別れの家 その2
次の日は朝早くから親戚の人たちにも手伝ってもらい、例の開かずの部屋の荷物を運びだしていた。
結局、ドアに貼られていた大量のお札は、親戚のおじさんたちの手によってビリビリと破かれ、開かずの間のドアは開いた。
しかし、部屋の中に入ることはできなかった。
というのも、ドアを開けた瞬間に部屋の中から大量の布団の山の雪崩。
それに少し遅れて、何かが腐ったような匂いもしてきた。
「うわ、なんだこれ」
ドアを開けたおじさんが独り言のようにつぶやいた。
僕はあまりの臭い匂いに家の表に出た。
お祓い士の人は昼過ぎに来る予定だったので、開かずの間もその前までに片付けて見てもらわなければならない。
僕たちは総出でその部屋の窓から部屋の中に積まれている布団などのものを運び出す。
僕は外で部屋から出された軽いものを運ぶ手伝いをしていたのだが、部屋の中から物を出していたおじさんが、驚きの声をあげた。
「うわっ! これが匂いの元か!」
おじさんはゴム手袋をした手に何かの肉片を持っていた。
窓から覗き込んでいた僕にそれを部屋の中から投げつけてきたので、慌ててかわす。
僕の足元に落ちたのでそれをよく見た。
元はネズミのようだった。
ネズミの死体の腐った匂いが、部屋に充満していたのだとわかった。
部屋から全ての物が出し終わったのは昼前になった時だ。
僕はその部屋の中に入る。
確かにあの時は僕とおなじくらいの子供がいたその部屋に。
しかし部屋はがらんどうで、中には僕しかいない。
部屋の壁には子供の落書きらしい「おとうさん」「おかあさん」
という拙い文字が赤いクレヨンで書かれていた。
しかし、それだけだ。なんてことはなかった。
そうこうしている内にお祓い士さんが家に来た。
母を先頭に僕、お祓い士さんの順番で玄関のドアを開けて家に入っていく。
僕が玄関のドアをくぐった時に突然僕の後ろでドアがすごい勢いで閉まった。
ドンッ!!!
突然の大きな音に僕と母は振り返る。
玄関のドアが閉まっている。
外からお祓い士の人がドアノブを回しているのか、ドアノブが何度も回されていた。
その内、開かないのがわかったお祓い士は、外から僕らに声をかけてきた。
「私を拒んでいるようなので、この家の正面からは入れません」
そんな馬鹿な話はないだろうと、僕は今入ってきたばかりのドアのドアノブを回した。
ドアノブは回るが、なぜか開かない。
「どこか他に入口はありませんか?」
外のお祓い士は僕らにそう声をかけてきた。
この家には裏口がある。
それはキッチンにある通用口のような外へのドアだった。
僕らは家の中からそこを開けて、お祓い士を家の中に招いた。
僕はお祓い士が家に入る際、ドアが再び閉じない様に抑えていた。
お祓い士が僕の横を通って僕にお礼を言いながら家に上がりこむ。
その際、またドアが閉じそうになった。
僕は懸命にドアが閉じないように全身の力で踏ん張ってドアノブを持ってそれを抑えた。
「なるほど……」
家に上がり込んだお祓い士は、家に入って一言そういうと、家の至る所にお札を貼り始めた。
お札を貼って、その場でなにやら念仏? 僕はそう言ったものに詳しくないのでわからないが、そういった呪文のような文言を唱えていた。
一通り各部屋にお札を貼り終わった。
しかし、開かずの間だけはお札も文言もせずに、その人は母に向かって
「この家を横切るように霊道が通っています。わかりやすく言えば、私たちが普段、車で走るような国道です、ここ」
「はぁ……」
母は、気の抜けたような返事を返した。
「それで、その霊道のあるこの家に住んでも大丈夫なんですか?」
母はお祓い士にそう聞いた。
「あなたは見えない方のようなので問題はありませんけど」
そこで言葉を区切って僕の方を見る。
「この子は見える子のようなので、怖い思いはするかもしれませんね」
お祓い士は僕の方を向いたままそう話を締めくくった。
お祓いを終えた、その人はそれだけ言うと家から出て行った。
母はそういった類のものをこの頃は全く信じていなかった。
「まぁもう大家に住むって言っちゃったし、そんなの居る訳ないでしょ」
僕に向かってこう言って、その日からこの家に暮らすことが決まったのだ。