それが男の愛というらしい
いくらガテンな仕事をしているとはいえ、スーツ着ての会議・研修というモノがたまーにある。
本日は、本社主催の所チーフ研修。簡単にいえば、中間管理職を対象にした研修会。出来ればサボりたかった。お外のお日柄なんて宜しすぎるぐらい宜しいのに、会議室に椅子並べてる。もう、バチ当たるんじゃないかってくらいよ。
なんで、こんなに 本社呼び出し系集まりが嫌いか。
だって、今日の研修会、回った名簿を見ても 知らない顔ばっかりなんだもん。
アタシ、本社勤務じゃないのよ。
物流センターという「営業所ですらない」離れ小島の島流し流刑地的な部署で働いているから、さ。
本社物流部以外に知り合いなんて居ない。
経理部・総務部なら、「記入してくださ〜い」「内容、違いまーす」書類のやり取りで名前が売れているとかあるから、まだ 参加しやすいだろうけど。
こっちは、マジ、孤独なお一人様よ!?
営業連中は、営業会議とかで顔を合わせてるからいいかもしれないけど、アタシは… 本社とは別住所の物流センター。知り合いが居ない。
ま、居るにはわよ。柏木っていう秘書課のチーフが。
結構ちょくちょく会ってる、むしろ「ダーリン」と呼ばれる分類ですけど、会議は会議だし声掛けずらいのよね。
しかも、向こうもまた、「顔と名前は知ってますが、何か?」的な仏頂面なの。
腹立つわよね。お前、職場の玄関くぐった途端、彼女の顔を忘れるなんざ、いい根性してるわね、って思う。
まぁ 100歩譲って 付き合ってるのは伏せてもいいけどさ…頼むから、初対面の頃の仏頂面のまんまで隣に立たないでよ。こっちが調子が狂うわ。
あーあ、男ってのは、どうしてこうも 飄々と気持ちを切り替えれちゃうのかしらね。
なんでこんなにアタシがブーたれるのか。
アタシ、憧れてたんだよねぇ
社内恋愛だったら、お昼は、食堂とか外で一緒にランチしたりしてさ。「週末どうする?」とか相談する…とかっての。
付き合ってるなら、堂々と振る舞いたいし、(アタシって 結局、秘密の社内恋愛には向いていないらしい)
ゴハンという就業時間中の唯一の娯楽くらい一緒に過ごしてもいいんじゃん?と思う。
毎日は、ウザイかもしれないけど 週1とか 月2とかさ。
なのに、さ
ウチの相方と行ったらまぁ…
偶然、本社の食堂で会っても、シカトに近いビミョーな会釈とかだよ?
お前、アタシとの仲をそんなに公表したくないわけ?と何度思ったことか。
おっと、話がずれた
ゴハンの話じゃないんだった。会議の話よ、会議!
会議前とかの「懇親・懇談」の時間が一番嫌。
アタシ、完全に外様なのよね。
唯一の知り合いが柏木なのに、あの男は ツーンの一点張り。『自分で馴染めばあ?』『俺は手を貸さないよ』の無配慮が、どうにも解せないのよね〜
自分が知ってる人ぐらい、紹介してよ! ったく冷たい奴だわさ!あーむかつく。社内恋愛の彼氏だってのに、なんの役にも立ちゃしないわ。
しょうがなく、名刺を持って 各参加者へ挨拶に回る。
話すネタなんて、有って無いようなモノよ。
総務相手に「いつもお世話になっております。」「先日の●●の書類では、結構な根回しをお手伝い頂きまして」とか、
営業部隊相手に「いつも物流部をご利用いただき、誠にありがとうございます」「皆さんの売上の御陰で、生活が出来ております」とか、超卑屈挨拶。
もちろん、ここまで卑屈に話してないけど、言葉の億の意図としては、そんな感じ。
どこの会社もそうだと思うけど、営業が一番立場が上で 補佐の部署は、ほんとに扱いが悪い。
物流なんて、ブルーカラーだからって意味で 末席扱いよ?! 納得いかないわよ。
経理は数字扱っているし、間違えられないから、上席に近くても文句言わないけど、こちらだって同じ「間違えられない」なのに、最下層扱いってのは いけ好かないのよね。
誤発送したら ボカスカに文句言ってくる癖に、発注出す態度は 超目上目線。むっかつく!
節電を理由に FAX止めてやろうかと、職場のパートたちと言ってたこともあるわ
あーもうヤダ。こんなお行儀良すぎる挨拶!
ちなみに今、目の前で調子良く笑ってるこの男は 劇的要注意人物!
都内の営業所の男なんだけど、こんにゃろー、いつも 発送受付のリミット後になってから「出荷指示」だしてくんの。しかも、「絶対 出してくださいよ」とか偉そうに言ってくるから尚むかつく!!
ウチのパートたち、出来がいいから 無理受けもしぶしぶ通してるけど、さ。
発注依頼書で名前を見かけるだけで、嫌な予感がする代表格!
…なんでこんな奴に、友好的な顔をしなきゃならないのさ。
「蕃昌さん、いつもありがとね〜」ノリの良すぎる声。
「どーもー。
ウチのパート達の残業代分ぐらいの売上、ポーンと回していただけているんでしたら、構いませんよ〜」
このまま続けてイヤミのひとつも言いたくなる…けどね。
もし万が一 ウチがミスを起こした場合、謝る時を考えて、いまはグッと我慢。
「頼むね〜、これからも」うわー、ハイって言いたくなーい!「お約束できるときは、ね」
「またまた〜。いつも出来てるじゃーん、完璧に」
あームカツク。次は断ってやる!できるオーダーでも断ってやる!
気が付けば、この会話で他の営業たちが集まってきた。わらわら…と、まあ。と言っている間にもう、すっかり囲まれてしまった。
「ぶっちゃけ、最終って何時まで受けてくれるんですか?」
「蕃昌さんに直接電話すれば、受けてくれるんですか?」
「それって、地方・離島便もですか?」
「直接の引き取りだったら、センター空いてる限り可能なんですか?」
うわー、この囲まれ方嫌やわ〜
ったく、あのやろう!! 余計なこと言いやがって!!ギロっとならないよう気を付けながら、主悪の根源を見た。
「僕、そんなに 無理言ってるっけ?」言ってる!!
「やだなぁ、僕いつも時間厳守ですよ」どこがだ!
「僕、ちょっと面倒な注文なときは、蕃昌さんに一声添えてるだけなんで」
面倒どころか、ルール違反じゃないのさ!自分だけ、紳士気取りやがって!このサル顔チビ!
引きつった顔をなんとか笑顔にとどめる。
「皆さん、規律と時間厳守でお願いします。完遂のお約束をできる限界が、出荷リミットなんですよ。」
ごめんなさいね、と半分演技で申し訳なさそうに言う。
残りの半分は、営業だろ!安請け合いしないで毅然と断ってこい!という怒り半分。
「先日の経費節減指令で、パート達の全体25%を休ませながらセンターは、稼働してるんですよ。」
どっかの重役さんが 直属のチーフ殿経由で 拒否権無しで落としてきた社命のお陰でね。
当のご本人は、席で涼しい顔して 配布資料読んでる。背中を睨んでやったけど 振り返らないんじゃいみないかもね。
「戦力を落とした状態で、以前の量をこなしているので、
これ以上の無理を強いると、ミスと作業中の事故に繋がりかねないんです。
特に出荷リミット後は、全員の集中力が そこで ブツっと切れるんですよ。
残業代払う以上に、みんな 大丈夫?って聞きたくなるのが、現場管理者としての立場です。」
ちょっと オーバーだけど、そんな感じだ。
分かれ、コノヤロー。
あんたたちが、アタシたちの給料を稼いでるのは分かってるけど、
アタシたちが居て始めてサービスが成り立っているんだよ!
アンタたち、そんなん忘れて働いてんだから…、絶対、自分のトコの営業事務の女の子たちに嫌われてるでしょ?
見なくてもわかるわよ
なモンでアタシは 言い切った。
「規則は、皆さんとの発送指示を間違えずに遵守するために設けさせていただいています。」
「改善の要望があれば、本社の物流部を通してください。正当な数字と理由がないと動けません」
取り敢えずアタシは言いたいことを言ったし、取り合わないことにした。
だいたい、男数人が 寄ってタカって、
ウチの物流センター運営にチャチャ入れてくるのが、筋違いなのよ。
たとえ1個 倉庫からモノを出して送る作業だけでも、何人のパートの手を経由してるのかわかってないでしょ?
だから、安直に 『なんでできないの』とか言われる羽目になるのよね。
あーあ
なんでこんな目に合わなきゃならないのよ、本社にくるたびに…
ふと視線の端に、会議室からリューイチが出ていく姿が見えた。
ねぇ、アナタにアタシは見えているの? こんな空気、耐えられないよ。
せめて 隣とか近くに居てくれるだけで良かったのに… 部屋から出ていっちゃうんだ。
なんか、無性にやるせなく寂しくて、落ち込みそうになった
「では、これで 座学は終了でして、別紙プリントの店にて有志の懇親会を行います」
企画してくれた総務には悪いけど、懇親会は、断るつもり。
なんでか知らないけど、営業本体のトップも来るらしいとあって、営業の皆さんは仲良くご連行。ザマーミロ。明け方まで拘束されるがよい!
アタシは、このまま ドロンするわよ。誰が行くかっての。営業連中相手に、物流センターとしての立場も伝えたし、ある程度のお礼挨拶行脚もしたから 役目は終わってる。
「柏木くん、君もくるよね?」
秘書課といえど、重役の側近をやってるウチの相方も召喚されるらしい
「いえ、今日は外せない所用があります」ん?違うみたい
「仕事か? 後にできないのか?」「身内に加減が良くないのがおりますので」
「見舞いか」渋々諦めた営業のエラい人の顔。あれまぁ。行かないんだ、意外だな。
ふーん、そうなんだ。
なんか疲れたなぁと、エレベーターの場所まで向いながら、ケータイを見た。
あぁ 悲しいかな、ケータイはなんの不在連絡もなく。念のため 物流センターへ電話してみたところで「今日、直帰ですよね。おつかれさまでした」と、構ってもらえないツレナイ様子。
はあ、まあ 頑張ったみんなに罪はないので、一人でブラブラしながら帰ろうかな
呼んだエレベーターが来たとき「俺も乗る」隣に、さっきのエラい人を振り切ったらしいリューイチが滑り込んできた。咄嗟に、開ボタンを押しながら、二人で入る
ガタン、と扉が開いたエレベーター内は、次の階で 全員降りて、残ったのは 私たち二人だけ
「身内に加減が良くないって、大丈夫なの?」「なにが?」
ようやく『彼氏』と二人っきりなのに、イマイチ 実感的なものがこみ上げたりしないのは、なぜだろう?
「さっき、懇親会断るために言っていたじゃん」「お前の機嫌が悪そうだったからな」
は? 若干意味がわからないんですが?
さっきまで、散々 表情を我慢していたお疲れが、いっきに弾けた。我慢の関が崩壊したって感じ。
「だって、身内の加減が良くないって」それは、嘘だったとしてもさ。 アタシの機嫌が悪いから懇親会出ないってのは、何か引っかかるわよ
アタシをダシに アンタ 飲み会ばっくれたって訳?
「身内みたいなもんだろ、お前は。」
いやいやいやいや。
嬉しいけど、身内にカウントは、早いだろ…、展開早いってば。我に帰ったのは、フと音がする鼻声で、からかわらたと気がつく。
「よく頑張った。」
仕事中はまず聞けない優しい声が漏れてきて、思わず、目線を追った
「営業たち相手に、言い返してたろ?」
くすぐるように、私の薬指の内側…肌の薄くて敏感なところを、なぞられて、思わず夜の行いを思い出させる。突然に、襲いかかるゾクゾクっとした衝動、受け止めている反応を楽しんでいるように、毒のように甘い声はまだ続く
「研修の類は嫌いなのを知っていた。立場が絡んだところで、秘書課の俺が直接手を貸すのも、筋が違う。だから、あえて放していた。ただ、なにか起きたら、懇親会で シメるつもりだったが…」
耳や耳たぶに指がかかり、楽しむようになぶられる。掠られる感触や聞こえる音が、艶かしい。まるで、猟犬と草食小動物の間柄みたいな蹂躙。
「さっきの営業たちを?」
やっと切り出した言葉を、ああという簡単な返事で済まされて、次の会話を促された
「だからって」
だからって、その先の言葉が与えられる刺激が強すぎて答えられない。 目で抗議を訴えるのを、かるくいなされる
「なかなかイイな。
センターでも本社でもツンケンしては、囲まれようが、我を通してきているのに、二人になると、みるみる緩む。」
遊郭に並ぶのを品定めするような男の目。完全にいたぶられているのに、この場から離れられない。
「アタシ、一方的は趣味じゃないんだけど?」
なぜか、怒りきれない自分自身の迫力ない言葉を感じながら、それでも 言い返せたのは、これだけだった
エレベーターのドアが空いた。
反撃も答えも糸口すら掴ませてもらえないまま、外気に放り出された私。
先ほどの意地悪オトコさながらの成りが、社内の同役職同士と接する顔へ、一瞬で戻った
その余裕が 一段と憎たらしい
「お前が最初に絡まれてた営業の奴、本当に手に負えなかったら連絡してこい。
根回しは手伝ってやる。」
ちゃんとみてたんじゃん。会話だって、聞いてたんだ。
「あんな三下連中相手に、手を煩うお前でもないと思うが、な。一応だ」
心配もしてくれてたんだ。アタシのこと、買ってもくれてるんだ。
「武勢に多数で良く頑張った」
分かってくれてたんだ。
じゃあ。
「夕飯ぐらい、付き合ってよ。ご褒美ってことで。どうせ、夜は 元々 空けていたんでしょ?」
「最後の一言は余計だ」ふふ、と笑われる
本当は、さ
エレベーターの中の意地悪とかじゃなくて、もっと手放しに褒めて欲しかったんだけどなぁ。
「じゃあ、余計ついでにもう一つ」「聞くだけ聞いてやる。」
「あの長い時間、一緒の部屋にいたのに 会話一つ出来なかったのよ? エレベーターでも、そっけないし。」
「何が言いたい?」
イラっとした顔をじっくり確認して、この男じゃ絶対できないだろう無理難題を一つ吹っかけた
「ゆっくり、時間かけて ハグして。」
クフフ。
やれるもんなら、やってみろ。
フーっと呆れてそのまま卒倒しそうな顔をなんとかもち直しながらの仕草が、本当に予想通りで。
思わず、アハハと笑ってしまった。
いいわ、これで許してあげる。
社内にいるのに、仏頂面されようが、気にかけてくれてるのは分かったし、本当に困ったときは、助けてくれる意思も伝わった。
この年だから分かる。これはきっと『男特有の愛』
手を出さずに、見守るだけが 実はすごく辛いというのが、この年のこの立場だから分かる
自分がやっちゃえば、早いんだけど、相手の力量と成長を信じ抜いて見守り続けるのが、いじらしくて 耐え難くて 我慢しつつけるのが すごく辛い。
なのに男っていう生き物は、さ
そういう「実は辛い」ことを、敢えて課すのを『愛』だと思ってる節がある。
アタシは、この男なりの『愛』が分かったから。
今回は、これで許してあげる。
バツが悪いのが気に入らないまま、リューイチはそのままの顔で言った
「何を食べたいか考えておけ。決めたら連絡しろ」
それだけ言い捨てて背を向けて、歩きだした。秘書課のある方向へ。
背筋が伸びた悠然とした歩き方…男の背中を見るのは嫌いじゃない。
けど、今のやりとりでこちらが一方的に見とれるってのも、なんかカッコ悪いのよね。
なもんで、私も歩きだした。
同じ歩き方が出来てればいいなぁなんて、願いながら、ね。