調和
第3次世界大戦。
ロシア軍による新たな侵略戦線が火種となり、近隣諸国は次々と同盟を結び、やがて火の粉はロシア国内にまで飛び火した。国内で内乱が起こり、戦線は複雑に入り組む。
開戦から月日は流れたが、終わりの気配は一向に見えない。戦況は日に日に深刻さを増し、戦場はまさに修羅場と化していた。
そんな殺伐たる戦場に、ある日突然、“それ”は姿を現した。
銃声轟く戦場のただ中で、
爆炎と黒煙に包まれた瓦礫の山の上に、ぽつんと佇む小さな影。
その謎の生命体は、双方の軍に対して争いをやめるよう訴えかけ、怒号渦巻く戦場に“調停者”のごとく介入したのだ。
“彼ら”を最初に目撃した兵士――ジャーマン・プルゴン。
人々は彼の名を取り、その謎の生命体を「プルゴン」と呼ぶようになった。
プルゴンの出現を境に、第三次世界大戦は急速に収束へと向かう。
そして現在。プルゴンは、当たり前のような顔をして、私たち人類と肩を並べて暮らしている。
「なにしてるの? もたもたしないで急いで。プルゴン学概論の授業、始まっちゃってるよ!」
甲高くもよく通る声が、大学の中庭に反響する。
そう言った彼女は、俺のバディ――二神凛だ。
肩から胸元あたりまで、まっすぐに伸びた黒髪。日差しを受けると、夜の川面のようにさらりと光を弾く。大きな茶色の瞳は、好奇心と自信に満ちていて、じっと見つめられると、こちらがたじろいでしまうほどだ。
色白の肌に、綺麗に整った顔立ち。
端整な美人と幼さの残る可愛さを絶妙なバランスで同居させた、街を歩いていればまず振り向かれるタイプの美少女――それが二神凛という女だ。
……だが、その“名前負けしない凛々しさ”は、性格には一ミリたりとも反映されていない。
彼女の本性は、暴走機関車そのものだ。
興味を引かれるものを見つけた瞬間、猪突猛進。一直線。
そして次の興味が目の端に映った途端、前のことなどきれいさっぱり忘れてしまう。好奇心旺盛というより、興味の矛先があっちこっちに跳ね回る“多動エネルギーの塊”である。
「なんで俺まで行かなきゃいけないんだよ。俺はここの学生じゃないんだぞ」
重たいカメラバッグを肩にかけたまま、俺は渋々と歩調を合わせながら文句を漏らした。
訳が分からない。なんで締め切り前のこのタイミングで、プルゴン学概論なんて授業に同伴しなきゃいけないんだ。
まだ片付いてない原稿も山ほどあるというのに。
「何言ってんの? 私たち“プルゴンサイエンス”編集部の人間にとって、この講義は超・重要情報源なのよ?」
彼女はくるりと振り返りながら、胸を張って言い切る。
たしかに、理屈としては分かる。
だが、だからといってなぜ「俺まで」連行されなきゃならないのか。
俺は今、とあるプルゴンの“リスポーン情報”を掴み、その現場へ向かうためにかなり急いでいたところだった。情報提供者から聞いた座標と時間。タイミングが良ければ、ティファ関連の大スクープに繋がるかもしれない――そういう案件だ。
彼女とはかれこれ二年ほどの付き合いになるが、いつも思う。
同じ“熱量”を持っていても、向いているベクトルがまるで違う。
俺は「今、現場で起きていること」をスクープしたい。
対して彼女は「プルゴンという存在そのものの謎」を解きたい。
プルゴンなんて、謎だらけだ。
そこを一歩ずつ突き詰めていくのも尊い研究だが、それが今すぐ“売れるネタ”につながるかと言えば話は別だ。
そもそもプルゴンは、目的も正体も一切不明。森羅万象、全部「よく分からない」で片付いてしまう存在なのに。
「この講義はね! ジャーマン・プルゴンの最初の発言から、現在に至るまでの“歴史的事実”と“生態の実態”を学べるのよ? 受けない理由なんてないでしょ! はい、グダグダ言ってないで早く!」
彼女は俺の腕をぐいっと引っ張り、講義棟の自動ドアを乱暴に開ける。
……ああ、もう絶対リスポーンに間に合わない。
今日こそは“ネタ切れ地獄”から脱出するつもりだったのに。最近はプルゴン絡みの目立ったニュースもなく、編集部は完全に乾いた井戸状態だ。
これで完全に振り出し。暗雲低迷。憂鬱の極みである。
彼女はそんな俺の心境など露知らず、ウキウキとした足取りで講義室の中央付近の席へ座る。俺も観念して、その隣に腰を下ろした。
ため息をひとつ。
時計の短針と長針を、誰か早送りしてくれないだろうかと願いながら、頭の片隅で次のネタの算段を組み直し始める。
やがて老教授がゆっくりと教壇に上がり、マイクを軽く叩いた。
「プルゴンは、ネズミ色の外見で、小学低学年ほどの大きさの二足歩行の生命体です――」
いつもの導入だ。
天井の蛍光灯に照らされたスクリーンには、丸みを帯びた体をしたプルゴンの写真。
少し長めの腕、短めの足、小さな顔。全体的にどこかゆるく、アニメキャラクターをそのまま現実に引っ張り出してきたような、妙に“可愛くデフォルメされた”姿をしている。
彼女はノートを取り出し、シャーペンの芯をカチカチと出すと、食い入るようにスクリーンを見つめる。
……こんなの、実物を一度でも見れば分かるだろうに。
「彼らプルゴンは、初めて目撃された時から、人間の言葉を話せました。当時遭遇したのはロシア軍です。彼らはロシア語を流暢に話し、戦争をやめるよう訴えかけたと記録されています」
スライドが切り替わり、砲弾が飛び交う雪原の写真が映る。
その中央で、場違いなほど小さな影――プルゴンが両手を広げて立っている。
「ロシア軍が発砲しても、プルゴンには傷一つつきませんでした。撃ち込まれた銃弾は、その体に触れた瞬間、はじけ飛ぶように弾かれたのです。彼らは、いかなる攻撃も受け付けず、ただそこに立ち続けました」
教授の声が、静かな教室にこだまする。
この説明は、何度聞いても異様だ。
この世界の“常識”を一方的に踏み躙る存在――それがプルゴンだ。
「彼は戦争をやめるよう訴え続け、その後、世界各地でプルゴンの出現が相次ぎました。謎の生命体の出現により、各国の指導者は混乱し、一時は戦争どころではなくなってしまったのです。そうして第三次世界大戦は収束し、今度は“プルゴンへの対応”が世界中の大問題となりました」
スクリーンには、各国の首脳と並んで立つプルゴンの写真が次々と映し出される。
嫌でも、この世界は“プルゴン抜きでは成り立たない”ところまで来てしまったのだと実感させられる。
「プルゴンは世界各地で発見され、その土地の言語を自然に話し、現地の人々に対して、基本的に友好的な態度を示しました。意思疎通は可能ですが――」
教授は一拍置いて、指で机をとんとんと叩く。
「――彼らは、自分たちが何者なのかを理解していません。全てのプルゴンが記憶を曖昧にしており、“自分史”を辿ることができないのです。仲間のプルゴンのことは認識していますが、特別親しいという様子もなく、それでも友好的に、意味の薄い会話を続けています。
彼らは独自の言語を持たず、人間の言語のみを使用し、人間の発言に、何の迷いもなく従うのです」
人間にとっては“使い勝手のいい存在”。
それでいて、本質は一切見えないブラックボックス。
このアンバランスさが、世間の不安と興味を煽り続けている。
「はい。今日の授業はこれで終わりにします。プルゴン学概論オリエンテーションでしたが、少しだけプルゴンついてお話ししました。次回から本格的にプルゴン学概論に入りますので、ノートはしっかり取ってくださいね」
教授が軽く会釈し、講義室を後にする。
彼女は満足そうに「ふぅ」と息を吐いて、ノートを閉じた。
「はぁ〜楽しかった! さ、そしたら、あんたの言ってたスクープを取りに行きましょうよ!」
「もう終わってるよ。お前がこんな基本中の基本の授業を受けるせいでな」
ここは東京プルゴン研究大学――通称“TPU”。
日本におけるプルゴン研究・育成の総本山であり、プルゴンブリーダー養成の頂点に位置する大学だ。
彼女はここのブリーダーコースの学生であり、同時に俺が所属する「月刊プルゴンサイエンス」編集部で、アルバイトとして働いている。
そして俺の編集補佐、つまりバディでもある。
「もういいから、次のネタを探しに街を歩くぞ。お前のせいで全然ネタが進まないじゃないか。また部長に怒られるよ。俺がな」
「また私のせい〜? ……まぁ、今回は強引に連れてきたから、確かに私が悪いか。しょうがない、街を散策して“ネタ”でもお探ししましょうか?」
講義棟を出て、一歩外に出ると、景色のそこかしこにプルゴンの姿がある。
ベンチで居眠りする老人の隣にちょこんと座っているプルゴン。
カフェのテラス席で、トレーを運ぶ店員の後ろを、ぎこちない動きでついていくプルゴン。
工事現場で、ヘルメットをちょこんとかぶらせられ、資材の運搬を手伝うプルゴン――。
彼らは人間と共存し、人間と共に暮らし、人間の“指示”のもとで社会に貢献している。
プルゴン自身は、その状態に疑問を抱くことなく、命令に従うだけだ。
人類も、最初は戸惑いを見せたが現在では同じ空気を吸い同じ場所で生活している。
存在自体が異物ではあるが、現代社会においてプルゴンは必要な存在にすらなっている。何者か分からない存在を分からないまま人間の必要勝手に利用されて共存しているのだから不思議なものだ。
実際俺が生まれるずっと昔から共存しているんだ、不思議な存在ではあるがこれが当たり前になっているので不思議と感じないなっているのが現在だ。
――本当にこいつらは、何のためにこの地球に現れたんだろうな。
プルゴンが出現してから、もう160年余りも経つ。
だが、彼らの正体は依然として謎に包まれている。
だからこそ「プルゴン学」という学問が生まれ、プルゴンという存在を“扱う資格”――ブリーダー資格が制度として整えられた。
プルゴンを扱えるということは、現代社会においてはかなりのアドバンテージだ。人件費ゼロの“働き手”を合法的に確保できるのだから。
この資格を取るために、全国から学生が集まってくるわけだ。
「何してるの?」
ぼんやりと考えごとをしていると、すぐ足元から声がした。
見ると、ネズミ色のプルゴンが、首を傾げながらこちらを見上げている。
プルゴンは、とにかく人間に話しかけてくる。
感情の機微を察しているのかいないのか、困っていようがいまいが、とにかく距離感がおかしい。
「別に何でもないよ。あっち行け」
「セロリ好き?」
「嫌いだ。早くあっち行け」
「じゃあ、うどんが好き? パスタ好き?」
「だから――」
本当に、意味の分からない質問しかしない。
プルゴンの心理は、いつだって支離滅裂だ。
「いいから、あっち行け!」
少し語気を強めて怒鳴ると、プルゴンは肩をすくめて、おどおどしながら数歩下がる。
「私はパスタが好きかなぁ。セロリは好きじゃないよ。プルゴンは何が好きなの?」
隣で二神が、余計なことを聞く。
「セロリが好き! セロリが好き!」
さっきまでしおれていたプルゴンが、ぱっと花が咲いたように表情を輝かせる。
ぴょんぴょんその場で跳ねながら、両手をぶんぶん振って大興奮だ。
「だから用事があるから、あっちへ行ってくれ!」
俺が追い払う声に、二神が肩をすくめる。
「お前、いらないこと言ってんじゃねーよ。プルゴンが群がってくるじゃねーか!」
「いいじゃない。プルゴンと会話することも、すっごく大事よ。彼らと話をすることで、何か新しい発見があるかもしれないじゃない」
「会話しても分からないから、今も解明されてないんだろ。そんなことより、とりあえず“リスポーン”の場所に行くぞ。あそこに“ティファ”が出現したって言われてたんだから」
「早く言いなさいよ! ティファなら、私だって講義なんて行かなかったわよ。急ぎましょ! リスポーン地点はどこ? トー横?」
2.リスポーン
リスポーン地点は、トー横だ。
ここは、現代社会に生きづらさを感じたガキ共の吐きだめ――そう言われても仕方ない空気をまとった一角だ。
駅前から少し外れた路地に入ると、コンビニ前のスペースに、行き場をなくした若者たちがたむろし、スマホをいじり、タバコをふかし、捨てられたような目で地面を見つめている。
その様子を、道ゆく大人たちが冷え切った視線で一瞥し、何事もなかったかのように足早に通り過ぎていく。
どこか、この国の縮図みたいな光景だ。
トー横の細い路地の一本は、「プルゴン通り」と呼ばれている。
そこでは、プルゴンがよくリスポーンするのだ。
街灯のオレンジ色も届きにくい、薄暗くて湿った筋道――その一角だけ、プルゴン好きの間では“聖地扱い”されている。
プルゴンは、突如として現れる。
前触れもなく、何かの儀式もなく、ただある座標に“ポン”と出現する。それを、世界中の研究者やマニアたちは「リスポーン」と呼んでいる。
世界各地には、同じようにプルゴンが出現しやすい座標が点在している。
時間帯も天候も関係ない。ただ、ある瞬間を境に、その場所にプルゴンがいる。それだけだ。
そして今日は、このプルゴン通りに“ティファ”と呼ばれる特別なプルゴンが出現した――そんな情報が飛び込んできた。
本当なら、講義なんかより一秒でも早くここに来たかった。
例の路地へ到着する。
ビルとビルの隙間を縫うように伸びる細道は、昼間でも薄暗い。
古びた飲食店の換気扇からは、焦げた油とニンニクと、よく分からないスパイスが混ざった匂いが、白い煙と一緒に吐き出されている。地面には雨でもないのに水たまりが点在し、なにかの残り香が鼻を刺す。
ここを通るとき、俺はいつも、無意識に息を浅くしてしまう。
理由は単純。突如として、目の前にプルゴンが現れるからだ。
ゆっくりと足を踏み入れて数歩。
背中のあたりで、空気が「ぽん」と弾けるような感覚がした。
振り返ると、さっきまで何もなかった空間に、ネズミ色のプルゴンが三体、きちんと並んで立っていた。
瞬きを一度。
今度は前方の路地奥にも、いつの間にか六体ほどのプルゴンが出現している。
「やっぱりここは、たくさん出るわね。そしてティーファはどこにいるのかしら」
二神が辺りを見回しながら、目を輝かせる。
プルゴンたちは、ぞろぞろとこちらに寄ってくると、口々に話しかけてきた。
その質問は、いつものことながら、意味不明だ。
「何してるの?」「セロリ好き?」「どこ向かってるのー?」「ピローキシ、ピロ、キシ」
路地の薄暗さと、青白い自販機の光に照らされたプルゴンたちが、こちらを覗き込みながら、思い思いの言葉を投げてくる。
……何のために、こんな問答をするのか、本気で分からない。
「うーん、ティーファはいないみたいだね。プルゴンたちの反応がいつも通りだ」
二神が頬に手を当てて、少し残念そうにつぶやく。
“ティーファ”。
それは、数多のプルゴンの中でも、特別な存在だと言われている。
ティファが現れたとき、周囲のプルゴンは一様にその方向を振り向き、意味をなさない雑談をやめ、敬意にも似た反応を示す――そんな目撃談が世界各地から寄せられている。
今日、同業者から聞いた話では、「ティーファがプルゴン通りに出たらしい」とのことだった。
だからこそ、少しでも早く来たかった。ティファの存在は、プルゴン研究界隈では“最後のピース”とまで囁かれているのだ。
ティファは世界各国で目撃されているが、その存在はいつも儚い。
どこかのリスポーン地点に現れたかと思えば、すぐに姿を消してしまう。
写真や動画が決定打として残らないのも、そのせいだ。
ティファが出現すると、周囲のプルゴンたちは、それまでのちぐはぐな会話をやめ、“ティファ一色”になってしまうらしい。
プルゴン学界の一部では、「ティーファは、はっきりとした自我と知性を持つプルゴンなのではないか」とまで噂されている。
日本は特に、ティーファ目撃情報の多い国だ。
しかし、「ティファと直接対話した」という人間は、ごくわずか。
それでも、研究者たちの多くは、「ティファは実在する」と断言する。
何せ、ティーファの正体が分かれば、プルゴンのすべてが解明される――とまで言われているのだから。
「もう遅いみたいだ。帰ろうぜ。ティファはいないよ」
「どうする? もう少し探してみる?」
「いや、一度事務所に戻ろう。先輩に“いなかった”って報告して、今日はここまでだ」
「なんだか今日は何も掴めなかったわね。つまらないわ」
「お前のせいだろうが。責任取れよ。また先輩に怒られるぞ。知らんからな」
俺は大きくため息をついて、路地を抜ける。
背後では、まだプルゴンたちが「セロリ〜」「パスタ〜」とどうでもいい単語を連呼していた。
――――――――――――――
重たい足取りで事務所への帰路につく。
胸の奥に居座るのは、疲労と憂鬱と、そして何より“先輩に怒られる未来”への恐怖だ。
うちの先輩は、怖い。
だが同時に、プルゴン取材に関しては社内でも一、二を争うほどのやり手だ。
毎日のようにプルゴンのスクープを拾ってきては記事にし、会社への貢献度もトップクラス。プルゴンに関しての知識も、独自の観察眼も、群を抜いている。
――だからこそ、今回の失態は痛い。
「お疲れ様です。戻りました」
「お疲れ様でーす! 帰りましたー! あー、疲れた〜!」
編集部のドアを開けると、紙とインクの匂いが混じった空気が鼻をつく。
先輩――田島先輩が、机から顔を上げて、こちらへ歩いてくる。期待と不安が半々の表情だ。
「お疲れ。どうだった? ティーファには会えたか?」
その目の輝きで、今回の案件をどれだけ楽しみにしていたかが分かる。
「いや、ダメでした。着いた頃には、痕跡らしい痕跡も何も……」
「いやいや、ティファ本人に会えなくても、野良プルの反応くらいは残ってただろ? “さっきまでティーファがいた”って熱狂ぶりだけでも、十分ネタになるぞ?」
「いやー、それがですね……」
先輩にだけは、嘘は通用しない。
どれだけごまかしても、その日のうちに見抜かれる。洞察力の塊みたいな人だ。
俺は観念して、講義に寄り道した一部始終を包み隠さず話した。
「何やってんだよお前らぁああ!!」
編集部の壁がびりびり震えそうな勢いで、先輩の怒号が飛ぶ。
「反応を見ることは、めちゃくちゃ大事だろうが! こんなチャンス、そうそう巡ってこねぇぞバカたれが! そもそもお前ら、いつから“ネタ取れてません”状態だと思ってんだ?! 次の号の締め切り、分かってんだろうな!?」
「でも、プルゴンのことを知るのは大事です! 何せ“長谷川教授”の講義ですよ!? 受講しないほうがおかしいですって!」
二神が、珍しく真面目な顔で反論する。
「アホか! “解明されてない現場”を押さえるチャンスを捨てて、“すでに整理された知識”を取りに行ったんだぞ? 長谷川先生なら、あとで学会でも講演でも、いくらでも会える。けどな、ティファのリスポーンは、“次はいつ”なんて誰にも分からねぇんだよ!」
「だったら先輩が行けばよかったじゃないですか!」
「その案件、“行かせてください!”って目ぇキラキラさせて願い出たのはお前らだろうが!!」
「うぅ……」
よく真っ向から言い返せるな、と内心で感心する。
この件に関しては百%、俺たちに非がある。先輩の言葉は一ミリも間違ってない。
「“13年ルール”の解明に繋がるかもしれない、大チャンスだったのに……。まぁいい。今日のところはもう帰れ。明日も忙しいぞ。明日は俺の案件について来てもらうからな」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
“13年ルール”。
それは、プルゴンにまつわる最大級の謎のひとつだ。
彼らプルゴンは、リスポーンによって突然この世界に現れる。
そして――13年が経つと、同じように突然、この世界から“いなくなる”。
病死でも事故死でもない。
ある日、ある瞬間を境に、そこにいたはずのプルゴンが、跡形もなく消えてしまうのだ。
体も影も、残滓すら残さない。ただ「最初から存在しなかった」かのように消える。
だが、人間はそれを覚えている。「あのプルゴンがいた」と。
一緒に暮らしていた家族も、職場で一緒に働いていた同僚も、その不自然な“不在”をはっきり認識できる。
――ただし、プルゴンを除いて。
消えたプルゴンを知っていたはずの他のプルゴンは、そのプルゴンの記憶を完全に失っているのだ。
昨日まで隣り合って歩いていたとしても、一緒に暮らしていたとしても、「そんなプルゴン、最初からいなかった」という風に振る舞う。
これが、プルゴンの“13年ルール”と呼ばれる現象だ。
この現象が起こると、そのプルゴンはこの世界から抹消され、どこか別のリスポーン座標で、新たなプルゴンが誕生している――そんな仮説がある。
実際、世界全体のプルゴン推定総数は、長年ほとんど変動がなく「一定を保っている」と言われている。
まるで、見えない輪廻転生が起こっているかのように。
「ティーファは、世界各地でリスポーンしては、すぐに姿を消してるんだ」
先輩はデスクの端に腰を乗せ、腕を組む。
「ティーファがこの13年ルールの枠内にいるのかどうか。もし“例外”だとしたら、周囲の野良プルの反応に、必ずどこか違和感が出る。
――その“違和感”を拾えたかもしれねぇ大チャンスだったんだよ、今回は」
すべてのプルゴンは、ティファの存在を知っている。
リスポーンして間もないプルゴンでさえ、“ティーファ”という名を口にする。
ティファは現れ、やがて姿を消す。その消失が、13年ルールと同じ原理なのか、まったく別のものなのか。
先輩は、おそらくそこを確かめたかったのだろう。
だが、俺たちがプルゴン通りに着いたときには、すべてが“いつも通り”に戻っていた。
野良プルたちも散り、ティファに関する熱狂の痕跡もなかった。
「めっちゃ重要じゃ〜ん! なんで私たちに任せたんですか先輩、笑」
二神が、半分本気、半分冗談のトーンで言う。
「お前が“どうしても行きたい!”って飢えてただろ、ネタに! 俺も別件が最初から入ってたから、本当は別の班に任せるつもりだったんだよ。お前の燃えたぎる目にほだされた俺がバカだったわ」
先輩は深いため息をひとつつくと、手をひらひらと振った。
「ほら、もう帰れ。残業なんかしたら、今度は俺が上から怒られる」
この会社には残業手当という制度がある。
だが、それはほとんど“見せ札”だ。
表向きは「残業代はきちんと出ます」と言いつつ、実態は「そもそも残業するな」の一択。どれだけ仕事が山積みでも、社内で残業していると、逆に注意される。
だから皆、仕事を家に持ち帰る。
それは「残業」にはカウントされない。
膿のように溜まっていくタスクを、各自の自宅でせっせと処理するのだ。
プルゴン学の取材なんて、AIや自動化が通用しない分野だ。
足で稼いで、目で見て、耳で聞いて、やっと少しだけ“真実”に近づける。
それなのに上層部は、「デジタル化で人件費削減」のスローガンを振りかざす。
そりゃあ、大手の出版会社に美味しいところを全部持って行かれるわけだ。
……などと、愚痴を心の中で並べながら、俺はバッグを肩にかけた。
今日はもう、くたくただ。
さっさと帰って、風呂入って、酒飲んで、寝る。
ぐっすり眠れるかどうかは、また別の話だが。
――――――――――――――
二神は相変わらず元気で、この後「飲みに行きましょうよ!」としつこく誘ってきたが、俺は丁重にお断りした。
あいつとは、もう二年近い付き合いだ。
新人として編集部に入ってきてから、俺はその“世話役”を任され、そのままバディに任命された。
真面目で、仕事熱心で、吸収も早い。
ただひとつの欠点が――好奇心が暴走しすぎるところだ。
面白そうなものを見つけると、一直線に飛びつき、
本来やるべきことから、あっという間に脱線していく。
今回の件もそうだ。
急いでリスポーン地点に向かおうとしていたのに、スマホの予定表を見て「講義がある!」と分かった瞬間、案件そっちのけで講義室に引き返した。
俺一人で行けばよかった――と、今となっては思う。
だが、こういう時に限って、調査道具一式を持ち歩いているのは彼女の方なのだ。
飲みの誘いを断るだけで、小一時間ほど消耗した。
ようやく解放されて、俺は家へと帰り着く。
築30年の1DKアパート。
外廊下を通り、古びたドアノブを回して中へ入る。
コンビニで買ったカマンベールチーズと、ハイボールの缶。今夜のささやかな楽しみだ。さっさと風呂に入って、酒を飲んで寝る――はずだった。
ドアを開けた、その瞬間までは。
部屋の真ん中に、プルゴンがいた。
「……おい」
ネズミ色の体、つぶらな目。
俺の狭い部屋の真ん中で、きょろきょろと辺りを見回している。
――リスポーン・プルゴン。
プルゴンのリスポーン地点は、必ずしも屋外とは限らない。
家の中、オフィスの中、学校の教室、スーパーの通路。
どこであろうと、「座標さえ条件を満たせば」そこが新たなプルゴンの誕生地点になる。
今回は運が悪かったのか、良かったのか。
新たなプルゴンのリスポーン地点は、俺の部屋だった。
しかもこいつ――
見た目に反して、“個性持ち”だ。
「おい、お前、どこから入ってきた?」
「わからな〜い。何してるの〜?」
「お前は何番系だ?」
プルゴンのおよそ半分は、“個性”と呼ばれる能力を持っている。
プルゴンはリスポーンした時点で、その能力を一つだけ与えられているらしい。
念動力、超跳躍、発火、瞬間移動……能力のバリエーションは数え切れない。
個性を持たないプルゴンは“無個性”と呼ばれ、主に一般業務で人間社会に溶け込んで働いている。一方、個性持ちのプルゴンは、その能力を活かした専門的な現場――工事、運搬、警備、娯楽など――で活躍することも多い。
そして目の前のこいつは、さっきからチョコチョコと位置がずれている。
目を離した隙に、部屋の端から端へ“瞬間移動”しているのだ。
……厄介な能力持ちを引いたな。
「あぁ、めんどくさい。プルゴン協会に連絡しなきゃな」
こうして生活空間に突然リスポーンしたプルゴンは、基本的に“回収対象”だ。
それを引き取るのが、「プルゴン協会」。
プルゴン協会は世界規模の組織で、各国ごとに支部がある。
彼らはプルゴンに関するあらゆる情報を握りつつ、徹底的に秘匿している。
一般市民には、中身は一切見せない。
ただ、「彼らのおかげでプルゴンとの共存が保たれている」という事実だけが、辛うじて共有されている。
「ほら、早く何番系か教えてくれよ」
「わからな〜い。怒らないで〜」
「分かるだろ。リスポーンした時から、番号は分かるはずだ。早く答えろ」
「33番」
プルゴンは、自分の個性番号を“生まれたときから知っている”。
なぜなのか、どういう仕組みなのか、一切不明。
だが事実として、プルゴンに番号を聞くと、必ず即答する。
プルゴン協会は、その番号をもとに、個性持ちプルゴンの管理を行っている。
各国には、必要とされる個性プルゴンの数と種類が細かく決められており、リスポーンしたプルゴンは、それを埋める“ピース”としてどこかへ配置されていくのだ。
「あ、もしもし。プルゴン協会ですか? プルゴンの回収をお願いしたいんですが。……はい、個性持ちです。33番。……はい、お願いします」
俺はスマホで専用窓口に電話をかける。
プルゴン協会の回収班は、いつも異様なほど早い。
大体、五分とかからない。
「よし、その前におとなしくさせとくか」
俺は玄関横の棚から、プルゴン用の“制御スプレー”を取り出す。
この仕事をしていると、こういう道具も自然と増えていく。
「ちょっとこっち来い」
「なにするの〜?」
「いいから、じっとしてろ」
プルゴンの顔めがけて、シュッとスプレーを噴霧する。
無臭だが、効き目は抜群だ。
プルゴンはふらりとよろめき、その場にへたり込む。瞼がとろんと落ち、動きがスローモーションになる。個性の発動も止まり、瞬間移動もできなくなった。
俺は部屋の端に掛けてあるプルゴン用のハンガーを取り、軽々と持ち上げた33番をそこにぶら下げる。
体感重量は相当軽い指でつまめるほどでまるで
人形を引っ掛けているような感覚だ。
インターホンが鳴ったのは、それから数分後だった。
「はい」
「プルゴン協会です。33番系の回収に参りました」
ドアを開けると、シンプルな作業着姿の男が立っている。
彼は一礼すると、部屋に入ってきて、ハンガーにぶら下がったプルゴンを一瞥した。
「確かに33番ですね。お預かりします。また何かありましたらご連絡ください」
「あのー、ひとつだけ聞いてもいいですか? プルゴン協会って――」
ガチャ。
質問が終わる前に、ドアは閉じられた。
彼らはいつもそうだ。
仕事は正確で迅速だが、質問には一切答えない。
「……はぁ。まぁいいか」
部屋に静寂が戻る。
今日は本当に長い一日だった。
風呂に入って、ハイボールを開けて、布団に倒れ込む。
眠りは浅くなりそうだが、目を閉じるしかない。
訂正しました。 またするかも




