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GAME7

 ひとつ、目にひどくしみた邪魔な汗を拭うと──


 小さな背丈、双子のギムとホナが、俺の顔を上目遣いでのぞいていた。


「「王子ぃー、泣いてる?」」


「ん? 泣いてないが?」


「「いや、泣いてた」」

「なんで泣いてんだよ……」

「王子、ハンカチを」


 双子のギムホナに、ガキのユウに、メイド長のクロウが順々に近づき、俺に〝泣き〟の判定を続々と下していく。


「うっせぇ泣かせんぞガキども!! 散れ!!(ハンカチサンキューいやぁ汗がね……がね)」


「「王子ぃーが、おこった」」


 怒る素振りを見せた俺は土を蹴り上げ、集ってきたガキユニットたちを散らした。ついでに気の利いたハンカチで、乾いたおデコを拭っていく。


「なんで泣いてんのよ……ほんと」

「すちゅぅ?」


 はたして今の俺に、王子としての威厳は今あるか。そんなささいな心配よりも。


 VR版の魔物スターラットと、クピン・シープルのふれあう姿をもう一度その目で拝む。


 つつぅーと流れ出た一筋の汗はたぶん、ゲーマーならではの汗。古き涙腺が刺激され感情にバグが生じた。超低確率で一滴だけ、俺の目元からドロップしたんだろう。


 なんて取り繕う言い訳を考えるだけ、無駄なことだな。ハッ──









 俺たちは仲間を一匹増やし、これ以上探索する価値の薄れた洞窟内を出た。


 そして久々の太陽光を浴び、立つ緑草地を踏みしめて、盛大にひとつ空へと向かい背伸びをする────。


 王子も、オレンジさんも、緑髪の姉弟も、星鼠も、昼の青天に向かい背伸びをした。


 必要のなくなった魔法のランタンに手をかざし灯りを消す。メイド長のクロウ・フライハイトは、体をほぐしていた俺の元に近付いてきた。俺はそういえば返してなかったハンカチを彼女に返した。デフォルメされた六英雄と一人の勇者の姿が縫われた珍しいキルトハンカチだった。


「それにしてもカール様、まさかラットがこれほど出る洞窟が西の道中にあるとは思いませんでした。西の進路を選んで正解でしたね。非常に珍しい大型魔物のキングラットまでアモン様が狩れたのは実りの多い経験でした。もしや……東の噂はやはり?」


「あぁ? 伝説は伝説だろ? ただ、太陽の勇者さんも長い間吹聴されつづければ……由緒正しき修行スポットも……おおかた今は人気スポット──だろ?」


 西ではなく東に行けば、なにもクリアができないというわけではない。あっちに行ったらスカ、こっちにいったらスカ、そこだけが正解でした! なぁんて、そんな引っかけばかりをするとゲームとして破綻するからな?


 子どもが泣くような仕様には極力しないのだと、ファンブックの開発者インタビューにはそう載っていた。それはそれで疑わしいが……!


 ただ、俺は西に行きたかった。西の宝や出会いの方に今回は興味があったからだ。ま、次の修学旅行では東に行ってみるのも、賑やかでおもしろそうだ? ハハハ。


「「王子ぃー、わらった?」」

「気のせいだろ? いちいち見んなよスケベツインズ」

「「ちょっときもい、王子」」

「ハッ」

「「あ、ごまかしの、わらい、よくやる」」

「うるせぇ!! ガキが俺をませた分析すんなぁ!!! ──ん、クピンそいつ撫でていい?」


「あんたの情緒どうなってんのよ……(まさにちょっときもい……)いいけど」






▽▽

▽▽







■神都トネリコ勇者学校普通英雄科に在籍する生徒たちは、担当の先生の同伴で、原大陸の中層トネリコ区から勇大陸メイヂ国領へと向けて出発していた。魔物の多くはびこる勇大陸の地にて実地訓練を積むために、勇者英雄の卵たちが恐れもなくその足を踏み入れたのであった。




「「スルーは厳禁!!! 太陽の勇者の街!!! スルールの街へよーーーーーーーーーこそっ!!!」」


 ながいながい草花のアーチを潜り抜けた先に待っていたのは、赤鼻をつけた道化師の男女。いきなり飛び出してきた道化師二人からの派手な歓迎であった。


 ザルからせっせと撒かれたカラフルな紙吹雪がそこらを舞っている──。


 生徒たちを引き連れ街の入口へと先導していた先生は、そのとつぜんの歓迎に驚きながらも、ここに来た目的を出迎えてくれた二人の明るい街人へと説明した。


「ハイハーーーーイ、太陽の勇者の洞窟への修行コースですね! お連れの方ともどもこの整理券をお持ちになってお待ちくださーーいっ。しばらくすると青い草冠をつけたガイドのお兄さんが目的地へと安全にご案内いたしますので、それまでのあいだ勇者の武器屋、勇者の道具屋、鼠の着ぐるみ専門呉服店、勇者の剣の刺さった伝説の噴水などなどの、ここでしか見れない買えない味わえない施設を、巡られてみてはいかがでしょーーーー!! ではではしょうしょう……45分待ちーーーーーはぁーーいっ!!!」


 一人芝居するように明るく語るピエロから今、自分の髪色に似た茶色の風船と、くしゃついた整理券を受け取った。


 予定とはちがう、そして噂ともちがう。カミーユ・ミルティーク先生は風船を受け取ったその場で困惑し、まだもやもやしている様子だ。


「おいカミセン、どうなってんだよ? なんだよここ?? 何が最高の修行スポットだぁ?? 遊びじゃねんだぞおい??」

「あきれた」

「太陽の勇者というより観光の勇者……」

「はい解散、自由じっか~~ん、ほわぁ……ねむ」

「スルール限定【チューチューゴマミルクパフェ】だってさ、いこうぜいこうぜミルティーちゃぁん! なぁにこんな日は、デートデートぉ!」


 計男女5人、普通英雄科の生徒たちは、ふざけた風船をぼーっと手持つ先生へと一斉に話しかけた。文句や冷笑、呆れた笑い顔を浮かべて、やがて好き勝手な方向へと一通りの愚痴を終えた生徒たちは散っていった。


 散っていく生徒たちに手を伸ばし呼び止めようとするも、かなわない。


 カミーユ・ミルティーユ先生は、残っていたピンク髪の陽気な生徒に腕をつかまれ、ねずみのクッキーがのった特製パフェを茶屋でふたつ奢らされた。


 彼女の慌てた手元をはなれたミルクティー色の風船が、勇大陸メイヂの地、東の青空の果てへ、ぷかぷかと漂いながら消えていった────。










 馬車を守っていた待機組と合流した俺たちは、キングラットの洞窟の辺りから、でくわした平原の魔物を倒しながらさらに西へ進んだ。西へと進み、やがてぶつかった小山を、迂回路を取らず、皆と馬の足が元気なうちに登っていった。


 汎用性と持久力の高いメイヂ馬の馬力ならば、この坂道程度の傾斜ならすいすいと進むことができた。


 そして、そんな山中を難なく馬車を率いカール王子の旅団が進んでいくと──


 地がなだらかになってきた付近で、俺たちは地図に無いちいさな山村を偶然発見した。


 知らない村だがここでひとつ、旅団のメンバーの身と馬たちの足を休めさせてもらうことにした。


 あいにくここの村人は、村の入り口でまったくの初対面である俺たちのことを、ていねいに出迎えてくれるほどに性格の方は良かった。手厚いおもてなしはなんとそれだけでなく、この山村の村長らしき眼帯爺さんの家で、少し早い夕飯もいただけることに。


「ちと味が足りねぇな」

「俺もきらい、ソレかせ王子」


 囲ったぐつぐつと煮え立つ大鍋から……よそわれた薄味と評したスープにいま俺は、持参のペッパーミルで調味料を振りかけた。そして、「かせ」とねだるガキ、ユウの手にそいつを投げてパスした。


「ちょっと、なにかけてんのよカール! とユウも! 出されたものに失礼じゃない」


 居合わせたクピンは俺たち男二人のする食事マナーに注意した。出された味をつくった料理人の許可なく勝手に変えたのが、彼女にとって下品に見えたようだ。


「ははは、すいやせん。かまいやせん、なにぶん塩の備蓄が心もとなかったものでぇ、たぶんそれでぇ……つい生来の貧乏ぐせが出ちやいやしたぁ、いやぁおはずかしい、えへへえへ」


 眼帯ジジイ村長は笑みを浮かべながらそう答えるので、それで了承を得た俺はもう一丁、ペッパーミルを回し小気味のいい音を鳴らした。


「もぅほらぁ、嫌なことしてぇ? うん──全然薄くないんだけど?」


「ん? そうだなっ、うまいよ村長さん! あはは! おかわりっ」


 いつの間にやらひとり先に完食したアモンは、笑顔で空の器を差しだして、おかわりを要求する。かしこまった家主の村長に、追加の熱熱のスープをよそってもらっていた。





▼▼

▽▽





▽ワダミの山村(夜)▽にて



 月光に照らされた人影が静かにつどう。


 もうひとつの魔法の鍵で、用心し施錠されていた扉は容易くこじあけられた。


 用心は用心にあらず、貸し出された家の同じ鍵を誰かがもっているとは思わぬものだ。


 逆に、もう一つの鍵をこそりと使い、宵に紛れやってきた彼らは用心し足音と物音を立てない。かように薄い木のドアを一枚開ければ、ほら──すでに、ぐーすかぐーすか寝息を立てて眠りふける奴らがいる。


 今宵、盗むのはあなたのお命、ひと宿の恩に貰いましょう。


 肢体を覆う布団の上に、よぉく研いだ……盗んだ槍の切っ先を今ゆっくりと突き立てて、


 ──襲う、ブッ刺す、舌をなめずる。


「お味は足りやしたかい、えへっえへへ」


 薄暗い部屋のなか、薄いスープで満たさせた腹を目掛けてソイツは槍を突き下ろした。


 しかし、手応えが……やけにしずかでやらかい。


 肩を追い越し顔まで深くかぶる、茶髪の乱れはみでた布団をおそるおそる汚い手に掴み、めくってみると──


 露わになったその面に描かれていたのは〝へのへのもへじ〟。意味のない突飛もない生気もない、作りものの面であった。


 唖然と眼帯をめくり、両目をまぁるくみひらいて見ても、茶色い髪した〝へのへのもへじ〟


『それはなんともよくできた人形の王子さまだった』


「へねへェ!??」



「超至近距離【パワーブーメ】」

「ゴばッッ!??」

「臭い脚が!」

「いでぇええええええ!!!」


 俺は専用武器のブーメを骨棍棒がわりに握り持ち、布団に眠った人形とままごとをしていた眼帯ジジイの顔面へと向かい、眠気覚ましのイチゲキをお見舞いした。


 同時にガキのユウは、潜伏していた隣の別の布団からひょいと突き出した鉄剣で、忍んだつもりでいた賊の足の甲を躊躇いなく刺した。


 そしてそのまま暗闇の中でうるさく踊り────汚い悲鳴とともに葬り。


 赤く染まった布団の散乱した寝床は、ようやく元の静けさを取り戻していた。


「助けにいくのか王子?」


「いや、へたな心配は」



『【サプライズナイフ】! あんたら出迎えの時から、ぞろぞろそわそわニヤニヤじゃらじゃら、身の丈に合わない音立てて、焦げ臭いったらありゃしないねぇ……フッフ』

『【アクアロープ】!! ちょっとほんとに来たんだけど!!』

『ぱんっ、ぱんっ、経験値がよばいしてきた』

『がんっ、がんっ、──がんっ、がんっ』

『もうやっややべでぇえええええ』

『がんっ、がんっ』



「「いらねぇ、ハッ」」


 けたたましい声を張り上げ響かせる、向こうの逞しい女子会に、心配など無用。


 顔を見合わせた俺とユウの二人が、渋い面でワラい合う。このサプライズに失敗した夜会をとっとと終わらせるべく。月明かりのスポットライトが照らす屋外の小戦場へと、今、二人同時に駆け出していった。







 月が青く淡くうすれた頃には、スベテが既に片付いていた。


 完食した夕べの鍋に盛られた効果を受けて、ぐっすり眠っていたのはオレンジ髪の寝癖がひどいイヨポンと、にぶいメイド兵数名と、ペットの邪気のない星鼠ぐらいであった。


 スープのおかわりを何杯もしたあの男、アモンの方はというと、けろっとまるで何事もなかったかのように、満たしたその腹で夜の賊狩りに参加していた。


 仲間の元山賊たちもどうやらはじめから、この山村の住人の様子がおかしいことに気付いていたようだ。ベヌレの街からここまでのゲームプレイの導線としては、元山賊のユニットが居ることで攻略に役立つヒントをもらえるようになっていたんだろう。



「謎を残すのもなんだ。どこでぼんやり気付いたか、ちょっと答え合わせでもするか?」


「はい。借りていた宿、古家にしては部屋の中が小綺麗すぎましたね。メイドとして雇用してもいいぐらいに、まるでこれから賓客でももてなすかのような、それはそれは丁寧な心配りがなされていました」


「焦げ臭いのはそれだけじゃないさ。どいつもこいつも服に着せられてるかのような、そんな背伸びした格好をして連中が多すぎたわね、フッフ」


「山なのにイナヅマチョコ……」


 メイド長のクロウ、元山賊頭のオリーブ、メイド見習いのチョコも独自の視点からそれぞれ、ここの村人の裏の正体を暴いていたらしい。


「カール王子はどこで?」


 クロウは手のひらに、くの字に重ね折られたちいさな紙を乗せ、王子の俺に問い返した。


 今はなき村長の家の外壁にもたれながら、元山賊頭のオリーブが、にやり、頬に皺をつくる。クロウの手の上にあった紙と同じものを、指の間に挟んで持ち、俺の方を睨んでいる。


「あ? そりゃ夕べの鍋だ。夕べの鍋が美味すぎたから、こいつで必死に不味くしたぜ? 第九王子オリジナルスパイス:【妖精の粉】」


「って!? あのときまさか、それかけてたのカール!?」


 居合わせていたクピンは驚き顔で指を差す。俺がいま紐の部分をつまみ持ち揺らした皮袋のアイテムを目で追いながら、今やっと彼女も理解したようだ。


「俺から言わせりゃ、ぽっとでの眼帯ジジイのよそう鍋をありがたく、ふぅーふっー♡って、いただくヤツの方がおかしいぜ? ナッ? ユウ」


「俺も最初から気に食わなかった、あの腰の低いわりになんか態度のでかい眼帯クソじじい。スープは飲んだふりしてただけだ、これぐらい当たり前だろ」


 ユウは俺に同調する。まるで見抜けない方がおかしいのだと言うように、二人で緑もじゃ子のたじろぐ目を、頷きながらじっくりと覗いていた。


「って!? ナッ!?? ぬぬぬ……あっ、あたしだけじゃなく! そんなのアッ、アモンもっ! ばくばく食べてたじゃない!」


「ん? え呼んだかクピン? あぁ、ひょっとして昨日の鍋のことか、キングラットと戦ってそれで腹が思ったより今日は空いてたみたいでさ。ちょっと俺だけ食べすぎちゃったかな? あははごめんクピン」



「「ナ? アイツはべつ」」


「ぬぬぬ……!!」



 開けた村の平地で素振りをしていたアモンが振り返り、姉のクピンに笑うも、アイツの胃袋は問題なしの別物だ。虫魔物のモスポイズンに触れても、『ちょっと痒くなったかも?』リアクションはそれだけなので、もはや剣を振り歩く強化版コアラのようなものだ。


 クピンはまた犬のような顔で歯ぎしりをし、「ぬぬぬ」と唸るばかりで何も言い返せないようだ。


 王ヂとユウの勝ち誇ったようにも映るその目を、クピンはただただ、噛みつきたい口を閉じ、見つめ返すしかなかった。











 墓を建てた。とてもささやかな、木の十字架の墓を。


 それは誰とも知らないが、きっとその旅を終えた誰かさんの墓である。その木の十字架の前で思い浮かべる顔はそもそも無かったり、各々に違えど、ひとつ墓を建てた。


 そんなできたてほやほやの墓には、祈りをささげてもささげなくても自由だ。ぶらり、この山村に訪れた俺たちのことを誰も咎めないだろう。


 そうこうしているうちに、カール王子の旅団は手分けし、この村のすみずみの探索と掃除をし終えた。


 そして俺が厳選した使えそうなアイテムを荷に積めていると、しゃがれた姐御声にちょっかいをかけられた。


「王子が盗みの引継ぎかい?」


「ハッ。溜め込んだ金もアイテムも然るべき旅の道中の俺が、然るべき良いことに役立てるなら、本望だろう」


「勇大陸の連中は、いちいちきかなくてもしたたかだねぇ。ま、盗み盗まれ、恨みっこなしってこったね」


「ええ、敵は魔物だけではありません。我々は立ち寄ったここでひとつ、世に隠れ潜むその悪意を討ち滅ぼした……そう考えるのが妥当な結論かと」


「ふっ、だな」


「おだちん……」


 元山賊頭のオリーブに問われなくても、俺も、そしてクロウや勇大陸の皆は生き抜いてきたメンタルが常人のそれでは計れない。そんな善悪問答道徳の授業の答えなど、それぞれのうまい具合の線引きがあるのだろう。


 え、俺はちがう? 自称一介のゲーマーだ?


 たしかに……まぁでも、俺もぶっちゃけ何周もこの世界をシミュレートしていたわけだし、勇大陸の旅人と言っていいだろう。あながち、な?


 それに他にもいろんな新大陸(ゲーム)とか離島(エロゲー)とかにもたまに立ち寄ってるからさ? はっ。






 終わってみれば俺が一番むだな問答をしていたのかもしれない。寝込みを襲われるようなバトルもはじめてだったな。賊とのバトルにベヌレで慣れていたのはよかったが……何より問題なのはこの村がまた俺の知ることのない追加要素だということだろう。妖精の粉ペッパーは完全に俺のアドリブだったぜ。


 しかしこうも、セーブのきかない、それも妙にリアルな質感と手触りのVRゲームだと────


「ボリュームたっぷりなのは、夕べの鍋だけにしてもらいたい──かもしれない」


「「王子ぃー、だいどろこであんごうはっけん」」


「だい……どろこ? おっ──」


 それは〝だいどろこのあんごう〟というより〝台所に貼ってあったレシピ〟。謎のレシピの紙切れを食いしん坊の双子ギムとホナが元村長の屋敷の中から発見した。





 アモンは名もしらぬ剣に名を与え──今、墓の前にそなえた。クピンは休ませていた馬に果物を与える。チョコは十字をきりながらとけかけのイナヅマチョコを美味しいうちに口にほおばった。


 治安の悪い《ワダミの山村》は《ルクの山村》へと、この村を占領した王子権限を用い改名した。


 少々のアイテムと物資をいただき、残りはささやかながら置いておいた。俺たちが帰りにまた訪れるもよし、この山にふらりと立ち寄る見知らぬ旅人が使うもよし。こそこそ悪だくみをする村の姿は今はもう綺麗さっぱりになくなったので、今度は少しでも、この地に足を踏み入れた者たちの憩いの場になればいい。


 こうしてカール王子の旅団は、そんなささやかな願いを込めたルクの山村を発ち、小山の西側へと馬車を率い下っていった。







話題そのex《王子とオレンジ》



 時を少しさかのぼった──ルクの山村にて。


 『ちゃりん』と鳴ったその音に反応したオレンジ髪の女戦士が、微笑む俺の横顔を覗いた。


「ちょっとちょっと王子様、なんでなんで壺にコインなんて投げいれてんの??」


「ん? あぁー、まぁ宿代みたいなもんさ。いちおう飯も〝だいどろこ〟もいただいたしな。これぐらいありゃ、汚い足でも三途の川ぐらいは洗いながら渡れんだろ」


「だいどろこ……? さんずのかわ……? なにそれなにそれ、なんか分からないけどちょっとロマンティック! 王子様っぽーい! んー……ならわたしもっ……ポンっ! ──にひひ、おそろい♡」


「……お、おう」


 ……いったいこの追加要素はなんだろうか。


 家の壁際に置かれてあった一つの古めかしい壺に投げ入れたコイン。それが、となりの王子様とおそろいなのだとイヨポンは言う。


 俺に魅せてくれた、そんなフレッシュで、無邪気な、お姉さんスマイルはありなのか?


 ────思わず少しドキっとしてしまったとは言えない。


「じゃそろそろ行くか」


「ハイハーイ! 王子様、道中の魔物も賊もひきつづきっ、このオレンジアイドル系お姉さん戦士イヨぉぉ……ポンっ!! に、おっまかせーー!!」


「あぁ。爆睡してたぶんはきっちりマイナスにするが、そこそこ頼りにしてるぞ」


「ハイハーーってばくすいのマイナスぅぅ!?? ってノールックでコインを!?? カール王子様!!! いや、お見事なコインさばき!!! だから待って待ってちょっとこのお姉さんを待とう♡このイヨポンめがぐーすかぐーすか♡寝ちゃいましたのは逆にヤツらを怪しませないための思慮深い意図のある名演技でぇーって、待てや!!! ────ダメだぜんぜん待たねぇこの王子!! って走るナ!! 待てぇええええ待ってぇーーーー」


 おもむろにマントを翻し、背を向けノールック気味で──。


 今、王子の指から放たれたコインがいい放物線をきっとえがき、さっき聞いた壺の反響音(リアクション)よりもいい音を鳴らした。


 そして、何か騒がしい声がこちらへと近づいてきたので、俺は元気なうしろの足音にあわせて走り出した。


 ちなみに、村の中を1周半したところで執念深いオレンジさんにマントをつかまれ、ついに追いつかれてしまった。


「やはり〝はやさ〟が足りない?」


「ゼェハァ……ゼェハァ……このイヨぉ…ほぁふぅ…っ」


「いい歳してなにやってんだよ王子…とオレンジ……?」







▼▼▼

▽▽▽







▼イシカゲ村(昼)▼にて




 ずっと馬車馬のように動けやしない、それは当たり前。馬車も、馬も、人間も、装備も、アイテムも食料も、日々のメンテナンスと補給が必要である。


 街から街へ、村から村への乗りつぎをしながら、休養と情報収集ときに新たな団員のスカウトもこなしていく。カール王子が掲げた「のらりくらり」とは印象がちがう、そんな旅になるのは必然的だ。


 朝方にルクの山村を出た俺たちは、その後目立ったトラブルもなく──。平原ででくわした多少の魔物退治を繰り返しながら、今度は地図にもある行軍予定の村に訪れたはずだった。



「「おぉーい、ギムだよ、ホナだよ、だれかいますかーーぁ?」」


「「コチーーん」」


「なんだこりゃいったい…?」


「カール……あんた……最近ついてなかったりする? ど、どうなってんの……」


「はは。まぁ、憑いてはいそうだ……ある意味──」



 双子の少女の元気なよびかけにも、へんじはない。ドアがガタつききしんだ、殺風景な風の返事だけだ。


 賊程度の夜襲では動じなかった勘のいいガキのユウも、眉間に皺を寄せて訝しむ。


 不安気な表情で振り返るクピンに近頃の俺の運勢を尋ねられた。


 運勢といえば────あいにく秘密の星の店売りの【リセットのタロットカード】では、9度の試行回数、その占いは行われたが……結果、王ヂの未来のことまでは分かりやしなかった。


 こんな石色の未来のことまでは────


 あちこちに飾られた石像たちは……うごかない……。奇妙に固まり黙った、人っ子だらけの村のミステリーにカール王子の旅団は迷い込んでしまった。

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