プルゴンファイト!!
「おーい、こっちだ!」
翌朝。
まだ朝焼けの残る〇〇駅前で、先輩の声が響いた。
集合は早朝6時半。
今日はこれから取材で大阪へ向かう。
目的は――プルゴンファイトの大規模大会、その最終日だ。
プルゴンファイト。
プルゴン同士を戦わせる、いわば“格闘競技”だ。
世間では今や、国民的娯楽の一つと言っていいほどの人気を誇っている。
個性能力を駆使した派手なバトルは、動画配信サイトでも常にランキングの上位に食い込んでいる。
……正直、俺はあまり興味がない。
プルゴン同士を戦わせて金儲けをするという構図が、どうにも好きになれない。
とはいえ、プルゴンと人間社会の関わりを追うという意味では、避けられないテーマでもある。
「おお、渡。来たか。ん? 二神は?」
「あ、先輩。あいつ今日来ません」
「は?」
「時間になっても来ないから電話したら、昨日の件で、帰りにヤケ酒かましたみたいで。いつもの居酒屋のボトルキープしてた焼酎、全部飲み干して、二日酔いで動けないって連絡ありました」
「……は?」
「先輩、あいつ減給しましょう。上に言っといてくださいよ」
今朝の会話を思い出す。
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電話越しの二神の声は、いつもの元気が嘘みたいにしおれていた。
『あー……ケンケン、おはようござい……ます……』
「どうした。大丈夫か? 熱でも出たか?」
『昨日……飲み過ぎました……。ごめんなさい。会社のキープの芋焼酎、全部……』
「一升瓶だぞ、それ。……で、今日は来れるのか? これから大阪だぞ」
『リニアですか……?』
「は?」
『リニアで大阪行くなら……行きますけど……』
「新幹線だ。それがどうした」
『新幹……。ごめんなさい今日無理そうです。ケンケンから先輩になんとか言っといてください……』
「おい、ふざけ――」
プツッ、と通話が切れた。
同時に、俺の堪忍袋もぷつりと切れた。
……リニアなら来ようとしてたな、あいつ。
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「あの野郎、明日こそ説教だなマジで! ……まぁいい。時間ねぇぞ行くぞ!」
「はい!」
俺たちは荷物を抱えて、慌ただしくホームへ向かう。
「そもそも、あいつ酒飲んでいい歳だっけ?」
「あいつ22っす。でも実家が酒屋なんで、16の頃から飲んでたらしいですよ」
「聞かなきゃよかった情報だな……。あいつ、リニアならホイホイ来ようとしてたんだろ?」
「たぶん、本気でそう言ってましたね」
「くはっ。ふざけやがって、笑。あいつの減給でリニア乗ったって言っとくか」
なんだかんだで、俺も先輩も、二神には甘い。
本気で怒ってはいるが、どこかで笑って許してしまうところがある。
先輩は、俺が入社する前に散々“使い潰される側”を経験してきたらしい。
「お前はああいう大人になるな」と、何度も念押しされた。
だからこそ、自分の後輩には、なるべく理不尽なことを押し付けないようにしているのだろう。
……だからって、今回の二神はさすがにやり過ぎだと思うが。
新幹線に乗り込み、新大阪へ向かう。
窓の外を流れていく景色を眺めているうちに、少しずつ頭の中が取材モードへと切り替わっていく。
プルゴンファイトは、単なる娯楽で終わる話ではない。
プルゴン同士の戦い――それは、彼らの個性能力が、最も露骨に発揮される場でもあるからだ。
日常生活の中で、個性がフルパワーで使われることは滅多にない。
プルゴンは基本的に平和主義で、争いを好まない。
その彼らが「戦う」という行為に、どんな意味があるのか。
そこには、きっと何か“ヒント”があるはずだ。
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新大阪に到着し、改札を抜けて人の流れに乗って歩くと、やがてビル群の切れ目の向こうに、それは見えた。
灰色の街並みの中で、そこだけ異様に浮かび上がった巨大ドーム。
丸く盛り上がった屋根には、ネオンカラーで描かれたプルゴンのシルエットと、でかでかと「P-1 GRAND FIGHT」と書かれたロゴが貼り付いている。
朝の光を受けて、それがやたらと眩しい。
近づくほどに、空気が変わっていくのが分かる。
普通の街のざわめきとは違う、イベント特有の熱気――ライブ会場と競馬場と遊園地を全部ごちゃ混ぜにしたような、雑多で落ち着きのないテンションだ。
会場の外周には、既に長い列がいくつもできていた。
家族連れが親子三人でお揃いのピープーTシャツを着ていたり、背中に推しプルゴンの名前をプリントした法被を着ているおっさんがいたり、頭にティファのカチューシャをつけてる女子高生たちが写真を撮り合っていたりする。
至るところから、プルゴンの鳴き声とも喋り声ともつかない高い声が聞こえてくる。
人間用の入場ゲートの脇には、プルゴン専用のスロープが設けられていて、ネズミ色のプルゴンたちが、ブリーダーに連れられてぞろぞろと中へ入っていく。
首にチームカラーのスカーフを巻いたプルゴンや、トレーニング用の小さなグローブを付けられて得意げに腕を振っているプルゴンもいる。
「うわ……もうこんなに人いるんですね」
思わずそう漏らすと、先輩が口の端を少し上げた。
「今日はP-1の決勝だぞ。全国からプルゴン馬鹿が集まってきてるんだ。こんなもんじゃ済まねぇよ」
会場の外壁には、対戦カードの巨大ポスターが貼られている。
筋骨隆々――と言ってもプルゴン基準なので、丸っこい体にうっすら割れた腹筋が描かれているだけなのだが――のプルゴンや、目つきだけやたら鋭いプルゴン、身体中に稲妻マークのペイントを施されたプルゴンなど、キャラの濃い連中が、これでもかとポーズを決めている。
その下では、屋台もずらりと並んでいた。
「プルゴン焼き」「ティーファ味ソーダ」「P-1限定からあげBOX」など、怪しいフレーズのオンパレードだ。
油の匂いと甘いソーダの匂いが混ざり合って、鼻の奥がじんとする。
発券ブース周辺は、すでに軽い戦場だ。
電子掲示板に表示されたオッズを見ながら、
「お前、ピープーに入れてどないすんねん。あんなん勝っても配当しょぼいわ。今アツいんは“PGグループ”のピンススやで。ありゃえげつないパンチかますで?」
「何ぬかしとんねん。あそこのプルゴン、頭悪いねんぞ。ブリーダーもプルゴンもポンコツや。まぁええわ、どっちが儲けるか、試合終わってからや!」
関西弁が飛び交う中、俺たちは取材パスを提示して会場内へ入る。
――人間の欲と期待と熱狂が、全部入り雑炊みたいに煮えたぎっている場所。
それが、プルゴンファイトの会場だ。
「ほら、行くぞ。中で席押さえねぇと、ロクな場所残ってねぇからな」
先輩に促され、俺たちは取材パス専用の入口へ向かう。
ゲートをくぐった瞬間、さらに音の圧力が増した。
場内BGMの重低音が床を振動させ、どよめきの残滓が空気そのものを揺らしている。
遠くの方から、試合前のウォーミングアップなのか、プルゴンの「ピロロロロ〜」という不思議な掛け声と、観客の笑い声が混ざり合って聞こえてきた。
「おい渡。お前も勝券、一本くらい買っとけ。5戦目の29番系は、マジで見ものだぞ」
先輩は券売機の前に並びながら、電子掲示板を指差す。
そこには、対戦するプルゴンたちの情報が並んでいた。
個性能力の種類。
身長、体重などの基礎データ。
所属チーム――プルゴンを鍛えている育成組織の名前。
過去の勝率、連勝記録、スタミナ評価。
この情報を見ながら、観客たちは「どのプルゴンが勝つか」「どの組み合わせが荒れるか」を予想し、勝券を購入する。
ただ、プルゴンファイトの難しいところは、“勝率がすべてではない”という点だ。
なぜなら――プルゴンはアホだからだ。
彼らは基本的に、戦いを好まない。
ブリーダーがいくら訓練しても、「今日は戦う気分じゃない」となれば、試合の途中でリングから逃げる。
相手のプルゴンと手を取り合って、突然意味不明なダンスを始めることもある。
そうなった場合は、不戦勝。
試合としては成立したことにされるが、勝券を買った側からすれば、たまったものではない。
「まぁ、いろいろ考えても、結局は運だな」
そうぼやきながら、俺も先輩と同じ5戦目の勝券を一枚だけ買った。
大して金を賭ける気はない。
俺の興味は、あくまで“現象”の方だ。
「おい渡。俺、ちょっと運営スタッフに挨拶してくる。お前は適当に試合でも眺めてろ。初めて見るんだろ?」
「はい」
今回の取材のメインは、試合後の観客インタビューだ。
「なぜプルゴンファイトを見るのか」
「何に魅力を感じているのか」
「プルゴンに対して、怖さは感じないのか」
――そういった生の声を集めるのが、俺たちの仕事だ。
最終試合までは、まだ時間がある。
せっかくなので、初戦からじっくりと観客として眺めてみることにした。
まだ早い時間帯なので、リングに近い良い席が空いている。
俺はその一角に腰を下ろし、胸元のストラップに提げた記者証を服の中にしまい込んだ。
アナウンスが流れ、スポットライトがリングを照らす。
左右のゲートから、それぞれ一体ずつ、プルゴンが入場してくる。
観客席から、期待と興奮の入り混じった歓声が上がる。
――さて、“プルゴン同士の戦い”とやら。
そこで、何が見えるのか。
今日は、長い一日になりそうだ
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あー……やっちゃった。
絶対、先輩とケンケン、ブチギレてるだろうなぁ。
昨日の件で盛大にやらかした自覚があった私は、現実から逃げるように一人で居酒屋に入り、そのまま早朝まで飲み潰れてしまった。お酒ってさ、飲んでるときは「まあいいか」で全部正当化できるくせに、酔いが醒めたあとにだけ、ちくちく後悔を投げつけてくる。あの「後の祭り」感をこんなにもバカバカしく感じるのは、きっと私だけじゃないはずだ。
ティーファーは、プルゴン研究における“最重要存在”だ。
そもそもプルゴンは「無知性」と分類されていて、学習容量が極めて低い。何かを教えたくても、まともに覚えさせるだけで一苦労だ。どんな教育を施すかで、“使えるプルゴン”になるかどうかが決まると言っても過言ではない。
本来、プルゴンに「自我」や「アイデンティティ」と呼べるものは存在しない。
――はず、だった。
しかし、ティーファと呼ばれる個体は“知性を持ったプルゴン”として各国の研究者から報告されている。しかもおかしなことに、すべてのプルゴンは“リスポーン”してこの世界に現れた瞬間から、なぜかティーファーの存在を知っているのだ。
ティーファーと遭遇したプルゴンたちは、例外なく彼のもとへ駆け寄っていく。何かをねだるように、慕うように、祈るように――とにかく言葉では説明しきれない、異様な熱を帯びた行動を見せる。ティーファーがプルゴンたちにとってどういう存在であるにせよ、「特別」なのは疑いようがない。
さらにティーファーは、人間と対等に会話ができる。
あのネズミ色の体で、当たり前のように人語を話し、理路整然と会話を成立させてしまうのだ。プルゴンという枠から、明らかに逸脱した知性の持ち主――それがティーファ。
研究者の間では、彼こそが「すべてのプルゴンを統括する始祖個体」なのではないか、とまで言われている。だからこそ今でも、ティーファは世界中の研究者や、私たちメディア関係者にとって“追い求め続けるべき存在”になっている。
だけど、そんな重要存在でありながら、彼は姿を見せたと思った次の瞬間には消えてしまう。ティーファが消えると、さっきまで狂ったように騒いでいたプルゴンたちも、まるでスイッチが切り替わるみたいに落ち着きを取り戻し、いつも通りの“間抜けで従順なプルゴン”へ戻っていく。
――そんなティーファ絡みの案件だと、昨日の依頼のときにちゃんと説明してくれてたら、私だってもう少し慎重になったのに。
私たち渡班は、いまだに雑誌に載せられるほどの“決定打”になるネタを持っていない。ティーファ関連の仕事と聞いて、内心焦っていたのも事実だ。だからこそ、無理やりにでも仕事を引き受けてしまった。まさか、ティーファ本体そのものの案件だなんて思わないでしょ、普通。
……いや、悪いのは私だ。
取材道具を持っていたのも、現場に行くと決めたのも、全部私の判断だ。だけど、事前に「ティーファ本人の可能性あるよ」って一言くらい教えてくれてもよかったんじゃないの、ケンケン……。
編集者として未熟なのは、百も承知だ。反省すべきところは山ほどある。
――それでも、プルゴンブリーダーを目指す身として、長谷川先生の講義を聞き逃すなんて、私の中では“ありえない”選択肢だった。
そう、私は自分の“やらかし”と、“どうしても必要だった”と思いたい自分の行動とを、無理やり天秤にかけている。都合のいい正義を自分で自分に押しつけながら、その感情をお酒で薄めて誤魔化していた。
気がつけばこのザマである。二日酔いの頭と、重いまぶたと、罪悪感に押しつぶされそうな胸を抱えながら――
それでも私は、“明日殺される未来”のことはひとまず棚上げして、
「今」を生きるために、オンラインで長谷川先生の講義を受けていた。
◇
「それでは、今回から本格的に《プルゴン学概論》に入っていきます」
画面の向こうで、長谷川教授はいつもの柔らかい笑顔を浮かべながら、マイクに向かって話し始めた。
「プルゴン学概論は、プルゴンを知るうえで“不可解そのもの”を受け入れるための学問だと言えるでしょう。理解しがたい話ばかりですが――残念ながら、どれもこれも“現実”です。そのつもりで、耳を傾けてください」
そう前置きしてから、先生は一度視線を天井のあたりにさまよわせる。
話の起点を選ぶように、少しの沈黙を挟んでから、ゆっくりと口を開いた。
「プルゴンが初めて確認されたのは、ロシア・コラ半島。第三次世界大戦の発火点であり、同時に“終無血戦”の舞台となった場所です」
そこから語られたのは、教科書でもおなじみの、でも何度聞いても奇妙な話だ。
当時、ロシアは自国のエネルギー問題に直面していた。
無限にあると思われていた天然ガスは、実際には急速に枯渇しつつあり、自国内だけではエネルギーが賄えない状況に追い込まれていた。打開策として、ロシアは近隣諸国を自国の統治下、もしくは“連合国家”として取り込もうと画策していく。
旧ソ連圏への干渉、ウクライナ戦争――積み重ねてきた数々の「負債」が、周辺国の反発を強めていた。そんなロシアに対し、近隣諸国は過去の屈辱を忘れておらず、むしろ憎悪を募らせていた。そこで彼らは他国の先進国と手を組み、協力体制を整え、利権と正義を混ぜ合わせたような“都合のいい大義名分”を掲げて、ロシアとの戦争に踏み切った――。
「ロシアはエネルギー開発の名目で、各地でボーリング調査を進めていました。とりわけ、地殻調査の拠点となったコラ半島には、深さ一万二千メートルを超える、世界最深級の掘削坑が掘られていたのです」
長谷川教授の声は、いつもの穏やかさを保ったまま、内容だけがどんどん物騒になっていく。
「そこに目をつけた同盟国が考えたのは、“穴の底で核爆発を起こす”という、非常に分かりやすく、非常に邪悪な作戦でした。地下深くで爆発が起きれば、地殻ごと破壊され、広範囲を一気に核汚染できる。つまり、ロシアという国を、“住めない土地”に変えてしまおうとしたわけです」
――コラ半島防衛戦線。
教科書では淡々とそう書かれているけれど、実際は「歴史に残る悪ふざけ」と言ってもいい作戦だ。
しかし、その作戦が動き出したとき。
地獄の底から湧き上がるように、突如として姿を現したのが――
「プルゴンです」
教授はそこで、少しだけ声を落とす。
教室のスピーカー越しに聞いている私の耳にまで、その空気の変化が伝わってくる。
「プルゴンは、対立していた同盟国軍とロシア軍の“ちょうど真ん中”に現れました。彼らは両軍の間に立ち、“けんか、やめてぇ〜”と、全身全霊で訴え続けたと言われています」
そこで教授はカメラ目線になり、プルゴンの声真似をした。
『やめてぇ〜!けんか、よくなぁ〜い?』
オンライン越しでも、講義室がどっと笑いに包まれたのがわかる。
長谷川教授の講義って、ほんとに面白い。二日酔いじゃなかったら、もっと笑えたのに。
「もちろん、当時の兵士たちにとっては笑い事ではありません。よく分からない灰色の生き物が、突然戦場に現れて、母国語で話しかけてくる。“喧嘩やめて”と、涙目で詰め寄ってくる。――恐怖以外の何物でもありません」
兵士たちはパニックになり、とっさに銃口をプルゴンへ向けた。
引き金を引く。弾丸が放たれる。だが――
「銃弾は、プルゴンの身体を貫通しませんでした」
それどころか、プルゴンの身体に当たった瞬間、弾丸はぺしゃんこに潰れ、そのまま足元に転がり落ちたのだという。
敵軍は、「相手が新兵器を投入した」と考えた。
お互いにそう思い込んだ結果、敵軍へ向けようとしていた怒りの矛先が、その場にいる“正体不明の灰色の生き物”へと同時に向かってしまった――。
それでもプルゴンたちは、ただひたすらに、
「やめてー」「喧嘩やだー」「仲良くしよー」と訴え続けた。
「彼らはいくら攻撃されても傷一つつかず、ただ必死に、戦いを止めようとするだけでした。そうしているうちに、戦場は“戦争どころではない状況”に変わっていったのです」
そしてそれは、コラ半島だけの話ではなかった。
「プルゴンが現れたのを皮切りに、世界中の紛争地帯で、同じような未確認生物が目撃され始めました。弾が効かない。爆弾も効かない。戦車も効かない。そんな“無敵の第三者”が、世界中の戦場で一斉に出現したら――そりゃあ、戦争どころじゃなくなりますね」
やがて各国は、戦火を一時停止する。
それまで敵視していたはずの国同士が、奇妙な共通認識を得た。
――あの灰色のやつらは何だ。
――どう扱えばいい。
戦争は、いつの間にか「プルゴンという未確認生命体への対応会議」に変わっていった。そして歴史が大きく動く。
「第三次世界大戦は、“無血のまま”幕を下ろしました」
先生は、感情を抑えた声音でそう締めくくる。
「彼らは後に、“プルゴン”と名付けられます。当時のロシア兵、ジャーマン・プルゴン――彼が冗談半分で口にした名が、そのまま採用されたと言われていますが……不思議なことに、その時点ですでに、プルゴンたちは“自分がプルゴンである”と認識していたようなのです」
ここで先生は、少しだけ笑いを含んだ。
「後に世界各地でリスポーンしたプルゴンは、自分の名前を聞かれると、必ずこう答えました。“プルゴンです”とね。
――生まれたばかりの赤ちゃんが、“自分は人間です”と自己紹介してくるようなものですよ」
確かに、街のプルゴンたちは皆、
「あなたの名前は?」と聞くと、考え込む様子ひとつ見せずに「プルゴン」と答える。
自分が何者かは分かっていないくせに、「名前だけは知っている」。
気味が悪いけれど、どこか愛おしい、プルゴンの典型的な姿だ。
「彼らは“自分がプルゴンであること”は知っている。しかし、なぜここにいるのか、何のためにいるのか、自分という存在が何なのか――そうした問いには、例外なく“わからなぁ〜い”と答えます。
人間に対しては、おおむね友好的で、驚くほど従順です」
先生は、オンラインの向こうで肩をすくめてみせる。
「頭の中は空っぽなのに、言語だけは完璧。これほど気持ちの悪い生命体もそうそういませんが……人類はそのうち、“脅威ではない”と判断しました。そして、彼らを《研究対象》として扱い始めたのです。必要があれば、積極的に《利用できないか》と考えるようになりました」
――利用できるものは利用する。
いかにも人間らしい、嫌な現実だ。
「さて、改めてプルゴンの“生態”について整理しましょう」
教授はホワイトボードに人型の簡単なシルエットを描き、その上から特徴を箇条書きしていく。
「プルゴンは、身長おおよそ80〜120センチほどの二足歩行生命体です。見た目は人間に似た人型で、全身はネズミ色。瞳は真っ黒が二つ、鼻は小さく低い。眉毛はうっすらと、口はやや大きめ。耳はエルフのように鋭く尖っています。胴体はやや長く、腕は少し長く、足は短い。体毛は一切なく、服も着ていません」
ここまでは、私も日常的に見ている“いつものプルゴン像”だ。
「ここからが、本当におもしろいところです」
教授の瞳が、わずかに輝く。
「まず、生殖器がない。肛門もない。つまり、排泄という行為が存在しない。食事は“できる”。しかし、“する必要はない”。過去に行われた有名な実験があります」
同じタイミングでリスポーンした数十匹のプルゴンを一室に集め、一切の水と食料を与えず、どこまで生命活動を維持できるかを観察したという、あの倫理的にギリギリなやつだ。
「結論だけ言いましょう。彼らは何も摂取しなくても“生き続けることができた”」
教授は一拍おいてから、続ける。
「しかし、ある時期を境に、同時に、あるいは前後わずかなズレで、全員が“消滅”しました」
倒れたわけでも、衰弱したわけでもない。
その場から、跡形もなく、ふっと消えたのだ。
「一方で、別室では、同じ時期に誕生したプルゴンたちに通常の餌を与えながら、同じく観察を行っていました。こちらは食事をさせ、運動もさせ、人間が考える“健康な生活”を送らせたうえで、寿命を測定したのです」
結果は――
「実測で“ちょうど十三年”」
同じ期間に誕生した個体は、わずかな誤差を除き、全員が同じタイミングで消滅した。餌を与えても、与えなくても、“存在できる期間”は変わらない。
「これが、いわゆる《13年ルール》です。プルゴンという生命体は、“誕生から十三年”という期間のみ、現実世界に存在できる――とする有力な仮説ですね。詳細は、別の回でじっくり扱いましょう」
当時の研究者たちの驚愕ぶりが目に浮かぶ。
「生き物のくせに、生命活動と寿命がほぼ関係ない」という、常識外れもいいところの事実を突きつけられたのだから。
「次に、《プルゴン動態係数》についてです。毎年、世界全体でリスポーンしたプルゴンの総数が算出され、報告されています。今年度の数は――六億」
私は思わず、画面を見つめ直した。
今年も、去年も、その前の年も。報告される数値は、ずっと“六億”で固定されている。
「動態係数が記録され始めた八十年前から、現在に至るまで。世界中のプルゴン総数は、ずっと“ほぼ一定”です。生殖行動はなく、突如としてリスポーンし、ある日突然消滅する。なのに、全体数は増えも減りもしない」
教授は肩をすくめてみせる。
「なぜ数が一定なのか。どこから来て、どこへ帰っているのか。その根幹部分は、今なお不明です。13年ルール説との整合性を含めて、さまざまなモデルがありますが――これらはまた、別の回に扱いましょう」
講義室は、オンライン越しの私でも分かるほど、静まり返っていた。
みんな、“絵本みたいな現実”を必死に飲み込もうとしている。
「最後に、プルゴンの“重さ”について。先ほど、身長は九十〜百二十センチと説明しましたね。では、体重はどれくらいだと思いますか?」
ここで先生は、何人かの生徒に指名して答えさせる。
40キロ、30キロ、20キロ――人間の子どもの体重を基準にした回答が続いた。
先生は、楽しそうにうなずきながら首を振る。
「正解は――五百グラム」
講義室がざわつき、オンラインのコメント欄も一気に流れ始める。
そりゃそうだ。小学校低学年くらいの大きさの生命体が、ペットボトル一本分の重さって、どういう冗談だ。
私は手元のスポーツドリンクを見る。
――さっきコンビニで買った五百ミリリットルのペットボトル。
あれと、プルゴン一体が同じ重さってことになる。
「それだけ軽いのに、台風の暴風雨の中に放り込んでも、プルゴンは一切吹き飛ばされません。むしろ、彼らは外から与えられたエネルギーを“打ち消す”ような反応を示すのです。銃弾も、車の衝突も、爆発の衝撃も――すべて相殺してしまう」
だから、車がぐちゃぐちゃに壊れても、プルゴン本体には傷一つつかない。
あまりの理不尽さに、思わず笑ってしまうほどだ。
「現在は、皆さんもご存知の通り“プルゴンアシストシステム”が義務化されているので、そもそもプルゴンに車がぶつかる状況になりませんがね。これも広い意味で、プルゴン学の成果と言えるでしょう」
先生は冗談交じりに言いながらも、やはり最後は真剣な目に戻る。
「……話があちこち飛んでしまいましたね。捕食・絶食実験の続きや、《ノミコミ》現象については、また後ほど詳しく扱うことにしましょう」
そう言った直後、私はスマホ画面の上部にポップアップした“速報”に目を奪われた。
――『狂乱したプルゴンが暴れる 二人負傷』
瞬間的に、二日酔いが吹き飛んだ。
私は慌てて講義の画面を小さくし、ニュースを開く。
場所、時刻、状況。
――行ける。これは、行かなきゃいけない。
私は音声だけはイヤホンで繋いだまま、長谷川先生の声を耳に入れつつ、急いで身支度を整えた。首から記憶型モニターゴーグルをぶら下げ、電源をオンにする。
「全部、撮る」
昨日の失態を挽回できるかもしれない、最大のチャンス。
私は玄関を飛び出し、走りながら心の中で呟いた。
――暴力を振るうプルゴンなんて、そう簡単にお目にかかれるものじゃない。
そして、遠く離れたどこかで。
「……許さない。人間、許さない」
謎の声が、プルゴンを震わせ始めていた。
訂正しました




