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20/25

GAME20

 南の関所から北上する侵入者を捕らえれば、武功を上げられるというもの。それを理由に、東関所に勤めるヴァガナスにカール王子は第九王子の旅団の兵力を半数以上貸与するという大胆な提案をした。


 ここで「うむ」と言わなければウェブルの男にあらずというもの。なかなか日の目を見ない居残り組の一人の駐屯兵は、でまかせばかりの王子の甘言につられてしまったようだ。






 新しい平原、新しい魔物、新しい風。うん、やはりいいな。


 何度やっても新しいエリアがゲームに解放されたこの瞬間は、心が弾まずにはいられない。


 遭遇したウェブルラットとモスバードの群れを難なく片付けた俺たち第九王子の旅団。ただ、王子である俺の元に集まる人影が今は少ない。


「ヴァガナスさん、そろそろ新しい陣形を試したいのですが。このように」


「そっ、そうだな!」


 副官のクロウはどこぞの鬼の居ぬ間に色々試したいことを試しているようだ。ヴァガナスは提出された陣形サンプル資料を見て、頷いた。


「ヴァガナス、遠慮しなくていいぞ! もっと指示をくれ!」


「わっ、わかった!」


 コイツに指示を与える時は少し慎重になった方がいい。アモン・シープルは新しい魔物ともっと戦いたくて仕方がないようだ。ヴァガナスは頷いた。


「「ゔぁかなす~、どっちがギム、どっちがホナ?」」


「え?? あぁー……っと……」


 そんなのどっちでもいい。軽くちいさな二つのケツを蹴り、適当にあしらうことを推奨する。


 しかし困り果てた様子で、離れた王子の顔色をうかがいながら、拙い指先で指示を出す水色鎧の若者がいる。


 これはこれで楽なので、今は代役助かるというものだ。ひょっとすると第九旅団に真に必要なのはクロウと俺以外の指揮官役なのかもしれないな?


 まぁ、ヴァガナス駐屯兵に指揮能力があるかは疑問符がつくが。俺自身も別に指揮官タイプと自認してはいない。策をめぐらしたり、裏道抜け道を探すのは好きだがな。


 このままヴァガナスをクロウにしれっと誘導させ、ウェブル国の敷地内に行っちまうか。あの調子なら可能っぽいな。


 ま、そいつも考えもんだが。こうも関所が硬く封鎖されていた理由がまだ完全に検討がつかないのだ。


 しかし南の関所で暴れたってのは、一体なんだ? まぁ、おそらくこの地の者でもなくロクなヤツじゃないことは明らかだ。


 そんなことより一つ残念なのは、ぶっ殺すための武器がまだこの手元に届いていないということ。せっかくの新マップも、後方で腕を組んでいるだけじゃ、歯がゆい。


「ちょっとカール、これって取り返し……どうすんのっ? ってもう完全に何もしてないじゃない! あんた!」


 偉そうな指示出しもやめた王子は、もはやお飾りにもなれない。近寄ってきたクピン・シープルが、サボりの王子に注意をしたのはもう何回目か。


 それに、取り返しがつくかどうか。駐屯兵たちを懐柔し関所の橋を渡り、ウェブルの地に通行許可なく抜け出した責任の所在は誰にあるか。それはさいあくヴァガナス駐屯兵になすりつければいい。


 なんて冗談と心配は、心底どうでもよく──


「取り返し……? さぁな。やましいことがなければな」


「やましい……? はぁ?」


 閉鎖的できな臭いこの国の空気を調べれば分かるかもしれない。


 俺は青天に浮かぶ変哲のない白雲を眺めながら、その裏に淀む模様(かお)を考えふけた。












《話題ex》剛勇直進 (ブラン・ブラッキン教官)



「ウェブルか、ぶるぶるか、なんだか知らねぇがさっきから偉そうだなおい」


「六英雄って言ってもしょせん太陽の勇者の金魚のフンじゃない? そんな国、たかが知れてるでしょ?」


「黙ってないでなんとか言いやがれ、川にしょんべんされたいか魚野朗? あぁん?」


「こ、こら喧嘩は……ぶっ、ブラン先生……」


「先生ではなくワタシは教官だ。減点だ、カリン・マリン」


「げっ、げんてん!? わっ、わたしは先生ですぅ!」


 異国の地でも日常会話に支障のない生徒。同伴する尻拭き紙のカリン・マリンも、ワタシを先生などといい度胸だ。


 さて、今年も良い面をした生徒たちが育った。皆、自信に満ちた若々しい表情だ。


 この中で何人が武器を手放さずに残るのか、温室育ちの収穫の時期はやってきた。


 しかし橋の上で鎧を着込み日向ぼっこをするこの雄どもは、自らこちらをパーティーに呼び込んでおいて何様のつもりだ。書簡はたしか破り捨ててゴミ箱にきっちりと提出したはずだ、ちゃんと顔を突っ込んで覗いたのか。融通の効かない阿保ぅどもだな。


 勇大陸のウェブルも原大陸の坊ちゃんも、どいつもこいつも威勢ばかりは一流だ。だからこそ教官として、その化けの皮は取り除いてやらねばならん。




 ブラン教官は、腰のホルダーから素速く短剣を抜き出した。そして脇腹近くに静かに構えたその短剣は、指をかけたリング状の持ち手を操り変形した。


 姿形を変えた魔銃となり、ガンマンさながらの早撃ちの銃声が、睨みつけた前方に鳴り響いた。


 喧騒に鳴り響いた冷たい音に、誰もが驚いた。間合いを取りつつウェブルの駐屯兵に罵言を浴びせつづけた味方の生徒も、困り顔で諌めるカリン・マリン先生まで。


 さっぱりとした黒髪、左に長いアシンメトリーな前髪が、風を裂いた一発の反動で優雅に揺れている。


 放たれた一発の魔弾が、橋の真ん中に突っ立っていた水色の鎧を焼き砕いた。


 白煙の立ち上る銃口を見て、兵士の男が慌てた口ぶりで、しだい怒鳴りだした。


「う、撃った!? 撃たれた!? きっ、貴様正気ッ──がはぁぁ!?」


 正気だと? おもしろいことを言う。


「【剛勇直進】──これより勇大陸ウェブルの地を直進する〝ぶっ殺し魔物ツアーⅢ〟実地訓練を敢行する。捕まってもくたばっても退学だ、邪魔をする阿保ぅは蹴散らせ進めェ!! 〝真の勇者〟は、ワタシについて来い!!」


 ついて来れなければ退学。水色の三下どもに捕まっても退学。途中でくたばっても退学。これ以上ない辛口のスパイスでブラン・ブラッキン教官は下拵えした。


 教官殿の話に口を挟むヤツはぶち抜く。二丁の銃が火を吹いた。橋の上で次々と倒れ重なる安い鎧の音に、狼狽える駐屯兵どもの仕草。


 横倒れた水色の鎧をその薄氷のごとき威厳ごと、この日のために新調したブーツで踏んづけていく。 


 待つ必要はない、奴らの仕事だ、捕まるまで楽しめ。神都トネリコ勇者学校勇者科、原大陸からやってきた教官は引率したエリートコースの生徒たちと、ぶっ殺し魔物ツアーを敢行。エリートを自負する生徒たちに許されたのは【剛勇直進】の指示のみ、勇者科の生徒たるもの来た道を振り返ることは許されない。


 封鎖されていた南関所を痺れを切らし飛び越えて、勝手に北上を開始した。これを勇大陸ウェブルにおける半人前どもの最後の実地訓練とする。


「フッ、苦痛に歪む顔を踏んづけてやるのが、楽しみだ」


 銀色に光る二丁の銃を重ね合わせて、一本の鋭い刃が顕れた。光る刃は殺到する槍をへし折り、夜空のような黒髪が橋の端上を軽々と舞う。


 川へと情けなく落っこちていく脱落者は、高らかに微笑ってやる。歯向かってくる輩には、その安っぽい面の皮を剥ぎ、己の蛮勇さを実力で知らしめてやればいい。


「タマのある内にそこをどけ、ワタシを誰だと思っている? ブラン・ブラッキンだぞ。──フハハ!」




 この日、ウェブル領南の関所を一匹の悪魔が行進した。銀色の魔剣を操る黒い悪魔は、配下の小悪魔たちを誑かし連なる水色の橋へと誘い、果てもしらぬ直進行動をつづけた。











「だから、わたしは怪我人の治療をしていただけでっ! わたしはトネリコの先生で! 生徒たちもブランせんせ……きょ、誑かされただけであって! 酌量の余地のあるっ、一時の気の迷いからのっ」


「うるさいダマレ!! 原大陸の野蛮人め」


「そ、そんなぁー!? ってあなた、そのような口遣いはっ──って、あ痛たたた!? こら、ひっぱら──!?」


 部下の兵士が喚きつづけるおさげ髪の女を、縛った縄で容赦なく引っ張っていく。ここは既にウェブル領、そのようなほざく戯言を鵜呑みに聞き入れるつもりは毛頭ない。


 海話の伝達を受け、南方へと素早く出向いた選りすぐりのスティール小隊が、暴動を起こしていたカリン・マリンたちを鎮圧し捕らえた。


 そして一旦、砕けた鎧と折れた槍が橋上に散らばる壊滅状態の南の関所から、騒動の一味と思われる重要参考人を連れて西の関所へと戻った。南関所の負傷者の回復に時間を割けば思う壺、西でまた部下を召集し逃したヤツらを追わねばならないからだ。



 スティールは元気に息をする負傷者の手当より、国境を守る者としての面子を選んだ。


 しかし問題は西からやってきたあの第九王子の旅団を、どう足止めするか。それにもスティールの考えがあった。見せしめに連れてきた原大陸の輩たちを、縄にきつく縛ったまま橋の上の目につくところに並べるように指示を出した。


 自分の持ち場に迅速に帰ってきたスティールが、さっそく茶髪の王子の驚き顔を拝もうと、橋を渡ったその時──


「貴様! 警備中にふざけているのか!」


「とっ、とろける……ウェブルサンド……ふふっ」


 橋に座り込んでいる部下がいた。左右の欄干にもたれへたれ込む部下をビンタし起こすと、やけに酒臭い。赤らんだ表情で目尻がとろけている。同時に訳の分からない言動をのたまう。


 スティールは抱え上げたその使えない部下を、橋の外の川へと寝ボケ覚ましに投げ捨てた。


 そして、あちら側、関所の門戸をくぐった橋の先にある西方の平原を見つめると──



 若葉色のバンダナを巻いた山賊格好の者たちと仲良く肩を組み唄い、メイドの格好をした女どもにお酌されて重い兜を外した軽い頭の髪を掻く。


 あられもないウェブル兵、部下たちの姿があった。呑んで、酔って、酔わされてどんちゃん騒ぎとぐっすりお眠り。メイヂ側のミドリ平原で、愉快な宴をしているとんでもない光景が広がっていた。


 まさかの事態光景に驚き絶句したスティール小隊長は、被っていた兜を地に叩きつけた。


 兜に飾された頭頂の鋭いトンガリが、橋の上の木材に深く突き刺さるほどの勢いで、してやられたその怒りを露わにした────。








《話題ex》魔法師なかま



 第九王子の旅団。規格外の強さを持つ緑髪の剣士と、できることならば頭の中を一度割って見たい、言動と行動のヤバイ王子が居合わせるこの群れの中で。


 原大陸出身の魔法師、イエロー・シャインハットが最も気になるのはやはり──



 今、緑にカールした天然仕上げの髪をもつ後ろ背を見つけ、息を呑んで小走りで近寄った。


 足を止めた魔法師然とした格好のイエローは、豊かな緑髪をもつその女に話しかけた。


「あのぉー、クピン・シープルさん」 


「はぁ? はい? 何?」


「さっきの戦闘中も杖を持たないようだけど、どうやって発練を?」


 先ほど殲滅した平原の魔物。それらの敵に対して、杖の補助なしで魔法を発練してみせたその特異な魔法師に、イエローは思い切って声をかけていた。


 いきなり新入りの魔法師に話しかけられてしまったクピンは驚きつつも振り返り、その、自分にとって野暮な質問の内容に答えようとした。


「? どうやっても何も、杖が邪魔だからそのぶん普通に発練できてるだけ?」


「んーっと、それって? 全然答えになってないような……」


 あっさりと返されたものの、それでは答えになっていない。杖が邪魔だからその分普通に──とは、イエローの思考回路と経験則からは結びつかないのだ。


 もしかするともったいぶっているだけなのでは? もっと深い答えを引き出せるかもしれない。


 首をかしげたイエローは、少し機嫌の悪くみえたクピンにおそるおそる言葉を返した。


「はぁ? 答えってそんなのいきなり聞かれても、聞かれたことなんてぜんぜんないし、逆にそっちはどうやってるわけぇ? えっとたしか……」


「イエロー・シャインハット! 得意魔法は【プリズムボム】!」


 得意魔法までは聞いていない。イエロー・シャインハット、クピン・シープルはあやふやだった彼女の名を今記憶した。


「そうそうイエロー・シャインマスカ……そう、イエローは! どうしてるわけよ! そのぷりぷり、ぷりず」


「それはこの杖を媒介に、魔力を地の底から吸い上げるように練り上げているって感覚で。ほら練った魔力は杖にストックされて可視化されるわけだし、変換効率の高い自分に合った杖や魔本を魔法師はみんな、好んで確かめて選んでいるわけで! ほらほら、『戦いは店選びのセンスから始まっている』っておじい……じゃなくて、そう魔法学校にいた頃の先生が口酸っぱくね! そうそう、最初に借金してまで良い杖を手元に置いておきたいって、生徒もいるらしいし! 杖は魔法師にとってとても重要なステータスだってこと!」


 思わず学術的に説いてしまった。魔法学校あがり(中退)のイエローは、まだ原大陸での魔法事情と常識から完全に抜けきれていないようだ。


 いや、それは学術的でもなく、自分の言いたいこと他人に聞いたようなことをそのまま口にして言っただけだった。


 自分で語った長話に、イエローは自省気味に眉を顰めた。


 それと語る長話と同時並行で、イエローは習ってきた魔法の発練法をクピンに向けて実践しようとしていた。


 杖自体を覆うように光るその可視化された白い魔力の水位が、ゆっくりと地に向かい下がっていく。


「ふぅーん、そうなのね、なるほど? あぁー……でもその可視化ってヤツ、わたし苦手なんだ」


「え、苦手? (確かに痕跡が……)」


 まとまらない長話を聞いて披露した中途半端な芸も見てくれたのか、クピンはじっくりと見入り考えた素振りで「苦手」だと返答した。


 魔力の可視化が苦手、杖を用い練り上げた魔力の可視化が苦手な魔法師など存在していいものなのか。


 魔道を極めた訳でもないイエロー・シャインハットには分からない。しかし勇大陸の魔法師の事情は原大陸で習ったものとは随分と異なるのかもしれない。


「だってそこを通す必要って、針の穴を通すような遠回りじゃない。そっちの方がよっぽど器用ですごいんだけど?」


「とっ、遠回り……! なっ、なんそれぇ……」


 イエローは八の字にした眉からさらに、鳩が豆鉄砲を食ったような表情で驚いてしまった。


 思いがけない答えを耳に聞き、すっかり呆気にとられたイエローは、馬のクビを撫でだした緑髪の魔法師のことを見つめながら固まる。


 クピンはおかしな質問に首をかしげながら、「もういいか」と目を逸らそうとした。だが、その逸らそうとした目に映るものに、クピンの顔はやがて苦い顔つきに変わった。


 鼻血を垂らしながら目を見開きつづける、黒いとんがり帽子。外にはねた黄色い髪が細く細く、起こった静電気に引っ張られるように揺れ乱れている。チカチカと明滅を繰り返す杖を抱えてこちらを見つめてくる──奇怪なニンゲンの姿がそこに突っ立っていた。


 「こんな調子で大丈夫なのだろうか」クピン・シープルは不安気に、お得意の溜息を一つ吐いていた。









《話題ex》水事情



 南の関所の侵入者を捕縛する包囲網を敷くため、とりあえず東の関所から西方へと移動をつづけた第九王子の旅団。


 旅団員たちが遭遇するウェブルの魔物との戦闘にも慣れてきたところで、川の流れる適した場所に馬車を止め、第九王子の旅団は、一度おちつき小休憩を取ることにした。



「ウェブルの水質はとても良いのですね。澄んだ色をしています」


「ははは、実はどこもがそうでもなく……含有魔力が多すぎると逆に毒になったり魔物が湧きやすくなったりっていう困った話があってね。でもここは──うん、調べた通りちょうど良いぐらいだ。安心して飲んでいいよ」


 ウェブルを流れる川の水はメイヂのそれより美味しいと感じられるものだ。ただし美味しい水ばかりではないと、ウェブル出身の駐屯兵ヴァガナスはクロウに言う。


「含有魔力……確かに飲み水に適さないものもある、そのような話は旅をしていれば聞いたことがあります」


「あぁ。それにこの辺じゃあないけど、ウェブルでも仕方なく塩水を利用している街もあるよ。もちろん一番水の清らかなところに、ウェブル国のセントラルは位置している訳だけど。国民が常用する水が、ひと瓶で金になるほどのね」


「はい時々取り寄せたウェブルの水は、メイヂでも王族に振る舞う料理の際に使ったことがあります。ヴァガナスさんは随分と、水まわりの事情に詳しいのですね」


「はは、以前、水質調査の仕事をやっていたから。その影響かな、知っていただけさ」


「背負うソレもその時の技術の応用で? たしか【カイワ】という」


 メイド長のクロウは指を差す。ヴァガナスの肌身離さず背負う装置は、メイヂ国では見かけない変わった装備だ。


「あぁっ、これはまだ慣れないけど、ここウェブルでは遠方での伝達方法として徐々に実用レベルになりつつあるって話だ。偉い人は色々新しいことを考えるものだね」


「器具に浸されてあるその石はもしかして」


「あぁっ気づいてくれたか? これは【双子石】」


 青い水で満たされた細い円柱状のガラスの内には、一片の石が沈んでいた。クロウがそのことを指摘するとヴァガナスは背を向けてそれを【双子石】だと呼んだ。


「なるほど、ではもしかして、気泡に変換することで安全に向こう側の伝えたいことを読み解けるのですね? 片方を魔力を込めて叩くともう片方が弾ける性質をもつ魔導率の高い希少な双子石でも、微量の欠片で効率よく、それも今までの伝達手段より無駄なエネルギーと破損もなく」


「うん、まさに俺が説明された原理とメリットとしてはそんなところなのかな? 今のところコイツ自体に目立った破損はあまり見受けられませんが、宮廷魔法師が調合した魔水じゃないと良く動かないらしくて。それに取り替えの点検と注入作業もイチイチ面倒で……ま、付きっきりになるから誰もコイツの世話をやりたがらないって話も……。ははは、偉い人が早いとこなんとかしてくれないかなぁ?」


「そうなのですね。では何故、あなたは関所勤めの兵士に志願を?」


「それはえっと。街を見て回っていたときにスティール隊長に……いや、それは答えられません! ──ってアレ……??」


「ふふっ、それは失礼しました」


 背中を見せ得意気にカイワの機能を語っていたヴァガナス駐屯兵は、振り返り慌てた素振りでその質問を断った。


 クロウはそんな彼の仕草表情を見てしずかに微笑った。


 果たして厳つい面のスティール隊長と、水質調査員時代のヴァガナスのその過去エピソードは、彼にとって秘匿すべきそんなに重要なことなのか。


 ノセられてしまっていたのかもしれない。こんな大隊の指揮権を貸し渡されて、どこか気が大きくなっていたのか。ヴァガナスがハッと気づき自省するも、もう遅かったようだ。口からぶくぶくと溢れてしまった情報は戻らない。


 メイド長は深々とお辞儀をし、間抜けな顔で立ち尽くすヴァガナス駐屯兵の元を去っていった。









 繋がれた馬車から離されたメイヂ馬は目の前の川の水を、首をさげて静かに飲む。ウェブルの川の水をとても気に入ったようだ。


 クピンは網に入れた幾つかの果物を川につけ冷やしながら、その澄んだ水の色と、手に流れる心地よい冷たさに思わず目を閉じた。


 浸した手元指先からこれまで負った戦闘の疲れが癒えるようだ。このまま川に飛び込みたいとも彼女は思ったが、残念なのは──


 さっきから耳にザラザラとざわつく、うるさい奴らがそこにいること。




「よぉーしそうだ、やるじゃねぇか。いっちに、いっちに! 石化していたあの時を思い出せ、あの頃のお前は今よりも何倍もその貧相な魔力を効率よく引き出せていたはずだ」


「本当だきついけどっっっ、これっって良いっっ修行法かもぉっ! ──うんうん、わかった! ってェ!?」


「俺たちのクソ迷惑でッ、クソ厄介なッ、遠方からずばずばしつこくッ、アーティファクトを操って眠らせていたッ、有能な敵ユニットだったあの時の魔法の発練感覚を思い出せ! 味方ユニットになった途端、弱体化なんて俺は認めねぇ、成長の鍵はそこにあると見た! ナンナ、もう一回【ダブルトレイ】だ。そいつは敵だ、重りの球をパスして増やしてやれ」


「う、うん?? ってまだ増やすの!? そそそれにその敵って言い方よりもっと──うきゃっ!?」



 『俺が戦術的な魔法の使い方ってやつを教えてやる』カール王子がイエローの肩を叩きのたまったそれからは、ずっとあの調子だ。


 王子の命令にかしこまったナンナは、トレイシールドに乗せた光球を二つに増やし魔法師のイエローへとパスした。


 投げ返された光球【プリズムボム】を杖を使いなんとか踏ん張りキャッチしたイエローは、ぐねったとんがり帽子の上に、その光球をまた一つ並べて浮かべた。


 計四つの光球が、頭上に輝きを放ち、何度も落ちそうになりながらも宙に維持されてゆく。


 カール王子による特別なスパルタ特訓を課せられたイエロー・シャインハット。外にはねた黄色い髪が、直毛になるほどに汗を垂らしその特訓に没頭していた。



「何やってるんだか……」


 また何かを企んで試しているに違いない。


 そんな茶髪の王子の調子に乗った様を見て、彼女もまた要らぬ疲れが押し寄せてきたようだ。


 クピンは本日何度目かの溜息を吐きながら、背方でやっている訳の分からぬ光景から目を逸らした。そして、そろそろ冷えた果物を網を引き川の中から回収しようとした。


 余計にかんがえてしまった雑念を打ち消すように、握る力を込め、濡れた網を手繰り寄せていく。そんな最中──ふと、手の先、いや引き上げる網の先に絡まる何かの違和感に気づいた。



 引き上げた網の間に、ひとつ……一隻。


 小さな白い船がかかっていたのを、クピン・シープルは見つけてしまった。








 またあのレースとかいうヤツで誰かが遊んでいたのだろうか。クピンが背方に振り返るもまだカール王子たちは、効果があるのかわからない魔法の特訓に声を出しかまけている。


 おかしいものだ。だが、何の気なしに手を伸ばし誰も気にかけない網にかかった可哀想な船を、クピンは元のすすむ川の流れに戻してあげようとした。魚のようにじたばたはしないが、その捕まったちいさな船がどこかぼんやりと生きているようにも映ったからだ。


 流されていく白い船を見届けていく。その船の背は、ユラユラと揺らぎ今にも沈みそうにも見えたが、もう手が届かない。


 それもまた定めなのかもしれない、せめて尽きるか果てまでその勇敢なちいさな航海を見届けてあげようとクピンは思った。



 やはりその航海は無茶だ。ここまで生き残れたのも、きっと奇跡に近いもの。ちいさくて軽い頼りない船体が、不規則に起こる波に流された。


 白い小船は襲う水を飲んでなんとか粘るも、その先に聳える冷たい岩色にぶつかれば、もう──


 見守るクピンが溜息を吐いたとき、白い小舟を覆う大きな影が差した。


 川の流れに土足で踏み入り大きな波紋を立てたその影は、前方の岩に衝突する寸前のその白い船を拾い上げていた。


「この船……」


 素朴な顔の大きな背丈、川に踏み入ったヴァガナス駐屯兵は、濡れた白い船を手のひらの上に乗せた。


 心当たりがあったのは、白いその色合いではなく、粘り強く持ち堪えたその航法と、船体の中央が山になったティアラのようなフォルム、さらに手に取ってはじめて分かった特殊な編み方であった。


 なんとその白い船は薄い紙で何重にもきつく編まれていた。まるで紙屑を束ね結んだようなその船は、小一時間で作った代物には見えない。だが材料にされた質素な紙質は、そのティアラの形の船に似合わない。


 ティアラ型の船の溝に飲み込んだ川の水が、緩んでしまった網目から排出されていく。沈んでも沈まないような特殊なマジナイがかけられているのかもしれない。


 ヴァガナスの手のひら、指の隙間から吐き出された水は伝い涙のように流れていった。


 とても素人にその船を編むことはできない。スピードと材質にこだわったあの王子が作ったとも思えない。これを作った方がいるとすれば──


 ヴァガナスがじっと見つめていたその手のひらの船は、緩んでいた網目と結び目のカラダを、やがて力尽きたように解いていった。


 力尽き魔法がとけたようにばらばらになり、紙のティアラの姿形はもうそこにはない。



「──!」



 白い小舟の終わりを見届けたヴァガナスは、思わず目を見開いた。


 そして手のひらの中に残った一粒の輝きを、そっと摘み上げた。


 無惨にほどき開かれた紙のティアラの船。崩れゆく、尖った一角の白い山の内から出てきた明滅を続けるその輝石は、やがて輝きを完全に失い──



 ヴァガナスが摘んだ指と指の間には、小さく欠けた、誰のものとも知れぬ〝一本の歯〟があった────。

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