捕虜
目が覚めるとわしは塹壕にいた。両脇には兵士の死体が転がっている。爆撃の音が響き渡り、地面が揺れる。生きている兵士は並んで塹壕から頭をのぞかせ敵軍に銃を撃っている。死んだ兵士は担架でどんどん運ばれていく。横の兵士は立ったまま額を撃ち抜かれて死んでおった。気持ち悪い!はよ回収にこんか!生まれてはじめての戦場は死の気配が充満していた。死神が常にかたわらにおるようで臓腑が冷える。わしはどうしてこんなところにおるんじゃ!これは夢じゃ夢じゃ!
「何をしているんだ!死んでないなら立って戦え!
わしは少年兵に首根っこをつかまれて立ち上がらされる。
「わしをだれだとおもうとるんじゃ!無礼者めッ!」
わしが怒鳴ると少年兵はきょとんとした。
「だれって徴兵でかきあつめられた老兵だろ?」
「老人?」
わしは顔に触れた。ツヤツヤの肌触りがなくなりカサカサじゃ。手もほねばっている。髪を引っ張ると白髪が簡単に数本抜けた。こんなバカな!もとの体に戻っておる!
「なんたることじゃ!」
悲劇が起こった。混乱している場合ではないすぐに最善策を打たねば。この場に生きておる兵士どもにわしが鷹山元総理だと説明しても無駄じゃろう。ボケて引退したと報道されておるし、こんなところにおるはずがない。
「わしは逃げる!」
「ちょっとでも後退すれば督戦隊にぶち殺されるぜ
「くう、最悪じゃのッ!」
督戦隊は軍隊において自軍部隊を後方より監視し、自軍兵士が命令無しに勝手に戦闘から退却(敵前逃亡)或いは降伏(投降)する様な行動を採れば攻撃を加え、強制的に戦闘を続行させる任務を持った部隊のことじゃ。兵士の士気を維持するための手段であり、司令官が「死守」を命じると兵士は文字通り死ぬまで戦うことになる。
わしは兵士を鎖に繋いで戦わせろ!と命じたこともあった。
「相手の戦力は?」
「10万こっちは2000」
「死ぬ〜ぜったいに死ぬ〜」
わしは両手の拳をにぎりしめてわめいた。
「こっち方面は重要な前線じゃないから敵軍は来ないと思ってわずかな数だけ少年兵や老兵を回したみたいだぜ。オイラたちはもし敵軍が来た時は死守しろ言われてる。玉砕命令だな。いっちょ派手に死んでみっか」
「兵を無駄遣いするでないッ!犬死にはごめんじゃ!」
「戦場で死んだら天国でハーレムが待ってるんだ。股間に香水を振りかけてる兵士もいたぜ」
「そんなもんは嘘っぱちじゃ!軍国少年を育てる洗脳教育じゃ!わしが考えたんじゃ!」
わしはズボンを脱いで白パンツも脱ぐ。白パンツを持っている銃にくくりつけた。ズボンを履きなおす。
「白旗かよ。そんなもん作るやつはじめてみた。生きて虜囚の辱を受けずが我が軍の美学だぜ」
「それもわしが考えたんじゃ!バカバカしい。そんなもんに従う奴の気が知れんわい。命はひとつ。絶対に守らなければいけないんじゃ。自己犠牲の精神なんぞくそくらえじゃ。自分さえ助かれば他はどうでもええんじゃ!」
わしは簡易な白旗を掲げて飛び出した。
「あっ!おいっ!」
少年兵が呼び止めるが無視して突っ走る。必殺ジグザグ走りじゃ。うさぎは捕食動物から逃げる時にジグザグに走る。軍人もジグザグに走る。わしは戦場の経験はないが徴兵でわずかな期間だけ訓練したことがある。官僚は訓練だけで戦場には行かずにすんだんじゃ。ジグザグに走ることで狙撃手に狙いつけさせず銃弾をかわせる。いまのわしの体は鉄男によって最高に鍛えられておるし、鉄男は軍人じゃから日課としてジグザグ走りのトレーニングも毎日したはず。思った通りウサギのような俊敏で小回りの効く動きで襲いくるすべての銃弾をかわした。体が動きを覚えておるんじゃ。前からの銃弾も督戦隊の後ろからの銃弾もみなかわす。わしは稲妻のように戦場を駆け回りあっという間に敵軍の塹壕に飛び込んだ。幸運の女神はまだまだわしを見放してない。こんなところで殺されてたまるか。
敵兵はびっくりして目を丸くしている。
「降参じゃ」
わしは白旗を高く堂々と掲げた。その夜、捕虜になったわしのもとに竜の国の大統領がたずねてくる。名前など知らん。美女の名前と有能な部下の名前しか覚えん。わしはテントから引きずり出されて両手を後ろに縛られたまま正座させられる。軍服を着た大統領はハゲた大男でギョロリとした目はまばたきひとつしない。ひとことでいえば怪物のような見た目じゃ。無表情にわしをみつめておる。
「鷹山元総理だな」
「そうじゃ」
「なぜこんなところにいる?」
わしは捕虜になってから8時間、考えに考えた口上を述べる。命がけで交渉すれば今回も生き延びれるはずじゃ。命の際で輝く逆転の一手を放つ
「わしに一刻も早く死んでほしい鉄男総理がわしを無理やり戦場に放り込んだのじゃ。鉄男総理は酒池肉林の宴会を毎晩続けており国の風紀が乱れ国民の信頼を失っておる。再びわしが総理になることを望む国民も出てきた。それでわしが目ざわりになったんじゃ。わしを再び総理にしようとする国民にあきらめさせるためにわしを戦場に放り込み殺そうとした。わしは軍人や官僚たちの不祥事をすべて把握しておる。女の好みも熟知しておる。どこに隠し財産があるのかも知っておる。今後の馬の国の軍事戦略も知っておるし、兵器の数や武器倉庫の場所も軍隊が使う暗号も知っておる。それをすべて話そう。一緒に手を組み馬の国を倒そうではないか。卑怯者の鉄男を討つのじゃ!悪党は滅するのみ!」
わしは一息に話し終えた。完璧じゃ。わしはこれから竜の国の大統領と手を組み馬の国を侵略する。生捕りにした鉄男の体を再び手に入れて酒池肉林の日々を取り返す。ごちそうの味も美女の味も忘れられん。妄想が無限に広がる。
「うむ。悪党に報いを与えよう」
大統領はわしに同意する。まんまと引っかかりおった。やはりバカじゃなこいつ。知性のない顔をしておる。上手くいきすぎて笑いを堪えるのが大変じゃわい。
「では縄を解いてくれ」
「いやオマエをいますぐ拷問にかける。オマエは各国を侵略してたくさんの命を奪った残忍なやつだ。この世に生まれてきたことを絶対に後悔させてやる。オマエのような男は自分の命が惜しくてけして自害しないだろう。とても都合がいい。簡単には殺さない。地獄でも味わえないような壮絶な苦痛をプレゼントする。オマエを捕虜にしてすぐに拷問の達人を呼んだ。古今東西さまざまな拷問具もとりそろえた。オマエに恨みを持つものたちのために録画もする。世界中に公開して被害者の遺族たちに溜飲をさげてもらうとしよう。どうだ?世紀の悪党にふさわしい最後であろう」
わしは愕然とした。背筋が凍りかつてない絶望が襲いくる。わしの命運はとうにつきておったようじゃ。ガクリ。寿命よいますぐ尽きてくれ、と星に願ったが尽きる気配は微塵もなかった。
このエピソードで参考にしたネット資料です。
・Wikipedia 督戦隊




