第3話 荒れ狂う吹雪
祭り会場の隅で身をひそめているうちに、風が出てきたことに気がついた。道行く人たちの表情も不安そうに曇っていく。
「また荒れるぞ」
人々が険しい表情でささやきあっているので、リシェンダは空を見あげた。一面の黒い底に白い雪がちらちらと浮かんでいる。
ふいに突風が吹いた。
雪が舞い散り、悲鳴があがる。松明が一斉に消える。リシェンダの上向けたままだった顔に、無数の氷の粒が突き刺さる。
それはやってきた。
猛烈な風、吹きすさぶ雪、荒れ狂う空。
突然の暴風雪。
吹雪が激しすぎて目さえあけられない。
リシェンダの体もまた風に突き飛ばされる。嵐の難破船のようにめちゃめちゃに転がり、硬い雪の上に叩きつけられる。吐き気がこみあげる。尋常でない冷気に頭の炎が飛び散っていく。
楽隊の音色も笑い声ももう聞こえない。ただすさまじい空気の音と助けを求める声だけ。リシェンダは体を丸め、雪にひたいを押しつけ、硬く目を閉じて震える。それでも風は容赦なく細い体を地面から引きはがそうとする。彼女はひとり耐え続ける。十三月がこんなにひどい季節だなんて、知らなかった。いままでずっと砦にいたから。みんながこんなにひどい季節を過ごしているなんて知らなかった。
近くで同じように縮こまっていた親子の体が雪に覆われていく。はじめはあがっていた悲鳴が、気がつくといまは聞こえない。ファイア・フェアリーではない種族にこの温度は耐えきれないのだ。
リシェンダは暗闇の中、炎の髪をかきむしって叫んだ。
「お願い、誰か助けて!」
「やれ! リシェンダ、やれ!」
どこからか、ドーキンのわめく声が聞こえる。
リシェンダは目を見ひらく。なに言ってるの?
「できない!」
「おまえしかできないんだぞ、リシェンダ!」
私だけ――私になにができるの? ほんとにやるの?
まぶたに浮かぶのは、火だるまになった体、突き刺す目線。
リシェンダは吠えた。燃えあがるたてがみをもったライオンのように。幻影よ、私の中から消えろ!
両肘を突っ張りうつ伏せになる。両手を顔の前で握りしめ、渾身の力を込めて祈る。
「我はファイア・フェアリー……この身のうちに宿る炎よ、理を越えて燃えあがれ!」
瞬間。
猛烈な熱が爆発し、リシェンダの体を中心に火柱が広がっていく。地面が震える。雪が蒸発する。火は木々に燃え移り、円形の炎の壁が吹雪の中、天に向かって立ち昇る。
悲鳴は最高潮に達していたが、それを境に消えていく。火が彼らの体から最後のぬくもりを繋ぎとめているのだ。
どれほど経っただろうか。やがて吹雪はやわらいできた。風が弱まり、雪の間隔が広がり、祈りの中でついにやんだ。
炎が燃え尽きようとしている。
暴力的な自然のただ中で倒れ込んだり抱き合ったりすることしかできずにいた人々は、おそるおそる顔をあげて、なにが起こったかを理解しようとしている。
リシェンダはゆっくりと身を起こす。そうして、倒れ伏した人たちの顔が驚愕と恐怖に染まっていくのを見回していた。
「おい見ろ、地面も木も黒焦げだ!」
「屋台が――食べ物が――楽器が――」
「全部ない! 焼かれちまったぞ!」
動揺する大人たち。子供の泣き声。どなり声、助けを呼ぶ声、駆け出す足音。
リシェンダは体を震わせながら立ち尽くす。
「あいつだ! あのばけものだよ!」
小さな男の子がこちらを指さす。さっき近くで転んだ子供だ。
群衆の視線が一斉に、真紅の炎をまとった少女を突き刺す。
まるで悪魔でも見るような。
静寂。
もう祭り会場は祭り会場じゃなく、虚しい黒焦げの廃墟だった。いまだ燻る木々、散乱した残骸、そしてひとりぼっちの少女。またひとりぼっちの。いつもひとりぼっちの。
しんと静まり返る中、動くものがあった。黒焦げの木の根元に転がっていたもこもこの毛皮が、ごそりと震える。まぶたがひらく。明るい茶色の瞳がぼんやりと闇を見つめている。少年はのろのろと立ちあがる。見渡す。見つける。空っぽの広場に踏み出す。
彼は近づいていく。燃えさかる少女に。
「来ないで」リシェンダは言う。「あたし、またやっちゃった。だから来たくなかったのに」
「確かにちょっとやりすぎたな」
目の前に来たドーキンは青ざめて震えていた。
「あいつはドーキンじゃないか!」誰かが叫んだ。同い年くらいに聞こえる。クラスメイトのひとりかもしれない。「あの腰抜けがけしかけたんだろ!」
リシェンダは反射的に声を張りあげる。
「私が自分でやったことだよ! 私のせいだよ!」
ドーキンは目を丸くした。それから歯ぎしりして、群衆を振り返ると、両手を振り回した。
「こいつのせいじゃない! 俺がやらせたんだ! こいつは悪くない!」
抗議のような声があがる。ドーキンはすぐさま反応した。
「これ以上文句言うならまた焼いちまうぞ!」
その言葉が合図だったかのように、人々はわあっと逃げ出した。恐ろしかったのかもしれなし、ただきっかけを求めていたのかもしれない。
誰もいなくなった広場にふたりは立ち尽くしていた。リシェンダは迷子のようにドーキンを見る。
「みんなを温めたかっただけなの」
「おれもそうしたかったんだ」ドーキンは鼻を啜る。「おれは凡人で、ひとりじゃなにもできない。おまえを利用しようとしてるのかって訊いたろ。そうだよ、おれは特別になりたかった。でもおまえの力は、やばすぎる」
「だから十三は嫌い。ドーキンも嫌いだよ」
リシェンダの目から涙がこぼれ落ちる。まるで髪までもがしゅんとなるように、炎が小さくなる。
ドーキンはいらいらと声を荒げる。
「なんでそんな特別な力を持ってて引きこもってられるんだよ。いらないなら、おれにくれよ」
「だからあたしをけしかけたの? ずっと砦にいれば、あんな魔法使わなければ、こんな思いしなくてすんだのに。ひどいよ、大嫌い!」
「それでみんなが死んでもか!」
突然の激しい言いざまに、リシェンダは口をつぐむ。
「いらないなら、おれが使いたいよ。おれが使って、けったくそな十三月をねじ伏せてやりたい」
ふたりはにらみ合う。
沈黙。
ドーキンはなにか言いかけたが、周囲の異状に気がついて、ついにその口はあいたままになった。
闇に光のヴェールが浮かびあがっている。
地面を覆い尽くす星の海。
木々が炭化した結果、枝にちりばめられていた星々に熱が移ったのだ。無数の星くずは本来の輝きを取り戻し、いまが盛りと燃えあがりはじめる。色とりどりに発火する恒星が銀河を描く。
リシェンダもドーキンも言葉をなくしてその光景を見つめた。
暑いくらいのぬくもりが漂いはじめ、ドーキンはフードを下ろした。もじゃもじゃのくせ毛が現れる。リシェンダにとっては、十二月まで学校で憎まれ口をたたき合っていた、あの少年だった。
彼女は彼の肩越しに、遠いところでなにかが動いているのに気がついた。




