ソリ遊び
これは曰く付きの家とは関係ない話になるが思い出したので書いておく。
僕には2つ上の従兄が居た。
僕の家系は親戚が多く、その親戚連中のほとんどがクズ。
なので、僕は親戚が来たとしても顔を見せる事はない。
しかし、そいつとは気が合い、よく彼の家へ泊まりに行ったりしていた。
これは、その従兄と冬のある日にソリ遊びをしていた時の話。
僕の爺ちゃんの家は漁師で庭、というか干場がとにかく広かった。
干場、というのがわからない人のために補足しておくと、家の前の庭が一面砂利にまみれていて、そこに漁をしてきた成果を干す場所だ。おそらく、これだけでわかる人にはどんな漁業をしているのかわかるかもしれない。
僕は学校の長期休暇になると、ずっと爺ちゃんの家へ泊るほどの爺ちゃんっ子だった。
それは未だに変わらず、少しでも休みがあれば家へ行くほどで、従兄の家はそんな干場のすぐそばに在った。現在は従兄の家は別の場所へと移り、その場所もわからない。
僕と従兄は夏休みや冬休みになるとしょっちゅう遊んでいた。
夏休みは海へ行って釣りをしたり、近くの山へ入って探検。
冬休みは干場でタコ遊びをしたり、ソリ遊びをしていた。
そんなお互い学生の身の、冬休みのある日、従兄がある提案をしてきた。
「なあ、そろそろもう少し危ないコースでソリ遊びしないか?」
従兄は、ただ広い干場をソリで滑るのに飽きたのか、そんな事を僕へ言ってきた。
「え? 少し危ないって?」
僕がその話に乗ると、彼は僕へ少し危ないコースについて説明を始める。
僕らが普段遊んでいる干場は、すぐそばが、ほぼ直角90度の崖になっている。
その高さは、およそ50mほどだろうか。
従兄はそこへ向かってソリを滑らせるチキンレースをしようと提案してきた。
「危ないよ……」
僕がそう言うと、従兄は自信満々な顔で。
「崖の前へ落ちる前に、お互いが立っていればソリを止められるから大丈夫だろ」
と、今考えるとどう考えても危ないとしか思えない提案をしてきた。
当時の僕は、それを信じ。
「……じゃあ、やろう」
と言って従兄との崖へ向けたチキンレースが始まった。
崖へと向かう坂は急こう配で、僕も従兄も最初は坂の中腹くらいでソリから足を地面に突き刺し、ソリへブレーキをかけるという事を繰り返した。
しかし、そんな事を何回も繰り返している内に、そのスリルにも慣れてきて段々と崖へと近づいて行く。
今でも覚えている。
僕が崖の寸前、足でブレーキをかけ崖へ落ちる数センチ前でソリを止めた事で、従兄は僕に対して躍起になっていた。
「絶対お前にはまけねぇ!!」
坂の上、ソリにまたがった従兄がそう言った。
「よし! 来い!」
僕は従兄が乗ったソリを崖へ落ちる前に止めるため気合を入れる。
「行くぞー!」
従兄は地面につけた足を勢いよく蹴りだした。
僕はそれを、じっと見ている。
ふと、彼の乗っているソリの彼の背後に、もう一人乗っているのがわかった。
(…………?)
頭上に、はてなマークが浮かぶ。
僕らは、ふたりで遊んでいたはずだ。
従兄の背後でソリに乗っているのは、冬だというのに薄手の白いワンピースを着た僕らと同じくらいの女の子だった。
伸ばしっぱなしなのか、目は前髪で隠れて見えない。
ソリの速度に比例して髪をなびかせ従兄の乗ったソリで降りてくる。
従兄の背後にいる彼女は、口を大きく開けて笑っていた。
「あははははははっー!!!」
狂っている。
しかも、その声は少女のものではなく、しわがれた老婆の様な声だった。
僕は全身から血の気が引く。
あれは誰だ……?
あんな女の子見た事がない。
それに従兄は自身の背後に居る、その人物に気が付いても居ない様子だった。
坂を従兄がソリで滑り降りてくる。
そのスピードは常軌を逸していた。
(このままでは従兄が崖へ落ちてしまう!)
そう思った僕は、ソリへ飛びのり、自身の体重で速度を落とそうとした。
しかし、僕が飛び乗ろうとした従兄の乗ったソリは、僕の予想を超えて速度を上げた。
僕は雪へと身体を強く打ち付ける結果に終わる。
僕の横を、ものすごい速度で従兄と謎の女の子の乗ったソリが通過していく。
「――この子もらうから」
老婆の声をした少女が、そう言ったのが聞こえた。
全身に鳥肌が立つ。
もらうってどういう意味だ?
今や降り積もった雪へと身を投げ出してしまった僕は、従兄の乗るソリを視線で追う事しかできない。
「ひゃっはーー!!」
従兄はそう叫びながら崖から落ちて行った。
(あれは……死んだ……)
生身の人間が50mから落ちて生きて居られるはずがない……。
それは小学生の僕でもわかった。
雪に埋まった状態の僕は、従兄の彼がソリから満面の笑みをしながら、ソリから身を投げ出されるのを見送るしかなかった。
彼の体がソリから跳ね上がり宙へと舞い上がる。
そして、そのまま僕の視界から消えた……。
(ソリを止められなくてごめん…………)
そんな思いが沸き上がる。
驚きのあまり、息をする事も忘れながら身を起こし、崖へと近寄る。
そして、崖をおそるおそる覗き込んだ。
「あ、ああああああああああ」
従兄は生きていた。
僕はその後、大学で物理学なども学んだのだが、未だに彼がなぜ生きていたのかという謎は解けない。
僕が覗き込んだすぐそばに、彼はソリへ片手でぶら下がっていた。
それも、たまたまソリの持ち手の紐が細い。
本当に細い崖に生えていた枝に引っかかっており、彼は一命をとりとめた。
「今助けるからな!!」
僕は彼へと手を伸ばす。
しかし、ソリに掴まるのがやっとの彼は僕へと手を伸ばすことはできなかった。
(このままじゃ落ちちゃう!)
僕がそう思っていると、冬場は家からほとんど出ないはずの爺ちゃんが何故か現れた。
この理由は未だに本当にわからない。
僕のこういった霊感的なものは、もしかすると爺ちゃんゆずりなのかもしれない。
「なにやってんだお前ら!!」
普段は優しい声の爺ちゃんが声を荒げた。
僕はそれだけで涙目になる。
爺ちゃんはすぐに状況を把握して、従兄を崖から救い出した。
九死に一生を得た従兄は爺ちゃんに干場へと上げられ声をあげて泣き始めた。
そして、爺ちゃんは僕の頭へ一発げんこつをして口を開く。
「神様岩がなかったらお前ら死んでたんだぞ!」
神様岩という言葉が気になったが、すごい剣幕で怒っている爺ちゃんにビビった僕はそれを聞けなかった。
その日は、それで遊ぶのはおしまいとなり、僕と従兄はそこで別れた。
僕はその日の晩、婆ちゃんに神様岩とは何なのか聞いた。
爺ちゃんには怖くて聞けなかったからだ。
「ばぁちゃん。神様岩ってなに?」
僕がそう聞くと、婆ちゃんは顔をしかめた。
婆ちゃんの顔の眉間に深いしわが刻まれる。
「誰から聞いたんだい?」
「爺ちゃんから……」
僕がそう言うと、深く息を吐き出しながら婆ちゃんは僕へ神様岩の事を教えてくれた。
「……私もここへ嫁いで来た身だから、聞いた話しか知らないけどね……。崖の下に大きな岩、あるだろう? あの岩が神様岩だ」
確かに僕らが遊んでいた場所の崖下には、海底から突き立つ大きな岩があった。
しかし、あまりいい噂を聞いた事のない場所で、周囲の漁師も避ける場所だと聞いていた。
いわく、そこで漁をするとそこで死ぬという場所。
現に僕の知る限り、その場所で船同士の衝突だったり、転落してそのまま溺死したりしていた。
あれが神様? 幼少期の僕は信じられなかった。
「人の命を取るのが神様なの? そんなのおかしいよ」
思わずこんな事を口にしてしまう。
僕の言葉を聞いた婆ちゃんは泣きそうな顔で口を開いた。
「人は神様に逆らえないの。だから選ばれないように祈るしかない……お前は選ばれるんじゃないよ……だから、あまりあの場所へ近づいちゃダメ」
僕が従兄のソリで見た女の子は神様だったのだろうか。
あれから色々調べてわかった事だが、通常日本では山の神様は女性。
海の神様は男性らしい。
僕の見たものは一体何だったのだろう。
こんな事があったので当然だが、それ以降、その従兄とは付き合いがない。
そして、神様岩は今日も爺ちゃんの家の崖下にある。




