『AIバディ・ポチの事件簿 〜序章 エリートを捨てた男と柴犬ポチ、AIキャロルのドブ板正義〜』
これは、黄金の座布団を蹴り飛ばした男と、電子の姿で蘇った柴犬が、下町の小さな「消えた幸せ」を取り戻す物語です。怪我をする人はいません。安心して、練乳より甘い午後のひとときにどうぞ。
序章:黄金の座布団と、ドブ板の看板
■ エリートの階段を「逆走」した男
亜那あちねの人生は、用意された「座布団」の上に座り続けるだけで、誰からも羨まれるはずのものだった。
超名門・亜那家。警察、政界、財界に深く根を張るその一族にあって、あちねは「次期本部長候補」というラベルを貼られた優等生だった。警視庁の冷房が効きすぎた執務室で、彼は毎朝二度のシャンプーを欠かさず、完璧な身だしなみを整える。
襟元から漂う『シャネル・エゴイスト』の華やかな香りは、彼が属する「選ばれし者」の記号でもあった。しかし、端正な顔立ちの裏側で、彼は常に窒息しそうな閉塞感に喘いでいた。
転機は一通の訃報だった。
かつて官邸で辣腕を振るいながら、晩年は一族から「変人」と疎まれ、街の片隅で隠居生活を送っていた父・薫の死。
遺品整理で訪れた深海市の路地裏。そこにあったのは、一族が「ドブ板の掃除屋」と蔑んだ、看板の文字も薄れかけた『あちね探偵事務所』だった。
埃っぽい事務所の片隅で、あちねは父が愛飲していた安物のコーヒー粉を見つける。それをフライパンで焦げるまで煎り、冷蔵庫にあった練乳と角砂糖を限界までぶち込んで口にした。
「……甘めえ。脳が痺れるぜ。親父、よくこんなもんを……」
毒々しいほどの甘さが、凍りついていたエリートの心根を溶かしていく。その時、遺品の安物コーヒーの香りと共に、父の口癖が蘇った。
「あちね。いいか、本当の正義ってなぁ、高いビルの窓から見下ろして決めるもんじゃねえ……」
その瞬間、あちねの中で何かが弾けた。
彼は警察バッジを本部長の机に叩きつけた。氷室のような「数値と効率」しか信じぬエリートどもの冷笑を背に、彼はあえて「高卒・現場叩き上げ」の警察官から、看板すら危うい便利屋へと身を落としたのである。
■ 嘆きと、三本爪の救い
しかし、現実は非情だった。
事務所を継いで間もなく、唯一の家族であった柴犬のポチが、18年の天寿を全うし、老衰でこの世を去った。
「てやんでえ……親父も、ポチも。俺を置いて逝っちまいやがって」
潮風と排気ガスが混ざり合う夜のガレージ。あちねが、父の遺したポンコツ車『スズキ・キャロル』のハンドルを握り、孤独に震えていたその時――空から巨大な「三本爪の鉄のアーム」が降りてきた。
それは、深海市のゲームセンター地下に潜むミケタン星人の「次元UFOキャッチャー」だった。
■ 誕生、スペシャルAI・ポチC
彼らが狙ったのは、ポチの首輪に残る、主への強烈な「愛着の残留思念」。しかし、ミケタン星人の技術は、あちねの「執念」というバグによって暴走した。
凄まじいスパークが走り、魂はデジタル信号へと変換され、キャロルのOSへと強制インストールされる。
『はじめ! 液晶画面の中から失礼しますワン!』
ダッシュボードに現れた、デジタルドットの柴犬。
それは、ミケタン星のオーバーテクノロジーとポチの魂が融合した、最強の電子バディ『SAI・ポチC(スペシャルAI・ポチキャロル)』の産声だった。
■ 庶民の味方、再始動
侵略に失敗し、逆にシステムをポチに乗っ取られたミケタン星人支店長は、あっさりと「共存」を選んだ。
「あちねさん、うちのアマケロ端末、便利屋のネットワークとして使ってくださいよ!」
こうして、あちねはシャネルのエゴイストを纏い、ドブ板の隙間に落ちた庶民の涙を拾う「正義の便利屋」として、再び立ち上がったのである。
「……さて。バケツに足を突っ込む暇もねえくらい、忙しくなりそうだぜ」
不敵に笑い、きびすを返してガレージに戻ろうとしたその瞬間。
あちねの磨き抜かれた革靴の右足は、そこにあった洗車用のポリバケツを正確に捉え、盛大な音を立てて豪快に転倒した。
『あちね! さっそく「おっちょこちょい指数」が過去最高値を記録しましたワン!』
「う、うるせえ! これは……現場の重力を確かめる、便利屋独自の儀式だ、てやんでえ!」
深海市の夜風は、ほんの少しだけ、練乳の甘い香りがした。
結びの一句
春の夜や エゴイスト舞う ドブ板へ
後書き
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
『AIバディ・ポチの事件簿』、あちねとポチの凸凹コンビを、これからものんびり見守っていただけたら幸いです。 新しいジャンルに挑戦の為 あっちゅ寝太郎より 曲木 六円にペンネームを変更致しました。SF 又は気分を変えたい時は曲木 六円を使用致します。お願い申しあげます。




