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幼馴染に会ったら泣きつかれた

作者: 黒井隼人
掲載日:2026/06/16

久しぶりの短編だー!って思ったらむっちゃ長くなった…どうしてこうなった(´・ω・`)


「ふぁ~あ…ねっむ…」


馬車に揺られながら大きな欠伸をする。


「だらしないですよ、シャンとしてくださいませ」

「別にいいだろ、馬車の中で俺とお前しかいないんだし」

「それはそうですが…」

「ちゃんと学校についたらしっかりするって」


そう言うと不満げな顔をしながらも対面に座っている従者は口を閉じる。


「まったく…これから学園に入学なさるのです。伯爵令息としてちゃんとしたふるまいを心がけてくださいよ?」

「わかってるって」


軽く手を振りながら笑みを浮かべる少年、カイン・シュバルツ伯爵令息。今日から貴族たちが通う学園へと入学する。

入学する令息令嬢は一人だけ従者をつけることができるので、カインは幼いころから共に過ごしていたレイスを供とした。


「それとわかっているとは思いますが…」

「彼女と表立って関わるなってことだろ?わかってるよ」

「それならよろしいのですが…」


レイスの言葉にそう答えたが、その顔にはわずかな寂寥を宿しながら馬車から外を見る。

カインが話した彼女と言うのは幼馴染の一人である侯爵令嬢。

昔はカインとその侯爵令嬢、そして伯爵令嬢と伯爵令息の四人でよく遊んでいた。

派閥も同じであり、領地も近く、家の関係性もあってよく四人で過ごすことが多かったがゆえに幼馴染として過ごしていたのだが、年齢がかさむことによってそれぞれ少しずつだが適切な距離として離れ始めた。

そして侯爵令嬢が王太子の婚約者候補として名前が挙がったあたりから明確な距離ができた。

それでも…


「彼女はそれでも俺たちの幼馴染なんだ。表立っては動けなくても、こっそり支えるくらいはいいだろ?」

「………ほどほどにしてくださいね」


いたずらっ子のように笑うカインに対してレイスがため息交じりに答えた。

派閥的には同じところに所属しているので、そういった動きをしても問題ないだろう。

そして学園へとついたので場所を降りる。


「入学式は講堂だったよな?」

「はい。カイン様はそのまま講堂へとお向かいください。私は荷解きをしておきますので」

「わかった」


レイスに荷物を任せ、カインは講堂に向かって歩き出す。

今いる場所は馬車停め。他の家の馬車も複数停まっており各々生徒たちが降りてきている。


「カイン!」


そんな中声をかけられ、振り返るとそこには見知った二人がいた。


「どうも、ジェーン殿、スウィーハット令嬢」

「いつものように呼んでもらいたいものだがな」

「ははは、御冗談を」

(伯爵令息の俺が侯爵令息と婚約者でもない伯爵令嬢を名前で呼び捨てできるかよ)


そんな意味を込めた笑みを浮かべて二人に向くと、その言葉が通じたかのように二人も困ったような笑みを浮かべていた。


「講堂に行くんだろ?一緒に行こうぜ」

「はい」


そう言って二人と共に講堂へと歩き出す。

ジェーン・サンウェット侯爵令息とソフィア・スウィーハット伯爵令嬢。

先ほど思い浮かべていたカインを含めた四人の幼馴染、そのうちの二人だ。


「ところで…シュバルツ様はセシリア様とお会いしましたか?」

「いえ、会っていませんね」


セシリア・アイスベルク侯爵令嬢。

幼馴染の最後の一人であり、王太子の婚約者候補として名前が挙がった時から距離を取り、節度を保った距離感を維持するためにそれなりに疎遠になってしまった子だ。

ソフィアとセシリアは同じ派閥ということも有っていまだに交流も続いていて仲が良いのだが、異性であるカインとジェーンに関してはソフィアといる時にたまに顔を合わせる程度だ。

ソフィア曰く、今日も待ち合わせをしていたのだが、そちらに来ることもなく、時間が迫っていたので伝言だけお願いしてソフィアが先に来たようだ。


「そうなんですね。まあ、アイスベルク侯爵令嬢も何かと忙しいのでしょう。もしかしたら王家の方から何か言われて連絡する間もなく学園に行かなければいけなかったかもしれませんし」

「そう…でしょうか…そういったことも何度かあったのですが、いつもならきちんと連絡はしてくださるので少々気になって…あの噂もありますし…」

「噂?」


不安げな表情を浮かべるソフィアに対してカインが眉をしかめる。


「噂って言うと、あれか?聖女様の」

「聖女様ってたしか…少し前に教会に保護されたという?確か、男爵家の養子になったんでしたっけ」

「ええ。一部ではその聖女を王太子妃になんて話もあるらしくて…」

「ふむ…」


聖女とは聖魔法を扱え、治癒や浄化などを生業とするものだ。貴族であれば魔法を扱うことができ、聖魔法が扱える物も多くはないがいるにはいる。しかし、聖女もしくは聖人と呼ばれるにはかなり高位の聖魔法が扱えることが条件であり、最近その聖女として認定された子がいるという話が流れてきた。


「聖女や聖人になれるのって確か治療だと数十人単位を一度に治したり、浄化で一つの村レベルの範囲を一度に浄化できるレベルじゃないとダメなんだったよな?」

「そうだね。その子もそれを実演したらしくて、聖女に認定されたらしい」

「しかも、今までは一回の治療で怪我だけ、病気だけ、みたいな感じだったのが、その聖女様は怪我も病気も同時に治療したとか。とても凄腕と言われて今は男爵家の養子になっていますが、そのうち高位貴族のどこかの家の養子になるという話もあるという噂です」

「それで、最終的には王太子妃にってことですか」


カインの言葉にソフィアが頷いた。


「…どうするんだ?」

「どうとは?」

「いやほら、一応俺たちの派閥のほうとしてはさ?アイスベルク侯爵令嬢が王太子妃になったほうがいいわけじゃん?」

「そうですね」

「だから何かしら動いたほうがいいんじゃないかなーって思ってさ」


ジェーンの言うこともわかる。今、王太子妃候補として複数の令嬢の名前が挙がっている。

それらはすべてそれぞれの派閥の代表者として名前が挙がっている。当然セシリア以外の候補の子たちは自分たちとは派閥が違く、場合によっては政敵だったりもする。

どの派閥の子が王太子妃になれるのか。それによって貴族間の力関係も変わってくるのでいろいろと考えなければいけないのだが…。


「しばらくは放置でいいんじゃないですかね?」


カインはそう答えた。


「なぜですか?」

「聖女様が本当に王太子妃候補になるかもわかりませんし、仮になったとしても他の派閥の家門だって黙っていないでしょう。明確にこちらと敵対関係になったというのならば話は変わってきますが、そうでもないうちから下手に動いて動き方を間違えるのも悪手になるでしょうからね」

「それもそうか」


カインの言葉にジェーンがすんなりと納得した。

伯爵令息であるカインと侯爵令息であるジェーン。そして伯爵令嬢であるソフィア。

本来ならばここで取りまとめるのは一番立場が上であるジェーンなのだが、いかんせんこの三人…セシリア含めた四人はそう言った家の上下には囚われない関係性を持っている。

セシリアがいる場合はセシリアが場を取り仕切り、いない時はカインが取り仕切る。両方いない場合は特に取りまとめることもない上に、婚約関係でもない男女二人で会うのははばかれるのでそもそも会うことをしないようにしている。

それはカインとソフィア、ジェーンとセシリアの時もであり、昔からやっている節度ある距離感での付き合い方だ。

そんな話をしている間に講堂へとたどり着いたので、各々別れを告げてからそれぞれの指定されている席へと移動した。


「ん?」


その途中でカインはポツンと空いている一つの席に気が付いた。

そこの近くには王太子妃候補の子たちが座っているのだが、どれも直接的なかかわりはないが知った顔である。そしてそれによってポツンと空いている席が誰のものなのかも判明した。


「………」


来ていると思っていた幼馴染の姿がないことに一抹の嫌な予感を感じつつも、とりあえずの様子見をすることに決めてカインは席に着いた。



その後入学式はつつがなく終わった。

と言っても気になる事がなかったかというとそういうわけでも無く、結局カインの目に付いた空席が埋まることはなかった。

彼女がこういった行事をサボることはない。つまり何かあったということだろうか?体調を崩したのか、それとも来る途中で何かがあったのか。とりあえず情報が欲しかった。


「レイス」

「はい。調べてきます」


カインが名前を呼ぶだけで意図を察したレイスが即座に行動を起こす。

一礼してその場から離れていった。


「シュバルツ様」


声をかけられ振り返るとそこには不安げな表情を浮かべているソフィアと困惑気な表情を浮かべているジェーンがいた。


「何か聞かれましたか?」

「はい。先生からセシリア様について何か知っているか…と」

「つまり学園側も何も把握していないということですね」

「どういうことだ?」

「さて、どういうことだろうね」


連絡がないということは連絡するようなことが起こっていないということ。つまり体調不良などで欠席したというわけではない。そして王家から何かしらの用事があって欠席した際も連絡が入るはず。おそらくそれもないということは王家関連の話でもないということだろう。

実家の方は把握しているのか?それとも移動中に何かがあったのか?何とも言えない不安が胸中を渦巻く中。


「戻りました」

「早かったな」


想像以上に速くレイスが戻ってきた。何らかの情報を掴んだのか、口元を隠してカインへと顔を近づけてくる。


(いつもの喫茶店にてアイスベルク家の馬車を見つけました)

「なに?」


レイスからの報告に思わず怪訝な表情が浮かんでしまう。


「カイン?どうした?」

「………ちょっとな。レイス、この後の予定は?」

「はい。各クラスへと赴いての説明、及び教科書などの受け取りです」

「それは本人じゃないとダメか?」

「いえ、本人であるのが望ましいですが、火急の用事があった場合、従者にお任せいただくことも可能です。その際には教師への説明が必要となりますが、それもこちらでできます」

「わかった。じゃあ任せていいか?」

「はい。お任せください。馬車に関してもすでに準備は整えております故」

「わかった」


カインの指示を聞いてレイスが恭しく礼をする。


「カイン、俺たちもいいか?」

「私も行きます。レイスさん、私たちの従者への説明もお願いできますか?」

「かしこまりました。ではお二人も我が家の馬車へと。目的地は伝えてありますので」


レイスの言葉に全員が頷いて、馬車止めへと向かう。


「それで?どこで見つけたんだ?」

「馬車の中で話す。あまり表立っていい事じゃないかもしれないから」


走れば目を引くので早歩きで。可能な限り目立たないように向かって行く。

そして素早く馬車へと乗り込み、座ると同時に業者の方へと合図のノックをするとゆっくりと走り出した。


「それで?何を見つけたんだ?」

「いつもの喫茶店あるだろ?」

「はい。昔から私たちが集まっていたあの喫茶店ですよね」


とある侯爵家の三男が道楽で始めた喫茶店。本人はそれを流行らせたいという思惑がなかったようで隠れ家的な物として運営されている。

カインとセシリアがかつて護衛とはぐれ、迷子になってしまったことがあり、その時にたまたま見つけて保護してもらった場所がその喫茶店だった。

さすがに貴族の子供を保護したわけで家の方の連絡は行ったが、それでも隠れ家的なスタンスは貫きたいということで家門としてのかかわりは最小限となった。

しかし、カインたちに関してはその喫茶店をかなり気に入り、ジェーンとソフィアと共に四人でそこに頻繁に通っていた。

人目をあまり気にしなくて済むその喫茶店では、貴族としての体裁や立場を気にすることもなく、昔からの『四人の幼馴染』として過ごせる唯一の場所となっていた。

そこに入学式という大事な時にセシリアが学校をさぼってでも行っている。それがなにを意味するか、カインたちには予測がつかなかった。



喫茶店からそれなりに離れた位置に馬車が停まる。

喫茶店前に停めるとそこに高位貴族が出入りしていると噂になって喫茶店として不利益になるからある程度離れた位置に馬車を停泊させるのが約束となっている。

そこにはすでに一台の馬車が停まっており、その馬車には確かにアイスベルク家の家紋が描かれていた。


「この馬車があるってことは…」

「来ているってことだな。はてさて、何があったのやら」


とりあえず話を聞いてみないことには進まないと思い三人は喫茶店へと向かう。

人が通る大通りから一本外れた裏路地。かといって治安が悪いというわけではないがひっそりと目立たない立地に周囲の建物に紛れ込むかのように建てられているその喫茶店はいつものごとく開いているのかどうかわからない。

そんな扉の前で三人は顔を見合わせ、頷いてから扉を開ける。カランカランとドアベルの音と共に三人は屋内へと入った。


「いらっしゃい。おや、早かったね」

「こんにちは、マスター」

「いつもの部屋にいるよ」


ここに来た用件がわかっているのか、喫茶店のマスターはそう言って奥の個室を示した。

そこはいつも四人でお茶をしている部屋だ。


「注文はいつもので?」

「ええ、それでお願いします」

「わかった。それじゃあごゆっくり」


マスターに見送られ、三人は個室へと向かう。そして一度深呼吸をしてから扉を開けて室内へと入る。

室内に入ると扉とは反対側にある窓のところに一人の少女が立っていた。こちらに背を向け、顔は見えないが、そこにいるのが誰かはわかっている。


「セシリア…」

「っ!」


カインが呟くように呼んだ名前。それが聞こえた瞬間、少女…セシリア・アイスベルクが勢いよくこちらを振り返った。


「カイン…っ!」


カインを見たセシリアが感極まったような表情を浮かべ、その目に零れ落ちそうなほど涙を溜めてカインの元まで駆け寄ってくるとそのまま抱き着いてきた。

戸惑いながらもカインはセシリアを受け止めるが、それでもあくまで受け止めるだけで抱きしめることはしない。まがりなりにも王太子妃候補。たとえここにいるのが信頼できる四人だけで入ってくる人が口が堅いマスターであったとしても、それでも一度行動を起こせば距離感が変わる。そしてその変化した距離感を目ざとい者は瞬時に見抜く。故に行動を起こすことはできない。

カインはそれがわかっている。そしてセシリアもそれをわかっているはずだ。だというのにこんな行動を起こした。そんなセシリアに困惑した表情でカインがジェーンとソフィアの顔を見ると、二人も困惑したような表情をしていた。


「カイン……!カイン………!」

「えっと…セシリア…?」


肝心のセシリアはというとカインに縋りつき、彼の名前を呼びながら涙をこぼしていた。

まるで、抑えつけていた感情があふれ出し、自らでさえ制御できなくなったかのように。

困惑気味に問いかけるが返事はない。


「カイン…お願い…お願いだからもう死なないで…!」

「いや、死んでないけど?」


唐突に言われた言葉に素で答える。なぜいきなりカイン自身が何度も死んだようなことを言われるのか困惑してしまう。

そんな時にコンコンと静かなノックの音が響く。

相手が誰かは察していた。ジェーンがどうする?といったような表情でカインを見てくる。正直この場面を誰かに見られるのはまずいと考えた。しかし、かといってこの状況は自分たちだけでは手に余ると判断した。故に頷いた。

ジェーンが扉を開けると、アイスカフェラテを四つ、トレイに乗せたマスターが入ってきた。そしてカインに抱き着いて泣いているセシリア、それに困惑するその三人を見て目を瞬かせた。


「………何やら厄介事のようだね?」

「みたいです」


マスターの問いかけにカインが困ったように笑みを浮かべていた。



とりあえず話を聞かなければ進まないということで、マスター主体で話を聞くことにした。

いつもならばカインかセシリアが場を仕切るのだが、セシリアから話を聞かなければならないのでそうもいかず、カインに関しては自分が今回の一件について大きな立ち位置になっているのであろうと察して一歩引いた位置にいたいと言ったのだ。

次に仕切るべきはジェーンであるが、カインとセシリアに関わる事であるならば味方でいたい。ということなので第三者であり、大人でもあるマスターが取り仕切る形で話を聞いてもらうことにした。


「さて…とりあえず何があったか聞きたいのだが…その前に…」


困ったような笑みを浮かべているマスターの視線の先にいるのは、カインの腕に抱き着くように引っ付いているセシリアの姿だった。


「本当に、何がどうなったらこうなるのかね?」

「私にもわからん」

「カイン、気持ちはわかるけど現実に戻ってこい」


泣いているセシリアを引きはがすのにも苦労したのだが、ようやく泣き止んで話を聞ける状態になったかと思ったらカインから離れたがらないという状況になってしまった。

これが前からならば納得するのだが、数日前…それどころか前日あたりに会っているソフィアでさえどうしてこうなったかわからない状況なのでもうカインですら現実逃避をしようとしているところだった。


「さて…とりあえずアイスベルク嬢、そのままだといささか問題があるので離れたほうがいいと思うのですが…」

「や」

「駄々っ子かな?」

「…まあ、仕方ありません。とりあえずその状態でもお話は伺えるということでいいですね?」


マスターのその問いかけにセシリアは頷いた。


「では………本日は学園の入学式だったと記憶しています。それなのにあなたは早い時間からここにいる…なにか理由があっての事でしょう?それは何ですか?」

「それは…えっと…」


マスターからの質問に言いよどむ。

普段のセシリアを知っているとその対応に疑問符が浮かぶ。

それもそうだ。この質問は投げかけられて当然の質問。つまり聞かれることが想定されているものだ。だというのに言いよどむ。それは言いたくないというよりかはどこから話せばいいのかわからないという感じだった。


「………そんなに複雑な事なのですか?」

「いえ…ただ、素直に言っても信じてもらえないと思いまして…」

「つまりそれだけ荒唐無稽なお話だということですか?」


その問いかけにセシリアは頷いた。


「さっき、俺に対してもう死なないでと言っていたけど、それも?」


カインの問いかけにセシリアは頷いた。


「わかりました。それも含めてあなたが話しやすいように話してください」


マスターの言葉にセシリアは小さくうなずき、口を開く。


「最初は何気ない日常だった」


そう前置きしてセシリアは語りだした。

自らが見た物を。入学式は自分も行った。そしてそこで聖女と呼ばれる人物と会い、他の王太子妃候補の人たちと共に切磋琢磨していた日々を。

しかし、それがいつからかゆがみ始めていた。

聖女が何者かによって嫌がらせを受けている。王太子が聖女を守ろうと動いている。最初はそんな噂だった。

セシリア自身聖女とあまり関わるようなことはなかった。だからかもしれない。気が付いた時にはなぜかセシリアが聖女をいじめているという噂が出来上がっていた。


「そんな事私はしていなかった。でも、誰も信じてくれなかった…」

「それは俺たちも?」


ジェーンの問いかけに対してセシリアが首を横に振った。


「皆は私の事を信じてくれていた。噂に関しても払拭しようと動いてくれたんだ…その結果…」


途端にセシリアの表情が苦しそうな物になる。


「カインが命を落としたわ」

「俺が?」


コクリと静かにセシリアは頷く。


「事故だと結論付けられていたわ。馬車の車輪が折れて、そこから投げ出されて下敷きになった」


その言葉にジェーンとソフィアは驚きの表情を浮かべていた。


「……その後、ジェーンとソフィアの動きが鈍くなった」

「家の制限か」


カインの言葉にセシリアは頷いた。


「たとえ事故だと結論付けられたとしても、本当にそうだったと思う人は多くはなかった。サンウェット家もスウィーハット家も見捨てろとは言わないけど、目立つなと言われたらしいの」

「そんな…」

「………」


ソフィアはショックを受けたような表情を浮かべていた。ジェーンも真剣な表情を浮かべて聞いている。


「………その後は?」

「……加速し続ける噂を止めることができなくて、私は婚約者候補から降ろされた。それだけじゃない。あまりにも悪い噂が付きすぎたから、領地に戻ることになったんだけどね…。その途中で野盗に襲われて殺されたわ」


自嘲するような笑みを浮かべるセシリアに対してカインたちは声をかけることができなかった。


「それで終わり…だと思ったんだけどね…次気が付いたら私は入学式の日だったわ」

「え…?」

「最初は何が起こっているかわからなかった。夢を見ているのか…それとも今までのが夢だったのか…でも、一日、二日、三日と過ぎて…その夢と同じことが起こっているとわかってからゾッとしたわ。だから、行動を変えることにした」


そう言って二度目の生活を話し出す。

最初の時は聖女に関わらなかった。それゆえ聖女の敵として認識されてしまった。だから今度は聖女に積極的に関わるようにして味方であると思わせた。


「でも、それがまずかったのかしらね。今度は別の王太子妃候補たちから狙われたわ」


そう言って自嘲した笑みを浮かべる。


「それをカインは感じ取ったのでしょうね。私はその時気づけなかったけど…あなたは裏からいろいろと動いて調整しようとしてくれていたらしいの。……そして消された」

「……」

「その派閥からしたらカインの存在は邪魔だったんでしょうね。そしてその死が聖女と私との関係も狂わせ…結局のところ最後には私は死んだわ。………そしてまた入学式の朝に戻っていた」


そう言うセシリアの顔からは表情が抜け落ちていた。


「何度も何度も何度もやり直しをさせられた。そしてそのたびにカインは…カインだけは必ず何者かによって命を落としていたわ」

「………」

「十回目を過ぎたあたりで、私はもう自分の事なんてどうでもよくなった。王太子妃にだってなりたくもなくなった。だって王太子は一度も私の事信じてくれなかったんだもの。それでもカインだけは…どんな状況でも私の事を信じて私のために動いてくれたカインだけは助けたかった。どんなに頑張っても無駄だったけどね」


自嘲を籠めた笑みを浮かべながらセシリアはカインを見る。その目に光は宿っていなかった。


「私がいなくなればいいかもと思った。逃げようとした。でも、カインは逃げるのはいいけど一人で行くなと言ってついてきた。そしてその先で追手から私を守って死んだ。王都にいてはいけないかと思って領地に引っ込んだこともあった。カインも無茶を言って連れて行った。カインは首を傾げてはいたけど必要ならって受け入れてくれた。その時は自分の派閥の人にカインを殺されて私は王都に連れていかれたわね。私が傍にいたらだめだと思って距離を取ろうとしたこともあった。それでも、カインはこっそり動いてくれていたんだ。それが邪魔だったようで消されたけどね」

「………何回位やったんだ?」

「………今回で五十一回目。全部の人生でカインは命を落としているわ」

「ごじゅ…!?」


あまりの数にジェーンが驚きの声を上げていた。


「………アイスベルク嬢はそれをすべて覚えておいでで?」


マスターの問いかけに静かに頷く。


「カインの事だけは覚えている。どれだけ頑張っても、どれだけ冷たくしても、どれだけ守ろうとしても、守ることができなかったから……」

「……そんなに俺って死にやすいかね?」

「カインは死にやすいというより、セシリアに関わる事だと結構無茶するからそれが原因じゃね?」

「まじかー」


ジェーンの言葉に思い当たる節があったりするので特に否定もせずに答える。


「さて…この話はあまりにも荒唐無稽すぎて信じるに値するとは思えませんが…皆さんはどう思いますか?」

「まあ、確かに何度も同じ時間を過ごしていると言われても信じられませんが…」

「とはいえ、セシリアはそんなウソをつくような人じゃないもんな」

「そもそもこれだけの態度の変化、それだけのことがないと逆に納得できないって」


聞かされたセシリアの話はあまりにも荒唐無稽な話だった。別の誰かだったら全く信じなかっただろう。

しかし、相手は昔から付き合いがあり、よく知るセシリアだ。セシリアがこんな杜撰な嘘を吐くとは思えないし、それをするだけの理由もない。

そもそもこの三人からしたらセシリアの話を疑うという考えそのものが最初からないのだが。


「とはいえ…どうするよ?」


ジェーンがそう問いかけながらカインの方を見る。


「ダメ!」


その瞬間、セシリアから悲痛な声が響いた。ジェーンが問いかけた先がいつも通りカインである事、そしてカインが動こうとすればまた命を落とすことを察したセシリアが止めようとするが…。


「はいはい。落ち着こうね」


そんなセシリアの頭を撫でてカインがなだめる。


「セシリアが言う通り下手に俺が動くと同じ轍を踏むことになるだろうな。とはいえ、今までの経験が無いからどう動けばいいのやら…」


カインたち四人が昔から仲良かったのは社交界でも知られている。ジェーンとソフィアが動いてカインが動かないのはかえって不自然になるだろう。

かといって何も動かなければおそらくセシリアが悪者にされるだろう。つまり全く動かないのも悪手だ。カインは動きすぎず、かといって全く動いていないと思われない範囲での行動が必要となる。


「めちゃくちゃ面倒だね?」

「動きすぎず、かといって動かないのもダメってどうするんですか?」

「どうしようかねぇ…」


悩んでいるとコホンとマスターが咳払いをする。


「とりあえず皆様全員がアイスベルク嬢の話を信じるということでいいですか?」


そう問いかけると三人は頷く。


「ならばこちらとしても少し手を貸しましょう」

「いいんですか?」

「ええ。こちらとしても常連の方が来られなくなるのは寂しいですし、できることと言えば軽い噂を流す程度ですがね」

「それでもありがたいです」


マスターの言葉にカインは微笑みで返す。

今は隠れ家的な喫茶店でマスターをしているが、もともとはとある侯爵家の三男坊だったという。実家との縁がいまだに太いとは言わないが、切れているわけでも無い。派閥の方も中立が主であって、明確にどこかに所属しているというわけではなく、その時の情勢を見て動き方を変えているような家だ。

それゆえにある程度動いたとしてもそこまで目立つようなことはなかった。


「シュバルツさんからしたら動かないというわけにはいかないでしょうし、かといって目立つのもまずいのであれば、こちらで何やら動いている程度の噂を流すくらいはお手伝いしましょう」

「それって大丈夫なの?」

「その程度ならば問題ないでしょう。どのような動きをしているかは各々が調べるでしょうし、それを問題視するかどうかはどう動いているかにもよりますので」

「つまり、どっちにしろカイン次第ってことか」

「どう動くか決めているんですか?」

「そうだな…。とりあえず前提としてセシリアはもう王太子妃候補から降りてもいいんだよね?」


カインの問いかけにセシリアは頷く。


「それならやりようはあるかな」


そう言ってカインは今後の動きを話し始めた。

時折問題点となりそうな部分を各々がいい、その部分を改めて話し合って変えていく。


「………とりあえずはこんなもんかな?」

「そうですね。これなら後は各々の判断でどうにかできるでしょう」


とりあえずの方針が定まり、抜けがないかマスターと確認して問題ないと頷く。


「あとは定期的な報告をして方針とズレがないか確認しながら動くといいでしょう」

「ですね。週一くらいで報告会ができたらいいなぁ…」

「それならば定休日の時に場所を提供しましょう」

「よろしいので?」

「ええ。こちらとしても常連さんがいなくなるのも寂しいですからね」


ソフィアの問いかけにマスターは笑顔で答える。


「まあ、ただここは隠れ家的な喫茶店です。下手に二人きりになると変な噂が立つことも有りますので、そのあたりはお気を付けを」

「はい」

「それじゃあ、各々明日から行動を開始して、一週間ごとにここで定期報告会ということで」


カインの言葉に全員が頷き、その場は解散となった。



そしてそれからおよそ半年後…。


「つっかれたぁ…」

「お疲れ様です。とりあえずこれで一段落ですかね?」

「ですねぇ…」


だらぁ…どころかどろぉっと溶けているような様子のカインにマスターがカフェラテを差し出してくれる。


「ありがとうございます…。あぁ…甘さが染みるぅ…」


学園の入学式からおよそ半年。各々が動き、ようやく一段落が着いた。

今はカインとマスターの二人だけであり、従者であるレイスは他のメンツがくる際の案内役に外で待っている。


「まあ、この後もいろいろとありそうですが、とりあえずは大丈夫そうですかね?」

「だといいんですけどねぇ…」


ここ半年の動きでセシリアの立場はだいぶ変化した。

まずは王太子妃候補から外れた。

入学式の翌日、無断欠席したことを王太子に責められたが、それに関して体調不良と伝えて謝罪した。

その時に聖女とも出会い、聖女の面倒を王太子が見るという話を聞いた。

しかし、王太子に令嬢同士の交流の仕方を教えることができないだろうと指摘し、それを自らが教えると告げ、不服そうな王太子を抑えて、自らの派閥の人たちで聖女にいろいろと令嬢同士の交流に関して教えるようになった。

少しして聖女に対するいじめも発生し、それがセシリアによるものだという噂も流れ、王太子からも責められたが、事前に相談していたように聖女に付けていたジェーンの影(もちろん女性)からの情報で敵対派閥によるものだということが証明された。

令嬢同士のいじめに関しては高位貴族になっては嗜みレベルで発生するもの。自らで対処できなければ恥をかくし、家門の名に傷をつけることになる。それゆえに対処法を覚えるために、止めることはせず、むしろ対処法を教えていた。

そのかいあってか、聖女はある程度の嫌がらせ程度ならば笑って反撃できる程度の図太さを手に入れることができた。これも高位貴族になるためには必要な物だ。

その間にもセシリアと思想は同じ派閥、敵対派閥の双方からのちょっかいもあった。

今の貴族社会は大きく二つに別れている。

一つは今までと同じ王侯貴族が主流となって政治を進めていく穏健派。

セシリアたちはこの穏健派であり、人を取りまとめる役職の人たちは高位貴族であるべきだ。という考えが主だ。

これまでと同じ要領でやっていくので、大きな混乱もなく、そのまま国を治めることができる。

ただし、欠点もあり、平民でありながら有能な人材などが外へと出やすくなってしまうのと、無能な高位貴族が増えてきた際、汚職や賄賂といった腐敗が蔓延りやすい。それゆえの監査も必要ではある。まあ、その監査まで腐敗が届いてしまえば意味ない部分でもあるのだが、現状ではそういった物はない。

そしてもう一つの派閥は、貴族平民関係なく、優秀な人材は積極的に登用し、それ相応の地位に立たせるべきだと考えている革新派だ。

こちらは優秀であれば身分に関係なく登用しようという考えの者たちだ。他国ではそういう登用を積極的にしており、発展していることから、わが国でも。という声が上がっている。

しかし、こちらにも欠点があり、優秀な平民を登用することによって階級社会が崩れる可能性が出てくる。

男爵や子爵ならばまだマシかもしれないが、王宮に勤めている者は伯爵以上が多い。

優秀である平民が上層部に入り、そこまで能力が伴っていない伯爵位がその部下になった場合、階級社会に致命的なダメージが入る可能性が出てきてしまう。そうなると最終的には王権にすら影響を与え、政治全体が瓦解しかねない。それを望むのは新興貴族の者たちであり、最近伯爵や侯爵に陞爵なったばかりの者たちが主だ。


古くから血が続き、現状維持を主としているのが穏健派、新たに爵位を得て、現政治を変えて自らの権力を手に入れたい新興貴族が革新派というのが主な図式になっている。

王家は今のところ中立であり、王太子の婚約によって何方に傾くかが決まる状況となっている。そんな中でのセシリアと聖女の接触、仲が良くなっていく事に懸念を感じた革新派がセシリアに罪を着せようとするが、うまくいかず、セシリアの行動の意図がいまいち読み切れていない穏健派の者たちに関してはジェーンとソフィアがそれぞれなだめて抑えていた。

こうして学校内での動きはセシリア、ソフィア、ジェーンの三人が主な動きをして、カイン自体はそこまで目立った動きをしなかった。

とはいえ、カイン自身も何もしていなかったというわけではなく、別の動き方をしていた。

自らが動くと命を狙われるとセシリアにきつく言われたので、仕方なしに親へと声をかけていた。

まず真っ先に会ったのはセシリアの父親であるアイスベルク侯爵だった。

入学式の翌日、アイスベルク侯爵へと先ぶれを出し、会うことができたカインはセシリアから聞いた話を告げた。


「………それで?そんな世迷言を信じろと?」

「まあ、そうなりますよね」


昔から交流があったが故の気楽さでカインは苦笑を浮かべていた。

侯爵の言葉もごもっともだ。入学式の前日までなんの変化もなかったはずの娘が唐突に無断欠席をしたという報告を受け、それだけでも驚いたのにその理由がカインが聞いた世迷言だと信じる方が難しいだろう。


「失礼ですが昨日までにアイスベルク侯爵令嬢に変化は?」

「特になかったな。それとここには私と君だけだ、かつてのように名前で呼んでもらって構わない」

「ありがとうございます。私もセシリア嬢とはそこまで頻繁に会っていたわけではありませんが、それでも最低限の交流は続けていました。その中であそこまでの変貌を隠しているとは思えませんでした」

「………そこまで変わったのか?」

「はい。数日前に軽く話をしましたが、その時と全く違いました」

「その時は他の者もいたのだろう?隠していただけでは?」

「いえ、そもそも目の色が違うのです。なんと言いますか…すごい執着していると言いますか…」


そう言いつつあのカフェで向けられた視線を思い出して思わず顔を逸らしてしまった。


「……王太子妃候補になる前から君に対しては人並み以上の執着を見せてはいたが…」

「それがさらに煮詰められた感じですね…」

「ああ、そうか…」


眉間に皺をよせ頭を押さえる姿を見て、カインも思わず苦笑を浮かべてしまった。


「………まあいい。とりあえず百歩譲ってセシリアの言葉を信じるとして、君の…いや、セシリアの望みはなんだ?」

「自分が死なないことだそうです。そのために王太子妃候補を辞退したいと」

「それが許される立場だと?」

「そうしないと最悪家門がつぶれるかもしれません」


カインの言葉に侯爵の眉が動く。


「セシリア嬢の言葉を信じるとして、このままいくと自分が死にます」

「命が惜しいと?」


その問いかけに首を横に振った。


「そこは重要ではありません。ただ、自分の死がきっかけで崩壊が始まっています。そして今のセシリア嬢の話を聞く限り、自分が死んだ後彼女がなにをするか、予測ができません」

「………」

「セシリア嬢の話だけでは彼女の死後の話は分かりません。ただ、婚約者争いにて早々に敗れた侯爵家がそのまま放置されるとは思いません」

「…敵対勢力からは格好の的になり、味方からは取り込まれるな」

「ええ。なのでもしそうなるのであるならば先に一歩引いてみるのも有りかと」

「というと?」

「現時点で革新派、穏健派共に三人候補がおります。そして穏健派の方は侯爵、伯爵どちらも他にいます」

「そうだな」

「現時点でアイスベルク家の派閥は王太子妃候補に関して一歩引き、他の二家を援助するとそれぞれの家に語り掛けるのです」

「それによる利点は?」

「どちらかの家が王太子妃になれば恩を売れます。それによってこちらの派閥の声をある程度と押すことができるかと」


早い段階で自らが身を引き、そちらの援護をするとなればそれだけ長い期間恩を売ることができる。革新派であった場合、それでも実力が必要となるのであまり意味はないかもしれないが、穏健派であるセシリアたちならば受けた恩をないがしろにした場合、それは自分の派閥に対しての不和の原因にもなる。

さすがに何でもかんでも思い通り、とまでは行かないだろうが、それでも自分たちの意見を通しやすくなる立ち位置には入れるはずだ。


「なるほど、だがそれを受け入れるだけの利点をこちらは示せるのか?」

「頷かせるまでの時間はかかるでしょうが、すでに一つ動いています」

「具体的には?」

「セシリア嬢が聖女と接触しました」

「なに?」


侯爵が不審げな表情を浮かべていた。

それもそうだろう。もともと聖女は平民。人より強い癒しと浄化の力を持っていることが判明し、教会が保護して聖女として認定した存在だ。

いわば革新派からしたら旗頭にできる存在。そんな存在と穏健派であるセシリアが接触するのはどういった意図があるかわからないのだ。


「現時点で聖女はまだ革新派ではありません。王族である王太子が共におり、昨日まではどちらも接触できていない状況でした」


聖女の存在が穏健派と革新派の政治闘争に巻き込まれるであろうことは王家も認識していた。聖女となった以上、高位貴族との接点も必至となるので学園へと通わせることになったのだが、彼女の立場を守るために中立である王家が共にいる必要があった。


「理由は?」

「彼女は良くも悪くも純朴です。裏に潜む策略などは一切考慮なさらず、自分が受けた物事をそのまま受け取ります。もし、何者かに嫌がらせをされ、それをした者がセシリア嬢や穏健派の貴族の名前を出せば…」

「それが王太子に伝わり、穏健派への評価が下がり、革新派が力を強める…か」

「はい。なのでセシリア嬢が先に接触し、貴族としての戦い方を教えることにしています。穏健派に取り込むためではなく、革新派に取り込まれないように」

「ふむ…」


どこまで行けるかはわからないが、カインは聖女が今回の政争を収めるのに一役買ってくれると思っている。革新派の考えも取り入れつつ、穏健派の意思も無視されない。それくらいがカインはちょうどいいと考えている。どっちかに大ぶれした場合、バランスが崩れて政治形態がガラッと変わるだろう。それは国内に混乱をもたらし、場合によっては他国からの侵略につながってしまうかもしれない。かといって全くの変化なしは今後の発展を遅らせることになりかねないので、ほどほどくらいがちょうどいいというのがカインの考えだ。


「カイン、君の狙いはなんだ?聖女を取り込んで何を望む?」


セシリアが聖女に接触したのをカインの策だと見抜いた侯爵が問いかけてきた。


「自分はセシリア嬢の望みを叶えるだけです」

「その望みとは?」

「王太子妃候補を辞退したいと言っていました」

「それだけか?」

「……少なくともその先に関しては聞いていませんので」

「………そうか」


何となくだがセシリアが望んでいることは察しがついている。だが、あくまでそれは推測しているだけであって、本人から聞いたわけではない。勝手な憶測をここで言うわけにはいかないだろう。

ため息とともに一度俯いた侯爵が少し考えた後に顔を上げた。


「とりあえず、ある程度計画があるのならばこちらも乗ろう。それで、私は他の穏健派の王太子妃候補の家と話し合えばいいのであろう?」

「お願いします。協力関係になればセシリア嬢の望みである候補の辞退につながりますので」

「わかった。ただ、学園の方はお主らで根回しするように」

「わかっております」


親から子へと動き方を伝えるのは簡単ではあるが、だからといってそれを納得するかどうかはまた別の話だ。

親世代の社交界には社交界の空気があり、そしてカインたち子世代の学園には学園の空気がある。親から言われ、態度を変えると当然その空気に違和感が生まれる。それはいろいろと勘づかれるきっかけとなりかねない。

なので学園の方は学園の方としてセシリアが他の穏健派の王太子妃候補たちとの友好関係を築けるようにしておかなければならない。


「こちらはこちらで動きます。なのでそちらの方はお願いします。何かあったらセシリア嬢へ」

「わかった」

「ありがとうございます。それでは失礼いたします」


そう言ってカインは一礼してから立ち上がって部屋を出ようとする。


「最後に一つ」


その背に侯爵が問いかけてきた。


「王太子妃候補を辞退した場合、セシリアは新たな婚約者を選ばないといけなくなる。それについてどう考えている?」

「………それは、セシリア嬢とアイスベルク侯爵様が決めることですので」


そう答え、改めて一礼してからカインは部屋を出ていった。


「明言はせず、か。相も変わらず食えぬ奴やの」


一人残ったアイスベルク侯爵はそう呟き、不敵に笑っていた。




そんな感じで各々が動いた結果、半年ほど経過した現在。

セシリアは王太子妃候補を辞退し、代わりに聖女に対する教育係となった。

いまだに革新派からのちょっかいはあるが、それでも穏健派たちとの協力関係は築くことができた。

そして一段落ついたということで今回は全員で集まって今後について相談するということになった。

そしてカイルだけが一足先に喫茶店について他の三人を待っている状態だ。


「それで、これからどうするんだい?」


マスターの問いかけにカインは天井を見上げた。


「さてね…とりあえずそれを相談しなきゃだからなぁ…革新派も聖女を手に入れようと躍起になるだろうし、おそらく教育係になったセシリアの邪魔をしてくるだろうから、いろいろと対策を練っておかないと…」


そんなことを考えているとガチャリと扉が開き…


「カインーーーーーー!!」


セシリアがすさまじい勢いで抱き着いてきた。

その後ろからセシリアたちを案内してきたレイスと呆れた顔をしているジェーンとソフィアの二人が入ってきた。


「っとと、危ない危ない。いきなりどうした?」


椅子に座った状態で受け止めたカインが首を傾げた。


「カイン!王太子妃候補から外れたわよ!」

「ああ、そうだな」

「というわけで結婚しよう!!」

「早い早い、段階として二つくらいすっ飛ばしてるから」


貴族の婚姻となると、家同士での話し合いか婚約者候補として関わり、その後婚約者として決まってから一定期間を得てから婚姻する。

婚約者ではない二人が唐突に結婚するのはいささか対面が悪い。しかも、セシリアはつい先日まで王太子妃候補だったんだ。王太子妃候補を降りて即座に婚約どころか結婚してしまっては不貞を疑われてもおかしくはないだろう。

そう説明するとセシリアは不満げに頬を膨らませていた。


「ちぇー、せっかくお父様説得してきたのに」

「手際が良すぎる」

「カインならいいぞって二つ返事でうなずいてくれたよ?」

「えぇ…」


まさか何の抵抗もなく頷かれるとは思っておらず、思わず困惑の声が出てしまった。


「それに、王太子妃候補を辞退したのはすでに広まってるからか、いくつかの家から釣書が届いているらしいんだよね」

「そいつらも節操ないな…」


王太子妃候補であったがゆえにセシリアは優秀だ。そして侯爵家としての権力も十分にある。候補を辞退したがゆえに縁を結びたいという家は多いだろう。


「まあ、そんなわけで…はいこれ」


そう言って何枚かの書類を差し出してきた。


「なにこれ?」

「婚約結ぶためのいろいろな奴。お父様がカインを通じて渡しておいてって」

「えぇ…」


戸惑いつつも受け取り、軽く目を通す。

そこには確かにセシリアをカインの元へと嫁入りさせる旨が書かれており、それに伴う契約もろもろが書かれていた。


「用意良すぎない?」

「なんかカインから今回の話もらったあたりで用意してたんだって」

「えぇ…」


確かにあの時最後にセシリアの婚約について聞かれたが、まさかその後で自分との婚約の準備を進めているとは思わなかった。


「ダメ?」


不安げな瞳でカインを見つめてくるセシリア。そんな表情を見てカインはため息を吐いた後、書類をレイスに渡した。

レイスはそれを受け取ると一礼してから部屋を出ていく。おそらく一度屋敷に戻ってこの書類を両親に渡しに行くつもりだろう。


「すぐに婚約を結ぶことはできないだろうけど、親にはきちんと話しておくよ」

「うん!」


貴族の婚約である以上、親の承諾は必須だ。向こうからの提案ならば断わる理由はないだろうが、それでも話を通しておく必要はあるだろう。


「それじゃとりあえず一段落ついたということで今後についての相談をするとしよう。ほら、ジェーンとソフィアもいつまでドアのところにいるつもりだ?」

「ハハハ、まあ大事そうな話をしていたからな」

「そうですね。ここで返事を聞けないのは残念ですが」

「やかましい。ほら、さっさと座れ。一段落ついたとはいえ、まだやらなきゃいけないことはあるんだからな」

「あいよ」

「わかっています」

「ねえ、次は何するの?」

「それをこれから話し合うんだっての」


笑顔のセシリアにカインも苦笑を浮かべる。


「それじゃ、今後の予定についてだが…」


そう言って会議を始めた。

余談ではあるが、この会議の一月後。

カイン・シュバルツ伯爵令息とセシリア・アイスベルク侯爵令嬢の婚約が発表され、それ関連でまた騒動が起きるのだが、それはまた別のお話。



ループ世界の記憶があるのはセシリアだけで、他の面々はそういった記憶は一切ないです。

カインの死に関しては暗殺もありますが、半分以上が事故死です。たいてい政争に負けたが故の結末ですね。

セシリアはもともとカインの事が好きでしたが、王太子妃候補になったことでその気持ちを封印しました。

しかし、過去五十回のループでどんどんその思いは煮詰まっていき、しっかりとヤンデレ化しました。ジェーンとソフィアに関してはどちらも自分のために動いていた記憶が残っているので大丈夫ですが、他の女性がカインに近づくとすさまじい殺気を出します。頑張れカイン。

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