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プルゴンとかいう生命体が謎すぎる  作者: 黒弧かずちか
1章 プルゴン開示編
4/8

不可思議を見つめる

 第一試合が始まった。


 耳を塞ぎたくなるほどの歓声が、360度全方向から押し寄せてくる。

 ここはドーム型の専用スタジアム。中央に闘技場、その周囲を高い壁がぐるりと取り囲み、その上から観客席がコロシアム状にせり上がっている。


 壁の構造は、厚さ80センチの鋼鉄と、その内側に一メートルの鉛。さらに表面には“プルゴン加工物質”をコーティングしてあるらしい。どんな個性の直撃を受けてもびくともしない、ほぼ「世界最強クラス」の囲いだ。


 その中央のフィールドに、二体のプルゴンが向かい合う。

 少し離れた後方に、それぞれのブリーダー。


 ゴングが鳴れば、それで“戦い”が始まる。


 今日のフィールドは、岩や木々が配置された“擬似自然環境”タイプ。闘技場は直径百メートル以上はあるだろう。仕込まれたギミック次第で、いろんなタイプのバトルが演出できるらしい。


 ルール自体はシンプルだ。

•制限時間内に、どちらかのプルゴンが戦闘不能になる

•逃亡、あるいは明確な戦意喪失が見られた場合は、その時点で敗北

•戦いの中で“消滅”した場合も敗北


 今日は総当たり戦の最終日。しかも祝日。

 ――そりゃあ、会場が満員になるわけだ。


 渡先輩が事前に関係者席を確保してくれていたらしく、俺たちは闘技場を見下ろせる最前列で試合を観戦できる。観客席は東西南北のブロックに分かれていて、それぞれの最前列・中段・後列に、護衛用のプルゴンが配置されている。


 プルゴンファイトでは、フィールドの岩や破片がとんでもない勢いで吹き飛ぶことがある。観客の安全を守るために、護衛プルゴンたちが、飛来物のエネルギーを“打ち消す役”を担っているのだ。


 護衛に回されているのは、無個性プルゴンの中でも比較的“指示が通る”連中だ。プルゴンにも学習能力の差がある。言うことをまったく聞かない個体も少なくない。そういうやつは“野良プルゴン”として社会に放たれる。野良猫と同じで、放っておいても世界が終わるわけじゃない。……それを過剰に問題視して抗議する団体もいるが、それはそれで別の話だ。


 ゴングが鳴る。

 第一試合が始まる。


 一体目のプルゴン――首筋に刻まれた番号から、こいつは33番系だと分かる。昨日、俺の家にいたやつと同系列。短距離瞬間移動の個性を持つグループだ。


 向かい合うもう一体は12番系。擬態や透過、色変化を得意とする系統だ。首の裏の番号で、個性の大分類はだいたい判断できる。


 33番系が、見慣れた正拳突きの構えを取る。

 プルゴンファイトの定番技――「プルゴン正拳突き」。ほぼすべてのファイターが習得している、基礎にして最重要の技だ。


 一方の12番系は、闘技場をゆるやかに走り始める。

 円の外周をなぞるように、33番系を逆時計回りに回り込み――そして、個性を発動した。


 ネズミ色の身体が、じわりと背景の色に溶けていく。

 完全に透明になるわけではないが、目を凝らしていないと見失いそうなレベルの擬態だ。


 最初はちゃんと目で追えていた33番系も、徐々に12番系の位置を見失っていったらしい。首が忙しなく左右に揺れ始めると、観客席のあちこちからヤジが飛ぶ。


「何やってんだよ!」「ちゃんと見ろー!」


 罵声と歓声がごちゃ混ぜになって、巨大なうねりになって会場を包み込む。

 対して12番系側の応援席からは、


「イケイケー!」


「そのまま後ろだー!」


 などと、明らかにうれしそうな声が上がっている。


 そして――勝敗は、本当に一瞬だった。


 33番系が完全に12番系の位置を見失い、キョロキョロと首を動かし始めた瞬間。

 背後、ほとんど死角の位置に、擬態を解かないまま12番系がそっと近づいていた。


 構えは、プルゴン正拳突き。

 息を飲む気配が、会場全体に伝播する。


「後ろだーっ!!」


 観客の叫びに、33番系は振り向きもせず、「え?何いってるのー?」と首を傾げる。完全に出遅れたその瞬間――


 ドンッ――というより、空気ごと殴られたような爆音が鳴った。


 12番系の正拳突きが、常識外れの速度で繰り出される。

 拳が突き出された瞬間、周囲の空気がきしみ、衝撃波がリング内を駆け抜けた。砂塵が巻き上がり、風の塊となって観客席まで押し寄せる。


 思わず目を覆い、背中を向けて吹き飛んでくる砂をやり過ごす。

 次の瞬間、闘技場の壁に「ドカン」と鈍い音が響いた。


 視界が晴れたとき、壁にもたれかかるように倒れているのは――12番系の方だった。


 33番系は、リング中央でまだ正拳突きの構えを崩さず、じっと相手を見据えている。


 12番系は腕で攻撃を受け止めようとしたのだろう。だが、その腕の一本は完全に吹き飛んでいた。ユニフォームのおかげで細部までは見えないが、遠く離れた場所に転がった腕が、紙切れのようにサラサラと灰になって消えていくのが見えた。


 残った腕を押さえながら、12番系は震えた声で「こわーい……やめてぃー」と叫び、そのまま闘技場の外に向かって全力で走り出した。


 審判が、即座に旗を振る。


「12番系、戦意喪失による棄権! よって勝者――33番系ビリビン!」


 アナウンスが響くと同時に、会場は爆発したような歓声に包まれた。

 立ち上がって拳を突き上げる客。隣の知らないやつと肩を組んで喜ぶ男たち。

 ほんの五分にも満たない攻防だったのに、スタジアムの熱量は最初の試合とは思えないほど高い。


「今の、どうなってああなったんですかね?」


 俺は隣の観客に声をかけた。


「おう? 今のはな――12番が殴りに来た瞬間、33番が瞬間移動で“入れ替わった”んだよ」


 男は興奮した口調のまま、丁寧に教えてくれる。


「ほら、最初に構えたろ? あの姿勢のまま一瞬で背後に回って、そのまま正拳突きだ。あそこのモニター見てみな」


 闘技場上空の巨大スクリーンに、今のシーンのスーパースロー映像が映し出される。

 確かに、12番系が拳を繰り出した瞬間、33番系の姿がふっと消え、次のコマではすでに背後に回り込んでいる。そのまま正面から叩き込まれた拳が、12番系のガードごと吹き飛ばしていた。


 途中から映像が砂嵐で乱れ、完全再現はできていないにもかかわらず、隣の男はほぼ正確に読み切っていた。相当な常連なのだろう。


 試合が終わって興奮冷めやらぬ観客席の背後から、肩を叩かれる。


「どうだ、すごかっただろ?」


 渡先輩が、遅れて到着していた。


「いや……正直、何が起こったかは分かんなかったっす」


「だろうな。初見で理解できるやつはそういない」


 先輩はニヤリと笑った。


「それより、インタビューに行くぞ。来い」


 そう言って先輩は俺の肩を叩き、足早に観客席の出口へ向かって歩き出した。

 俺も慌てて立ち上がり、その背中を追いかける。


 ◇


 観客席から階段を降り、闘技場の入口ロビーへ。

 ここでプルゴンブリーダーたちの試合後インタビューが行われる。


「今回の敗因は、どのあたりにあったとお考えですか?」


 地方局のテレビクルーが、先に12番系側のブリーダーへ質問していた。

 一人一問、持ち時間五分ほど。短い質疑の中で、俺たちは少しでも“使える情報”を引き出す必要がある。


「そうですね……作戦自体は悪くなかったと思いますが、相手プルゴンの反応速度と、個性の等級を見誤ったのが大きいです。あの距離を瞬間移動されるとは想定していませんでした」


 ブリーダーは悔しそうにしながらも、冷静に分析を口にする。


「うちの12番は、ある程度ダメージを受けてもリペアできる想定で組んでいましたが、腕だけでなく胸部まで衝撃が抜けていたようです。その結果、リペアが間に合わず、プルゴン自身が恐怖を覚えて指示を受け付けなくなってしまった。それが、棄権に至った一番の理由ですね」


「ありがとうございます。次の試合も楽しみにしています」


 テレビ局のインタビューが終わると、運営スタッフが声をかける。


「次、プルゴンサイエンスさんどうぞ!」


 渡先輩が一歩前へ出た。


「先ほど、33番系は明らかに12番系の姿を見失っていました。それでも結果的には“完全な裏取り”を決められた形になりましたが、あれをどう分析されていますか? また、吹き飛ばされた後のリペア後にも反撃の余地があったように思えますが、それでも放棄を選んだ理由を、もう少し詳しく伺えますか」


 先輩の問いに、ブリーダーは少し考えてから答えた。


「やはり個性の等級差ですね。あの距離を瞬間移動できるということは、すでに“個性解放”段階に入っている個体だと考えられます。攻撃後のリペアについては、腕だけでなく、胸部の内部構造まで損傷していたため、復元に時間がかかった。その間に恐怖反応が強く出てしまい、こちらの指示が入らなくなった――それが判断ミスでした」


「貴重なお話、ありがとうございました」


 先輩はそう締めくくり、すぐにその場を離れる。


「勝った側には聞かないんすか?」


「ああ。勝者側のコメントはどこも取りに行く。うちは“負けたほうの本音”のほうが重要だ」


 そう言って先輩は、再び闘技場への通路へ戻っていく。


「次のインタビューは五試合目だ。三、四試合は観戦しながら解説してやる」


 観客席に戻ると、ちょうど次の試合の準備が整いつつあった。


「“ノミコミ”、見られるといいな」


「……ノミコミ?」


「超異空間現象だよ。プルゴンファイトの見どころのひとつだ。今の試合はダメージが足りなかった。おそらく、29番系くらいの火力じゃないと起きないだろうな」


 先輩は、どこか楽しそうに目を細めた。


「プルゴンの腕が吹き飛んでリペアするところ、見たことないだろ?」


「……いや、そもそも“プルゴンが傷つくところ”自体、今日が初めてです」


 プルゴンは、基本的に不死身だ。

 人間の攻撃では傷ひとつつかない。唯一傷つけられるのは、プルゴン同士の戦いだけ――そう教科書に書かれていたけれど、実際に目の前で見ると、理解が追いつかない。


 ふとフィールドに目をやると、さっきの衝撃を受けたはずの壁には、ひびのひとつも入っていなかった。プルゴン加工物質を塗布した壁は、プルゴンとほぼ同じ強度を持つらしい。


「リペアってのは、いわゆる“オートリペア”だ。損傷を受けた部分が、自動で再生される。……が、問題はその中身だ」


 先輩は視線をリングから離さず、話を続ける。


「プルゴンの口から喉までは、人間とそこまで違わない構造が確認されている。そこから先だ――はっきりしているのは、“臓器がない”って事実だけだ」


「……は?」


 思わず声が漏れた。


「臓器がない、って……。それ、生き物って言えるんですか?」


「“生物学的にどうか”は、学者連中が好きに決めるだろうな。現実として、“そういう構造”なんだよ」


 先輩は、どこか諦めたような笑いを浮かべた。


「量子力学の世界だと、人間の身体は“ほぼ透明な粒の集まり”だっていう話があるだろ。俺たちみたいな生命体は、無数の粒子でできた集合体で、その組み方と働きで“肉体として機能しているわけだ」


「はあ……まあ、聞いたことはありますけど」


「でもプルゴンは違う。あいつらは、一種類の粒――《プルゴニウム》って素粒子素体だけで成り立ってる」


 そこでようやく、教科書で見た単語が出てくる。


「プルゴニウムは、既存のどの元素とも違う。“どんな物質とも最適な反応を起こせる”性質があるらしくてな。あいつらの身体は、プルゴニウムが組み上げた“殻”みたいなもんだ」


 先輩は簡単な例を出す。


「パチンコ玉に意思が宿ってると想像してみろ。その玉が、自分の意思だけで鉄になったりゴムになったり、ガラスになったりしながら、最適な形に組み替わっていって、いつのまにか“車一台”できあがる――そんなイメージだ」


「理解したくないですけど、イメージだけは伝わりました」


「それで十分だ。今は“()()()()()()()()()だ”ってことだけ覚えておけ」


 そう言いかけたところで、第二試合の歓声が一段と高まった。

 フィールドを見ると、また腕が吹き飛んでいる。


「ほら、傷口見ろ」


 先輩に促され、俺は吹き飛ばされた側のプルゴンに視線を集中させる。


 ユニフォームが破れ、むき出しになった断面。

 そこには――肉も、骨も、血も、何ひとつ存在しなかった。


 ただ、暗闇の穴がぽっかりと空いている。

 エンビパイプを途中で切ったみたいな、完全な空洞だ。


「……マジかよ」


 目が離せない。その“ありえない空っぽ”をじっと見つめているうちに、断面からすぅっと何かが集まり始め、やがて腕が何事もなかったように再生されていく。


「彼らの身体を構成する“プルゴニウム化合物”は、ゼロから“プラス”を生み出したり、逆にプラスから“マイナス”を引き出したりできると言われている」


 先輩は低い声で続けた。


「さっきの実験の話に出てきた“オートリペア”は、その性質の一つだ。壊れた部分からは、プラスがマイナスに落ちて消える。残った部分は、一から“増える”ことでバランスを取り戻す。……問題は、その“マイナス”が暴走したときに何が起こるか、って話だ」


「それが――さっき言っていた《ノミコミ》ってやつですか?」


「ああ。……まあ、言葉で説明するより、実際に見たほうが早い」


 先輩は視線を第五試合のカードに移す。


「五試合目に出てくる二体は、どっちも“ノミコミ”を起こす条件を満たしやすい。たぶん――今日見られるぞ」


 俺は、ごくりと唾を飲み込んだ。


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