第1話 砦に住む女の子
王国に十三月が訪れた。広場の噴水も凍てつく唯一の冬がまたやってくる。
人々が慌ただしく冬支度をするのを横目に、リシェンダは今年も町外れの砦に閉じこもっている。静かで、ひとりぼっちの、大昔の石造りの廃墟に。
寂しくなんかない。誰かに訊かれても、リシェンダはそう返す。学校の宿題はたまりまくってるもん。呪術に、タロットに、幾何に綴り方。
彼女の、文字どおり燃える髪の毛は、町の中央にある教会の鐘突き台からも眺めることができる。赤い炎が古い砦の窓辺をちらちら行き交っているのは、十三月の風物詩ともなっていた。
耳たぶが落っこちそうな空気のある日、砦の門をあけるものがあった。
静まり返った巨大なホールに、突然の訪問者。食堂にいたリシェンダはスプーンを投げ出して駆けつけた。
「よう、相変わらず燃えてるか?」
ホールの真ん中、少年が立っていた。薄手のドレス一枚のリシェンダに対して、もこもこの毛皮の外套を頭からすっぽりかぶっている。そのすきまから見える明るい茶色の瞳には憶えがある。
「ドーキン! なんでこんなところにいるの?」
「そりゃ、おれのせりふ。今夜は星祭りだぜ」
星祭り、と彼女は後ずさる。そんなもの参加したのは幼いころ一度きりだ。
五歳のあの日――彼女は初めて人を傷つけた。
両親に連れられて行った星祭りの会場で、近所の仲良しの男の子を見つけた彼女は、見知った顔に嬉しくなって、急いで駆けていった。彼の両親も最初は穏やかに微笑んでいたから、ふたりで雪原に行って転げ回って鬼ごっこしはじめた。彼女はちょっとはしゃぎすぎたのだ。知らない場所と慣れない積雪に興奮して、いつも以上に周りが見えなくなっていた。
ちょっと、の代償は大きかった。男の子があまり速く走っていくものだから、鬼役だったリシェンダはついむきになって、火炎魔法を唱えてしまったのだ。驚かすだけのつもりだった。それで彼が止まってくれれば、捕まえられる、とそれだけのつもりだった。だが、冬の乾いた空気の中、火炎は想像以上に空中を広がり、男の子の体を包み込んだ。あっと思ったときには火だるまだった。彼の両親が矢のように飛んできて、息子の体にマントをかぶせた。周囲は騒然なんてものじゃなかった。みんなで雪や水を浴びせかけ、やっと火は消えた。が、その後彼女を見る周囲の目は空恐ろしいほどに凍りついていた。――両親でさえ。
息ができない。
ドーキンは知りもせず、目だけでにっと微笑む。その微笑みが痛いほどにリシェンダに突き刺さる。
「学校来ないのはどうでもいいけどさ、星祭りは来ねーと。おれたち、もう十三歳なんだからさ」
リシェンダは唇を噛みしめ頭を高く掲げる。
「あたしは十四歳だよ。十三は嫌いだからね。十三月は時を止めてんの。そのぶんみんなより早く年を取ることにしてる」
「なんだそりゃ」
ドーキンがあきれたような声を出したので、リシェンダは少しは得意になった。
「行こうぜ。この寒さなら注目の的だぞ。ヒーローになれる」
ドーキンは足を踏み出してリシェンダに近づいた。
「さわんないで!」
反射的に彼女は身をひるがえし、ホールの奥に引っ込んでしまった。ドーキンは眉をあげる。リシェンダの震える声が高い天井にこだまする。
「なれるわけないじゃん。暑い季節だって疎まれるのに、十三月にはあたしの居場所なんてない」
「冬だからこそファイア・フェアリーの力が発揮できんだろ」
「簡単に言わないで。人間にはわかんないよ」
「おれが守るから」
リシェンダは口をつぐみ、うかがうようにドーキンを見る。絶えず燃え続ける赤い炎の髪が揺らめき、虚空に軌跡を描いている。
「悪かった」ぽつりと、ドーキンは切り出す。「ほんとはおまえに助けてほしいんだ。大人たちが言ってた。今年はいままでにない大寒波が来てるんだって。泉も川も凍っちまって、城の備蓄は尽きかけてる。それでも星祭りだけはって、吹雪の切れ間を縫ってみんなで星を飾ったんだ。おまえが来てくれたら、町の人たちを温められるかなって思ったんだよ」
リシェンダは鼻を鳴らす。
ドーキンが毛皮の中から手を差し出す。素肌のそれはすっかり血の気が失せてがたがたと震えていた。
リシェンダはじっとそれを見つめていた。ドーキンは手を引っ込めない。長い沈黙があって、ついにリシェンダは上目遣いに彼を見た。
「ほんとに今年の寒波はそんなにひどいの?」
「うん」
リシェンダは真っ赤なため息をついた。




