青いヤッケの男性
別れの家の離れでの生活にも慣れてきたある日。
僕はその日、学校が休みで朝からずっとゲームをしていた。
そろそろお昼時という時間。
ふと、ゲームに疲れ、外の景色でも見ようと窓へ視線を送る。
すると、窓の前を見覚えのない青いウィンドブレーカー(僕の住む場所では『ヤッケ』と呼んでいる)を着た男性が通過した。
僕の父親だろうか?
父親は漁師なので、よくテカテカとしたナイロン製のヤッケを着ていた。
そして、漁をするのに沖へ出ると長い時で1か月、短くても2日ほどは家に帰ってこない。
父親が帰って来たなんて話聞いてないけどな……。
僕は不思議に思いながら立ち上がり、窓へと身を寄せ、外を覗き込む。
誰も居なかった。
思わず窓を開けて外へと顔を出した。
僕の部屋のすぐ外には物置がある。
そこのドアには南京錠がかかっていて、誰かが入っていたらそれが外れているはず……。
……しかし、それもない。
もしかして幽霊か?
そう思いながら窓を閉めて再びゲームに熱中し始めた。
お昼もとうに過ぎた頃、お腹がすいたのでお昼ごはんを作る。
と言ってもカップ麺だが。
その日は母親が弟を連れて、車で片道1時間ほどの場所へ買い物をしに行っていて家には誰も居なかった。
僕はそれを食べ終わり、後片付けをして部屋へと戻った。
部屋に入ってすぐ、なんだか真昼だと言うのに部屋が暗いなと思った。
それに部屋の床のカーペットにうっすらと人影が写っている。
窓を見る。
「うわっ……」
さっきの青いテカテカとしたヤッケを着た男性らしき人が窓の外でうつむいていた。
その人は僕のあげた声に気づいた様子もなく、ただそこにたたずんでいる。
怖くなった僕は一度、自分の部屋から出た。
そして、長い廊下の窓から自分の部屋の窓の外を見てみる。
……誰も居ない。
見間違えだったかな? ゲームのやりすぎで変な妄想でもしたんだろうか。
そう思いながら再び部屋へと入った。
さっきと違い、部屋は明るくなっていた。
「ふぅ……」
僕は自身の目の錯覚だったと思い安心して、再びゲームを始めた。
そして、夕暮れ時くらいまでそうしてゲームを楽しんでいると、『ドンッ』と何かが窓に当たる音がした。
こんな音(ラップ音というらしい)は、よく鳴る家だったので、僕は最初大して気にせずそのままゲームを続けていた。
ドンッ! ドンッ! ドンッ!
しかし、こう何度も音が続くとゲームに集中できない。
僕は音のしている窓の方を見た。
そこにはうつむいた状態のさっきの男。
窓に両手をびたっとつけた状態で自身の頭をまどへ叩きつけていた。
ドンッ!
僕が見つめる中、男が部屋の窓へと頭突きする。
ピシリ。
窓にひびが入った。
ドンッ!
男が頭突きをするたびに窓のひびは広がっていく。
このままでは僕の部屋の中へ男が入ってくるかもしれない……。
僕は慌てて部屋を出て、その部屋のドアへとドアストッパーをかけた。
しばらくしてから『パリン』と窓ガラスの割れる軽い音。
そして、ズゾゾという、おそらくガラスの穴をヤッケを着た男が潜り抜ける様な音。
僕は部屋の中に男が入って来たのだと思い必死にドアを抑えた。
全身にじっとりとした変な汗をかき始める。
「だ、だれだ! おまえは!!」
僕は部屋の中へ入ってきたであろう人物へ震える声で叫んだ。
怖い。あいつは何が目的で部屋へと入って来たんだ……。
まさか僕を殺しに? それとも泥棒なのか?
必死にドアを抑えながら、そんな事を考える。
僕の部屋の中から男がこっちへゆっくりと足を引きずりながら近寄る『ズッ……ズッ……」という音が聞こえた。そしてドア一枚隔てて男と向かい合う形になった。
ドアが部屋の中から押される。
ドアには小窓があるが、それは僕がカレンダーで塞いでいるので中の様子は見えない。
しかし、明らかに内部から押されているので僕は必死にドアヘ体重をかけた。
そして、再び『ドンッ!』男はドアへと頭突きを始めた。
木製のドアが男のそれを受けてガタガタと揺れる。
「ひぃ……」
僕は息を飲み、ドアを抑える事しかできなかった。
ドンッ……ガタガタ。
ドンッ……ガタガタ。
地震でも来ているのかというほどドアが揺れ動く。
逃げるという考えは当時の僕には出て来なかった。
僕の部屋の中には、さっきまでしていたゲームのBGMが流れている。
「ひっ……はぁ。はぁ……」
恐怖のあまり、過呼吸を起こし呼吸が苦しくなってきた。
ドアを抑えているのも辛くなり、ドア前でへたり込む。
すると、玄関のドアが開いて誰かが家に入ってきた。
「……あんた何してるの?」
母親と弟だった。
「へ、部屋の中に誰か知らない人が窓を割って入って来たんだ」
母親にそう説明した。
「そんな馬鹿な話ある訳ないでしょ。ちょっとそこをどきなさい。確認するから」
「本当なんだって! 絶対に部屋の中に誰かが居るんだ」
僕の話を信じない母親は僕をどかして部屋の中を見ようと、こっちへ長い廊下を渡り近づいてきた。
そして、僕をドアの前から担ぎ上げてどかすと、僕がさっきまで必死に抑えていたドアを開け、部屋の中を確認する。
「誰も居ないじゃない。そういう遊びでも、ひとりでしてたの?」
「そ、そんな訳……」
部屋へ入り、最初に窓を確認する。
割れた形跡などどこにもない。
じゃあ、さっき聞いた窓の割れる音は……?
「馬鹿な遊びなんてしてないで、少しは勉強しなさい。ゲームばっかりしてるからそんな事を妄想するのよ」
「う、うん……」
絶対に青いヤッケを着た男は部屋へ入ってきたはずだ。
しかし、母親の言う通りなのかもしれない。
部屋の中には誰も居なかったから。
僕はそう結論づけた。
その家で暮らしている間。
その青いヤッケを着た男性は、たびたび僕の部屋へと侵入してきたが、特別害はなかった。
ただ、窓と言う窓へ自身の頭を叩きつける音が毎回響いた……。




