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雪迎え

作者: 七瀬みる
掲載日:2026/03/15


 いつかくる。そう思っていた連絡が、とうとうありました。

 長いあいだ病気していた父さんが、亡くなったのです。

 その人は仕事をやすんで、故郷の町にかえりました。


 お葬式の手配は、兄さんたちが、すませていました。

 親戚の人たちが集まって、通夜があって、告別式があって……

 最後は、黒い車に分乗して、火葬場まで行くのでした。


 ご遺体を焼くのには、時間がかかります。

 順番だって、待たなければなりません。

 火葬場には、ご遺族の団体さんが、つぎつぎにやってきます。

 だから、おおぜいの人がゆったり座れる、おおきな待合室が、用意してありました。


 親戚の人たちに、飲み物やら、軽食やらを配って、ひとしきりガヤガヤ……。

 そうして、ひとまず落ちつくと、あとはそれぞれ、思い出話や、近況報告、雑談なんかに、なりました。


 やれやれ、と、その人が、やっと、ひと息つけるようになったのは、だいたい、それくらいの頃合いでした。

「ちょっと、一服」

 兄さんにそう告げて、外の空気を吸いにでたのでした。


  *


 火葬場は、町からすこし離れた山の中です。

 建物の外に出て、ちょっとあたりを見まわせば、広い駐車場のすぐ向こうは、目にやさしいみどりの林でした。

 秋の終わりの、おだやかな日ざしが、ふりそそいでいます。


 疲れた目頭を指でもんで……

 ほっと息を吐いて、遠くをながめました。


 すると、ふと、ちいさな人影が目に入ったのでした。


 小学生くらいの男の子でした。

 駐車場のすみの植えこみのあたりで、うろうろしています。

 なにか探しているようにも見えます。


 落とし物でもしたのでしょうか。

 それとも、探険中でしょうか。


 いずれどこかよそのご遺族のお子さんでしょうけれど……火葬の待ち時間なんて、やっぱり、子どもには退屈だったのかもしれません。


(なにをさがしてるんだろう……?)

 無関係の赤の他人なのに、なぜか、みょうに気になりました。


(そういえば、ぼくも、むかし、ああして、なにかさがしていたことが、あったような……)


 その子を見ていると、なんだか、ヘンな既視感を感じるのでした。

 ずっと忘れていた、むかしのことを、思いだせそうな気がするのでした。


(あれは、いつだったか、どこだったか……)

(なにか、きれいなものを、見た気がする)

(なにを、見たんだったろう)

(父さんが、いっしょに探してくれたんじゃなかったか……?)

(たぶん、父さんだったと思うんだけど……)

(それとも、だれかべつの人だったのか……)


 そんなふうにアヤフヤな記憶をさぐりながら、じっと見つめていたりしたせいでしょうか。

 ふいに、その子が、たたっと、かけよってきました。

 そして、きいてきたのです。

「ねえ、白いの、見なかった?」


「白いの?」

 その人は、すこし面くらいながら、ききかえしました。

「うん。さーって。飛んでったの」

「飛んでった? 鳥かなにかかい」

「ちがう。もっとちっちゃいやつ」

「なら、虫かな?」

「んー。そうかも」

 でも、わかんない。その子は首をかしげました。

「白いの、ねえ……」

 その人も、首をひねりました。


 たぶん、虫かなにかだろう。そうは思うものの、すこし時期はずれな気もするのでした。

 もう秋も終わり。初冬といってもいい季節。まもなく、本格的な寒さだってやってくるでしょう。そんな時期に、子どもの目をひくような虫――白くて空飛ぶ昆虫――なんて、どれくらいいるのでしょう。


「ふむ。何だろうねえ」

「いたんだよ。ほんとだよ!」

 うたがわれていると思ったのでしょうか、その子はくちびるをとがらせて、そう叫びました。

「うたがってはないよ」

「ほんとに?」

「ほんとうに」

「信じる?」

「ああ、信じるよ」

「じゃあ、さがす?」

「え?」


 その人はすこし困りました。

 それほど興味があったわけでもないのです。

 見ず知らずのよその子に、そこまでつきあってやる義理もありません。

 でも、さっき思いだした記憶のせいでもあったでしょうか。なんだか、つきあってやりたいような気もするのでした。


 その人は、時計を見ました。

 まだすこし時間はありそうです。

「お骨上げがはじまるまで……で、いいかい?」

 それでいい。その子は、うなずきました。


  *


 駐車場の植えこみを、しばらく、さがしました。


 黒い喪服で、しゃがみこんで、のぞきこんで……

 こんなところで、いったい、なにをやってるんだろう――そう思わないでもありませんでした。


 でも、マジメにさがしました。

 こういうとき、いいかげんな「ふり」だけだと、子どもはすぐに気づくものです。


 それに、さがしているうちに、その人自身も、ちょっと、楽しくなってくるみたいでした。


 虫をさがすなんて、それこそ、子どものころ以来です。

 最後に、そんなことをしたのは、いつだったでしょう?


(そうだ、あの日……あのときも、さがしていたのは、虫だったのかもしれない)

 例の思い出みたいなものも、まだ、気になっていました。


(いつだった……? だれだった……?)

 考えながら、植え込みの端まで、ひととおり、さがしました。


 でも、それらしいものは、見つかりませんでした。

 せいぜい、蜘蛛の巣がいくつかあっただけです。ときどき、顔や手に、ネバネバ、くっついてきました。


「まあ、飛んでったって、いうんだからなあ」

 喪服の袖から白い糸をはがしながら、その人はそうつぶやきました。

 行ってしまったあとをさがしたところで、後の祭りというものでしょう。

 苦笑して、うーん――腰をのばしました。


 すると、そのとき、男の子が、

「ねえ」

 植えこみの外――駐車場をかこむ柵――を、指さしたのでした。


 見れば、柵の一部がそこでとぎれて、出入り口になっています。

 その向こうには、未舗装の小道が、林のなかへ、つづいているのでした。


  *


 おかしなことになったものだ。

 小道をたどりながら、その人は苦笑しました。


 でも、山のみどりのせいでしょうか。小春日のさわやかさのせいでしょうか。そのちょっとした山歩きは、その人の気持ちを、意外なほど、軽くしてくれるみたいでした。


 軽くなった……ということは、裏を返せば、それだけ、それまでは気が重かったということでもあったでしょうか。


 お葬式。

 父さんの死。


 だいぶまえからわかっていたことです。いい歳をして取り乱すようなことでもありません。

 それに、亡くなる前はもうほとんど眠りっぱなしで、夜中に、いつのまにか、息をしなくなっていたとか。

 看取った兄さんたちにきいたところでは、苦しんだ様子もなかったそうです。

 大往生、と、いってもいいだろう――親戚みんな、そういってくれました。


 それでも、昨日まで生きていた人が、いなくなったことには、かわりありません。

 やっぱり、それなりに、こたえてはいたのでしょうか。


(あんな父親だったのにな……)


 仕事いっぺんとうで、あまりかまってもくれなかった、父さんでした。

 母さんがいなくなってからは、なおさらでした。

 たまに家にいるときでも、いつも暗い顔でふさぎこんでいる父さんでした。


 そんな陰気な家がいやで、その人は、高校を卒業すると、すぐに家を出たのでした。

 そのときにも、父さんは「そうか」といったきり、反対ひとつしてくれませんでした。

 はりあいのない、父さんでした。


 それでも、いなくなってみれば、やっぱり、すこしはさみしい気持ちも、あったのかもしれません。

 その気持ちが、すこしでも軽くなったのであれば……

(あの子のおかげ、かな?)

 つれだしてくれたことに、感謝すべきなのかもしれない。そう思いながら、少し先を行く男の子の動きを、目で追うのでした。


 その子は軽い足取りで道をたどりながら、ときどき、気になる場所があると、立ちどまってのぞきこんでいました。


 林のなかはやわらかい落葉がふりつもり、照葉樹の葉が午後の日をあびてかがやいています。

 迷惑施設なんていわれることもある、火葬場のすぐそばとは思えないくらい、心地よい小道でした。


 これなら、虫だって、なるほど、いろいろ生息しているかもしれません。

 なかには、白くて空を飛ぶやつだって、いないとはかぎりません。


 すこしやる気がでてきました。

「日向ぼっこでも、していないかな?」

 落葉のなか。

 木の幹。

 下ばえの葉っぱの上や、その裏側。

 小さな生き物がいそうな場所を、その子といっしょになって、さがしました。


 でも、なにも見つかりません。

 落葉や小石の裏のじめじめしたところには、這いまわっている虫もいないではありませんでしたが、白くもなければ、飛びそうにもないやつばっかりでした。


 あとはやっぱり、蜘蛛の巣でしょうか。

 知らないあいだに服にくっついていたり、歩いていると急に顔にはりついてきたり……

 どうも、あまり人が通ることもない道なのでしょうか。思いのほか、蜘蛛の巣は多いようでした。


  *


 そうこうするうちにも、時間はすぎていきました。

 そろそろ、待ち時間も終わるころです。

 火葬場に、戻らないと――


「でも……」

 男の子は、くやしそうに、くちびるをかみました。

 その人は、なぐさめるように、その子の肩に手をおきました。

 それから、あらためて顔をあげた……そのときでした。


「おや?」


 いったんかげっていた日ざしが、何の拍子でしょうか、急にまた明るくなりました。

 すると、その光が、少し前方の木々の向こうがわを、ぱあーっと、まぶしく、かがやかせたのです。

 どうやら、あとすこし行けば、木々がとだえて、広いところに、たどりつくみたいなのでした。


 その人は、その光と、時計と、見比べて……


「じゃあ、さいご、あそこまで、行ってみようか」


 男の子は、うん、と、顔をかがやかせて、かけだしていきました。

 ころぶなよ、なんて、いいながら、その人も、あとから、歩いていくのでした。


  *


 たどりついたのは、木々の切れ間の、広場みたいなところでした。

 ちょっとした公園、いえ、学校のグラウンドくらいの広さは、あったでしょうか。

 いちめんに、大人の腰くらいの高さの草が、おいしげっています。


 林のなかとはちがって、さえぎる木々がないせいでしょう。風が強く感じられました。

 そのたびに、草が波うつようにゆれて……その波がしらが、午後の日に、きらきら、かがやくのでした。


 わあ、と、歓声をあげて、男の子が草のなかを走っていきました。

 その人だって、年がいもなく、はしゃいだ気分になりそうでした。


「へえ、こんなところが」


 たちどまって、手でまびさしをつくって、ながめました。

 草のにおいを、ふかく、吸ってみました。


 ふしぎと、なつかしいにおいでした。

 ふしぎな、既視感のある景色でした。


 遠いむかし、だれかに、ここに、つれてきてもらったことが、あったような……

 それこそ、さっきから気になっている、子どものころのあの日だったような……

 そんな気がしてくるのでした。


 もちろん、そんなことがあるはずはありません。

 ここは、町はずれの山のなかの火葬場。その近くの林のなか。

 お葬式のときでもなければ、わざわざ子どもをつれてくるような場所ではありません。


(なのに……)

(そのはずなのに……)


 なんだか、だんだん、既視感は、強くなってくるのでした。


(たしか、こんな場所だった……)

(だれかと、いっしょだった……)

(あれは父さんだったのか……?)


 気になりだすと、きりがありません。

(どうかしてるぞ)

 ばかげた考えを追い払おうとするみたいに、その人は、頭をふりました。

 かけまわる男の子のほうを、あらためて、見やりました。

 そして、愕然としました。


(あの子は……!?)


 背筋に冷たいものを感じながら、その人は、その子を見つめました。

 明るい午後の光のなかで、その子の顔立ちが、すみずみまで、はっきりと見えました。


 よく知っている顔でした。

 子どものころ、鏡の中で、いつも見ていた顔でした。

 古い写真をさがせば、いまでも、見つかるはずの顔でした。


(ばかげてる!)

 その人は、こころのなかで、叫びました。

(そんなこと、あるわけがない。あってたまるものか! あの子が……ぼくだなんて!)


 でも、そうやって自分に言い聞かせた、そのときでした。


 ざざっ、と、草がおおきく波立ちました。

 かけまわっていたその子が、なにかに気づいたように、立ちどまりました。

 そして、いったのでした。


()()()、見て……!」


 めまいがしました。

 いまがいつで、ここがどこで、そして自分がだれなのか――

 頭の中がグチャグチャになりそうでした。


  *


 混乱しながらも、その人は、顔をあげました。

 その子の見ているものに、目を向けました。


 そして、息をのみました。


 あたりの草の上に、何か白いものが、ゆらゆら、ゆれています。

 その子のまわりでも、その人の近くでも――あっちでも、こっちでも――あたり一面、みわたすかぎりの草のうえに、白い何かは無数にゆれて、午後の光に、きらきら、光っているのでした。


 ゆれているのは……

(糸――?)

 そこらじゅうの草の先端から、のびて、ゆれて、光っているのは、白くて細い、糸みたいな何かでした。

(これは……)

 記憶がざわめきました。

 知っている――そう思いました。


 するとそのとき、ごうっと、ひときわ強い風がふいて……


 その白いものたちが、いっせいに、さーっと、宙にまいあがったのでした。

「雪迎えだ……!」

 その人は、叫びました。

 そして、思いだしました。


(そうだ、知っている。ぼくは、この場所を知っている)

(子どものころ、一度だけ、来たことがある。見たことがある)

(あの日、つれてきてもらったんだ……)


 それは、もう、二十何年もまえのこと。

 その人が、まだ、小学生の男の子だったころ。


 二学期の途中の、秋の終わり。

 何か月ぶりかで母さんに会わせてもらえるというので、田舎のお祖父ちゃんの家まで、行ったのでした。

 学校を休んで、電車にゆられて、行ったのでした。


 そしたら、母さんは、もう、白い布でつつまれた四角い箱になっていたのでした。

 白い布をかけられた台のうえで、写真だけが、にっこりわらっていたのでした。


  *


 お祖父ちゃんの家にいたのは、ほんの一日か二日。

 ごく短いあいだでした。

 父さんは、ずっと、縁側でぼーっとしていました。

 兄さんはどこかに姿をくらませていました。


 だれにもかまってもらえなくて、時間をもてあまして、その人は、そのあたりをただウロチョロしていました。

 そしたら、庭の垣根の葉っぱの先から、何か白い小さなものが、さーっと、空へ飛んでいったのが、見えたのでした。


 その人は、垣根にもぐりこんで、その白いなにかを、さがしました。

 あちこち歩いて、見てまわりました。

 するといつのまにか、庭の外に出ていたのでした。

 どこか、広い駐車場みたいな場所に、いたのでした。

 そこで、その人に、会ったのでした。


 年恰好も、顔立ちも、父さんにそっくりな人でした。

 そのときは、てっきり、父さんだと思いこみました。

 父さん、元気になったのかな?

 追いかけてきてくれたのかな?

 そう思って、うれしくなって……

 だから、かけよって、きいたのです。


『ねえ、白いの、見なかった?』


 そしたら、その"父さん"は、その白いなにかを、いっしょに、さがしてくれたのでした。


  *


(そうだ、ここだ。ここだった)

(あの日、つれてきてもらった)

(母さんの田舎の、古い農家の、裏山の……)

(林のなかの、ちょうど、こんな、原っぱだったんだ……)


 そんなことはありえない。それはわかっています。

 ここは町はずれの火葬場の林のなか。

 遠い北国の裏山と、同じ場所であるはずがありません。


 それでも、ここは、あそこなのだ。

 時間も、空間も、こえて、ねじれて、つながって――


 いま、自分は、あの日、あの場所にきているのだ。

 そして、あの日の自分に、会っているのだ。


 そうとしか、思えないのでした。


(そうか。あの日、ぼくをここへつれてきてくれたのは……)

(父さんじゃなくて、このぼくだったんだ……)


 そんな、深い納得感さえ、あるのでした。


 記憶はつぎつぎによみがえってきました。


 あの日――


 しばらく駐車場でさがしました。

 そのあと、林のなかの道をたどりました。

 すると行く手に、さーっと光がさして……

 この場所に、たどりついて……


(そして、見たんだ。これを見たんだ!)

(同じだ。雪迎えだ。バルーニングだ!)


 きらきら光る白い糸が、無数に空に舞いあがる。その景色を、あの日のその人も――いま目のまえのその子と同じように――息をのんで見つめたのでした。しばらくは、ただ見とれていたのでした。

 すると、そのとき、いつのまにかそばまできていた、その人が、ぽん、と、頭に手をのせてきたのでした。


(そうだ、あのとき、あの人は……ぼくは……)


 その人は、その記憶にひきずられるように、歩きだしました。

 行くての草のなかでは、あの日のあの子が、空を見あげています。

 その人は、その子のそばにたどりつくと……

 ぽん、と、あの日のあの人みたいに、その頭にかるく手をのせました。

 そして、いうのでした。

「あれは、蜘蛛だ。蜘蛛の赤ちゃんだよ」

 それは、あの日、あの人にきかされたのと、同じことばでした。


  *


 男の子が、問いかけるみたいに、見あげてきました。

 それは、あの日のその人自身と、おなじしぐさでした。


 その人は、遠いむかしの自分自身の目を見かえしました。

 そして、その問いかけにこたえるように、つづけました。


「こんなふうによく晴れた、秋の終わりの、風の強い日に、蜘蛛の子は、ああして草や木の葉によじのぼって、風に糸をたらすんだ。そして、ひときわ強い風が吹いたとき……風が糸を舞いあげる。その糸にひかれて、風に乗るんだ。冬を越す場所を探して、飛んでいくのさ。――ずいぶん、遠くまで、行くそうだよ」


 あの日、あの人は、そういいました。

 それをきいて、子どものころのその人は、なにを思ったのだったでしょう?

 たんなる雑学、ただの説明?

 それとも、なにかのたとえ。教訓話?


(いや、そうじゃない) 

(そうじゃなくって……)


 べつに、たいした感想もなくて、それどころか、話の内容さえ、ほとんど、きいていなくって――

 ただ"父さん"がそんなふうに相手をしてくれている。わざわざこんなところまでつれてきて、こんなものを見せて、何かを伝えようとしてくれている。

 あの日のその人には、ただそのこと自体が、うれしかったのでした。


 だから、その人は、ことばをつづけました。

 あの日の、あの"父さん"のことばを、最後まで、その子にきかせてあげようと思いました。

 だって、たとえ、ほんものの父さんではなかったとしても――

 かんちがいだったとしても――

 この子には――あの日の自分には――それが、うれしかったんだ。必要だったんだ。だれかに"父さん"をやってもらいたかったんだ。

 そう思うのでした。


「バルーニングっていうそうだ。でも、このあたりでは、これが見られると、もうじき雪がふる――なんて、いってね。雪迎えって、呼んだりもするそうだよ」


 へえ、と、その子は、感心したように、いいました。

 ちょっとしたソンケーのまなざしみたいなものを、向けてきます。


 すこし面はゆい気がしました。

 でも、わるくない気分でした。


(ほんとうに、子どもがいたら、こんな気がするのかな……)

(父さんも、こんな気持ちになったこと、あったのかな……)


 縁側でぼーっとしていた父さん。

 家でもろくに口をきかなくなった父さん。

 子どもたちが独立してからは、なおさら、疎遠になった父さん。


 父さんの記憶は、あまり多くもありません。

 父親というのがどういうものなのか、その人には、よくわかりません。

 それでも、できるだけ父親ぶったしぐさで、その子の頭をなでてみようとしました。


 わざとすこしあらっぽく、わしゃわしゃと髪の毛をかきまわしてやると……

 ちょっと、やめてよ――身をよじって逃げながら、その子は、でも、まぶしいくらいの笑顔になったのでした。


  *


 おぼえていられたのは、そこまででした。

 そのあと、どうなったのか、わかりません。


 気がつくと、その子は、いなくなっていました。

 あたりは、もう、草原でもありません。

 元どおり、火葬場の駐車場の片すみでした。

 秋の終わりの、午後の日が、ふりそそいでいます。


 時計を見ると、さっき待合室をでてきてから、三十分ほどすぎているようです。

 もうそんな時間、といったらいいのか、まだそんな時間、といったらいいのか……わかりませんでした。


(夢……白日夢?)


 それにしては、ずいぶん、リアルな夢でした。

 なんだか、長い旅を終えてきたような気がします。


 ほっと、ため息をつきました。


 まもなくお骨上げの時間です。

 そろそろ、戻らなければなりません。


 その人は、きびすを返しかけて……

 最後に、もう一度だけ、空を見あげました。


 すると、その青い空を、すっ、すっ、と、小さな白いものが、いくつも、糸をひいて横切っていくのが、見えた気がしたのでした。

 でも、一瞬でした。

 もう一度、よく確かめようと、目をしばたたいたときには、それはもう、消えてしまっているのでした。


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