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GAME13

 命令を受けたように今前方に立ち塞がった、ネムリゴケをその岩肌に装備した岩石兵が三体。メイド長のクロウは率いる部隊に〝待て〟の号令をかけ、自ら練り上げた魔法を行使した。


「微細清掃【ダスティム】」


 ペンは剣よりも時に強い。


 胸元のポッケから取り出した羽ペンをひとつ振るうと、虚空を撫でたそばからそよ風が吹いた。


 その起こったそよ風が前方へとながれると──


 みるみるうちに、なんと岩石兵に付着していた厄介な苔の装備を、まるで掃き掃除するように綺麗に取り除いた。


 緑と青の光る装飾が風に流されて失せる。着飾るネムリゴケがなければただの岩石兵。クロウは待機させていた近接武器を持った兵にまた号令を下し、タイミングよく仕掛けさせた。


 剥き出しの岩肌に傭兵のアオが構わず大斧を振るう。岩石兵の右足を断った後、跪かせたその頭を薪割りの要領でカチ割り粉砕。


 クロウも同じく近場の部下のメイド兵から補給物資を受け取り、丈夫な斧に持ち替えた。メイド兵たちが岩石兵の動きを崩したところに、斧で岩の頭を積極的に狙い効率よく破壊していく。


 眠りの搦手を取り除き被害をなるべく抑え、行手を阻んできた岩石兵を倒すことに成功したクロウ率いる中衛の遊撃部隊。


「タネが分かるものならば対策方法はあります。しかし、時折混ぜてくるこのバリエーション豊かな誘眠戦法の足止めが厄介なのは変わらず。しかし裏を返せば、これらを無効化するアドバンテージがこちらにも準備されていたもの……凌ぎ切ればあるいは……?」


 幸いにも率いる部隊のコンディションに問題はない。新戦力の傭兵アオも、パワー不足に陥りがちのメイド兵たちを補う役割を見せつけ、頼りになった。


「……カール王子の方は大丈夫でしょうか? ──いえ、ここは進むのみ。〝あのカール王子〟ならばあのタロットの他に、何かまだ懐に隠した手が幾つかあるのでしょう。今は後ろを気にしている余裕はありません。私に後陣に戻る楽な命令を出さなかったのも、『前をゆけ』そういう厳しい意図が伝わるというものです」


 自問自答した末に至った最良の答えは、やはり〝前進〟。


「阻む石はありません。このまま背を見せた魔物を手早く討ちながら、アモン様の背の憂いを払いつつ支援・前進します。誘眠師の仕掛けにやられないように気を引き締めてください、万が一やられた場合は担ぎ上げて味方の救出を優先!」


 気の利くメイド長のクロウは、後ろの戦況を気にすることをやめた。


 確かな観察眼をもつその両目は前へと集中し、部隊の足並みをそろえながら前進していく。


 アモン・シープルの突破した道を遅れて辿る。クロウ・フライハイトの指揮する遊撃部隊は、絶妙な位置取りでの後方支援をつづけた。









 のっそりと歩き現れた一体の獏が、床に倒れた山賊男の腹の上にその四足を畳み座った。


⬜︎

バクスロー(石化):

獏に似た魔物。蓄積した眠気を魔力を通し周囲に伝染させる能力を持つ。なお他人の夢をのぞき見入るうちに、自分もすやすやと寝てしまうのだとか。


⬜︎


 ツンケンしたあの緑髪の魔法師も意気込んでいた女戦士も、今やすっかり仲良く石のベッドの上に眠っている。魔法で顕現した水の狼は尻尾を振りながら、水浸しの主人の顔を舐めている。


 仲間で部下の山賊の男どももぐっすり──使えない。やりくりしていた妖精の粉の残りは、指で摘める一袋のやせっぽち。


 山賊頭のオリーブは、握ったナイフで太ももの古傷の上を刺した。不可解にモヤモヤと増加していた眠気が一瞬吹き飛んだものの、まだ頭がいつものように冴えない、働かない。


 眠っていればそれは死体と同じ役立たず。使い捨てのこの妖精の粉を誰に使うべきか。いや、それとも──


 オリーブは重くなった瞼をつり上げ、もう一度ぼやける周囲に鋭く目を凝らした。




 その最後のちいさな砦だけは、まだ陥落せず──健気にも元気に何かを信じ戦いをつづけていた。


 ロックアーチャーから放たれた石矢を構えた盾で防ぐ。ギムの構えた身の丈に合わないその魔盾は、散らばり飛んできた矢の雨を不思議にも一身に集めた。


「【バクゥ】おーなんか回復ぅー」


「【バクゥガ】おーなんかたえてるぅー」


「「ほあぁ……。あふぇ……?」」


⬜︎

ロックアーチャー:

己の石の体を切り出して放つ石の矢のリソースは、その身の限り。

さらに石の体の隙間には、緑の血管のような蔓が通り生えている。採取したミンミン蔓の種を矢先に巻き付けることで、着弾地点に誘眠効果を作用させることができる。


⬜︎


 ホナが魔銃を地に打ち込み継続回復エリア【バクゥガ】を作り、ギムが【バクゥ】で一気に周辺の属性値を吸い上げ回復効果を速めた。


 しかし、ホナが使用した【バクゥガ】の回復エリアが促進したのは、盾に阻まれ地に突き刺さった植物の種の成長。


 急成長した蔓が双子に巻き付き、誘眠効果のある油を分泌。


 双子姉妹のギムホナはそのまま仲良くすやすやと眠りこけ、倒れた。


「戦場にガキなんて連れ回すからっ!」


 仕方なく双子の後ろに控えていた魔法師チョコの支援に入ったオリーブは、中距離からの投げナイフでうねうねと成長する蔓を切り裂いた。


「おだちんおだちん……」


 そばかす顔の娘が、目を閉じながらまだ呑気に念仏を唱えている。ちいさなナイトが就寝の時間になったのも知らずに。


 投げるナイフももう品切れだ。オリーブは、スロウ効果のある手持ちのレアナイフで、まだしつこくも天に伸びようとするその蔓を切り裂いた。


 また頭がくらくらしそうだ。オリーブは銀髪の頭に被っていた若葉色のバンダナで口元を覆い塞いだ。


 その時──油断した仕草をとったオリーブに向かい、石の蛾の編隊が左方から宙を飛び迫ってきた。


 ガキの遊びに付き合ってしまったせいか、がらにもない尻拭いの行動を取ってしまったその報いが銀髪の女に迫る。


「ガキで悪いか!」


 声が聞こえたのは石蛾の真上。高く跳んだ黒髪の雄が、勇ましく切先を下にした鉄剣で、銀髪女に舞い迫った石色のモスポイズンの背から腹部を突き刺し、砕いた──。


「なっ、なんだい!?」


 黒髪の雄の正体は、ユウ。王子の密命を受けて遅ればせながらやってきた。


 だがガキが一人増えたところでそれが「なんだい!?」と、オリーブは乱れた銀髪を整えることもなく返した。


「知るかよ! 切札ってヤツなんだろ!」


 〝切札〟それは一体何だというのか。自分を大きく見せたいのか、子供の戯言か、それとも──


 また掠め飛んできたモスポイズンの相手をしながら、隙を見てユウは【切札】を背負うバッグから解放した。


 そしてバッグから取り出した水色の目覚まし時計の頭を、鉄剣の柄で小突いた。


『【メザルくわっ】──【メザルクワっ】』


 やかましく唱えたのは、意味のない念仏などではない。物言わぬはずの水色アヒルの目覚まし時計が、繰り返し何かを唱えだした。


 ユウが天に掲げたアヒルの目覚まし時計が、刻む腹時計の針を速めながら、──やがて光を放ちながら自壊した。


 冷たい石のベッドに寝ていた周囲の仲間たちがぞくぞくと立ち上がりだす。


 オリーブの頭も、蓄積していたあの怠い眠気が嘘のように吹き飛び、一転してクリアに冴えた。


 切札をきる、その時はまさに今。


 ユウは鉄剣を拾い、さらにもう一体、性懲りもなく飛び込んできたモスポイズンの羽を砕いた。


 少年の上げた雄叫びが、目覚めた皆の耳をつんざく。


 寝ぼけ眼をそれぞれぬぐい、冷え込んでいた士気は昂る。眠りこけ壊滅寸前であった後陣の大部隊の立て直しに成功した。









 誘眠攻撃の被害が大きく、危うかった後陣の部隊もその立て直しに成功。中衛からは自由になったクロウ率いる遊撃部隊が的確に脆弱さを見せた魔物の背を突っつき、気の利いた支援を怠らない。


 後ろの憂いはない。ただ前へ前へと、力強く振るう疲れ知らずのその剣で、阻む敵を砕き斬り伏せ倒す。


 石色の連なる厚い防衛ラインをようやく突破した。剣士アモン・シープルの怒涛の進軍劇は止まらない。


 あれだけ遠かった祭壇上の怪しげなシルエットが詳細になっていく。敵のボスと思われるその首はもう近い。


 走り続ける両足が休むことはない。アモンはより一層握るその剣に気合いを込め、このまま祭壇まで一気に抜けようとした。だが──


「──! イシカゲ村の!」


 突如としてアモンの前に現れたのは、駐留していたイシカゲ村で見かけた村人たちの姿。


 見間違えてはいない、まだ若い子供の姿までそこにあった。剣をその幼い手に握らされている。こんな形で握りたくもなかっただろうに────。


 各々適当な武器を持たさせた村人たちの石像が、眠った硬い表情のまま、アモンに群がり襲いかかってきた。


 アモンは苦しい表情で寄ってたかる村人たちの攻撃に対応するが、今握るその剣を振るうことはできない。攻撃して破壊することはできない。敵はこの状況を見越して温存していたのか、考えつくかぎりの最も狡猾な手段でアモンの進軍を阻止する。


 村にいたはずの村人たちがどうしてここに現れたというのか。アモンには分からない。


 抱きつこうとしてくる村人の石像たちを振り払うアモン。なんとか身のこなしだけで前を目指そうとするが、伸ばし殺到する数多の石の手に手を焼く。


 それでも剣を鞘に仕舞い、アモンが前へと挑もうとした、その時──


 宙に水飛沫が飛び散り、伸ばされた石の手が引いていく。


「クピンの魔法! しかも縄つき!」


 アモンの視界に水の狼が颯爽と駆けて現れた。姉のクピンの練り上げた魔法生物だ。


 しかも【アクアウルフ】と【スネークロープ】を組み合わせて発練している。いつもより大きい水狼が、石の人間たちに水鞭のリードを巻きつけて強引に引っぱっていく。


 見事な練度の水属性魔法の合わせ技で、剣を抜けない弟のアモンを支援した。


「いつの間に修行を! ははっ、やっぱりすごいなクピンは!」


 言葉がなくても分かる。尻尾を振る水狼に頷きながら、アモンは仕舞っていた剣を堂々と抜き出した。


 緑髪の剣士は振り返らない。残された石のギャラリーをかいくぐり、巻き上げた水飛沫が作り上げた、前方に浮かぶ虹のアーチをくぐっていった。










 クロウの遊撃隊から分かれ、独自の動きを見せたカール王子の小隊もまた、侵入した危ない石の魔物の博物館の只中で、その力を振り絞っていく。


 ホックの【パワーオーダー】で王子の攻撃力を一時的に補強、投げ放たれた王子の【パワーブーメ】が、仲良く並び立つ石のコボルト共の首を横薙ぎに砕いた。


 鉄盾に乗せ浮かぶのは、戦場でかき集めたレアな魔石。ご注文の熱々の石を、鉄盾を振るい惜しみなく投げつける。ナンナが特異なその投石術で支援射撃する。


 迷い込んだ石の博物館は相変わらず警備が厳しいが、以前ほどの手厚い囲いではない。


 どうやら手強い魔物ほど目覚めさせるにはそのエネルギーを使うようだ、強い魔物を使役せずにここに残し飾っていたのもそういう訳だろう。気持ち悪いぐらいに従順な石の軍勢といえど、眠たいヤツをいちいち起こすにはそれ相応のパワーがいるからな。


 ここで敵を引きつけてたたかう。死にそうになりながらもひとまずよく耐え凌いだ。戦況はまだよく確認できていないが、俺は王ヂだ、〝他力も本願〟味方が上手くやってくれていることを祈るしかない。


 少し息つく余裕の生まれたタイミングで、俺は内心不平を垂れながらもここまでよく働いてくれたメイドたちに労いの声をかけようとしたが、ふと異変に気付いた。


「あれ? 西が」


 なにもない透明な違和感、俺の視界にぽっかりと空いたそのスペースが埋まらない。


 気付けば一人いなくなっていた。北と南、ホックとナンナはちゃんとここに、疲れた息を乱しながら俺の目の前にいる。







 囲う石のドーナツに食べかけの穴が空いていた。


 昂る闘争心が囲う恐怖心を凌駕しようとするとき、人はそのギャップを埋め合わせるようにあらぬ行動を取ってしまう。


 彼女の前のめりの感情はより自身が惹かれる方向に、目を向けた。


 『あなたは誰のために死にたいか』今視界に見えたその穴の先に、取るに足らないこの命の使いどころがあるように、そう思えた。


 鼓動するただ一つの心臓を抱え、一人のメイド兵が、その光差す穴を目指し走り出していた────。




 ニモアはドーナツ状の魔弾【マジックリング】を連射するも、石化状態のフレアビートルにはまるで効いていない。


 無茶な連射で愛用していた杖は折れ、それでも彼女は腰にさしていた一本の剣を取り構える。


 だが、飛び跳ねた炎虫に体当たりをされて、ニモアの体は軽々と後ろに弾き飛ばされた。


 自ら斬りかかることすらもできなかった。ただただ背を強く打った未熟なその身が酷く痛む。


 起き上がれない程の大きな痛みに体が支配されていく。経験したこともない痛みだ。見習い時代の訓練でも実戦でも、これほど強い魔物の相手などしたことはない。


 絶体絶命──。安っぽいこの命を賭しても、きっとアモン様にも知られずに、この場に消えるのだろう。


 自身の盲目な愚かさが招いた結果。 


 いつものように出しゃばらず、仕える王子の命令どおりにいれば、あるいは助かったかもしれない。今になって冷静になるなんて、勝手な感情、虫のいい話──何もかもが彼女にとって遅すぎた。


 一介のメイド兵が、ただ力の差のままに敗北する。


 そんな暗く見え透いた未来のなかで、光輝く存在、憧憬する緑髪の剣士の姿はもう遠く。


 いくら手を伸ばしてもその落ちた剣には届かない。薄汚れたほそい左手の影だけが、刃を握りしめていた。


「──もっとどーなつ……たべたかったな……」


 『ギィギィ……』強靭な顎を鳴らし威嚇する、おどろおどろしい虫の音と六つ脚の足音が、冷たい地にはりついた耳に、響く、近づく。


 もう、立ち上がる体力もたたかうAPもない。最後にぽっかりと……鮮明になった空腹感を抱きながら、ニモアは、重い瞼の目を閉じた────。



 近づく、近づく、(とどめ)をかぞえる足音は──あわただしく、二つ。



『喰らいやがれっ!!』



 その瞬間、閉じられた瞼の裏の暗闇が、紅く瞬いた。


 一瞬、火花が散り、きえる。


 威勢の良い叫び声と断末魔が重なり混じり合う。何かが正面からぶつかる、けたたましく激しい音が響いた。



『ほんと、────呪われてやがる』



 目を閉じていたニモアの暗がりが、眩しく明滅した赤い光に晒されて、また重く明けてゆく。


 そこには綺麗に真っ二つになったフレアビートルの残骸の石。


 白煙を上げたお守りの剣が、役に立たずに折れて欠けた。


 静かに揺らぐ緑の背姿に刻まれた銀の刺繍は、逆らうことのできない、確かに、呪われた印。


 折れた刃を片手にたたずむ茶髪の剣士のお姿が、静かにひとり──


 情けなく傷ついた一介のメイドが今見上げたそこに、在るべくして立っていた──────。

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