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素直に いえばいいのに。

素直いえばいいのに。


都合が悪くなると嘘を吐くのが女なら 黙るのが男だと思う

黙るだけならまだいい。

素直に言わない時は タチ悪いわよね。



今日は、4半期に1回のド・ハマリデー 通称「一斉出荷」

いうなれば、

大口顧客のお客さんたちが 四半期決算にあわせて 大量のお買い物をして下さる関係で

我が物流部にも たいへんな煽り…おっと、ゴニョニョ…お仕事を頂く、期間なんですよ。



今日も時計は21時半をすぎてだいぶ経っている

やっと 今日が終わった… なんか 気持ちだけが焦って 時間の経過が早かった気がする… 明日もそうなのかな


その感傷に浸っていたら、リーダーの一人が「お疲れ」と声を掛けてきた。

パートの殆どは もう 帰した。

上司は 「早朝便は 俺が見るから」と先に帰って貰って、今は 私とリーダーしか居ない、閑散とした事務所


「後、誰も 残ってないよ」

最近お気に入りのウィルキンソンっていうジンジャエール片手に、「あげる」って言われて。

何のてらいもなく 椅子を隣に引っ張ってきて ストンと座られた

「今から帰ったら、何時になるの?」

顔をのぞきこまれて、「疲れた顔してる」だって


ちょっとショック。そして、動揺した。

隠したつもりはないけど、今のは「無理してる」って聞こえた。

確かに疲れてるけど、弱ってる時に、男の人に至近距離で近づかれると ちょっと身構えちゃう。

甘えたくなるし、弱ってるのが暴かれてるみたいで。


「さぁ… 日付が変わる前に布団は敷けそうだけど?」できるだけ ゆったり笑ったら

「送ってあげようか?」って言われた。

遠くで、ドットプリンタが納品書を吐き出す音が聞こえる。実は、あれが止まらないと 帰れない。

思ってもない有難い申し出…なんだけど、待たせる訳にいかない。

「知ってるよ。だから、蕃昌さんは 自転車で通っているんでしょ?」

そう。それもあって 実は、片道15キロを45分とかで通ってる。

ロードバイクっていう 軽量のスポーツ用自転車なんだけど。

これなら、終電も終バスも気にせず マイカーに係る諸経費(笑)も気にせず 自分の時間で通勤出来る。

それを先回りして察したのか、リーダーは口を開いた


「俺の車に積むといいよ。さっきの通り雨で路面濡れてるから コケるかもしれないしね

ゆっくり、話でもしながら 帰ろうよ」



「ゆっくり 話」かあ

このリーダーの部署が 一番無理をさせてる。

アタシが大卒で入社して、物流部の配属になって 何故か 物流センターで働くようになって。

オペレーション(いろんな伝票の出力とかね)だけの仕事だけじゃ 満足できなくなったから

現場管理もやるようになった時、育ててくれたのが このリーダーだった

他にも、いろんな人が助けてくれたけど…

いつも 一番言いにくいことを言ってくれて、

黙って泣かせてくれたり 黙って辛い部分を引き受けてくれたりもした

感謝してる。今の上司が「親父っさん」なら このリーダーは「兄貴」だ。


送ってもらうのは ちょっと 申し訳ないけど。

「わかった。ありがとね。」ちょっと考えてから 返事をした。



二人で出た事務所。

時間は22時…とっくに過ぎました。

こんな時間に 女の子(っていう歳でもないけど)が 事務所しめるなんてね、人使いの荒い会社だこと。

雇われセンター長は 辛いですよ。



「ごめん、一本電話していい?」

電話の先は 彼氏、こと 柏木竜一

本社秘書課のこわーい鬼。もっといえば、仕事ダーイスキな般若か明王。

どうせ、まだ会社だろうと思ったら...

「こんな時間にセンター出るなら、連絡ぐらいしろよ。」

もう、自宅だったらしい。珍しいな。あ、そうでもないか…世間は 22時なんだもんね

「ごめんごめん、四半期のシメでさ〜」明るく話を続けたつもりが「もう 帰れるんだろ?」

若干不機嫌な声で 話を遮られた。

なんか…むか。

「うん 帰るよ。

セクションのリーダーが 帰り道に落としてくれるって。繁忙期の短い時間だしさ、話しながら帰ろうって言ってくれてる」

「ふーん」

さっきより さらに不機嫌になった。何で?なぜに? 私、何か 地雷踏みましたか?

「遅くならないようにしろよ」

「大丈夫だよ、明日もあるし。話つっても 引っ張るのも悪いから。」

聞いているのかどうなのかも分からない間が空いた後、「じゃあな」と言われて。

「うん、着いたら電話するね」も言い切らない後、電話が切られた。

なんで あんなに機嫌悪いんだろう。

とうに表示が消えた画面をみながらつぶやいた。



一瞬ちらつく「男の嫉妬」っていう単語

こんな遅くに 彼氏じゃない男に送られるってのが 嫌なのかな。

いや…でも ちゃんと仕事で遅くなったんだけど。

別に やましい事ないのに、なんで こんな仕打ちあうのかしらん?

だったら お前が迎えに来いよ。

先に連絡して「駐車場でまってるから」言えよ!


そんな私情を 自分の手足になって動いてくれるリーダーたちの前で言えるわけが無く。

顔に出さないように、でも 心の奥底で引っかかりながら。

会話を楽しむ余裕もそこそこに 車は自宅の前についた



何度も乗ったことがある見慣れた外車が ハザード焚いて待ち構えてる。

「ウゲ」血の気が引くのがわかる。

「何が?」リーダーが 同じくハザード焚きながら車を止める

「彼氏、来てる」「一本電話したんじゃないの?」

まぁ、そうなんだけど… その言葉が どうつなげていいか分からない。


リーダーが まあ別にいいんだけど。自転車下ろすよ、と平然と促してくる。

「駐輪場、契約してないんだったっけ?部屋まで運ぶ?」

「いや、慣れてるから 大丈夫。」

「じゃあ、蕃昌サン 彼氏なんとかしなよ」

「うーん」


電話したら「今行く」とブツっと切れた。

ほどなく 暗がりから 姿が見えた。ラフなジーンズにTシャツ姿。


リーダーがサラっという

「また会ったね、秘書課の…柏木さん…だっけ?」

「あぁ、遅くまで そちらも大変だったな。 連れが世話になった。」

ハタからみると 美男二人が並ぶ。けど、この二人が夜中に ここにいる理由ってのが 私ってのは 結構 居心地悪いよ。



だって。

初対面者には 愛想笑いしかしないリーダー と 愛想笑いもしないウチの彼氏。

ただでさえ、合うわけがない。


「リン兄、ありがとね」

リーダーから自転車を受取りながら、どうにも 平和的に見えない男二人の間に立つ。

「うん、じゃ お疲れ」

相変わらず 完璧な愛想笑いの一方で 彼氏がすかさず自転車を取り上げる。

これは、俺がやる、とでも言いたげに。

その様を崩れない愛想笑いのまま「柏木さん、またね」手を上げて リーダーは帰っていった。



ハザードが消えて、車が見えなくなる。

ビミョーな沈黙が 異様に怖かった。


自転車を部屋に入れてもなお 沈黙は続いている。そう…当たり前のように 奴が部屋についてきた。

(アタシ、寝たいんだけど)

それも言いづらい、夜更けの来客。

いい迷惑かもよ?


「で、不機嫌な理由は なんなの?」

さっきのウィルキンソンをグラスに移して、氷を入れて 二人で飲む。

理由は一つ。「夜遅いのに、部下から送迎されるな」


「アンタ、よく言うわね!

  接待の時は、自分の上司を送迎してるんでしょ、自宅まで。」

言い分は わかるけど、お前には言われたくない!


「部下を心配しろって話だよ。

 あの男も、明日も遅くまで作業あるんだろ?寝不足なんだろうから、まっすぐ帰してやれよ」

「だって、話…」最後まで言わせてくれなかった。

「閑散期入ってからでいいだろ」

「そういう問題じゃないんだってば」

「あのセンターからこの家まで 15分とかの距離だろ? 大した話できないだろ」

リン兄の好意に甘えた私も悪いかもしれない。

でも、アタシだって 一人で5人のセクションリーダーを抱えて その下には それぞれ20人前後のパートがいる

その大所帯の実質の長やってるんだよ?

どこかで フツーの三十路の女の子(女の子って年じゃないか)に戻りたいよ

職場の配下の下じゃ 本当はマズイのかもしれないけど、一人で抱えきれない毎日の疲れを 誰に漏らしていいの?

どうせ、アンタに言ったって分かってくれないんでしょ?

泣きそうな気持ちで 残り少なくなったジンジャエールの泡を見つめていた。


沈黙を破ったのは リュウイチだった

「俺は お前の仕事を直接手伝ってやれることは出来ない。

でも 遅くなるときは 連絡ぐらいしろ。迎えに行く。 風呂と飯の準備も 助けてやる。」


心配してたんだ。だったら 言えばいいのに。

「ありがとね、気にかけてくれて」

「分かればいい」


でもさあ?

もっといえば、あの時「ふーん」で 怒らなくてもいいと思うんだ

って それを言ったら、また喧嘩になるから。


「迎えに行くって 先に言ってくれれば。

リーダーとも違ったやり取りになったと思うんだけど、どうかしら?」


しばらくの沈黙の後、

「分かった。俺も 言葉が足りなかった。悪かった」

むこうから謝ってきた。ただ。

「もうすこし、自分の男を信じろよ。

 なんで、『仕事今終わった。遅くなる』『帰り道、送ってもらえることになったから』突き放すんだよ」

あら、思わぬ本音

「だって、悪いじゃん。なんか、申し訳ないんだよね

 そっちだって 毎日 日付が変わる前に家の電気をつけられるかどうかの生活でしょ?」

そんなん続いているのに「今終わった。迎えに来て」家の前で「じゃあ また明日」なんて 頼めると思う?

「休みの日に 適当に俺んち来て、ヤることやって じゃあね が、俺たちの関係じゃないだろ?

 お前がキツい時は 何か助けになることしてやりたいと思うよ、男なら」


わかんない。男の優しさって分かんない。

だって、アタシの睡眠時間1時間程度の為に、わざわざ 来てくれてさ

それで「じゃあ」笑って帰れるなんて おかしいよ

そんな労力賞味2時間くらいのために ご足労なんて 申し訳なさ過ぎて 呼べないよ

理屈に合わないじゃん。損得も損、大損じゃん。

下心なら分かるけど、親しい仲なら なおさら 頼んでいい事と頼んじゃいけない事がある。


でも。

しっくりこないけど、こういう事らしい

「リュウイチだって 大変だと思うんだけど、アタシは リュウイチを頼ってもいいの?」

頼って欲しい、困った時に顔が浮かぶ一人になりたい。そういうことなの?

メンバーに入れてない苛立ちで リュウイチが機嫌悪いという事らしい

「ホントに分からなかったのか?」

うん。

「だって、アタシの理解を越えてる」


ふう、そうか と流れたため息。話も話題を変えようと思ったらしい。「お前、飯は?」

「食べてない。」

だよな、と 優しいような呆れたような苦笑い。

「風呂準備してやるから、先に この弁当食べてろ」

え? いつのまに? そんなん、用意してくれてたの?

「ここに来るとき、秘書課で贔屓の小料理屋で 弁当へ詰めてもらった。

 味は 安心して食べられるから、しっかりと 飯だけでも食え」

お、おおう。

広げられたのは、取り急ぎのタッパーとは言い難い ちゃんとしたお弁当箱。

むしろ 料亭でお通しとか入っていそうな塗り物の容器…ああいうの、なんていうんだっけ?

行き慣れてないから 名前も出てこないくらい。御櫃だっけ?

黒い艶だって タダものじゃない。これ、how mach?

ツヤツヤの煮物、ぷりぷりの焼き魚、まだあったかいご飯。

すごい。これ、ランチ料金だったら 2000円いっちゃうよね? もしかして。

「リュウイチ…!」

ありがとうを言おうと顔を上げた時は リュウイチは 背中だけだった。

お礼を言うのすら 伝わらないぐらい 颯爽と風呂場へ向かっていた


もしかして、照れくさい?

そうなのか、そうなんだろうな。



男って、どうして こんなに「意味が分からない」んだろう

素直に話が出来るなら この男 特上のイケメンなんだけど。


素直にいえばいいのに。

都合が悪くなると嘘を吐くのが女なら 黙るのが男だと思う

黙るだけならまだいい。

素直に言わない時は タチ悪いわよね。


人間、素直にいえばいいのに、ね


綺麗に花みたく飾り切りされたニンジンを 口へ放り込みながら思った。

私は、素直に ありがとう って言えるようになろうって。

同じありがとうでも、ちゃんと 説明出来る「ありがとう」を言えるようになろう。

でないと、アタシの「ありがとう」が 安っぽくなりそうだから。


でもやっぱり。

素直にいえばいいのに。


口の中のニンジンも、「そうだよ」と言いたげに 甘くうなずいた気がした

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