GAME12
知将たちが綿密に練り上げた作戦も、いざ目の当たりにした多勢を前に、偉そうに肘をついていたそのちゃぶ台を返し、破棄しなければならないそんな時もある。
敵の戦力を生で目の当たりにして初めて分かることもある。後方で団子になり戦っていた俺たちは、すぐさま部隊を三つに分けた。
旅団員の半数以上を占める戦力、ギムホナチョコ連携の取れたいつもの三人組を主軸に、メイド兵と元山賊部隊をぶ厚い壁になるように添える。それにクピンも同じ後方に置いていき、サブの魔法アタッカーとして寄る敵の駆除役として機能させる。この部隊の主な役割はメイド見習いで魔法師のチョコの【ビッグサンダー】を練り上げつづけさせること。その派手でこけおどしな上級魔法で敵の目を引ければそれでいい、充分──。
そして俺は後方の部隊から比較的に足の速い数名の護衛を王子権限を行使し連れて動き、単騎で動くもう一つの部隊、エースユニットのアモン・シープルの突入を支援することにした。
つまり、単騎突入したアモンにいま寄ってたかった奴らをその後ろ背から叩く、そのための遊撃部隊の結成だ。いくらエースユニットとはいえ、ただ単騎での特攻を任せたならばそれは愚将、いやひどいヤツ。多少の危険と不意を打つ安全性を兼ねたこの動きはマストだ。アモンの果敢につくった状況をおいしく利用しない手はない。
単騎突入で素速く石色の波を掻き分けて行ったアモンの出だしは、まさに電光石火。しかし、次第その戦場を前に駆ける勢いは減衰した。祭壇を目指す緑髪の剣士の進路を立ち阻むように現れた巨大な岩石兵を相手に、アモンはなかなか抜けずにもたついていた。
そしてさらに、後ろから追い抜かされた小鼠の魔物の小隊がその剣士の背に追い迫った。
後方の鋭い殺気にアモンが振り返る。だが背のマントを風で撫でたその殺気は──
「風の魔法? いやカールの──!」
それは天然のマジックではない。どちらかといえば手品。手品に欠かせない小道具のタロットカードを消費し、俺は属性付きのブーメでアモンの背に群がる雑魚を一掃した。
風属性を纏ったブーメがその物魔混合の威力を発揮し、ラットたちの着込んだ石の鎧を抉り砕いた。
ステータスを僅かばかり上げるだけではない。所持するアイテム欄からタロットカードを使い、消費したそれが属性の意を持つ絵柄のタロットならば、後の攻撃行動に一度だけ属性を付与することができる。
SRPG時代に既にあった実用的な小技だ。街でタロットカードを集めていたのは、しょっぱい王ヂのステータス値を独占して上げるためじゃない、こういうハードな状況を想定した〝切札〟を集めていたというわけだ。
「立ち止まんな、いけっ。こんなもん使えてあと数枚だ」
「行ってくださいアモン様」
「カール、クロウ……あぁ!」
王ヂが倒し損ねた石のラットを、クロウと指揮したメイド兵たちがトドメを刺し駆除した。
最強のエース格ユニットの単騎突撃。相手が誰であれ、ゲームであれ、それが最強の戦略だ。
振り返っている暇はない。今もなお続々と目を覚ます石の軍勢、際限なき増援のギミックには、スピード勝負を仕掛けるのが有効だ。
俺は緑髪の剣士の肩を叩かない、その背のマントを僅かなそよ風で撫でた。
剣士アモン・シープルは一度だけ遊撃部隊の俺たちに頷き、もう振り返らない。その剣で阻む巨大な岩石兵の首を一太刀で落とした。
格の違いを見せつけたアモンは、再びその勢いを取り戻す。そしてカール王子が鋭く指を差す、ボス級の首が待つ祭壇を目指し駆け出した。
怪しい光が一瞬光った──。
手に取り投げようとしたナイフの刃、その銀色の表面に一瞬だけ紫の波が映った。
『チカッ』と瞬いた予兆の魔光に、オリーブは反応し、若葉色のバンダナを飾った肉壁の後ろに隠れた。
咄嗟に壁にした部下の山賊男がその場にへろへろと、力をうしなったように眠り倒れた。
「(この距離からの誘眠魔法!?)冗談じゃないねぇ、一方的なのは好きじゃないってのに。チッ、そこの〝そばかすいーつ〟まだ魔法は撃てないのかい!」
オリーブは振り返り、そばかす顔のメイド娘のことを見た。そばかすメイドは、へんてこな杖を持ちぶつぶつと念仏を唱えている。相変わらず魔力が充足に練り上げられた様子はない。杖の底、石突から10cm程しか可視化できるその魔力は満たされていない。
チョコが上級魔法の【ビッグサンダー】の魔力を、へんてこに曲がったその杖先まで満たすにはまだまだ時間がかかりそうなのは明白だ。
「おだちんおだちん……うぅ」
「「敵キャラがうるさい、だって、おだちぃ〜ん」」
メイド魔法師のチョコを近場で守護する双子のギムとホナが、チョコの心情を代弁しふざけた返事オリーブにする。
「おたくの保護者が《一致団結》とぬかしたんだろうに、フッフ、嫌になるねぇ! 逃げてんじゃないよあんたたちアタシを守りな!」
オリーブはまた肥えた山賊の部下を一人捕まえて肉壁にし、超遠方から狙撃するように放たれた誘眠魔法を防いだ。そしてなおも押し寄せる石の雑兵に向けて、ひび割れた箇所を狙い自慢のナイフを投げ放った。
「敵だらけっ、アモンもカールも今どうなってんのよ!」
「愚痴らない愚痴らない、『全部ぶっこわせ!』って王子様も言ってたんだから! ここからがこのお目覚めフレッシュアイドル戦士イヨポンの──」
「わかってるから! そんなの! 発練【アクアウルフ】石のステーキよっ全部たべちゃって!!」
イヨポンのバグナウが石鼠の鼻先を砕いた。一度眠ってフレッシュな状態のイヨポンはまだまだ元気に、武功を上げようと躍動している。
クピンも負けじと【アクアウルフ】を発練。獲物をしゃれた石のステーキに例え、虚空から飛び出し顕現した水属性の魔法生物、水の狼に戦場を駆けさせた。
後ろの戦線は混沌としている。与えられた作戦は、部隊の一番後方に位置取るチョコの上級魔法【ビッグサンダー】その発練までの死守のみ。
デコイとも本命とも判別でない作戦を懸命に旅団員たちは実行していく。
ギムホナの小さいながらも連携の取れた堅牢な守りに、チョコの長ったらしいいつ終わるとも分からない充電時間。
オレンジ帽と緑もじゃ髪が、サブアタッカーとして機能し寄る敵を競い合うように刈り取っていく。
女山賊のオリーブは、頃合いを見て管理していたアイテムを取り出した。部下たちやその他の知り合いのだらしなく眠った顔に【妖精の粉】を振りかけ、冷たい石の枕で見ている夢の世界から目覚めさせる。また肉壁として再利用する気だ。
石の軍勢の数は減らしても減らない。厄介な誘眠魔法までもスナイプするように飛んでくる。
それでもカール第九王子の旅団の後方部隊は、前に向かった仲間と魔法師チョコの練り上げ高まるその魔力を信じ、各々の武器と技能と頭を使い押し寄せる石の魔物を砕きつづけた。
俺たちはさらに敵を撹乱するために、即興でこしらえた遊撃部隊をさらに二つに分けた。
混乱する後陣の指揮をあとでクロウにとってもらう予定だったが、代わりについて来ていたガキのユウにある密命を与え一人戻らせるだけに留めた。
隊を細々と機敏に指揮できる貴重な戦力のクロウには、力のある傭兵アオ・ニオールを率いさせ、やはり前方のアモンが討ち漏らした敵の掃除にそのまま継続して当たらせた。
そして二分したもう一方の小隊に残ったのは、三人のメイドと俺──以上。
このごく少数のユニットからなる小隊の役割は、まだ目覚め動き出していない魔物を──
「ぶっ壊す」
⬜︎
ヴェノムタイガー(石化):
戦場を駆ける毒猫。毒の爪の攻撃と、毒の足跡のトラップ能力は鬱陶しい。妖精の粉の在庫も心配だ、最優先して撃破。
ナイトワーウルフ(石化):
天を見上げ吼えたまま固まった凶暴な人狼。機敏さと物理攻撃能力に長けた魔物には退場願いたい。ステータスの暴力ほど怖いものはない。
フレアビートル(石化):
溶岩の中を飛び跳ねても平気な炎属性の虫。魔法耐性が高く石化した状態で動けるならば、物魔両面でさらに強くなっているだろう。即刻撃破。
⬜︎
俺は敵の使える有能な駒を減らすため、厄介な能力を持つ魔物の石像を厳選しながら、先に壊すことにした。
強力なはずの魔物があっけなく何もせぬまま砕けていく。無情などとは言ってられない。ゲームギミックを逆手にとり、壊す順番を逆算しながら、俺は動かぬ敵エリートユニットの弱点属性とCTPを丁寧につきそれらの破壊に成功した。
「動かない敵相手に無駄にタロットを使っちまった……。さて、ここから────どうしたものか」
敵の大部分の戦力は、前進する剣士アモンと後陣で上級魔法を練り上げる魔法師チョコに予想通りに食いついた。
ただ、予想外、突然目覚めた敵に俺たちは囲まれた。
ちまちまと暗躍する俺たち小隊のことなど無視するかと思ったが、どうやら指示を出す敵のボスも、旅団の頭である俺を殺る気らしい。
遊撃部隊を二分し、さらに少数で好き勝手動き回る方がいいと思ったが、結果、この思いつきが思わぬ裏目に出た。
防ぎづらい誘眠魔法の対策に必要な最低限の人数、メイド兵三人を壁にし上手くやりくりしながら、王子の俺は好きなところに攻撃を仕掛けつづける予定であったが……。
なおも敵はチョコの上級魔法の阻止に躍起。そして単騎駆けで直進するアモンにも手を焼いているが、ネムっていた余剰戦力を今目覚めさせ俺たち四人のことをわざわざ抑えにきた。
好き勝手にやれるチャンスの到来かと思いきや、これは予想できない敵のリアクションだ。
薄くなったタロットカードの束をいったん懐に仕舞い、俺が置かれた状況を冷静な様子で整理していると──
侍らせた三人のメイド兵たちが、そわそわとどこか落ち着かない様子でいるのに気付いた。
『あなたは誰のために死にたいか』メイドたちは、そう書かれたブレイク・ミュラー著の一冊の本のことを思い出す。
しかし王子は、そいつらメイドたちが今囲うこの輪を離れ、独自の判断で動き出すことを認めない。
アモン様が心配、支援しに行きたいなどと彼女らは必死に嘆願したが、俺はその決起案の実行に許可を出さなかった。振り返るメイドたちのツラをみながら冷静に突っぱねた。
「「「え、でも! 『俺が死ぬわけねぇだろ? ハッ。──守りたきゃ守れ。オレ以外、ちゃんとな』って!」」」
ニモア、ホック、ナンナ、メイド兵の三人が口を揃えて王子に向けてお言葉を返す。
一言一句その通り。やさしい誰かがイシカゲ村の昼の庭裏で、言ったような、言わなかったような、あの時の台詞を三人はきちんと覚えていたようだ。さすがよく教育の行き届いたメイヂ国産のメイドだな。
そして、まだ完全に敵に包囲されていない今こそが機──。
その時の言質を判断材料に鵜呑みにし、王子にはこの場からの自力での撤退を勧め、自分たちは前方のアモンの所に向かおうとしたのだろう。大変肝の据わったいい心がけだ。
「はぁ? 何ゲームみたいな台詞をのうのうと言ってやがる? いいから死ぬ気で俺を守れ、王ヂだぞ?」
王ヂの方をそろって向いたニモア、ホック、ナンナは青ざめる。従者、メイドはいかなる時も仕える主、そう王子を守らなければならないのだ。この王ヂを。
そうこう意見が正反対に食い違う王子と従者が問答をしている内に、続々と目覚めた石の魔物たちに囲まれてゆく。
王ヂのそばから勝手に離れることは許されない。危機する状況をさらに上から塗り替える王子の発言力に、衝動と職務とジレンマを抱えながらメイド兵たちは動けない。
迷い込んだ動かぬ石の博物館が、一転、一方的に壊し回っていた四人の人間たちに今、牙を剥く。
恋は盲目でも指揮をとるプレイヤーは盲目ではいられない、旅団を勝利に導かねばならない。
親愛度ステータスの増減と友好関係図を更新するのは戦いが終わったその後でいい。
どこからでも誰からでもヘイトをとれるなら、それでもいい。
俺はそろって額から汗をながすメイド兵三人を駒に指揮し、石の警備員が駆けつけてきたこの危うい状況に立ち向かった。
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