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GAME16

 丘の上で待つ剣士はその日もう剣を振るうことをやめた。いくらイメージして振り翳しても、その先の神秘は晴れない。浮雲に途切れた月光がいつもより眩しく、待ち遠しく見えた。


 おこぼれにもツキがある。歌声につられてやってきた村中に潜んでいた猫たちも、今夜は豪勢な餌にありつけたようだ。暖色の炎でぬくぬくと温まりながら、緑のもじゃ髪の少女のとなりで仲良く寄り添い眠っている。


 本日のMVPと書かれた手製のゴージャスなタスキは、ソバカス顔のメイドへと届けられる。MVP報賞のチョコ菓子の詰め合わせも同時に授けられた。ほろ酔い気分のメイド仲間たちが、彼女のことを拍手で称えた。


 メイド長はコーヒーを淹れて、そっと作業台の隣に温かなコップを置いた。静かな寝息を立てる赤髪のその背にハーフケットを掛け、床に無造作に落ちていた図案の紙をひとつ拾い上げた。



 それぞれの夜が明けてゆく──────






 朝になった頃には、この村の至るところに俺の旗がかかげられた。そんな威厳と実績のある第九王子の旗の隣には、当然のように知らない緑の旗が紛れて存在していた。


「やぁ兄弟!」


 それは緑というよりはアオ。ゴツゴツとしたその石色の服を捨てて自由になった途端、のこのこと俺のことを出迎えにきたヤツがいる。青髪のいけすかない男だ。兄弟というが、全然似ちゃいないな。込めた敬愛も皮肉にしか聞こえない。


「命があって良かったな。じゃ、とっとと失せやがれ王子ダイヨン」


 俺も敬愛を込めて、目覚めたばかりの第四王子にご挨拶をした。


「ハハハハ、口が悪いとモテないぞ。──そうもいかない」


「なんだと?」


 そいつはかしこまり、何を思ったのか頭を下げだした。高くあった頭がゆっくりと沈んでいき、役者のように優雅に右手を払い礼をした。


「こうするしかないということだ。美しい者たちを守ってくれてありがとう」


 独特の礼の仕方だ。その下げた頭で、人の面を睨みつけている。なかなかできることではない。


「ハッ、なんだそれ。他に何か言う事はねぇのか」


 俺があっけからんにそう言い放つと、その青髪の王子は乱れた長い髪をいじりながら、礼をやめ元の姿勢へと戻った。


「もちろんだ兄弟。手放すには惜しいが、好きな娘をつれていってやってくれ。オレからの褒美だ」


 どういう風の吹き回しか。そいつは、ずらりと後ろに並べた自分のお抱え従者の中から、好きなこを選べと言い出した。


「お前は俺を外道にする気か。同じレベルに落ちる気はねぇよ」


「ハハハ、まさか。同じレベル? 私は先を見据えているまでさ。まさか第九王子も興味がない訳ではあるまい。さぁ弟よ」


 ナンパ師野朗に女を斡旋される状況は冗談きついが、先を見据えているというのはおそらく本心だろう。


 かくいう俺も、寄り道をしながらも先を見据えて行動していると思いたい。その曇りがかった不透明なヴィジョンに、居てほしい面がいないこともない。


 いけすかない第四王子を隔てた向こう岸に、青く揺れて立っている。


「チッ……何言ってんだか分かんねぇがめんどくせえな。──傭兵アオ・ニオール、俺と来い」


 ご指名は当然、アオ・ニオール。青髪が綺麗だと口説かれた体格(スタイル)の良い傭兵の女だ。


「あぁ。わたしでいいのか?」


 突っ立っていた青髪赤目の背丈さんが、淡々と肯定気味の返事をする。傭兵は転々と雇い主を代えて移ろうのが性。一歩前へと進み、自分と同じ青い髪をした元雇い主の男の顔を見た。


「行きたまえアオ。第九王子は君のことをご所望だ」


 格好つけているが、後ろにカノジョたちを侍らせて言う台詞じゃない。


「分かった。ダイヨンは一緒に西へは行かないのか?」


「まさか、飢えた弟に道を譲るのも兄の勤めだ。しばらくはそうだな、道ゆく魔物を退治しながら東にでも向かうとしよう」


 それは賢い選択だ。ある意味俺よりも。


「それがいいぜ。身の丈に合ったことをすれば、そうそう死なねぇよ」


「しばらく見ぬうちに勇ましくなったものだ。それが蛮勇であらんことを願うよ第九王子。西の国についた際にはウェブルの姫によろしく伝えといてくれ、紅茶を買っていくといい」


 第四王子が近づき第九王子に謎の手紙を渡す。その薄っぺらい紙に鼻に近づけると僅かに、香りがした。


「躍進して石像になったことぐらい自分で伝えろ。あ、なんならそのまま献上して飾ってやってもよかったな?」


「ははは、よく言う。では、たのしいお喋りはここまでだ。次は故郷で会おう、兄弟!」


「ハッ、その時までに俺の銅像でも磨いておけよ」


「あいにくそれほど自惚れてはいない! 足元をよく磨いておくことだ弟よ! ではッ──」


 磨いておくのはファッションのことか、それともナンパ術の極意か。


 どこか憎めない青いヤツ──第四王子ブール・ロビンゾンの旅団は、傭兵アオ・ニオールをこちらに残して、イシカゲ村を早々と発ち勝手に東へと向かい去っていった。










「「まてまてぇー、焼きおにぎりぃー」」


 ベージュ髪の双子が空飛ぶ生物を追いかけ、村の家々の表や裏の細道を走りまわっている。


 第四王ブール・ロビンゾンの旅団がイシカゲ村を発つのを第九王子は見送った。魔物狩りの王命で各々メイヂ国を出立した王子たちだが、曲者揃い。腐っても王子はメイヂ国の王子。ナンパ師もやられてただでドロップアウトとはいかない、と言ったところか。


 青髪の姿が東の遠くへと消えていく。


 VRになった美麗映像で確認しても、やはりこの王族の兄弟は似ていない。現メイヂ国王が誰が次期王となるのを望んでいるのか、その迷いの色が見て取れるようだ。


「野球チームでもつくるつもりか? ハッ、なんてな」


 もちろん俺も9番打者の末席に甘えているつもりはない。いかなるものにもチャンスは平等、そう言いたいのだろう。


 しかし同時にゲームも世も平等ではないとも知る。第四が勝てなかった石の軍勢に勝てたのも、この世に真の平等などないということを表している。


「まさにステータス。あの世もゲームも。まぁ、それだけで勝てるほど……甘っちょろい世界ならとっくに飽きてるぜ?」


 やりごたえのあるゲームは嫌いじゃない。しかし結局はイージーウィンできる術を求めていくのが性、それがゲーム攻略の近道。


「ま、ここまで寄り道だったがな?」


 寄り道にしてはそこで得たものは大きな成果だ。そしてもうこの村に居着く理由もそれほどない。今こそ西へ発つべき時──


 俺は東の門をくぐった先に見える平原を眺めながら笑い、やがてマントを翻し背を向けた。


 やけに歩くその背中が軽いのは、でかい戦が終わり、気が緩んでいるからではなく、なにもない丸腰でいるからだ。


「といってもだ……。どこかのお馬鹿な王子の得物が骨の髄まで黒焦げにぶっ壊れされてちゃ、かっこつけてる暇はねぇって話をこれからとこと……ん──こいつは?」


 唯一まともに装備可能な壊れたブーメの事を考えながら、道をふらふらと彷徨く。


 髭のない顎を何度もさすりながら、結局赤髪の鍛冶屋の所に向かおうとしたところ──


 俺は、左横の民家の影に何かの気配を僅かに感じた。


 捨てられていたのは人形ではない。とても形容しがたい不完全なそのアイテムをそっと影の内から拾い上げ、半壊したその姿を朝の光へと晒した。


 被っていた砂汚れを払っても、指を模したようにも見て取れるその風貌はとても独特で、ところどころ欠けていて、判然としない。



 【壊れた像】を手に入れた────。










 助けた村から食料や物資を融通してもらい、新たな戦力も補充した。


「来た……斬るっ」


 青い髪を靡かせ、赤い瞳が獲物を見据える。長身高くから繰り出された斧の斬撃が、ウッドコボルトの脳天を豪快に裂いた。


 傭兵【アオ・ニオール】。第四王子の旅団から無償トレードでこちらに来た新戦力だ。といっても北西の洞窟の戦いでは既に助っ人として活躍してくれた。その時の経験でか、失くした大剣よりも貸し出した大斧が気に入ったらしい。


 俺たち第九王子の旅団の中ではアモンの次に頼れる前衛役になるだろう。余裕がでれば、いずれ〝コンバート〟も考えたいが──。




『○▽──!』


 忙しく羽ばたかせているようで、実際のところ羽音はあまりしない。その未知のちいさな生物はお茶目にウインクを披露し、言語とも分からぬ謎の鳴き声でカール王子に耳打ち、その大きな目で覗いた敵の数の報告をする。


 【焼きおにぎり】。空飛ぶ一つ目の魔物は、お茶目な双子にそう名付けられた。


 石の軍勢のボスを倒した後は敵対することを直ぐにやめ、敵将の王子様に羽をぱたぱたさせて挨拶に来た賢いヤツ。


 どうやら俺たちの旅団の旅についてきてくれるらしい。といっても俺はコイツのことを知っていたので、あの時あえて撃ち落とさずに逃したのだ。


 ゲーム内でも何故か仲間にすることが可能だった特殊な魔物ユニットだ。戦闘力も空戦力もあまりないと思われるが、その大きな目ん玉を活かした偵察兵として働いてもらうこおになるだろう。


 ちなみにゲーム内での初期名は【メンチ】だった、一部の者にマスコット的な人気があった。──焼きおにぎりの方がまだ可愛らしいか?




 『ちゅーちゅー』と偉そうに講釈をたれるように鳴くのは生の一匹。石の体毛に覆われた三匹の方は鳴かない、石だから。


 スターラットが従える三匹の石の鼠兵。ボスを倒しても石化の呪いが解けなかったとは鈍臭い鼠もいたものだな?


 クピンが仲間にしたスターラットのことを親分と慕っているようだ。


 良い餌をもらい最近肥えてきた星鼠が、その白い星柄の腹を突き出して、子分たちに威張っている。甘やかしすぎたか?




「【プリズムボム】うぅ、また鼻血……なんこれぇ……」


 杖から放たれた眩き光球が、前進してきたコボルトの腹を焼き焦がした。


 とんがり帽子に、烏のように黒い衣。外はねのイエローショートヘアーがとても映えている。


 どこか安心感のあるオーソドックスなスタイルを纏うその魔法師の女は、魔法を発練しながら同時に鼻血をよく垂らす。


 第四王子の旅団からこっそりと抜け出し、何故か正反対を行くこちらの集いにそのとんがり帽はついてきていた。


 うかがった名前は確か、イエロー。俺が3秒で思いついたということは、おそらく偽名だろう。ながれる血は赤いらしい。




 平原にエンカウントしたウッドコボルトの群れを、旅団員たちが難なく片付けた。


 既にイシカゲ村を発った俺たち第九王子の旅団は、このまま西を目指していく。


 まずはウェブルとメイヂの国境付近の関所を目印に、その道のりを進むことになるだろう。


 当然、魔物にも出くわす。穏やかな原大陸とちがい、ここは不浄の勇大陸だからな。国から国への移動も命懸けと言っていい。


「この調子(ペース)だと、いずれ野宿になりますね」


 メイド長のクロウが、馬車に乗りながら戦いを見物していた俺に近づきささやく。


 案じているのは王子の身か、機嫌か。どちらにせよ、一介のプレイヤーにとっては────


「あぁ、野営の準備だ。たのんだ」


 野営の準備の仕方など知らない。俺は堂々と、ない扇子を払った右手の手振りで指図する。


 メイド長のクロウは、馬車に乗る王子に軽くお辞儀をし承知した。


 王子の命を受けたメイド長が、部下のメイド兵たちにてきぱきを指示を出す。


 ふんぞりかえっていた俺がようやく馬車から降り、幌で覆われ見えなかった天の景色を仰ぐと──少し曇りがかっていた。


 天のご機嫌は知れないが、国境も関所もまだ見えない。


 メイヂ国領イシカゲ村を出た西の平原の途中、折り畳んで運んでいた木組みのゲルを蕾を咲かせるように広げて、野営の準備が手早く執り行われていく。

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