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GAME18

 流れる川が行手を隔てる。広大な平原をしきるように天然の防衛線が敷かれている。どちらも魔物が蔓延る勇大陸に在るメイヂとウェブル、隣接する二国の領土を分ける厳密な国境線は、その滔々と流れつづける長い長い水の行く末である。


 流れる川の勢いは豊かで心地よく涼しい。耳に入るのはとても贅沢な環境音だ。


 一晩明かした野営地のゲルを畳み、あれから西へと行進した俺たち第九王子の旅団は、ようやく西の国ウェブルとの国境地帯、関所の目の前へと昼前にはたどり着いていた。


 関所は、向こう側ウェブルの地とこちら側メイヂの地に橋を渡したその中央に鎮座し構えている。


 質実剛健な石造りの関所、その高所からよそ者の俺たちを見下ろしウェブルの兵士たちが熱い眼差しで歓迎してくれているようだ。


 この深緑と銀刺繍の旗印を掲げれば、そこから先は当然フリーパスだろう。駐屯兵たちへと手を振りニヤけたカール王子の面を先頭に、俺たちは堂々とその関所の橋を渡ろうとした。


「とまれ、止まれぃ!!!」


 止まれと言われれば王子でも止まる。その先はもう他国だからな。ここらでひとつ、王族の品格と余裕っぷりというヤツを見せてやろうか。


 案の定、小走りで関所の建物がぞろぞろと現れ、馬車の積荷の検査にきた駐屯兵の小隊がいる。


 何もやましいことはない。俺たちメイヂからお越しの旅団は、メイド長のクロウの手合図でその行進をぴたりと橋の寸前で止めた。


 身辺や荷の検査などいくらでもどうぞという話だ。この魔物だらけの勇大陸で自衛のための武器を取り上げるなんて横暴をしなければな。


 ウェブル側の駐屯兵の小隊が、さっそく手際よく三台の幌馬車の中身を点検していく。


 しかしコイツら、ご丁寧にも隅から隅へと舐めずるような視線が鬱陶しいな。刺激させないように、御者役をしていたクピンが馬たちを撫でてなだめているほどだ。


 チリゴミの一つでも見つかったのか。そんなに散らして、片付けのできない男というヤツはモテないものだ。


 乾燥された牧草の束が、幌馬車の外へと放り出された。その後ろに隠れていた三つの石像を、水色の鉄鎧を被ったソイツは見つけた。


「おい、なんだこれは?」


 ウェブルの駐屯兵の小隊、その隊長らしき中年の男が俺たちに対して問いただす。


 その動かぬ鼠の石像の何が気に食わぬというのか、メイヂラットがいればウェブルラットもいるだろう。姿形、愛らしい耳と鼻先、その精巧な彫刻のことを知らない訳でもあるまい。


 厳つい面のいかめしい態度で振り返るその小隊長が、何を血迷ったのか、手持ちの槍を構えて幌の中へと突き刺した。


「売り物だぞ? ──ツンツンするな」


 厳つい髭面が睨み返すのは、髭も生えていない若造の面。俺はその中年兵士が刺そうと引いた冷たい鉄槍の柄を後ろから右手に掴んだ。


 鼠の像の鼻先に鋭い穂がぴたりと引っ付く。幌の中に佇む愛らしい石の耳が、ぴくりと逆立った。







「何をしている……貴様?」


「──入れてみろよ」


「……!」


 何もしちゃいない。溜めるように引いたモーションの大きいその槍の柄を後ろから掴んだだけだ。その穂先が先へ行くのも引き帰すのも厳つい顔をしたそいつの権利だ。


 ただ、俺は離さない。それも俺の勝手(けんり)だ。


 一瞬歯を食いしばったそいつは、どうやら諦めたようだ。幌馬車の中を探っていたその意味のない槍を、乱暴に後ろへと引き戻した。


 俺は急に振り返った気性の激しいそいつのモーションを、後ろに飛び退き避けた。押して駄目なら引いてサプライズの裏拳でも喰らわせる気だったのか。


 こちっと固まった馬車の荷台に積まれた鼠の石像はぷくっと肥えた胸を撫で下ろす。小隊長の男が振り返りしつこく馬車の方を睨みつけた時には、また三匹元の姿勢に正し、おとなしい鼠の石像のインテリアになった。


「フンッ。紛らわしいモノを積みおって」


 それは失礼したといったところか、こちらにとってもまだ見慣れない珍しい戦利品だからな。


「じゃあもういいか」


 この程度のいざこざは、その偉そうな兜を外して髭を剃り謝れば、その辺の水に流してやってもいい。


 俺はちらりと目配せしたクロウに馬車を橋へと進めるよう、合図を出そうとした。


「何を言っている小僧、誰がいつ貴様らにここを通る許可を出した」


 そいつはついに俺に対して槍を向けた。なんとも性懲りも無く、厳ついその面を崩さずに。


 さすがにそれは手の込みすぎたイベントというものだ。〝はい〟も〝いいえ〟も伝わらない小隊長のスティールという堅物に、俺はもはや魔法のあの言葉を使うしかないと踏ん切った。


「お前こそ何言ってんだ? 俺は〝王ヂ〟だぞ」


「王子だと……?」


 その言葉を受けてもなお怪しみ睨む小隊長に、見かねたのか、慌てて近寄った駐屯兵の部下が耳打ちをし教えた。


「たぶんのおそらくぅ……メイヂ国の第九王子様ですよ……!」


「ダイキュウだと? ……フンッ」


 また鼻息を荒く鳴らした小隊長スティール。かわいい威嚇の仕方をするものだ。


 なぜ部下が俺のことを知っていたのかは、おおよそ俺の前にプレイしていたカールの態度が鼻についたのだろう。悪印象にも逆にそれで覚えていたのだろうな。


「とにかくここを通すことはできない」


 しかし、おかしい。このスティールという男の堅物っぷりは常軌を逸している。まるで心まで錆びた鋼鉄でできているようだ。


「何故だ。怪しいなお前」


「怪しいのは貴様らだ! 王子であろうがなんであろうが、来たものを通すなとの王命だ」


「なんだと?」


「フンッ」


 その男隊長は王子に鋭利な槍を向けるのをやめ、今度は槍を横に寝かせて通せん坊する。橋へと進めようとした馬車の進入を阻止した。


 コイツは只者じゃない。いやむしろ只事じゃない。隣国の王子であっても通れないというのならば、いったい誰がそこを通るために川に橋を渡したというのだ。


 小隊長と同じように槍を横に寝かせて構える部下たち。他国の王子に無闇に槍を向けない最低限の配慮はできるよう、修正されたようだ。


 ウェブルへとつづく関所の橋の前は、厳つくニヤけたスティールとその部下たちの槍を合わせて囲い封鎖された。


 馬車を引くメイヂ馬は苛立つように鳴き、御者の引いた手綱で脚を止める。


 王子に槍を向けられて武器を構えていたメイドたちに、メイド長のクロウが収めるように手合図を出す。


「ハッ……これはありがたい」


 メイヂ国の王子の命より重いウェブル国王の王命とはいったい何なのか。一介のプレイヤーは、槍の重なる物々しい音を聞きながら、考えるフリをした────。








「隊長ーー、スティール小隊長!」


「なんだという!」


 メイヂ側の橋の前、通せん坊の陣を敷いた小隊に、背後から慌てた足取りで駆け寄ってきた新兵がいる。


「南関所からの海話(カイワ)が来ていま──」


「黙れ! 小隊長と言うなぁーーッ!」


「ぁがっ!?」


 スティール小隊長は報告にきた部下の頬を素速くビンタした。そしてカイワと呼ばれる新兵の部下が背負った大掛かりな装置を手をかけ、引っ張り出したその半透明の受話器を耳に当てた。


 青い水に満たされた受話器らしき物の中に、規則的な気泡がぶくぶくと立ちながら、それで何かの暗号を伝達しているようだ。


 いわば、泡と魔力を満たした特別な水を用いた電話のようなものか。聖徳太子でも聞き取りづらそうだ。


 ビンタされた新兵は痛みを堪えながら背を向ける。そいつは装置から伸びた受話器を耳にあてながら、こちらも睨むことをやめない。堅物で乱暴かつ器用で耳もいい小隊長様のようだ。


 俺の中でのスティール氏の評価が上がっていく。性別が女ならメイド長になっていてもおかしくない仕事っぷりだ。


 しかし、先ほど犯したポカはアドリブで誤魔化して隠しきれやしない。察するところ、おおよそ南の関所で何かが通過するトラブルがあったのだろう。不当な歓迎をされていたのは俺たちだけじゃなさそうだ。


「持ち場を離れられないんだろう。俺たちを通すか南から北上するトラブルを解決するかのどっちかだな。ま、通してくれるならそっちはウェブル王への手土産のついでに、俺たちがただで解決してやってもいいぜ?」


 ウェブル国の中間管理職スティールさんの陥った状況、板挟みのジレンマとはこのことだろう。緊急性のありそうな南の関所のトラブルと、お手手を繋いで通せん坊する余裕のあるこちら。どちらを優先すべきかは──


「どっちもだ!! ヴァガナーース!! ここを代わりに見張っていろ。そのいけすかない茶髪の末っ子王子を、一歩もメイヂの腐った土壌から出すなぁ!!!」


「はっ、はひっ、隊長!?」


 殴られた頬を撫でるのをやめ、厳つい顔の上司に敬礼をし新兵の男ヴァガナスはかしこまった。


 唾と命令を飛ばした小隊長のスティールは、橋の前に屯するいけすかない茶髪らのことを睨みつけたまま、他の使える部下たちを率いて関所の中へと戻っていく。装備の点検とウェブル馬の支度を整えるように指示をした。



 水色鎧の駐屯兵たちの半数ほどが堅物の小隊長を先頭に引き返し、立ち止まったままの俺たちの視界に遠くなっていく────。


 どうやら目と鼻の先、いやこの橋の先。ウェブル国の内部は、俺というプレイヤーの想像以上におかしなことになっているようだ。

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