第二章 回想
あの炎の夜の前に、浅草には確かに「日常」というものがあった。 春になると吾妻橋のたもとで子どもたちが紙の鯉を泳がせ、仲見世通りには飴細工の匂いと笑い声が満ちていた。 その中に、私と健一もいた。
「なあ、戦争って本当に始まるのかな」 あの日、浅草寺の裏手の路地で、健一がそんなことを言った。 彼は人の良い笑顔を浮かべながらも、どこか遠くを見つめるような目をしていた。 「始まってほしくないけど……もう避けられないんだろうな」 私がそう言うと、健一は苦笑した。 「避けられない、か。なんだか変だよな。人が決めたことなのに、まるで天気みたいに言う」 その言葉を、私は長く忘れられなかった。
私の家は浅草六区の裏通りで小さな履物屋を営んでいた。父は無口で、母は笑い上戸だった。 戦況が悪化しても、店を閉めることはなかった。 「足の下が減るのは、まだ歩く人がいるってことさ」 父の言葉を、今も思い出す。 その夜も、母は戦時配給のわずかな大根を煮込みながら言った。 「健一くん、また遊びに来てくれたらいいのにね」 「うん。きっと来るよ」 私は湯気の向こうで笑って答えた。 しかし、その約束は永遠に果たされないものになる。
健一の家はすぐ近くの銭湯の向かいにあり、父親は大工だった。 彼の妹――美佐はいつも風呂上がりに私たちへ氷飴をくれた。 「あの子、いつか看護婦になるんだって」 母が言うと、私は笑った。 「じゃあ、怪我したら助けてもらえるね」 健一は照れくさそうに頭をかいた。
だが、戦争は静かに、しかし確実に彼らの暮らしを蝕んでいった。 徴兵検査の噂が広がり、若者の顔から笑みが消えた。 浅草寺の境内に貼られた出征兵士の名簿には、近所の知った名が次々と増えていった。 人々はその紙の前で立ち尽くし、声も出さなかった。
「もし呼ばれたら、俺……行くのかな」 健一がそうつぶやいたのは、1944年の冬のことだった。 「逃げられないよ」 「でも、戦う理由が見えないんだ。誰のために戦うんだろうな」 彼の声には怒りでも恐怖でもなく、ただ深い疲れが滲んでいた。
その頃、空はいつも曇っていた。 B29が通り過ぎるたびに防空警報が鳴り響き、人々は地下壕に逃げ込んだ。 だが、浅草はまだ燃えていなかった。 まだ、誰もが「明日も続く」と信じていた。
私は母の手を握りながら、「もしものときは一緒に逃げよう」と言った。 母は笑ってうなずいた。 「もちろんよ。でもね、逃げるより、祈るほうが早いかもしれないね」 その言葉の意味を、当時の私は理解できなかった。 けれど、あの夜――空から炎が降り注いだとき、母の言葉が耳の奥で蘇った。 祈りも、逃げる足も、等しく焼き尽くされるのだと。
戦争は、銃を持たない者の命から奪っていく。 それを知ったのは、あの夜の後だった。
東京大空襲をもとにしたフィクション作品です。校閲、校正は行なっておりません。ご了承ください。




