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GAME6

 さすがに遊び尽くした。ちがった……準備は整った。この街にはもうプレイヤーとしてやり残したことはないだろう。


 合わせて5日。ベヌレの街に滞在した成果が今、貸し切りにした昼の宿屋のホールに集った。


 改心したかは怪しい山賊頭の女に、その銀髪の山賊女の部下、ガタイの良いかたさステータス重視の山賊男が3人腕を組み並ぶ。初戦闘後に俺がノリで躾けた「ホイ」と鳴く変わった山賊も一匹いる。


 そして、例の面接部屋で俺に啖呵をきったあの切れ長目のガキんちょも。どうやら世話焼きのメイドたちに良さげな服を見繕ってもらったようだ。それに腰には、【おさがりの鉄色のプレゼント】も携えている。


 さらに、赤毛のポニーテール。さっきジジイから引き取ってしまった鍛冶師見習いのノゾミィ・ノームだ。魔剣完成までの付き合いというツンデレな条件付きで同行してくれることになった。


 あとはよく分からない、妙齢のオレンジさんを一応の……序盤の壁役として招いた。使えるとこまで使うよていだ。


 それとベヌレの街にもともと潜伏していたメイド兵たちの一部が王子の旅団に合流することになった。


 ────増員は以上だ。


 正直仲間にスカウトできそうな追加キャラが多くて悩んだが、そこはステータスと将来性と俺の独断で、この街の選りすぐりにしたつもりだ。


「ちょっとどうなってんのよ! カール! 山賊になんでこのオレンジまでついてきてんの!!」


 増員したメンバーにさっそくツッコミが入った。視界に映る牧草色の緑もじゃ髪といえば、クピン・シープル。カール王子の人選が不満のようだ。


「あ、あたし戦闘は……そんなに自信ないから困るんだけど……ラットの1匹ぐらいならなんとか狩ったことはあるけど……?」

「……俺は旅団に入れればあとはなんでもいい……魔物が出たら【コイツ】で殺す」

「久しぶりだねぇ田舎くさい緑もじゃ魔法師ちゃん。アタシのナイフで受けた傷でも舐めて慰めてやろうかい?」

「ふっふーん! 緑もじゃこ、あなたもここにいたのね♡このオレンジ系以下省略イヨ・ポン! 王子様のおめがねにかなったの♡」


「一斉にごちゃごちゃうるさいちょっとだまってて!!!」


 さっそく仲間割れかそれともじゃれ合いか。クピンは困惑するとボリュームをあげて叫ぶくせがあるらしい。さすが羊飼いの娘、新入りの別の群れの羊たちへのご挨拶と威圧に熱心だ。


「まぁいいじゃねぇか。魔物狩りをするんだ」


「知ってるわよ! そんな当たり前のこと!」


「失礼ながらクピン様。この近辺より強力な魔物の群れを相手どるときに、壁や矢になる数があって害はありません。ターゲットが分散すればアモン様の剣も自由な攻め時が増えるというものです。もちろん群れが肥えるとその分今までのような機動力や柔軟性を取るのは難しくなるものですが、カール王子の人選は必要最小限であり現在の旅団の足りない役割を補う堅牢さと援護力その他のオンリーワンの特技重視の理にかなったものです。それにここに寄ったのも元々旅で消費する当面の物資の補給と、メイヂの地に眠る才ある人員のスカウトが目的でしたので、ここまでは予定通りです。先日の山賊狩りで街の住人にも歓迎され、カール王子の旅団への入団志望者数は予想よりも多く、されど私がコーヒーを飲んでいる時間ができるほどに、カール王子にはリスト立てた全員と面接をしてもらい、自分の職務をまっとうしていただけました。この短期間の滞在でこれ以上の人選は、この街のポテンシャル的には難しいものだと存じ上げます」


「てこった」


「ぬぬぬ……」


 カール王子は、側近で旅団のブレイン役を現在務めてくれているメイド長クロウ・フライハイトから、お墨付きの良い援護射撃をもらった。


 さっきまで俺に甘噛みしてきていたクピン様が、借りてきた犬のように大人しくしている。


「それにきいたこともねぇ山賊団を倒したぐらいじゃ、自国(いえ)に帰ってもたいした成果にはならねぇ。ナ?」


「言ってくれるねぇ? フッフ」


「はい。このままメイヂ国へと帰還しても国王のご性格から鑑みて、満足な評価が下るにいたるには厳しいものと存じ上げます」


「ごめん遅くなったカール! もうみんな集まってたか! あ、タオルありがとうメイル」


「おいもしかして、今までせこせこ外で慣らしてたのかアモン?」


「あぁ? そうだぞカール! あはは! 少しは【ハガー】も手になついてきたみたいでさ? あははは」


「ハッ、これからみんなでお出かけってのに自由なガキなこった。ちゃんとしょんべんいっとけよ?」


「ちょっとそんなのここで言わなくていいの! って『どこに行く』とかまだ全然わたし聞いてないんだけど??」


 そう言えば誰にも言っていない。やはり次に目指すは────


「まずはクロウの情報を耳に入れとくか」


「ってなにも決めてないの馬鹿ール……!? はぁ……あんたってねぇ……」


「やはり大きな手柄をあげるとなれば、勇大陸と魔大陸、その鏡界(きょうかい)に近付くほどいいものですが。カール王子が保有する現戦力では、いささか──じっくり行きたいものです。ここより東の街スルールには、ラットのよく出る洞窟がその近辺にあるといいます、かの太陽の勇者も修行した由緒あるスポットとの噂です。南下していけば原大陸に近い街サウスダインに着きます。そのさらに南には大森林があり、魔物討伐の依頼が今も絶えないようです。今の戦力で向かえば、きっとスムーズに歓迎をされることでしょう」


「ふむ……なるほどな」


「今なるほどになられても困るんだけど…」


「太陽の勇者の修行スポット? ちょっと気になるな、あはは」


 要は東でレベル上げか、南で名声稼ぎかの二択をご丁寧に提示してくれたわけだ。ここは原作と一緒、その選択の自由度に感動した経験がよみがえってくるな。


 といってクールに悩んでいる素振りをしているが、実は既に行き先は決めてある。


 最短で向かいたい場所それは──。魔を祓った太陽の勇者の従者である6人の英雄、水波の魔法剣士トリトン・ウェブルが勇大陸に建立した国だ。


「よし決めた、西方にある波の国ウェブルにご挨拶にいくぞ」


「──波の国へ? ……カール王子?」


 クロウはポーカーフェイスで驚く。彼女が提案した東でも南でもない、仕える王子が選んだのは西。


 説明をするために机に広げていた勇大陸メイヂ国周辺の地図が、自ずと丸まっていく──。クロウは元に丸まった地図を両手をつかいもう一度伸ばし広げた。


「なぁに仲が悪いわけでもあるまい。馬鹿正直に魔物を狩るだけが、ポイント稼ぎの近道じゃねぇぜ」


「あはは、波の国か!! おどろいた、いいねカール! 任せてくれ現れるどんな敵でもこの【ハガー】でッ、──やるぞッッ!!」


 アモンが汗をふいていた白いタオルを天に投げ上げると、そばに居たメイド兵がそのタオルを花嫁ブーケばりにありがたそうにキャッチする。


 いつもの剣舞グセを発動し踊り始めた男がいる。その単純明快な脳筋思考はとても頼りになるが、反面危なっかしくもある。


「戦争しにいくわけじゃねぇよ早まんなよアモン、はは」


「カール!? もうメイヂを出るの!? 最初の『のらりくらり』って、わたしたちに言ってたのと話が違うじゃない???」


「ばーか、のんびりしてると同じ考えに至るヤツが出るかもしんねぇだろうが。おとなしく競い走る群れを出し抜く、その最初の一匹になるんだよ羊飼い。頭を柔軟に使えよ、他国の手をかりちゃいけねぇなんてルールは──国王(だれ)も言ってねぇ、ははははは」


「はぁぁ?? 脱線の脱走じゃない!! そんなのッッ……えええ!??」


 案の定ツッコんでくれたクピンにさりげなくヒントを出してあげるも、まだ自国の庭を出るという大胆な進路変更を飲み込めない様子だ。


「波の国、お爺ちゃんも昔仕事で訪れたことがあるって……お、おもしろそう……」


 概ねノリ気、行き先に対する理解度はそれぞれながらも、王子の決めた方針(ノリ)に反対するものはそこまで見受けられない。仲間になった山賊どもも馬鹿にみたいに笑ってやがる、ツボだったのだろう。


「「さていん王子ぃー、せなかをかせ、波乗りー、すぃー」」


「なにやってやがっっ……俺は王ヂだぞ?? ──って、どっかでみたなこれ? はは」


 突然駆け寄ってきたギムホナ双子姉妹が、俺の背中に乗りこみながら、両手を翼のように広げ、俺というでかい波に乗っている。果たして威厳があるのか、それともないのか分からない、茶髪の王子のもとへと賑やかな声と様々な視線が集まっていく────。


 俺たちカール王子の旅団は、五日間世話になったこのベヌレの街から、地元メイヂ国領のお隣さん《波の国ウェブル》へと進路を決めた。今より、はるか西を目指して旅立つことになった。









 日の当たる街道をゆくと旗が掲げられる、王子の背、その緑のマントと同じ紋様の旗が。


 立ち並ぶ家の窓から窓に吊るされた洗濯ものにも、メイヂ王家の第九王子のその旗が。


 お辞儀をするこの街の長の姿も、アモンに花を手渡すあの少女の姿も、俺が倒してきたライバルデジラーたちも、酒場のテラス席からカードの紙吹雪を幾度も舞い上げ祝福してくれている。


 仲間にした山賊たちがその手を振りかえすのはどうかと思うが。


 そろぞろと列を成し連れ歩き、名残惜しくも街の西門へとたどりついた俺たちは、滞在したベヌレの街の住人たちにあたたかく見送られながら西方へと発った──。







 馬車は二つ、メイヂ馬を二頭ずつ繋ぎ引かせて。馬車の御者はメイド兵と羊飼いのクピンがやってくれている。馬車に乗りきらない者たちは、左右に配置しメイヂ馬にまたがり索敵役を担わせた。



▽クピン・シープルの馬車内▽にて


 馬車はあまり揺れない。尻が痛むのを嫌がった以前のカール王子が、自分の馬車には金を惜しみなくかけたからだ。馬車のドライバーにクピンを指定していたのも彼女が一番動物の上手いからだろう。自分の快適さが上がるならば、多少従者にうるさく噛みつかれてもカール王子は平気らしい。


「ねぇカール、本当にこのさきに洞窟なんてあんのー?」


「あ? あるだろ?」


「だから根拠はナニ!! 洞窟なら東にあるってメイド長がわざわざ丁寧に言ってたのになんで西なのよ! あまのじゃくしてないで今からでも東に行けばいいじゃない!」


「あぁ? あぁー、あの太陽の勇者の修行スポットとかいうのか? そんなの信用ならねぇだろ」


「あんたと勇者なら勇者の噂の方をまだ微妙に信じたいんだけど……」


「ハッ。勇大陸に英雄の子孫の王子はいても、もう勇者はいねぇけどな」


「それはそうだけど……」


「それにそんな噂を鵜のみにする連中で混んでたらうざってぇだろ。こっちのアトラクションの方がすいてやがる。それこそお前が前に愚痴ってたご所望の、のらりくらりの旅だ」


「混んでたらって……遊園地じゃないでしょ……はぁーあ、って、のらりくらりはあんたが言ってたやつだし!」


 遊園地を知っているこのセカイの羊飼いはどうなのかとは思うが。このまま一直線に西に行くより、西に向かいながら……。カール王子の掲げた、のらりくらりの方針はあながち間違いじゃないな。同調したいぜ、一介のプレイヤーとしてはな。


『洞窟鼠のにほいーーーーーー!!! ホイがみつけたホイご主人様ぁ!!!』


「じゃ、よろしく」


「なんでぇーーーーー!!!」


 馬車を2つ並べ丘沿いの道を進んでいた俺たちは、鼻のきく元山賊の従者が先導し誘う道に進路を変え、ついていくことにした。





▽キングラットの洞窟▽にて


 『元山賊に預けるのこわいんだけど…』そう呟きながら、クピンは不安そうに馬車に繋がれていたメイヂ馬の首元を撫でた。


 俺たちはなだらかな平原に馬車を停め、ガタイのいい元山賊の部下たちとメイド兵たちに馬を預けた。そしてさっそく、小高い丘を乗り越えた先にあった秘された洞窟の中へと乗り込んだ。


 薄暗い洞窟の中はメイド兵長のクロウが魔法のランタンで照らし視界を確保している。


 俺たちは岩肌の通路に時折現れる大鼠を処理しながら────またも鼠と、でくわした。


 進んでいた細っこい道から開けたエリアへと。まるで鼠の遊園地へとご招待された気分だ。カラフルにぎやかな毛色で群れる鼠系魔物の大群に、俺たちはそれぞれの武器を構えた。


「がんっ、歯みがき」

「ぱんっ、しないと虫歯」

「【チョコボール】! 寝る前にはがまん!」


 不意に隔てるように現れたギムの魔盾が噛みついてきた齧歯類の前歯を砕き、ホナの魔銃がはなった魔弾とチョコの発練した魔法チョコボール×2が、寄る鼠たちを盾役の後ろから容赦なく撃ち抜く。


 ギム、ホナ、チョコ、このトリオユニットはいつ仲が良くなったのか、俺の一度教え込んでいた連携をすすんでとるようになった。おそらく例のライトニングビートル戦で、この戦法で魔物を倒すことに自信がついたのだろう。一番言うことを聞かなそうなヤツらが今そろって知らずか王子の言うことを聞いている。なかなか可笑しなことだ。


 俺はいつも通り、やっと修理され戻ってきた白い相棒を投げつけた。腕の端からAPを丹念に注いだ【パワーブーメ】で、雑魚をまとめて薙ぎ倒していく。


 しかしエンカウントした鼠の強さはまちまち、俺の投げ放ったブーメランを生意気にも縄跳びのように遊んで避けた元気なヤツらがいる。


 そして、前方に跳ねた勢いのまま、俺に襲い掛かろうとした鼠は──その腹と頭に次々にナイフが突き刺ささり、地に転び落ち沈黙した。


「小鼠ごときを撃ち漏らすたぁ、まだまだ世話のかかる坊やだねぇフッフ」


 振り返ると銀髪をかきあげ、ニヤついている。新戦力のオリーブ(元山賊頭)が、俺が撃ち漏らした鼠をなかなかの投げナイフ精度で射抜き倒してしまった。


「あぁ、これからもじゃんじゃん漏らすからケツフキは遅れるなよ、俺の機嫌が悪くなる」


「女にケツ拭かせるのが趣味たぁ、さすがぼんぼん王子だねぇフッフ」


 カール王子は無茶はできない。王子らしくミスしたら悠然と能力のある従者に丸投げするのが一番だ。


 こんな風にな。


 俺たちが人を襲う大鼠、総称メイヂラットたちと戯れている間──。俺たちが今まで戯れていた魔物を大鼠と呼んではいけない、それほどの大きさを誇る。一際デカい、一匹の鼠の影と踊っていた勇者がいた。


「おーーーい、何が出ても任せろってすかしたアレ、今なら撤回してもいいぞアモン」


「あはは、カール? あいにくコレっ、譲りたくはないッッ──のかもな!!!」


 地を踏み締め高く飛び上がった緑髪の勇者は、鼠の鼻先を切り裂いた。そして今聴こえたカール王子の茶々入れに振り向き、また前を向いた。


 自分のカラダを優にこす、巨躯を怒らせ地団駄を踏んだ鼠系魔物の王様【キングラット】。その巨大な脅威を相手にも、譲る気はないらしい。


 ほんのちょっと背伸びして侵入した西の洞窟で、鼠の群れを倒し経験値を稼ぐ。


 キングラットの1匹や2匹出てきても、カール王子の旅団にはコイツがいるから張り合える。キングを堂々と正面から後ずさりさせるその剣の鋭さに、もはやその肥えた裸の大鼠の姿も、美味しい美味しい経験値の塊に見えてきた。


 あたらしい相棒、鋼の剣の冷たい刃に煌めく緑が映る。剣士アモン・シープルのその横顔は、真剣に笑っていた。









「前でんなよ、弱いし」


「なっ!? うっ…どうも…ありが…と」


 赤毛の娘を襲った鼠の腹を突き刺した。その鉄剣の今の持ち主は、例のガキ、名前はユウ。


 俺たちの戦い様に興味あり気だった鍛冶師見習いのノゾミィ。ユウをその娘の専属護衛へと俺がついさっき任命したところだ。なにしろ、『こき使うけど? 望むところだ!』と事前にお熱い了承を得ているものだから雇用条件に問題はない。ノゾミィの鍛冶師としての経験と、ガキの従順さの経験を、ついでに洞窟内に同行させ一緒に効率よく稼ぐことにした。


「つかまえろ【アクアウルフ】!」


 発練した魔法【アクアウルフ】が動きの遅い小鼠を、次から次へとすばやく地を駆けながらかっさらっていく。


 やはり魔法は偉大だ、王子のブーメ(ブーメラン)よりも殲滅力も威力も数段高いだろう。


 しかもこれは意志を持つ特異な魔法だ。水狼がとって来た鼠の獲物を咥えて、しっぽをふりふり、水飛沫をまき散らしながら猫のように飼い主にアピールしてやがる。


「注意散漫♡もじゃこ」


「ぬぬぬ……!」


 尻尾を振る水狼にもう一度熱心に指示を出していたクピンに、突然、新手の鼠が飛び出し彼女の横腹に襲いかかった。


 しかし、オレンジの皮を模した小盾のバックラーがその鼠の攻撃を阻む。同時に小盾で前のめりの鼠の動きと勢いをいなし、流れるような体捌きで右のバグナウで鋭く殴りつける。クピンを襲った新手の鼠を手際よく返り討ちにした。


 ──見ていた動きは悪くはない。オレンジ帽、オレンジ盾、爪装備のバグナウ、そしてお姉さん属性の組み合わせの由来は未だに謎が深まるが、戦士役としては機能している。


 王子権限を用い、実験として──。何かと狙われがちで心配な魔法師のクピンの護衛に、ベヌレの街でスカウトした新戦力の女を側につけてみたが。


 まぁ……お互い渋いにらめっこを繰り広げているが……能力値補完的には、悪くはないんじゃないか?(決してありがとうは言わない『ぬぬぬ……!』羊飼いスタイル)


 それとそいつの名前は、たしか……


「イヨ……ポン!!!」

「そうそう、そんな感じのヤケクソだ」

「ふぅーんそれほどでもぉ♡ってゴラァ!!! だれがヤケのクソよぉ!!!」


 俺が記憶するかぎりゲスト参戦するような関連作品は思いつかない。開発者がどうしても捻じ込みたかった趣味枠だとは、なんとなく理解できる。あーーーーわかったぞ! さては──ボツキャラか? 原魔勇リメイク構想、その20年ごしの。


「だれが20過ぎのボツですかい!!! ハァハァこのペースだと戦闘よりべしゃりの方が先に息ぎ……って、あ──!???」


 影が辺りを覆いだす。口をギャグマンガの一コマのように大きくひらいたイヨ・ポンが、不遜にも王子に対して指を差す……。


 戦況をゆったり俯瞰していた俺を、突如襲い覆ったのは──巨大鼠の飛翔した姿、そのとてもおおきな影。


「ちょと何突っ立ってんのカール!!」

「わわわわ、ねぇねぇやばいんじゃない!??」

「ててててて王子様!? べしゃってたら、たまのこしがっ、ぺしゃんこのッ、ボツにっッ!? これってこれってぇ、ワタシのせいじゃせいじゃ…どわーーーゴラァーーー死んでも避けろーーー王子ィィ!!!」

「おい! クソ王子! こっちだ余裕こいてねぇで走れ!!」

「フッフ」

「「ちょーさていん、とぶ、ぎゅん」」

「アモン様──」


 王子を襲うその未曾有の危機に立ち向かう、飛び向かうは──



「【回ァ転斬り】!!!」



 小さい、強大な、最強の影。


 宙で体をねじり回転しながら勇み放ったその剣そのイチゲキは、下方から繰り出した刃で縦斜めに、肥えた鼠の大腹を斬り裂いた。


 超重量級の怪物が、目の前を掠め飛んだ一匹の燕に吹き飛ばされた。そう見紛うほどの信じられない光景(シーン)に、各々は息を呑む。


 …………やがて舞い落ちた激しい音が、洞窟内の地をおおきく揺らした。


 突っ立ち悠然と天を見上げていた、そんなカール王子に、八つ当たりのジャンピングプレスを仕掛けたキングラット。その魔物がとった愚かな行動、見せてしまった愚かな隙。従者で剣士のアモンがその剥き出した鋼剣で、王子に向かった魔物の巨体ごと鮮やかに薙ぎ払った。


 あり得ない膂力、ありふれたシンプルな技で、あり得ない剣を魅せた。


 太った腹を天に向け〝木〟の字に伏せ、──動かない巨大鼠。


 ひらひらとマントを靡かせ舞い降りた──緑髪の剣士が王子(ヤツ)の気配と視線に振り返る。


 目の合った若き勇ましい剣士の姿に、茶髪の王子は不敵なスマイルで応える。そして手の甲を地面側に捻り、左の指をクールな仕草で鳴らした。


 その威力に、その剣に、巨躯が崩れ落ち洞窟内に吹き抜けた突風に、唖然とする……カール王子の旅団の誰もが、敵対していた王鼠の群れたちまでも。



「「おぉー、ぎゅんからぁ~~っ、きゅん♡」」

「ひゅー、規格外のそよ風だねぇ♡」

「なにこのフレッシュな……王子様と剣士様? の、ソウッッ信頼!! ふぅ……あっつ♡♡」

「『♡』じゃないわよ……!! ほんと……馬鹿モンと馬鹿ールなんだから……ッ」



「これが……剣」

「……?」


 湧き上がる女子たちの黄色い歓声や、向けられる熱い眼差し。その輪の外で、やがて握りしめていた借り物の鉄剣をみつめた、少年の静かな驚き。


 そしてその見知らぬ少年の横顔、顧客である剣士様の横顔、どちらもを目の当たりにした鍛冶師の娘。


 俺たちは乗り込んだベヌレの街西の洞窟で、巨敵キングラットを倒すことに成功した。序盤にしては実りとスリルある濃厚な経験を積みながら────








 天にヘソを向けていたキングラットは、光の粒と弾けて、消えていった。


 やがて巨体は浄化され、一枚のタロットをそこに残して──。


「お前のものだ。のこさず貰っておけよ、そいつも貰ってほしいみたいだぞ」


「あぁ。カール」


 【タロット】それは成長アイテム。使うと何らかのステータスが僅かながら上昇するありがたいものだ。


 ぽっと、道端や他人の家のなかに落ちていたり、こういうボス級の魔物を倒すとたまにドロップする。


 このタロットがどこから湧き、いったい何であるのか、使い所にプレイヤーたちの頭を悩ませるただのレアアイテムであるのか。議論はあったが、ファンブックで明かされたのは、それが循環する強大なチカラの欠片だという設定だけだ。リアルにVR化された今もその設定は、────どうやらそういうことらしい。


 俺に向かい頷いたアモンは、さっそく赤いタロットに触れそれを使った。タロットはアモンの手のひらの上で馴染むように、やがて綿雪のように溶けてなくなった。


「カールなんか俺────まだまだつよくなりたいみたいだ」


 何かをゆっくり握りしめながら、アモンはまた俺の面に向かいそう言った。


「ふっ。そう思ってんのお前だけじゃねぇぞ」


「ぼくも……ダメかな?」


「ダメだ。お前の出番……今日はもうねぇから!」


「「ここからでるな、ちょーさていん」」


「あはは……こまった」


 双子姉妹が木の棒で地に円を描き、緑髪の剣士のまわりを囲う。


 鞘に手を置いていたアモンは、握りしめようとしたその手を大人しく開き、困り顔のまま笑った。







 キングラットを倒したアモンの出番はない。残りの俺たちは、加減を知らない天才剣士に休養を与え、残りの鼠系魔物たちを手分けして殲滅していった。


「あとはお姉さんにまかせてぇい!!! これで10体目、桁違いのおてがらもらったーーーー!!!」


「ちょっと待って待って待ってオレンジ!!!」


「うおおおお一度走り出したこのイヨポンが、待てるか!! 早い者勝ちフレぇぇシュ!!!」


「待って待って待って……だからっ、待てや!!!」


「フレぇぇぇ──ひゅっ!!? ごべぇーーーー!!? 痛たたた……ゴラァ!!! 馬鹿もじゃこっ、ナニしてんだ!!!」


 装備したバグナウの爪を剥き出し光らせる。獲物に向かい真っ直ぐと走り出したイヨポンが、勢いよく走る前方にずっこけた。


 地を這った水の紐に足を取られた。イヨポンはまさかの味方と思っていた緑髪の魔法師から攻撃を受けてしまう。足を引っ張られたイヨポンは、うつ伏せの姿勢から地面にへこんだ顔面を即座に上げ、怒った。


 だが──


「このこ、敵意がない」


「はぁ? 敵意? って魔物をアンタあぶな……」


 鼻先に土をつけたイヨポンが見たクピンの背はかがみ、鼠の魔物にじぶんの手の甲をさしだし、嗅がせている。


 俺がいま見ているのは──緑もじゃ髪の少女の横顔と、星型の白い腹模様が珍しい灰色の魔物のすがた。


 〝スターラット〟そのレア魔物は出会えたら超ラッキーレベルの鼠系魔物。なおかつ敵意がない個体ともなると、それはもう……途方もない確率。それを見抜ける才能が居合わせている状況も、そろわなければならない。


 魔物を仲間にできるシステムは、昔のGAME原魔勇にもひそかに存在していた。ごくごく低確率がゆえに、結局仲間にできずに知らぬうちに旅を終えてしまう者もでてしまう始末だ。


 しかし、そんなプレイヤーが勘定する野暮なゲーム上の確率計算というよりは……。


 羊飼いのアイデンティティを持つ彼女が、もっと彼女らしく活躍できるように新たに用意された特殊イベント? それともただの偶然、時の運で引き当てた運命か?


「クピンにはかなわないな、あはは」


 丸い線の内で、素振りをしていた剣を鞘にしまった──手を止めたアモンはその光景を見て笑っている。


 静まり返る洞窟内で、魔法師のクピン・シープルがスターラットと心を通わす。


 そんな一人と一匹が織りなす特異な光景を静かに見入り見守る。


 頭でする意味のない確率の計算など、とうに辞めた。一介のプレイヤーは、目元からひそかに流れ出たその汗を拭った。

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