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意識せずには居られない

本社の物流部から連絡が来た

「例の件、上申書を早急に提出して欲しい」


あーやだやだ、『報告書』ってやつ。

あのね? 現場で働いている社員のPCスキル、分かった上で連絡してきてるの?

メモ帳 と ワードの差がいまいち分かんないアタシ。

それぐらいのレベルなのに…


事務系OLならまだしも、倉庫現場で 陣頭指揮取ってるのが仕事よ?

それでも私に 入力をやらせるか。


あーあ

それぐらい 本社で書いて出してよ。

この前、何で 稟議を通してほしいか きっちり説明したじゃん。

アタシ、文章を書くの、苦手なんだし 打ち込んで 体裁整えてとか 苦手なんだよね。 

ただでさえ、元々 通常業務内では そんな時間が無いんだから。



「手書きで良いですか?」って言ったら 却下された。

「現場で使うんでしょ?」

経費は 物流センター持ちのモノなんだから、それぐらい 物流センターの名義の上申書だしてよ。

遠回しに 言われた。


ごもっとも。

ごもっとも、を盾に 仕事を増やしたくない魂胆丸見え。

…使えない窓際管理職の巣窟:本社 物流部

泣いても時間の無駄だな…悟ったアタシは、腹をくくった。


内容を組み立てるのに 時間がかかるのよね。

今回のは 数字使うたぐいの報告書じゃないから まだ 命拾いしたけど。

伝えることは整理できてる。後は 打ち込むだけだ。




どうせなら、本社に書類を取りに行くついでに 本社物流部から最新鋭のノートパソコン借りて、1時間 会議室を押さえて 一気に仕上げてしまおう。

思い立ったアタシは、本社のミーティングルームをすぐに予約した。

これは、社内ウェブから押さえることが出来る。電話も鳴らないし はかどるぞ、ウヒヒ



プルルル

押さえたはずの会議室なのに 内線電話が鳴る

電話の先は、秘書課だった

「物流の蕃昌ですけど、重役会議なら 今日じゃないみたいですよ?」

間違い電話だろう。なにか言いたそうな口ぶりだったが、時間が無いので強引に切らせてもらった傍で。

「悪いな、邪魔するぞ」

秘書課が電話してきた意味が分かった。

「俺が会議室押さえようと思ったら、お前が先に押さえてた。だったら 一緒に仕事した方が好都合だろ」

「何のために 会議室押さえたんだか」

誰にも邪魔されないで 報告書を作ろうと思ったのに。

「どうせ 物品購入の上申書だろ? 俺なら20分で書き上げるけどな。」

鼻で笑うような、挑戦的な言い方、ムカー

「貸せ、添削してやる」


貸せと言われても、渡せるのは 箇条書きで要点だけを書き連ねただけのノート。

おもむろに、胸ポケットのボールペンが 抜き取られた。

「ふーん」

感情の入ってない声が漏れてきて、長い指がペンまわしを始めた


まるで バレエか新体操を鑑賞しているような気分。

手慣れた連続技が次に繰り出されて、何を魅せてくるのかますます食い入ってしまう

ふと、いきなり ペン回しが止まった。


「この手の書類は、電話で済まないから、書面を求められる。その意図を考えろ」

物流部で止まる書類と思ってるのか? つっけんどんにノートを返すその顔へ

「どうせ、本社物流部のことだもん。自分たちじゃ重役へ 説明出来る自信がないから、現場に書けって言ってるんでしょ」

用意していた通りの言葉を返す

「そこまで分かってるなら、ますます 専門用語へ頼るな。」

「短く、分かりやすくって 難しいんだもん。」

「全部伝えようとするからだ。要約は俺がやってやる。いいから、言葉をもっと噛み砕いて ざっくばらんに並べてみろ」


そこから先、ノートへもっと 単語を並べていったんだけど…伊達に 「20分で仕上げる」と言い切ったわけじゃないらしい。

私の取りとめのない説明を だまって聞きながら、「要はさ」単語を太く囲われて、「提出の構成が」矢印が 文脈の流れを指し示していく


それと、キーボードへの入力も速かった。

本社物流部から借りてきたっていう「最新鋭PC」とは言ったけど、世間的には 最新鋭じゃないから、決して、反応速度が速いわけじゃない。

なんだけどさ、見る見る間に 白紙の画面が文字の羅列で埋まっていく。マジで神掛った正確無比なキー入力。

それは、打ち込んでは、適材適所の文脈へ マウスで送り込まれる。


見たことも無い処理の速さに、驚いて本人の顔を見ると、別段 一心不乱に打っているわけでもなく。

どちらかといえば、いつも通りの無表情か、少し 瞬きが少ないくらいか。

あっという間に、A4一枚を示すまっさらな画面は、それっぽい書類の表示に化けていた


打ち終わったんだろう、添削が始まる。

キーボードから両手が離れた。

先ほどまで エンターキーばかり打っていた右薬指が いやに目につく。

指輪とかしたら 似合いそうな手だとか、余計な事を考えてしまう。

腕組みをしたかと思えば、人差し指が 文脈を追っている。


「読んでみろ」

それが終わりの合図だった。



読んで一瞬で、『出来る奴』の報告書だと思った

そっけない位文字数が少ないのに、カッチリと情報を伝えてくる。子気味よいくらいストレートだ。

流れがあって 迷いがない道筋に 思わずうなってしまう。


「ひっかかるところ、ないか?」

私が止まったのは 要望、と書かれた部分だった。

ニュアンスが違うんだよなぁ…、いいたいのは まぁその通りなんだけど

そこまで 確定した状況じゃないから 強くも望めない立場があるだよね…

「もうちょっと 逃げ道がある言い回し、無い?」

なるほど、と 薄く息をはくと、

何パターンか、言い回しを替えた表現を候補へ挙げてきた。

つくづく すごいと思ってしまった。


普段は、必要最小限の文章でしか そっけなく会話しないのに、

ダムが堰を切ったように言い回しの幅というか 引き出しを持っている。

口からでる単語、一つ一つの選び方が 繊細でかつ迷いが無い。

まるで 城の城壁。

寸分の狂いもなく単語が横並びになり、文章として組み立てられ、その上へ更にまた 新しい文章が重なり、段落として成立する。

それがまたさぁ。完璧な石垣か壁の如く 隙がないのよ。


うん、凄い。

すごいよ、アンタ。


唸っている間に あれよあれと 本当に報告書は終わってしまい、

「もう無いか?」「無い」

数少ない表情の中で あれは 夢中になっていたんだと気がついた。


「メールでいいだろう?」

部屋の片隅からLANケーブルを持ってくるように促して、しっかり私の名義で 物流部へメールを送る


「リュウイチって」

ん? 目が合う。一仕事終わって ほっとした時は、会社の中でも こういう表情するんだ…じゃなくて。

「仕事できるんだね」

ゆるく顔が破顔して、今の言い方いいな と声を立てて笑われる

「まぁ お前が頭の中が整理できた状態だったのは 楽だった。どうせ 1時間ここを押さえてるんだろ?

 ゆっくりしていけよ」

USBをはずした手が そのまま 私を見るための頬杖にある

パソコンを落とした手が、頬に掛かる髪を耳へと掛け付ける指になる

いや、恥ずかしいって。その展開。

ちらっと 顔をみたら、直視したらこっちが爆笑しちゃいそうな、あまーい顔だった。


会議室は 一時間きっちり、ありがたく使わせていただきました。

いやね、期待するようなことは無かったわよ

だいたいね、残り30分で そんなことできると思う?

それに、この男も 「45分から会議で使いたいから 早く明け渡してほしい」って言ってたくらいだもん。

あらやだ。何 想像したのかしら?

まぁ、大人だったらご期待するものかしらと思って書いてみただけよ


あはは

これだけじゃ 意地悪よね、じゃあ ちょっと書くわ

「俺が打ってる最中、ずーっと 見つめられてたのに 書類が終わった途端に 見なくなるとは、冷たい奴だな」

だってさ

いや、あの。

意識しちゃうのよ、ああいう うん、明らか「仕事デキる」強い人オーラにアテられたら。

なんか顔が赤くなっちゃうくらい、カッコよかったなと 思っちゃう。

はあ、本人に 恥ずかしくて言えないんだけどね。



「困った顔のまま、こっちを見ている顔は、意識せずには いられなかったけどな」

ふっと笑われて。

その顔にノックアウトされたアタシは、30分経っても 人前に出られる顔に戻れなかったのは ここだけの話。

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