で抑えてる。掛けるところが大体決まってる分、な」
その2週間後 リュウイチの予想は大当りした
総務課からメールが来て どんより長い警告がきましたと…さ!
さすが運命の殿方は 予告も当てるのね。
トホホ