GAME8
俺たちまで物言わぬ石のように立ち止まってはいられない。さっそくカール王子の旅団はこの石色のミステリーを解き明かすべく、訪れた村の隅々をおのおの独自に調査し始めた。
イシカゲ村とはいうが、その名のとおり石の人影がいっぱいあるのが特徴の村だ。
──そんな馬鹿な話はない。
道端の村人らしき者たちをタッチしたり、つついみる。その感触・反応は……すごく硬い。
どいつもこいつも老若男女、肌が手が、石のように硬いのだ。ほっぺをつねることもできないほどに。
このままいたずらに時間を使い待っても、おそらく解決はしないと直感する。これがリメイク版の新しいモンスター、村の中に配置された動く石像のモンスターとも思えない。
ルクの村のときは、その悪意は分かりにくく隠されていたが、住人の息遣いと仕草を観察すれば、分かりやすいものだった。
そして現在俺たちの訪れたこのイシカゲ村の場合は、派手に分かりやすい異常事態の反面、その意図は一見ではとても分かりにくい──。
前は夕飯の鍋を囲うほど近くにいた敵のツラとその影が、そこにはさっぱりないからだ。
寂しげな風が立つ石たちの間を吹いて通り過ぎるだけだ。そう、敵の正体や尻尾がまだ見えてこないのである。
そもそも敵など最初からいない可能性がある。なにかの呪いや魔法、あるいは悪辣な実験の類いなのかもしれない。
そんな正体不明の事態、石のように固まる物体たちに……さきほど試しに【妖精の粉】をふりかけてはみたものの、やはりこの全身をコーティングする石化じみた症状は治らず。
毒や眠りの状態異常よりもこのゲームでの石化は上位の状態異常。治療するには専用の回復魔法や珍しいアイテムが必要になるだろう。あいにく今は手っ取り早く治す術を思い当たらない。
それにだ────。どこぞですごく見たことのあるキャラたちの姿も、何故かそこにある。
今絶賛ずらっと……そう、俺の目には映る……。
広い道に、それらの面子が石化して並べられているのが──。
その面子の内の一つに、双子姉妹のギムホナが恐れ知らずも近づき、指でつついて遊びだした。
訳も分からずつつかれているのは、とても背丈の高い女の石像だ。男の王子よりも背が高い。
その両腕をひろげ勇ましいポーズのまま固まった女の石像に、しまいには、双子姉妹がぶらさがりだした。
女にしては逞しいその両腕に掴まりながら────やがて崩れた。
右と左、どちらの双子も同時に掴まっていたちいさな手を滑らせ、尻の方から地に落ちた。
「「どひゃ」」
双子姉妹の起こしたそんなコミカルな失敗のお遊びよりも、俺は、ついに目撃した。
ここまで探しても、話しても、触っても何も起こらなかった村に、ついに沈黙の殻を破るような音が立つ。そんな異常が発生した。
砕けそうな音と、砂と石の埃を滴らせながら、石の彫像の顔が今、仮面のようにひびわれて、生気のかよったその肌色を露出してゆく。
覆われていた石のベールを破り、何かが生まれた────首から上だけ。
石の膜を破り現れたのは、血まみれに濡れた……背丈の高いその女の精巧なツラだった。
「「……」」
「……」
「……」
「……っ……!!」
「血まみれだぞ、やめとけ。あちこちひびわれて、死ぬぞ?」
俺はいま顔を見合わせた、目覚めたての半石化状態の女。そいつの詰まった耳に聞こえるような声のボリュームで、忠告を入れた。
血まみれの力んだ表情でしぼりだそうとした腕力と気力。その無茶な自力で、重く着込んだその呪われた石の鎧を脱ぐことを、決しておすすめはしなかった。
長めの青髪をはたきでたたき、グレーの埃を落とす。額や高い頭頂から流れる血は、台座に乗ったメイドたちにハンカチで拭われていく。
唯一、石化から半石化状態へと良化?した者を発見。その首から上だけがもとの肌色と自由を取り戻した青髪の女戦士を、いま動ける団員たちで世話しつつ──。
さっそく俺たちは、道端で、そのまま立ったままその女から話を伺うことにした。
「……」
しかし、なかなかしゃべらない。しばらく待ったが、しゃべりださず黙したままだ。
そうして険しい顔をしながら、その女戦士と睨めっこしていると……ついに、そいつの唇が動き、ぼそりと何かをつぶやいた。
「……みっ……ず…」
どうやらこちらの準備に一つ順序ミスがあったようだ。俺の指示よりもはやく、メイド長のクロウが彼女の口元に革水筒の飲み口をもっていき、水を与えた。
「ぷふぅ…………。ん。────アオ・ニオール。……傭兵」
乾いていた唇はうるおいを取り戻し、カラカラの喉が復活し声を再生する。青髪の女戦士は見事な真顔で、完璧な自己紹介をしてくれたようだ。
▼
▽
石化は半分でも解かれると、ひどく喉が渇く状態異常のようだ。
ようやく第一(目覚めている)村人を発見した、厳密にいえばそいつは村人ではないが。
そんな些事に拘るよりもさっそく、
手持ちのありがたい水と食料を賞品にし、俺はオシャレな石の鎧を着込み突っ立つ傭兵【アオ・二オール】に、一問一答形式で順序立てながら尋問していくことにした。
「まず、お前はなぜここイシカゲ村にいる?」
「戦闘中────気付いたらいた。だが私も石像を見た」
「ん? 戦闘? どんな敵だ?」
「暗がりでよくはわからない。前に魔物、奥ににんげん? 蛇? のような魔物」
次々とヒントの切れ端や尻尾なるものが、ノッポの青髪さんの口から並べられていく。しかし嘘をついている人間の喋り方とは思えない。第一こいつはそういうキャラでもない、むしろ嘘つきとは真逆のタイプであると古く記憶している。本当に覚えている状況を思い返しては、〝第九王子〟の俺の前に、ただ拙い言葉にして並べてくれているのだろう。
「蛇のような……か。まぁそっちはいい。それよりもだ……一度ひじょーーーーに、気になって答え合わせをしておきたいことがあるん・だ・が……あーあー、質問をゴツっと変えるぞ……?」
「さてさて、【こいつ】はいったい……だぁーーぁれだ?」
今、王ヂの俺の気になるミステリーは〝ふたつ〟。
すぐに解決しそうなひとつを先に処理するために──
俺はそばに見えた石のように硬い誰かさんの肩を、少し高めの丁度いい肘掛けにする。
そして、誰かさんの肩に馴れ馴れしくもたれかけながら、石のベールにゴツゴツと包まれたその誰かさん──ロン毛野郎の正体を傭兵アオ・二オールに向けて問うた。
「王子ダイヨン」
「フッ。ははははは、合ってはいるがな、ははは」
「そのお方は、王子ダイヨンではなく【ブール・ロビンゾン第四王子】様、と……その連れられた御一行のようです」
アオ・二オールが短く簡潔に答え、クロウが補足し言い換える。
俺はゲーム設定上の年違いの兄弟の身にもたれかけながら……もちろん泣きはしない。
旅先で訪れた運命の出会い──いや、それとも数奇な鉢合わせか。
俺はその全然似ていないダイヨンこと、第四王子様のすっかりぐっすり固まった眠り顔に、第九王子の微笑する顔を、ふざけながら並べてみた。
⬜︎
第四王子ブール・ロビンゾン(石化):
第四王子ブール・ロビンゾンの爽やかな寝顔の石像だ。
自慢のロングの青髪はどこの床屋で石色に染めたのか? 現在その伊達男は、寡黙でおしゃれな男にクラスチェンジしたようだ。
第九王子のカールの兄上であるが、容姿はそれほど似ていない。
傭兵アオ・ニオール:
現在、半石化状態。
自力で石化状態から目覚めた頑丈な体と抵抗をもつ。
とある里の出身で、姉の代わりに噂のメイヂ国へと派遣されることになった。
青髪赤目の長身、あまり笑わないのが特徴だ。
⬜︎
うまく誘導した傭兵アオ・二オールから話をきいて、いま頭に収めたもろもろの情報を整理する。
彼女は目的地であるメイヂ国、その王都に行く途中に迷い立ち寄った街にて。偶然にも出会ってしまった第四王子に、〝ナンパ〟とやらをされ彼の旅団の一員に加わったらしい。『その髪……オレとおそろいだな!』と道端で不審にも声をかけられたのだという。
そうして、かくかくしかじか紆余曲折──で、このイシカゲ村に辿り着いたまでは奇しくも俺たちと同じ。だから彼女は「石像を見た」とさっきの尋問ごっこで俺に言ったんだろう。
さぁ、ここからが肝心な話のつづきだ。どうやらブール第四王子らの旅団は、彼らにとっての【お宝の地図】を早くも探し当てていたようだ。
第四王子らが訪れた時には既に石になっていたこの村の者たちが、つどい軍評定らしきことをしていた形跡を、村を調査する過程で見つけたらしい。
「つまり俺の兄上は、無策でその地図に明記された《北西の洞窟》へと自慢の旅団を率い向かい、挑んでは──負けた。その結果あげく、石になってまで、こぅぅしてっわざわざ弟の俺様のことを出迎えてくれた────ってわけだな? あちゃぁ……じぃっと同じ顔してえらいもんだ?」
「いざ、宝を目の前にして敵の実力を測らず、王命の魔物狩りでの武功を焦ったのでしょうか? それでも第四王子が率いた兵力は……十分であったように思えますが」
「それであってると、おもう。同行していた道中はずっと、ダイヨンはじぶんで魔物のとどめをさしたがっていた」
「それはナンパの延長だと思うがな」
「そう、か?」
メイド長のクロウは独自に持ち出したマル秘リストを確認する。ブール王子の旅団の戦力はとある傾向に偏ってはいるが、率いた団員のなかにはちゃんと実力者も紛れていた。
第四王子ことナンパ師にも一応、此度王子たちに課せられた旅の目的【魔物狩り】そのヤル気はあったということだ。
まぁ、里から出てきたノッポの女傭兵が、ナンパの意味をわかっていない事と、この兄王子の事は一旦道端に置いといて──。
「ちょっとカール? 出迎えるなんて言ってるけど、それおかしいんじゃない? そもそもなんでその魔物狩りで外に行って、負けてこうして重たい石なんかになって戻ってこれてるわけよ?? みんなもこれがおかしいのに気付いたでしょ? 〝フツウに〟!」
旅団のブレインたちが集う絶賛推理中のこの現場へ、ひょこっと口を挟み現れたのは、緑のもじゃ子ことご存知クピン・シープル。
クピンは俺が悦に入り論じたその推理の〝ほころび〟を、まるで鬼の首を取ったかのように強く指摘した。
クピンは俺の見落としを熱烈に問い詰めながら、やがてアオの方を見た。
しかし置物のようにそこに立つアオ・二オールは、流血しながら「さぁ?」といった様子で首を傾げる。
腕をおおきく広げ呼びかけた周りの「みんな」とやらも、王子の推理ロジックをつついたクピンの発言を受けて、一斉に考える仕草を深めだした。
「ちょちょっと!? あたしがおかしいみたいじゃない!? そんなわけないでしょ? ほら、だって!!」
クピンは釈然としない、そしてまだ懸命に食い下がろうとする。いや、俺の唱えた鼻につく推論を食い破ろうと厳つい顔で唸っている。
どうやらルクの村での美味しい鍋事件、あの一件をまだ根に持っていたらしい。名探偵の助手ばりにでしゃばり、引っ掛かったおかしな点をこれ見よがしにあげて語っている。
「あぁ、それはこの村で三歩徘徊した時点でおかしいと思っていたぞ」
「さ、さんほ!? わ、わたしは……一歩半だけどっっ!!」
一歩にしていたらどんな珍解答がとんできたのだろう。あいにく万歩計は携帯していない、そんな不毛な歩数争いなどどうでもよく。
「なら四歩目でコレに気付いたか?」
「四歩?? ぬぬぬぬぬ……」
「共通するかんたんなことだぜ、〝全員目閉じて眠っていやがる〟」
「「あ!! ほんとだ!!」」
いつもの双子姉妹じゃない。口をそろえて驚き、手をぽんと叩いて鳴らして気付いたのは、緑髪の姉弟だ。
羊飼いの娘息子たちは探偵職や隠密行動には向かないようだ。
「よく気付いたなカール!! 本当だ、言われてみれば全員石になっても寝ているように見えるな?」
「やめろよ。こんなの誰でも〝50歩目〟には気付いてんだろうが、ははは」
「ぬぬぬ……ぅ」
姉は俺を噛みつきたい歯軋りのツラをして睨み、寄ってきた弟は俺を大げさにもちあげる。
この従者の〝緑さらっと&もじゃ子ズ〟に囲まれていると反応に飽きることがない。リアルで新鮮なVRゲーム体験である。
「ぬぬ……あ! でもだからってそれがなんだっていうのよカール!!」
「さぁな?」
「って!?? なによそれぇ……結局わからないじゃないの…はぁ…ばかみたい…」
「はい、ですがカール王子。人をかようにも石化させるような未知の魔物が相手ともなると、おそらく…………ブール王子とその従者である傭兵アオ・ニオールの石像、それとリストアップした者の救出を優先し馬車に載せ運び、一度安全の確認された《ルクの山村》に引き返し、それから対応策や今後の進路方針を考えるのはいかがでしょうか? ざんねんながら、このようになった場所を今夜の宿代わりにするのは、いささか旅団の全体士気に影響が出るものだと……」
「んーー、────そうだな。それでもいい。いつでも発てるように準備しておけクロウ。たしかに、この量の地蔵たちにこうして囲まれてちゃ、おちおち寝てらんねぇからな?」
メイド長クロウの提案は、まるい。まるくて抜かりがないように聞こえる。
迷えるプレイヤーへとお付きのメイド長らしく完璧なご提案をしてくれている。もちろん返事はイエス、首に縦を振った俺は、さっそく馬車の準備に取り掛からせた。
「え? カール? 助けないのか?」
しかしそんな、クロウのなすがままにも見えた俺の決断に、この男アモン・シープルがやはり噛みついてきた。
勢いを失った姉のクピンにかわって弟の方に噛みつかれた俺は……。
「お前は様子見って言葉を知らねぇのかアモン。見ろっ、こいつらみたいな石のように冷たくて情けなくて皮肉に飾られた運命を〝一度でも〟たどったら終わりだってクロウは言ってんだよ。ハッ、──睨むな、俺は王ヂだぞ。準備している間、お前も素振りでもしながら考えてろ。それでダメなら、今回のお遊びはなしだ」
こいつの握る剣の刃のように、眩しいほど一直線な思考に釘を刺した。そしてその冷たく刺した釘の間に、別のアイデアを記した紙を挟んでおいた。
その端正なツラに、いつものような元気な笑みは浮かべない。茶髪の王子の目を真剣に見つめつづけたその緑髪の男は、俺の補足した台詞にゆっくりと〝一度だけ〟頷いた。それ以上は何も言わずに……マントを背にして、ぽつん、ぽつんと立ち尽くす石の飾りの間を通り抜けていく。
緑髪の剣士は、どこかへと向かい歩いていった。




