別れの家 その1
お化けアパートの取り壊しが決まったので、引っ越した僕たち一家。
その次に住んだ家は一軒家で、地元では有名な「別れの家」と呼ばれる家だった。
もしかすると、これだけで僕が誰か特定する人も居るかもしれない。
それほど地元では有名な曰く付き物件だった。
なんでも、どれだけ仲のいい夫婦も3か月くらいすると、夫婦喧嘩をして離婚して家を出て行ってしまうという曰くがある物件だった。
しかし、広い敷地に大きな庭付きで月々2万円という破格な値段に惹かれて両親はここに決めたらしい。
なんなら広い庭の手入れは大家さんが月に一度来て手入れをするというおまけ付きだ。
大家も入居しては、すぐに出ていく人々にほとほと疲れていたらしい。
だから、こんなサービスをつけたのだろう。
家は古びた横長の平屋。
屋根はトタン製の三角屋根。
そんな家だった。
今日は僕と母親で初めて家の中を見に来た。
明日にも引っ越し屋がアパートから荷物を持ってくる。
僕らの後ろには、ここの大家のおじいちゃんもついてきていた。
大家さんは優しい顔をしたおじいちゃんだったのを今でも覚えている。
大家さんが家の正面玄関の鍵を開け、ドアを開けて僕と母に家の中に入るように促してきた。
僕と母はそれに従って家の中に入る。
玄関を開けると左右にそれぞれ廊下が伸びていた。
右側に行くと廊下からドアを開けてすぐに10畳ほどの「茶の間」
茶の間から奥に行くと「キッチン」「お風呂場」「トイレ」と並ぶ。
茶の間の横には寝室として使うような8畳ほどの部屋がひとつある。
家の右側は全て見終わったので、玄関に戻る。
左側は長い渡り廊下のようになっていて、廊下の中間に「床の間」があった。
そして、長い廊下の突き当り、そこのドアが、ガムテープでぐるぐる巻きにされて封鎖状態となっていた。
「これなんですか?」
僕の隣にいた母が大家のおじいちゃんに聞いた。
「あーそれは……」
大家は少し困ったような顔をして悩んでいる。
そして、重い口を開けた。
「いわゆる……『開かずの間』ってやつでして……」
「開かずの間?」
「はい……どうやら前に住んでいた夫婦が物置として使っていたらしいんですけど……」
大家はそう言いながら僕と母を家の外、その部屋の窓の前まで案内した。
部屋の中が窓から見える。
そこには、多くのハエが飛び交い、布団なのか何なのかわからない物がうず高く積まれていた。
「こんな、有様でして……」
大家さんが僕らに向かってそう言ってきた。
母はそんな話、聞いていないという態度で。
「その部屋も使いたいからなんとかして欲しい」
大家に向かってこう言った。
大家ともめ出した母を差し置き、僕はもう一度窓から部屋を覗き込んだ。
背の低い僕には部屋の天井くらいしか見えないが、天井近くまで布団のようなものが積みあがっているのが見えた。
ふと、気になったので窓の覗き込む角度を変えてみた。
すると、僕のすぐそば、部屋の中から窓に顔を張り付けている子供の姿が見えた。
呪〇という映画に出てくる子供をイメージしてもらえばわかりやすいかもしれない。あれの素肌バージョン。
部屋の中の彼もあれと一緒で、ブリーフ一丁の姿をして、身体の所々にアザの様なものをたくさんつけていた。
未だに大家と母は、もめている様子だったが、構わず話に割り込んだ。
そして、開かずの間の窓を指さしながら
「あの部屋に僕と同じくらいの子供が居るよ? まだ住んでる人居るんじゃないの?」
大家のおじいちゃんに向かって僕はこう言った。
僕の言葉を聞いた大家は顔を青ざめさせて
「とにかく! あの部屋だけは、これから住むあんたたちで勝手に片付けて、使いたいなら使えばいい」
そう言い残し、母に家の鍵を渡すと去って行ってしまった。
そんな大家に対して母は悪態をつきながらも僕を連れて家の中に戻る。
そして、開かずの間のドアの前まで行くと、おもむろにドアを塞いでいるガムテープをはがし始めた。
僕は母の少し後ろで、母がガムテープをはがしては捨てる光景を見ていた。
ガムテープをはがしていくと、ドアの開く部分にガムテープとは違う何かが顔を見せる。
大量のお札だった。
「うわっ! なにこれ……」
さすがの母もこれには驚いたらしい。そんな声をあげた。
どこのお札でどんな意味の文字列なのかさっぱりわからない。
黄ばんだ色をしたお札がドアの隙間という隙間に貼られていた。
結局その日は、別の場所へ泊まる事になった。
明日、地元で有名なお祓い士の人を呼ぶらしく、その人と一緒に再びあの家へ行くことにしたらしい。
お祓い士の人が来た時のエピソードは次の話でしよう。




