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GAME19

「一人でしょんべんもできないのかよ、こりゃウェブルに勇敢な兵なし! だな。下っ端がこれじゃぁ、六英雄トリスタン・ウェブルも俺が会った時よりもう随分と老いぼれてるに違いないなっ」


「……ぐぬぬ、あのクソ王子言わせておけば……!!」


 橋の下をながれる川に向かい大声で独り言を垂らしながら、下のチャックを閉める。川の流れる方向に目を配ると、水色の兜鎧を着込む兵士たちが、茶髪の王子たちに熱のある眼差しで注目している。


「なにやってんのよ……ほんと馬鹿ール……」


「ひょっとして、来るところ間違えたかも……」


「挑発行為も一定の効果はありますが……これはいささか──」


 背に視線がぷすぷすと突き刺さる。王子の品性に問題ありと見做されたのは、どちらもか。


 しかし、慌てても仕方がない。魔物狩りの旅への協力を仰ぐ西の国へのご挨拶など、それほど急ぎの用ではないのだから。身を軽くしていつまでも待てるというものだ。


 強面のスティール氏がいなくなり防備の薄くなった今ならば楽に強行突破可能だが、ウェブルの兵士に刃を向けたとなれば王子一行といえど、心象を悪くしあちらでお尋ね者になるだけだ。まぁ既に手は出しているんだが。


 アモンが我慢し切れず向かってきたヤツをその剣で成敗していた。槍が見事にへし折られたあとがある。もっとも敵が勝手に向かってきたのかこちらが誘ったのかは、今となっては定かではない。どちらにせよウェブルとメイヂがお互い勝手にやり合った結果ということだ。


 奴らは相変わらず橋の前で槍陣を組み、進入口を塞ぎ占拠している。伸びた兵士から身ぐるみを剥がして丁重に椅子に掛けさせたが、アモンにちょうど三人やられてからは、なかなか寄ってこなくなったようだ。


 困ったものだ。血の気の多い奴らばかりだとこちらの領土こちらの法に基づき処理のできる簡単なものなのだが。手堅くも臆病な陣で縮こまっている。


 一歩踏み出せばそこはもうメイヂの草地。そこで何をしようがされようが、ウェブルの奴らは文句は言えない。橋の上はセーフ理論で居座られては、手出ししづらいというものだ。あの橋を架けるのにこちらも金を出してないのか、後で調べてもらおう。


 正攻法の実力行使が無理なら、何か別のやり方で突破するしかないようだ。


 ならばやることはひとつ。


「おい、準備だ。クロウ」


「かしこまりました」


 暇を持て余したアモンが凄い風音を鳴らし、前方でひとり素振りをつづけている。力比べの挑発に乗って来ないのなら、次に何をするべきか。


 川のそばから旅団員の陣取る場に悠々と戻ってきた俺は、メイド長のクロウに命令を出した。


 みなは言わずとも、クロウは既に心の準備ができているような口ぶりで了解した。









《話題ex》ウェブル流のランチ



 ヴァガナス駐屯兵のランチを紹介してくれって? まぁ、いいけど、おもしろいもんじゃないぞ?


 小型ナイフで削るようにスライスした塩鮭、こいつは保存が効くように塩味がきついのでなるべく薄く少しずつな。


 これをパンに挟むその前に、ここがヴァガナス流のポイント。先にパンにスプーンですくった缶詰の煮豆をカーペットのようにしいて汁気をプラス、最後にッ──海苔をパンごと帯を締めるように巻く。


「【ウェブルサーモンサンド】の完成だ!」


 ヴァガナス駐屯兵は手慣れたように、ランチの一品を仕上げた。周りのウェブル兵たちもその配給されたウェブル流のサンドを各々のお好みの方法で完成させてゆく。


 完成したそこに拍手は起こらない。今日も関所勤めの彼らは、食べ飽きた当たり前の食事を胃袋のなかに消化していく。


 しかし何故だろう、あちらに沸き起こっている拍手は──


 橋の上に立ちながら陣取るウェブル兵たちが、かぶりつこうとしていたウェブルサーモンサンドの手を止め、騒がしい向こう地の様子を眺めた。







《話題ex》メイヂ流のおランチ



 レベルの高い食材はここに揃った。さぁ、始めようかメイヂ流のおランチを。


 まずは携行向きの瓢箪チーズを七輪の上のフックに吊るして、準備はこれだけで既に七割型完了だ。


 みんなで火を囲いながら食べる、これがメイヂ流ということらしいが。


 おっとさっそく、みんなの熱視線に吊るしたチーズが恥ずかしがって溶けてきたようだ。これをナイフで表面をさっと撫でるように掬い取り、甘みの引き立つ黒パンの上にお布団をかけるように被せれば……。


 いやいや待て待て、七輪のはじっこで炙っていたサラミさんのことを忘れていた。とろっとろのチーズの上に遠慮なく乗せてやれば──


 とろけるVRチーズシミュレーターで培った、ヴァーチャルインストラクターである俺の編み出した。


「ほらよっ、【瓢箪チーズと黒トーストのVR即席ピッツァ】だ」


 ゲームだけでなく料理の腕の方もなかなか捨てたもんじゃないだろう。──VR限定だがな、ははっ。


「ち、チーズ、緑豊かなメイヂの瓢箪チーズ、それに黒トーストそれはぜったい……」


 チーズがとろける様は、人を惹き寄せる魔力がある。冷たい橋の上に佇むウェブル兵たちの目を釘付けにすることに成功したようだ。だが、これじゃあただのピザ。ただのメイヂ産チーズの暴力。驚くのは早いというもの。


「まだ終わりじゃありません。本日、ここにかけるのは」


「あっ、アレは!」


「そう、海産物に恵まれたウェブル国の至宝食材と呼び声高い。筋子を丁寧に塩漬けさらに燻製させ仕上げた通称【琥珀】です。これを──」


 カール王子が仕上げたVRピッツァに、メイド長クロウ・フライハイトがご提案するプラスワン高級食材は燻製筋子。


 さらにクロウが取り出したのは鍛冶師ノゾミィが作ったラケット状のおろし器。


 高級食材琥珀の塊に当てられた、ただならぬ予感に、釘付けのウェブル兵たちもついに黙っていられず。


「なにをする気だ! もったいッや、やめっ!」


「こうします」


 降りかかるのは赤い雨いや、赤い綿雪。おろし器に削り出された琥珀が、鮮やかな煌めきを放ちチーズのお布団の上にキラキラと舞い落ちてゆく。


「削ってふりかけのように、パンとチーズのうえに……ばか……なっ……」


 とどかぬ手を伸ばすウェブル兵たちをついに沈黙させたのは、極め付けの高級食材の暴力。


 贅沢にあしらい化粧された至高の一品、【瓢箪チーズと黒トーストのVR即席ピッツァ(削り琥珀の綿雪をそえて──)】。


 とどかぬ手はとどかない。冷たいパンを片手に握りしめ、用途のない槍を膝の下に落とす。


 橋の上に佇むウェブル兵たちは、向こう地にひろがる緑豊かな平原に火を焚いて行われた、その賑やかで豪華なパーティーの様相を、涎を飲み見守るしかなかった。









《話題ex》トレード



 双子のギムとホナが、あのVRピッツァを片手に橋の上にいる兵士たちのその前に現れた。


 当然ガキにはもったいない。そのパンの間に挟まれた珍味の燻製筋子の香りや味など分かるはずはない。


 そのパンのことを救うべく一歩、陣取る橋の上から外へと身を乗り出したとある勇敢な兵士は、


「おじさんとそのパンを交換しよう! こちらの【ウェブルサーモンサンド】は、ウェブル東関所でしか食べられない限定品だよ! ほら、天然のサーモンもたっぷり!」


 冷たいパンにふんだんに挟まれた中身を見せて、一人のウェブル兵は唐突な提案をした。


 とても対等なトレードとは言えないが、物を知らない双子は隣顔を見合わせて、首を縦に頷いた。二つある内の一つなら交換に出してもいいと踏んだのだろう。大胆なトレードに成功した兵士は目を輝かせる。


 小走りで近寄って来た双子の片割れから無事に交換し終えた黒パンのサンド。


 チーズがまだ固まっていない今にもパンの間から溢れそうなのは、熱々の証拠だ。涎を飲み込む時間も惜しい。さっそく兵士の男はそのVRピッツァにかぶりつこうとしたが、──ない。


 かじっていたのはやけに軽い虚空のわたがし。どういうマジックか、VRピッツァは双子のガキの手の内に戻り、交換の弾にしたウェブルサーモンサンドまで奪われ失ってしまった。


 思わず自分の手元と向こう側を二度見、三度見した間抜けな兵士に、双子はあっかんべーしながら、遠くの賑わいへ走り去っていった。


 がっくりと膝を落とした兵士は、地の草を掴み、睨みつける。生暖かな感覚がまだ手の内に残っているのが、悔しさと涎の分泌量を増幅させた。


 むしった草を悔しそうに前方へと投げつける。ランチを失ったウェブル兵は、しかし、まだ恨みの対象が残っていることに気付いた。


 ふざけたガキどもだけじゃない、ずるいのは奴らだ。


 こてんぱんにやられた三人のウェブル兵。勝手に行動して返り打ちの恥を晒した奴らが、今何故、あちら側で高待遇を受けているというのか。


 身ぐるみを剥がされた情けない裏切り者が、VRピッツァのおすそわけをもらい、それを美味しそうに食している。


 全てを失った一人の兵士が、羨ましいうらめしそうにメイヂ側の食事風景を睨んでいると、何を思ったのか、またあのサイドテールの双子が性懲りも無く駆け寄ってきた。


 いくらガキ相手でも、ここまでこけにされて容赦はしない。ランチを奪われた腹いせに、足元に落ちた槍を握ろうとした兵士だったが。


 ふと目に入った〝ちがい〟に、屈み掴もうとしたその手にストップをかけた。


 そこにあったのはアップグレードした姿。とろけるチーズのお布団をパンの中に挟んだ、失った【俺のウェブルサーモンサンド】の姿だった。


 双子は持ってきたそれを突っ立つ兵士に預けて、陽気に手を振り去っていった。


 二度見、三度見しても手元にはウェブルサンド。生暖かい活きた熱をもった俺のウェブルサーモンサンド。兵士はおそるおそるそれを口に運び──


「これは、ウェブルサーモンサンドじゃない……。ウェブルサーモン……ピッツァサンド……!!」


 空腹のあまり感激したのか。感激のあまり沈黙したのかはもはや定かではない。一人の兵士が槍を地に捨てて、無防備にもそのサンドならぬピッツァに黙々とかぶりつき続けている。


「なぁヴァガナス小隊長代理。このサンドに熱々のチーズ、それってぇ……ごくっ……」


「あぁ、合うんじゃないか、すごくっ……」


 一人の愚か者の兵士の背をみながら、我慢強いウェブル兵たちが想像するのは自由。ただ、サーモンと豆と海苔の一体感のあまりないその冷たいパンの味は、いくら妄想しても変わらない。


 すると、何を思ったのか。ここの監督を任されたヴァガナスの隣にいた兵士が、槍の穂先に食べかけのパンを刺しだした。


 その奇行を見た周りの兵士も、何を閃いたのか同じように真似し出した。



 続々と鋭さを失ったおかしな槍が完成する。そして帰ろうとした双子姉妹を皆で大声で呼びかけ、振り向かせた。


 橋の上の陣地から目一杯手を伸ばし、槍を伸ばし、ねこじゃらしのように揺れ動く奇妙な光景が列を成す。


 抜け駆けした愚かな兵士と同じような、穂先に取り付けたウェブルサーモンサンドのアップグレードを必死に懇願した。









 流水の美剣士と称された現国王で六英雄の一人、トリスタン・ウェブルが、一本の伝説の剣その所有をめぐり、太陽の勇者と湖のほとりで決闘したとされる伝記が残されている。


 湖が赤く染まるほどに、攻めあぐねる剣と折れぬ剣が幾合も打ち合い織りなす、いつまでも決まらぬその互角の勝負の結末は──


 腹の虫が先に鳴いた方の負け、という拍子抜けする意外なものだったとその書物には記されている。




 ウェブル国民ならば誰でも聞いたことのあるそのお話。腹の虫が鳴ったならば、かの太陽の勇者と同じように──


 一人、二人と小気味よく滑稽な腹の音を鳴らし、強固に築いていたその我慢の姿勢が崩れていく。


 それからはもはや、かぶりつく本日のランチは、メイヂ産のチーズのかかった温かいウェブルサンド派の方が優勢になった。



 お食事の時間はノーサイド。ウェブル国民もメイヂ国民も同じ勇者に味方した六英雄を国王に持つ、元より互いをそこまで拒絶するほど恨み合っている訳じゃない。


 メイヂ側からお裾分けされたチーズと珍味、それらの豪勢に対しウェブル側からのお返しに異文化交流の名目で開催されたのは、木の葉船のレース。


 先に関所の橋の下をくぐり抜けた者の小船が勝利というシンプルなルールのレースだった。ウェブルの駐屯兵たちは、メイヂ側の人間にその木の葉船の作り方を草を編んで披露してみせた。


 そして元気よくスタートを切ったその白熱のレースの一着に輝いたのは、ヴァガナス駐屯兵。ここを監督し、レースの開催をもちかけ提案した彼の船だった。ちなみにカール王子の作った傑作船は最初こそ一着を目指せるほどの勢いはあったものの、バランスを欠いたのか、橋の手前の途中で失速し沈んでいった。


「さすがウェブルの男だな。さて、負け惜しみをさせてもらってもいいか」


 レースの優勝者は讃えなければならない。それに相応しい人物といえばメイヂ国の第九王子である俺ぐらいだろう。


 俺は賑わいをかき分けて、ゴールテープ代わりの橋の向こう側にいた一人の兵士に喋りかけた。


「ははは、いや、王子の船も見事なものでしたよ。沈まれてしまったのはそれほど速かったということ!」


 俺の魔改造を施した船は、威勢が良かったのは最初だけ。別売りのポケットゲーム機を使った前作のミニゲーム要素であったレース、その時に優勝した船と同じものを同じ製法で編んだつもりだったが、リメイク版ではどうやら上手くいかなかったようだ。


 もちろんゲーマーの俺は納得いかない。天の誰かが前のめりに沈みゆくその急いた船の姿を見て、今頃ほくそ笑んでいるにちがいない。


「ウェブルの男は、嫌味がうまいな」


 優勝者の若い風貌のそいつ、ヴァガナスくんに恨みはないが、王子の俺は軽々しくも冗談を呟いていた。


「いえいえ、そんなつもりは!? それに……俺のとりえなんてこんなものしか」


「ん?」


 そこそこ立派に育った背丈の男が、何か急にしおれた反応を見せた。頭を前に傾け水面の方を見つめだした。


「昔こうして、ひっ……いや、幼馴染とよく川に浮かべて競争していたんだ。だが今は──」


 横に逸れるように流れ、川の右側にひっかかり止まった一隻のちいさな船をヴァガナス駐屯兵は、おもむろに拾いあげる。


「ずいぶん差がついたかなって」


 まだ昼時の晴天に、ヴァガナスは黄昏るように呟いた。


 何の差がついたというのか、ぶっちぎりで一着のゴールを決めたその濡れた船の船尾をいじりながら、彼は溜息を吐いていた。


 きっともっと上手くやれたのだろう。


「なんの事かはしらねぇが、ま、そうだろうよ。こんなしっけた所で燻ってるようじゃ。そいつも今頃、お前のことを高みから笑ってるだろうよ」


 ただの東関所の駐屯兵ヴァガナス、彼が思い浮かべたその方の顔は、彼にどんな風に笑いかけているだろうか。


 雑多な波紋の重なる水面を見つめても、分からないだろう。


「はぁ、ははは。いや、そうだな」


 彼が納得したのは、諦めたからだろうか。水面には、ヴァガナス駐屯兵の姿が映っている。立派な鎧を着ているように見えるだろうか、兜を脱ぎ露わになったまだ赤く腫れたその面が覇気のない男のように映ったのだろうか。


 一介の駐屯兵ヴァガナスの過去など俺は知りはしない。スティール小隊長にビンタをされた木の葉船を編むのが上手い若者だということしか。


「じゃあ、一泡吹かせてみるか」


「はははは、は?」


 主人公でも有名でもない、取り立ててイケメンという訳でもない、こんなヤツのことは知らない。勝手に語られた薄いぼやけた過去回想に同情したりもしない。


 だがやさしい第九王子の俺は、その一介の兵士の肩を今強く掴み、ニコりと明るく笑いかけていた。

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