GAME22
《カール派?》
平原の果てへと流れる川の支流のように分かれた。勇敢な者たちと、そうでない者たち。
「王子ぃ~は、ホナをすてた、つまりぃ~ギム派」
「ませてんじゃねぇよ。こんなものは一人で十分ってこった」
双子の片割れ、いつも通りの平坦な声で勝ち誇る、大盾を背負ったギム。近寄って来たそのちんまい頭をワシワシと撫でながら、俺は軽くあしらった。
同じような双子キャラなど、手元には一人いれば十分である。
「わたしは潜入向きじゃない?」
「引越し先に飾るには、そうだろうな」
その背丈だけみれば、旅団員の中では一番だろう。自らを指差し問うほどに、傭兵アオ・ニオールが潜入向きでないのは明らかだ。
「今回はさすがに一人の魔法師の仕事じゃないっていうか……入ったばっかりで焚き付けたような事を言っちゃったのは、申し訳はないけど……」
「有名人の王子の仕事でもねぇ、気にするなあんなヤツらのことは」
新入り魔法師のイエロー・シャインハットは、カール派。カール派は歓迎、もちろん丁寧にもてなす。
歯について魔術的知識をひけらかしただけだ、それを気にする必要はない。どのみちあの緑髪の男は、そこに考えが至ったろう。気づくのが多少遅いか、早いかの違いだ。
「ウェブルの武器は興味なんだけど……わたしはこっちが仕事だから、不満なら直すし……」
「ま、アフターサービスは当然だよな」
鍛冶師ノゾミィ・ノーム。戦闘力は低いが、やって貰わなければいけない仕事がある。当然こちらに残らなければ、俺はその首根っこをつかまえてでも怒っていたろう。
なんて、冗談じゃないぞ? 獲物を仕留める得物がないことには、俺のゲームは始まらないんだ。
「で、なんでお前が来てんだ」
「あんたがほっぽりださないか見てんのォ!!」
俺が振り返ると、果物ナイフを片手に怒鳴る緑髪がいる。ペットのスターラットとギムに切り分けたフルーツの餌をやりながら、同時に王子のことを監視している。
とても器用なことをしている。魔法師としてレベルが高いことにも、頷ける。
「そりゃ助かる」
俺は小さく切り分けられたアップルパインを皿から一つ摘み、いただく。とても冷たくて甘酸っぱい味が口内に広がった。
そして、微妙な顔を浮かべ睨むクピンのことを見ながら──
「じゃあ行くか」
そう、川のそばに立ち止まっていた皆に聞こえるような声で言った。
「ちょっと行くってどこに?? だいたい賊を追うなんて手がかりが何もないじゃない。いっ、意地になってないで今からでも……そうッ、合流したら?」
目の前にいたクピンが、もっともな事と、あり得ない事を並べて言い出した。
南の賊を追う手がかりなど最初からない。最初からあまり期待はしていなかった、東の関所を抜け出す体のいい理由付けの一つにすぎない。
「手土産に決まってんだろ。手がかりなら、────ここにある」
俺は、自分の頭を指差した。手土産のありかは、そこにある。埃をかぶった記憶の中に。
「はぁ!? ちょ、ちょっと!!」
手土産ゼロで立ち止まっている暇はない。ウェブル国へと潜入することをやめた居残り組の俺たちは、南西へと移動を開始した。
《ミゾレ色の洞窟で──》
水たまりを打つ足音が重なり、鉄の音が止み静まり返る。青と石色の鍾乳洞内に反響する戦の音が、尖った石槍の天から冷たい水滴を揺らし滴らせる。
賊どもが迷い侵入したその天然の洞窟は、既に行き止まりである。
「クッソはなせ!!」
「ガミガミ動くんじゃないさ口の悪い坊や、射抜くよ?」
鏃がバチバチと音を立て、暴れようとした男生徒の頬を舌まで痺れさせた。
魔法の雷の矢が、構えた弓から汚い口穴に向かい狙いを定めつづけている。
雷弓騎士アウロラが、尻餅を着く若い雄の悔しそうな表情を見て、嗤った。
「泣くぐらいなら来るんじゃないぜ。原大陸のひよわちゃん、かわいいな?」
頭を掴みながら撫でる。冷たいガントレットごしのゴツゴツとした感触が、敗北感を超えた底知れぬ恐怖と後悔を揺すりかき混ぜてゆく。
槍球騎士ナットゥが、泣き顔の女生徒の髪をぐしゃぐしゃに整え慰めた。
抵抗する者もいる。泣き出した者もいる。しかしもう遅い。十人の緑鎧の騎士たちに武器を取り上げられ、神都トネリコ勇者学校の生徒たちは制圧された。
関所の駐屯兵とは明らかに練度が違う。鉢合わせた緑の鎧の騎士たちは、半人前の生徒たちではかなわない実力者揃いだ。
一人まだ捕まらずにいたブラン教官は、制圧された生徒たちと緑の鎧衆の頭上に点数を付けながら、ブーツのかかとを整え微笑った。
「フッ、少しは手応えのありそうなヤツらが来たか」
「こんな場所にお逃げになられて、まだそのセリフぅ? あはははは。なんだっけ〝ごーゆー直進〟? せんせーのご機嫌な臍、曲げさせちゃったぁ?」
アウロラは寝転んだ男生徒の脇、股の間の地を矢で射抜きながら〝せんせー〟を挑発した。
「チビ助たちの課外授業はもう終わりみたいだぞぉー。おーい、大人しく投降するか? 格好だけは派手な、せーんせ? ま、こんなことになったんだ。かっこつけた手前、今更恥ずかしいのは分かるがな」
ナットゥは、撫でていた女生徒の泣きべそ面を黒髪の先生へと強引に向けさせた。
「そう口達者なのは、己の恐怖と弱さを隠すためとでも習ったからか、三下ども?」
「あはは状況わかってんのー? その言葉、そっくりそのままだぜ? 一匹狼、いや迷子の子犬、今のあんたのな?」
ナットゥは返ってきた減らず口に笑った。一人で強がっているのは先生、お前の方だと。
「これナットゥ、アウロラ、無駄話はやめろ」
「いいじゃないかオヤジ、あぁいう傲慢で豪胆なオンナ嫌いじゃないぜ?」
「そうよパパ上、退屈しのぎの玩具じゃない? ハキハキ喋る的なんてめっずらしぃ?」
ナットゥとアウロラがブランの挑発を買っている間に後ろから堂々と現れた、もう一人の騎士。体格の一回り、いや二回りは大きい騎士が悩んだ仕草で、ブランに向かい告げた。
「……やれやれ。しかし困ったのぉー? これでは帰ったころには、姫様の誕生日パーティーに間に合わん。そこで提案なのじゃが、これよりワシは、一切そなたに手を出さん。逃げるなら逃げてもかまわんぞ? ──坊や?」
「フッ、威勢と見てくれだけは中々いい御老公様だ」
明らかに雰囲気が違う。豊かに蓄えられた白髪の髭騎士は、なんと武器にしていた槍をいきなり地に捨て放棄した。前方に投げられたその大槍が、どすりと音を立てた。ブランの立つブーツ底の地を揺らすほどの、とてつもない重量感だ。
なんとも大胆な武装放棄をした老騎士に、ブランは動じずに再び挑発の言動をつづけた。
「はぁお前、六刃将のグリーン・ガレットシーって名を耳にしたことはねぇのか? なるほど原大陸人は、戦をろくにしないから目ん玉と見識が狭いのか? ははは、今お前が強がっている相手、──その六刃将様の一人だぜ?」
「まるで井の中の潰れた蛙さんね! マ、これから泣きべそかいて知ることになっちゃうんだけど、思い知るってやつ? あははは」
ウェブル国六刃将、グリーン・ガレットシーのその名を知らない者は国内に存在しない。ナットゥとアウロラは、強がりを通り越してつづける異国の原大陸人の女を嘲笑った。
しかし、ずらずらと並べられた取り巻き騎士の説明御託を、その女は鼻で笑い。笑い飛ばした。
「フッ……フハハハハハッ、貴様らこそ、私を誰か知らないのか? 【蛮勇愚鈍】……どちらか当ててみろ。ブラン・ブラッキン教官、私の名だ。これから雁首揃えた貴様らを、纏めて教育する、──ナッ!!」
黒髪の女の手元に垂れ下がっていた銀の煌めきが、ユラリ──ターゲットに銃口を向け、魔気を孕んだ唸りを上げた。
「【旋風鬼】──ッ!! うひょー、まさかオヤジに向かって撃ってきた! コイツ頭のネジがついに弾けトんだか!」
「でもこういうお高くとまった気の強いヤツ、ボロボロに跪かせたら、おもしろいじゃない! 【ボルティックアロー】!!」
ナットゥはその急ぎ回転させた風の槍で、どっしりと突っ立つ無防備な体勢のグリーン将軍、その臍に向けて放たれた凶弾を阻んだ。
アウロラは、弓から雷属性の魔法の矢をすかさずに放った。油断なくお返しした矢が精度よく、飛び跳ね消えたブランの足元に突き刺さる。新品の泥まみれのブーツを掠め焦がした。
鍾乳洞内に勃発したのは、追い詰められた教官と追いかけた騎士の小競り合い。奇しくも重なり合った大きな自信とプライドが、狂気と魔力をその各々の武器に込めて────
《王都ウェブル潜入調査》
ウェブル王都内に入城することを拒んだ第九王子カール・ロビンゾンの元を離れた別働部隊アモン・シープルの一行は、ウェブル王都の区域外に独立して存在するシオノミの街に辿り着いた。
「クロウメイド長! こちらです」
メイヂ国が既に他国に送っていたメイドたちがその街に滞在していた。二人の名は、ミオとガリア。メイド業とは別に、深く掘った井戸が汲み上げた街の塩水を、平釜で煮詰めた自前の塩製造業を生業としていた。
「実はうちの高級塩が急遽追加で水武祭で出す料理用に必要になったので、手配してくれとのことで」
「ミオ、ガリアとても助かります。ではここで馬車の荷を整理し、メイヂ馬は休ませ、駅舎でレンタルしたウェブルの替え馬を使いましょう」
メイド長のクロウは、塩工場に案内してくれたミオとガリアに礼を言い、塩の出来栄えを確認すると、さっそく部下たちに指示を出した。
馬車の積荷を下し、瓶や袋に入れた高級塩の品々をかわりに搬入する。馬車に繋がれたメイヂ馬も、ウェブル馬と入れ替える入念な手筈を取った。
待機していたアモンとユウは、ミオとガリアから受け取った薄茶色のバンダナを頭に結んだ。
アモンは無言でより一層気合いを込めるように、それを硬く結んでいた。
「あっさりと城壁を通れたな……王子の読み違いかよ」
「内部に上手く潜り込めば、警戒は外より案外薄いものです。人ならばなおさら魔物とは警戒の種類が違うものです」
ユウが今誰かの皮肉を言うように、城壁の西門を抜けてウェブル王都内にあっさりと潜入することに成功した。
ウェブル領に住まう塩・スパイス商に扮した格好をしたアモン・シープルらの馬車は、ミオとガリアが門番の男に愛嬌を振りまきながら、無事に検問を突破した。
クロウは今は遠くにいる王子のことを擁護はしない。ただ、あっさりと入れた理由を独自の視点から説明を加えた。
「入れたはいいけど、どうする」
馬車の荷台に揺られながらアモンが神妙な表情で問うた。すると対面にいたヴァガナス駐屯兵が口を開き答えた。
「水武祭で慌ただしい今ならアクアゲートを抜けて王域のセントラルパレスにも上手く入れると思う。橋より水路を使った方が警備が薄い、積載された物資を優先して確認してくれると思うから船を借りよう。僕に船大工の知り合いがいる、そこまで案内させてくれ」
「確かにこの水武祭の機会以外では入れなさそうですね。では王域のセントラルパレスへと物資を届けに向かう者と、ここ第二関門のアクアゲートの外、円環区域でここ最近のジル姫様の動向についての情報を集める者と別れましょう」
ヴァガナスの論じた上手い具合の提案に、クロウは頷いた。このまだ始まる前の水武祭の賑わいに紛れて、もっとウェブル国内の深くに潜入し、ジル姫様の動向を探ることにした。
メイヂから持ち込んだ珍しいスパイスもたくさん積んだ塩・スパイス商として、馬車で進む西円環区域の舗装路から、先ずは水路を使うためヴァガナスの案内で知り合いの船大工の居場所を目指した。
《そのオンナ、凶暴につき》
手元前方で槍を器用に回転させることで、槍を盾代わりにし防御に徹していた騎士ナットゥであったが、教官とは名ばかりの敵の放つ単調な銃撃の隙を見て、一気に前へと仕掛けだした。
「ははは、慣れた当たんねぇ! 終わりだ!」
銀の双銃から糸を引くように、機敏な体の横を走った一筋の閃光。敵の放った出力を高めた魔弾は、外れた。前に始動し突する獲物の息の根を止めようとしたのだろうが、一度、躱されてしまってはガンナーにとってそれは致命となりうる失敗だ。
勢いに乗った若騎士の槍が、そのまま捉えた黒髪の女の細身を突き上げようとしたその時──
その黒髪の女のポーカーフェイスに重なるように現れたのは、ナットゥがさっき見たような泣きべそだった。
「ナッ!?」
ブランが放ったのはただの魔弾ではない。銃口から持続した閃光は、粘り、たわみ、一本の魔法のチェーンとなり、遠くから引き寄せた女子生徒を盾代わりにした。
「どうした見惚れたか、ナラくれてやる!」
ブラン教官はさらに自分の身にぴったりと引き戻した女子生徒を、一瞬足を止めたナットゥへと向かい投げつけた。
「こいつ自分の生徒を、──うがっ!?」
「そんなに大事な人質なら処理しておくべきだったな、褒美だッ!!」
女子生徒の体を巻き取っていた魔法のチェーンは解ける。そしてなんと、彼女を受け止めたナットゥの身を自動的に捕縛した。
魔法のチェーンに身を縛られてしまったナットゥの額に、銀の銃口が冷たく煌めいた。
額の内にゾッとよぎった恐怖に、細い指をかけ引き絞られるトリガー。ブランは褒美だと言い、間近でニヤリと微笑んだ。そのまま銃を鈍器のように振り、ナットゥの顔面を強くぶった。さらにガラ空きになった腹を槍のように伸びる長い足で蹴りつけた。
「畜生ッコイツ!? うぅ……とまんねぇ……!!」
鼻っ柱を折られたか、ナットゥは右の穴から流血をつづける曲がった鼻を痛そうに摘み抑えた。
狡猾とも教官とも呼べない、己の生徒を盾にしたその女の酔狂な戦い方に、ナットゥは一本取られたとは認めたくはない。殴り蹴られた勢いで距離を取り下がり、低い姿勢で悪鬼のような黒髪の女を睨み返した。
「フム、教官を自負するだけはある、見せてもらったその腕中々のものじゃ。──どれ提案じゃが、この熱き決着は冷たい洞窟の中でつけるのはもったいない。今夜、王都で行われる水武祭の壇上でつけぬか? そなたの出場を六刃将のワシが推薦し、そなたの部下のことも……うむ、良きように取り計らおう。どうじゃ? 人には向き不向きがあるはずじゃ、少なくとも教官の職務はそなたには、うむ……1ミリも向いてなかろう? 一匹狼のような戦い方ではの? フフ」
部下ナットゥ、アウロラ、と敵方ブランの戦い様を見物していた六刃将グリーン・ガレットシーは、あらぬ提案を再び懲りずに掲げた。
どうやら六刃将グリーンはこの場でのその戦い決着を望んでいないようだ。もっと相応しい、ギャラリーの多い水武祭の壇上で仕切り直しをすることを提案した。六刃将の権限で、生徒たちの愚行も全て水に流すどころか、ここまで無礼暴虐の限りを尽くしたブラン・ブラッキンの力を認め水武祭への出場を推薦するという度量の深さを見せた。
これにはしばしブラン教官もその場に立ち止まり、銃口を地に下げながら考えた素振りをした。
「あぁ、それはいい提案だ。貴様の操る三下どもの教育には少し飽きてきた頃だ、私自身そろそろステップアップしたいと思っていたからな。──では譲り受けてやろう、その〝ロクバショウ〟なぞとふんぞりかえった間抜けな貴様の席をな!!」
銀の双銃がいきなり巨躯の老騎士を狙い撃った。乱れ飛ぶ魔弾が、間抜けに突っ立っていた緑の鎧を焼きつける。
「パパ上ッ、ソイツッ!! 調子に乗るな!!」
「単調なものだ、その身に刻み教えてやろう本物のブラン・ブラッキンを!!」
そうはさせまいと、弓騎士のアウロラが密かに練り上げつづけ放った雷の矢は、ブランが鞭代わりにしたチェーンに弾かれ、さらに蜜を吸うようにその青い魔力ごと吸収された。
待っていたとばかりに敵から放たれた雷のエネルギーを奪い、バチバチと雷音を唸らせる双銃から伸びたチェーンを両手に、ブラン・ブラッキンは駆けた。
乱射のお次は乱打。二つの鞭の連打がグリーン将軍の身を打つ、打つ、幾ら打ちつづけても止まらない。
狂気の笑い声を叫び上げながら、地獄の悪鬼の如き鞭打ちの刑が執行された。
新たに台頭する圧倒的な武力、カリスマ、才能、スベテを兼ね備えた若き教官から、痺れる怒涛のラッシュを為す術なく浴び続けた時代遅れの老将は──
「────フム、ちとこれは……お仕置きじゃの」
二本の尾のようにうねっていた魔法の鞭を片手でいっぺんに掴みを取り、焼け焦げみすぼらしくなった己の白髭を太い指先でさする。
鞭打ち跡の残った緑の鎧、踏ん張り後ずさった足元の地の亀裂。そこに刻まれたのは一体何か。
老将グリーン・ガレットシーは笑わない。小賢しいリードを引き千切り、暴れ続ける目の前の黒い狼を、鋭い眼光で睨みつけた。
《脅威の罠、連携ジャスト・ボルト・スリー!!!》
その程度はこの男にとって経験して見てきた地獄ではない。魔法の鞭を掴み引き千切り、手に取った大槍が前へと倒れるように叩きつけられた。
それは槍というより鉄球、本来石突にあたる部分に武骨な球がついているのはナットゥの槍と同じ、しかし今振るわれたものはサイズが一回り以上違う重量感だ。
破砕された地から、水が滝を登るように吹き出した。危機を事前に察知したブランは慌ててその重いカウンターの一撃を避けた。
礫土と雨で視界が荒れる。老将が繰り出したとは思えぬ凄まじい攻撃力だ。
これが六刃将の実力の片鱗だというのならば────戦術を見直す必要がある。ブランはそう思い昂っていた己の感情を制御し、小雨に打たれながら、相手の出方をうかがい冷静に戻ろうとした。
しかし、ポーカーフェイスを被るその乱れ髪の女は気づかない。動き出した大物のオーラ、その餌に釣られ、小兵の立ち位置と冷静さを見失った己が、既に網にかかっていることを────
「ナットゥ、アウロラ、かませぃっ!!」
老将グリーン・ガレットシーは、信頼する部下たちに号令をかけた。
大将の叫び声に、ナットゥ、アウロラはそれぞれ最適なポジションに散り既に準備を終えていた。そして同じようなボリュームで槍を、弓を、掲げ叫び返した。
「ジャストッ・」
「ボォォルト・」
「スリー!!!」
三人各々が装備した玉槍、玉弓に取り付けられていた球形の特殊なアタッチメントが、それぞれ乱回転しだし呼応する。
アウロラが弓を目一杯引き絞り起こした雷属性の魔力が、三人の持つ玉を通じて繋がりあった。
髪を濡らした獲物が立つそこは死の真っ只中。三騎士に密かに組まれたトライアングルの陣形が、雷鳴の唸りを上げる。
点と点で強固に結び繋がった雷の連携、【ジャスト・ボルト・スリー!!!】この全方位攻撃は躱せない、防げない。
「──!? っぐ──!!」
三角エリアの内側、まんまと誘われ痺れたすばしっこい獲物がようやく地に跪く。いかなる優秀な武器も堅牢な盾も次に画策しようとした悪だくみも、三人の合わせた知と武には敵わない。
「ヤラれたつづきはベッドでしてやるぜ、そろそろおねんねしなッッ教官」
「その服と生意気はボロボロにしてェッ!! あたしのパジャマ貸してあげる、とびっっきりかわいいのッ!!! アハハハハ」
「いかなる英雄も一人では何もできぬ。だがしかし──うむ、良き蛮勇じゃった」
女教官から執行された地獄の鞭打ちを耐え抜いた老将が、仕返ししたのもまた地獄。
お仕置きなぞ生半可なレベルではない、痺れる魔力で押さえつけ続ける連携攻撃に、捕えられた黒い一匹狼も動くことはできない。いつものように吠えることさえも。
相手は六刃将、一個の武力だけではない。一個小隊の力とは、いかようにも変幻・合わすことができる。
老将グリーン・ガレットシーは笑っている。
蛮勇愚鈍、自身を鼓舞したその教官の言葉を評価しつつ、意気込みだけでは勝てるほど甘くはないということを、不意を打つ連携攻撃のギミックと共に思い知らせる。
厳しく思い知らされたブラン・ブラッキンは、なおもその老将の面を見上げ、睨みつけた。
老将は槍を軽々と掲げながら、地にへばる若造の面を睨み返し、さらに雷の網は威力を増した。
呻く声を堪えながら頭を下げていく。高く保ちつづける意地を見せるプライドは天晴れ、されど裏腹に垂れつづける頭は、大人しく地に伏せと言っている。
【ジャスト・ボルト・スリー!!!】網にかかり身を焦がしつづける狼に、この連携を打ち破ることはもうできない。
傲慢な獲物が音を上げるその時を待つ────
ついに、握りしめていた焼け焦げた銀の銃をはなし、手をついた。
牙が一本一本折られてゆく獣の姿を油断せずに三騎士は眺めた。だがその最中、獣の吠え声とはちがう奇怪な音色が鍾乳洞内に響いた────
奇怪な音色が鍾乳洞内を駆け巡る。どこから響いたのか、一瞬後ろを振り返った女スナイパーの股の下を、ソレはくぐり抜けた。
「なにっ? ──ひャッ!??」
宙を自在に泳ぎ、弓騎士の股をくぐり抜けたその正体が視えた頃には、見失っていた。
燕か、魔物か、鳥のような鋭いシルエットが起動していた玉弓のアタッチメント部に突き刺さり瑕をつけた。さらに漏電した魔力が行き場を失い、アウロラの前で爆発した。
三騎士の為す三角陣、雷の網を断ち切ったのは、一つの見慣れぬ武器であった。
奇怪な音色がまた響いた。ハーモニカのような音色を奏でる影は、なめらかな動きを見せ青い火花を咲かせて宙返りした。
「いいデキじゃねぇか──ハッ」
遠く手元に帰ったのは、鳥の形を模したただの投擲武器ではない。
翼の裏に取り付けた整然と並ぶ微細な魔力排気孔、ハモニカ機構を採用した新作ブーメ、【ボーンブーメ改:ハモニカ】。
その新たな未知の武器を手にしたのは、生意気そうな面をした新顔。ウェブルの騎士たちと原大陸の狂人教官の小競り合いの間に現れた、新勢力。
黒い翼を手のひらに馴染ませるように撫で、遠く佇む茶髪の男が、妖しく笑った。




