ノミコミ
第五試合が始まる。
第三試合、第四試合を観戦しているうちに、プルゴンファイトの“桁外れっぷり”が嫌というほど理解できてきた。闘技場のフィールドは、すでに原形を留めていない。巨大な岩は砕け散り、地面はえぐれ、木々は根こそぎ吹き飛ばされている。
そこへ、グレガリゴンが入ってくる。
筋骨隆々のゴーレムじみた生物で昔から存在する生き物だ、まぁ、昔からいる当たり前の生き物だから説明する必要はないか。
二メートル級の岩をひょいひょいと運び込み、崩れた破片を回収していく。業者の指示を受けながら、淡々とフィールドを修復していく姿は、見ようによっては“めちゃくちゃ優秀な作業員”そのものだ。
「いやぁ、第四試合は良かったな。あの無個性プルゴンが勝つとは思わなかった。あの読み合いと間合いの詰め方……たまらん」
田島先輩は、完全に“ファンの顔”になっていた。
元々、先輩はプルゴンファイトに興味がなかったらしい。もともとこの枠を担当していた編集者が辞めた結果、半ば押しつけられるように担当になったとか。それが今では、毎月の観戦が生きがい、というところまで来ているのだから、ハマる人は本当にハマるのだろう。
実際、俺も少し分かる気がしてきた。
どんな格闘技よりも迫力があって、なのに血は一切出ない。グロテスクな要素がないぶん、純粋に“バカげた力”と“個性のぶつかり合い”だけを楽しめる。
アナウンスが響く。
「これより第五試合を開始します!」
観客席の熱が、さらに一段階上がる。
「青コーナー――プルゴンビルダーズ所属、29番系!」
どっと歓声が上がる。さっきの試合よりも明らかに声が大きい。
それだけ期待されている個体なのだろう。
「赤コーナー――プルゴン研究ファイトクラブ所属、4番系!」
こちらも負けじと大歓声。
どうやら“人気者同士”のカードらしい。
「それでは――第五試合、ファイト!」
ゴングが鳴った、その瞬間。
4番系が、飛び出した――というより、消えた。
一瞬で距離を詰め、マリプルの目前で正拳突きを撃ち込んでいる。
俺が瞬きを一度して視界を戻したときには、すでにマリプルの身体は吹き飛び、さっきと同じように壁際まで叩きつけられていた。
だが――その構図は、さっきまでとは違っていた。
マリプルの腕が、異様に肥大化している。
巨大なプロレスラーの太ももクラスの太さまで膨れあがった右腕――その掌が、4番系の拳を正面から受け止めていた。
「あいつは29番系。肉体変形型の個性だ。任意の部位を巨大化させて、攻撃を受け止めるタイプの防御特化個体だな」
渡先輩が横で解説を入れる。
マリプルの巨大な腕から、プシューッと蒸気のようなものが立ち上る。
次の瞬間には、腕は元のサイズに戻っていた。代わりに、全身がふらついている。どうやら、あの防御にもそれなりの負担はかかるらしい。
「4番系は、身体能力強化型。基本スペックが桁違いなんだ」
ぺぺスダーは、すでに次の攻撃に移っていた。
地面を蹴り上げると、そのまま空中に舞い上がり――何もない空間を、まるで固体であるかのように蹴ってさらに加速する。空中を移動し、その勢いのまま、マリプルめがけて突撃してくる。
拳が振り下ろされる。
その瞬間、空気が裂け、音速を超えた衝撃が遅れて会場に届いた。
音が耳に届く前に、衝撃波だけが先に観客席に達し、プルゴンたちの防壁に弾かれる。
フィールドを見下ろすと、マリプルの身体は全身を膨張させていた。
筋肉の塊――バキ系漫画に出てくるような、過剰なまでに肥大化した肉体。
その左腕でぺぺスダーの身体を鷲掴みにし、ずるりと持ち上げる。
右腕は、例の正拳突きの構え。
肩から前腕にかけて、圧縮されるように筋肉が収束していく。
空気がビリビリと震え、焦げ臭い匂いすら漂ってきた。
十分すぎるほどチャージしたところで、マリプルが吠えるように拳を振り抜く。
ドパァァァン――!!
今までのどの試合よりも凄まじい爆音と共に、衝撃波と熱風が吹き荒れる。
風速50メートルはあるんじゃないか、と思うほどの暴風が観客席を襲い、プルゴンの防壁に阻まれて渦を巻きながら敗退していく。
しばらくして、ようやく視界が落ち着いた。
フィールドの中央には――肩と腕だけになった4番系の身体を、頭から掴んでいるマリプルの姿があった。
その瞬間だった。
ブォオオオオオ――――ッ
耳鳴りのような低い音が鳴り、フィールド中央の空間が“凹む”ように歪む。
まるで、そこだけ世界が吸い込まれているような感覚。
その収束点は――4番系の胴体があった“空洞”から発生していた。
周囲の空気が引き寄せられる。
砕けた岩の破片や砂塵が、渦を巻くように4番系の断面へ吸い込まれていく。
次の瞬間、4番系の残った腕、肩、頭――すべてが自分の身体の中に飲み込まれるようにして消えた。掴んでいたマリプルの腕も同時に引き込まれ、そのまま“中身のない空洞”へと引きずり込まれていく。
「おい、見ろ! これが《ノミコミ》だ!」
渡先輩が俺の肩を揺さぶる。
マリプルは慌てて手を離し、後ろへ飛び退こうとするが、片腕はすでに空間に囚われていた。
空洞はどんどん狭まっていき、最終的にはマリプルの腕を“ねじ切る”ような形で完全に閉じた。
残されたのは、片腕を失ったマリプルだけ。
「プシュー……」
身体から蒸気を吹き出しながら元のサイズに戻っていくが、失った腕は戻らない。
マリプルはキョロキョロと周囲を見回し、
「何してるのー??」
と、観客席に向かっていつもの調子で話しかけてきた。
――戦っていた相手のことも、自分が何をしたかも覚えていない。
「勝負あり!」
ゴングが鳴り、アナウンスが勝敗を告げる。
スタジアムは再び、地鳴りのような歓声に包まれた。
◇
一方その頃。
《プルゴン大学の講義室では、長谷川教授が同じ現象について語っていた。》
「捕食実験の後、研究者たちは“解剖試験”も試みました。当然ですね。中身の構造を知ろうとするのは、研究の基本です」
しかし、問題が一つあった。
――プルゴンに人間の武器は通用しない。
「良心の問題ではありませんよ。物理的に、“傷つける手段がなかった”のです。仕方なく、彼らはある方法を試しました。“プルゴンに、プルゴンを傷つけさせる”」
その結果、嫌がりながらも、プルゴンたちは仲間の身体を“裂いた”。
「そしてどうなったか。――中身は、“空洞”だったのです」
講義室がざわめき、やがて沈黙に変わる。
「皆さんの反応は、正しいものです。私たち人間の常識では、到底理解できない話です。それでも現実として、“プルゴンの内部には臓器も骨もなく、空っぽの空間が広がっている”――これが観測された事実なのです」
同じ話を、俺も今、目の前で体験したばかりだ。
「さて、その“空っぽ”の意味を理解するには、プルゴニウムの性質に触れねばなりません。プルゴンの肉体は、すべてプルゴニウムから構成されていると考えられています。先ほど少し触れましたね」
プルゴニウムは、単独でさまざまな物質と結びつき、表面を形成する。
破壊されると、その場の物質はマイナス方向に“消滅”し、残った肉体はプラス方向に“増殖”する。それがオートリペアだ。
「ここで重要なのが、《恒常性》です。仮に肉体が百パーセントだとしましょう。そのうち十パーセントが破損した場合――破損した部分はマイナスに落ちて“消え”、残った九十パーセントは“百パーセントへ戻ろうとする”。
つまり、プルゴニウムは『ゼロから一以上を生み出す』性質を持ち、一方で『一をゼロ以下へ落とす』性質も持っているということです」
長谷川教授は、そこで少し意地悪そうに笑う。
「では、問題です。肉体の“49パーセント”が破壊された場合、何が起こるでしょう?」
オンライン越しでも、誰かが答える声が聞こえる。
「破損部位のほうに、より強い恒常性の働きが起こる……とかでしょうか?」
「いいですね。筋は通っています。ですが、残念ながら不正解です」
先生は、さらに問いを重ねる。
「では、“破損部位が多かった側”に、恒常性の働きは起こるでしょうか?」
「……起こらない、と思います」
「正解です。では、そのとき破損部位に何が起こるのか」
「マイナス方向の働きが強く出て――“マイナスのプルゴニウム”が増える?」
「素晴らしい。彼に拍手を」
講義室に拍手が響き、先生は満足そうに頷く。
「まとめましょう。プルゴンの肉体は、半分より“多く”破壊されると、全体がマイナスの働きを優先し、消滅します。
――つまり、“プルゴンを殺す方法”は一つ。“50パーセントより多くのダメージを与えること”です」
そのとき、何が起こるのか。
「主たる肉体はマイナスの力を発揮し、その空洞から“マイナスのプルゴニウム”があふれ出します。これは半径数メートルほどの範囲に影響を与え、そこに存在するすべての物質を、自らの空洞の中へ引き寄せます」
それが、《超異空間現象》――通称だ。
「飲み込まれたものは、例外なく消えます。その空洞内部には、マイナスに偏ったプルゴニウムが無数に存在すると考えられており、そこに取り込まれた物質は、すべてプルゴニウムと反応して、“痕跡ごと失われる”と推測されています」
そして、プルゴン自身の肉体も、最後にはその空洞へ吸い込まれていく。
現象は収縮し、完全に消滅する。
「以上の二つ――《13年ルール》と《ノミコミ現象》によって、プルゴンは“消える”ことができます。逆に言えば、この二つ以外の方法で、私たち人間はプルゴンを滅することができない。……それが、現時点での到達点です」
電車のホームに駆け込みながら、私はその言葉を聞いていた。
改札を抜け、階段を駆け下り、滑り込むように電車へ乗り込む。
イヤホンの向こうで、“ありえない話”が淡々と語られていく。
――暴力を振るうプルゴン。
――消えるプルゴン。
――そして、ティーファー。
全部、どこかで繋がっている気がしてならない。
私はスマホの録音アプリを起動し、今の講義部分を“保存しておく”とタグづけした。
そして目を閉じ、一度深く息を吸い込む。
「……全部、見てやる。聞いてやる。解き明かしてやる」
そう小さく呟き、電車の揺れに身を任せながら、私は次の現場へ向かった。




