お化けアパート
今作も、ほんのり怖いを目指して書いていきます。
よろしくお願いします。
僕はこれまで、『0感の親』の「家賃が安いから」という安易な考えで何軒もの曰く付きの物件に住んできた。
最近では、それを売りにした芸人などもいるが、霊に対する感性のある人が、そういった場所に住んだ場合の一例として皆さんに紹介したい。
最初に話すのは、僕が小学校に入学する前の幼少期に暮らしていた地元では「お化けアパート」と呼ばれていた古いアパートの話だ。
幼少期の僕は今よりも霊感が強かった。
母親と並んで寝ていると夜中に突然起き上がり、部屋の一角を指さして「なにかいるよ?」と母親を起こして言うような不気味な子供だったように記憶している。
しかし、母親は前途の通り0感なので、相手にされず。
父親は仕事で家にいることが少なかった。
なので幼少期の僕は、母親、僕、そして「部屋に居るなにか」と奇妙な同居生活をしていた。
しかし、その「なにか」は特別悪さをするわけではない。
僕もそのうち日常の風景として受け入れていた。
たまに、朝起きたら「おはよー」と挨拶くらいはしていたが。
そんなお化けアパートの1室に暮らしていた僕。
事件はそんなある日起こった。
母がキッチンで夕飯の支度をしていたので、夕暮れ時だったのを覚えている。
僕は、その頃から本を読むのが好きだった。
母親からすれば放っておいても手のかからない子供だっただろう。
そんな何気ない家庭の一幕。
突然部屋の中にインターホンの音が鳴り響いた。
ピンポーン。
玄関のドアを開け、すぐの所にキッチンがある作りの部屋だったのに、母がインターホンの鳴った音に気付いた様子はない。
母はインターホンが鳴ったことに気づかず、忙しそうに夕飯の支度をしていた。
再び部屋にインターホンの音。
ピンポーン。ピンポーン。
そのうち、ドアの向こうの誰かは応対に誰も出てこない事に腹をたてたのか。
ピンポンピンポンピンポン。
外のインターホンのボタンを連続で押しているのか、こんな連続した音が部屋内に響いた。
キッチンのすぐそばの部屋、茶の間で絵本を読んでいた僕は、あまりの騒音に読んでいた絵本を閉じた。
そしてキッチンで忙しそうにしている母のエプロンを掴む。
「どうしたの?」
母の表情は、いつもと変わらず。
その間も部屋の中にはインターホンの音が鳴り響く。
ピンポンピピピピンポン
今時のアパートなら、ドア前に誰が居るのかカメラなどがついていて確認できただろう。
しかし、僕がその頃住んでいたアパートには、そういった便利な物がついていなかった。
唯一、来客が誰かを見る方法は玄関ドアの上についている小さなドアスコープだけ。
でも、幼い僕では背が足りず覗きこむ事はできない。
僕は来客に気づいていない様子の母に来客を知らせる。
「お母さん。誰か来てるよ?」
僕がそう言うと、母は夕飯の支度の手を止めた。
「え? インターホン鳴ってた?」
「うん。さっきからずっと鳴ってたよ」
「えー、気づかなかったわ」
母はそう言いながら、キッチンから玄関前まで向かった。
そして、ドアの内鍵を開ける。
アパートの廊下側に玄関のドアを開け放った。
母は僕の方に振り返り
「誰もいないじゃない? うそついたの?」
「いや、いるよ! そこに!」
母の目と鼻の先、アパートの僕の部屋の前の廊下に、くたびれた緑のジャンパーを着て、背の丸まった中年くらいの男が立っていた。
母は自分の目の前、すぐそばの男に気づいた様子はない。
僕が母の気を引こうと、うそをついたと思ったのか母は少し苛立った様子で強く玄関のドアを閉めた。
バタン、大きな音をたて、玄関のドアが閉じられた。
「誰も居ないじゃない! うそつきは夕飯抜きにするからね」
怒った様子の母に僕は何も言い返せず。
そのまま再びトボトボと茶の間に戻り、さっきの絵本の続きを読むことにした。
その後無事に夕飯にありつけた僕は、お風呂へ入るよう母に言われたので、バスタオルなどの支度をして、キッチンの横のお風呂場に向かった。
キッチンにさっきの緑のジャンパーを着た男が無言で立っていた。
僕は人見知りの少ない子供だったので、その男にすぐさま話しかけた。
「おじさん? なにしてるの?」
「……」
僕が近くでかけた声に気づいていないのか、そのおじさんは無言でうつむいたまま反応しない。
僕はそんなおじさんの顔を見てみようと思い、うつむいているおじさんの真下まで行って下から顔を覗き込んだ。
「……うわー!」
男の顔は、白目を向いて、歯を食いしばり何かに耐えているような顔をしていた。
僕が上げた大声に、何事かと茶の間から母親が声をかけてきた。
「どうしたのー? 早くお風呂に入ってね」
母の言葉に僕は目の前のおじさんを指さしながら
「ここにさっきのおじさんが居るよ! いつ部屋に入れたの」
そう母に言った。
茶の間でテレビを見ていた母が僕の横、キッチンまで来る。
そして、おじさんの居る場所、そこに立った。
「誰も居ないじゃない。さっきからうそばっかり」
「うそじゃない! うそじゃないんだって!」
なんなら、母親の胸とお腹の中間あたりから男の顔がにょきっと生えている状態なのだが、幼い僕はそれを上手く説明できなかった。
母にうそつき呼ばわりされた僕はしぶしぶお風呂場に向かった。
頭を洗って、体を洗ってから湯船に浸かった。
さっきのおじさんはなんだったんだろう。
僕は湯船に浸かりながら、そんな事を考えていたように記憶している。
すると、お風呂場のドアも開けずにさっきのおじさんがお風呂場に入ってきた。
どうやって入って来たのかわからないおじさんに、驚き湯船の中で固まる僕。
おじさんは、そんな僕におもむろに近づいて来て、僕の後頭部を両手で掴んだ。
「うわっ! なに? なに?」
驚く僕をよそに、おじさんは僕の顔を湯船にものすごい力で沈めた。
幼い僕には抵抗する事すらできないような強い力だ。
ブクブクブク……
湯船で溺れかけている僕の空気の漏れる音。
苦しい、このままじゃ溺れちゃう。
誰か、誰か助けて。
意識がなくなりそうな時にお風呂場のドアが開いた。
「いつまでお風呂で遊んでるの!」
お風呂場で遊んでいると思った母だった。
お風呂場のドアが開くと同時に、さっきまで僕を湯船に沈めていたおじさんは居なくなっていた。
僕は湯船から顔を上げ、必死に新鮮な酸素を吸い込む。
「ハァ……ハァ……」
「早く上がってね、次は私が入るんだから」
「は、はーい……」
その後、怖々と寝間着に着替えてキッチンを覗いたが、さっきのおじさんは部屋の中のどこを探してもいなかった。
そのおじさんが、なんだったのかは今となってはわからない。
結局、そのアパートは老朽化もあり、取り壊すことが決まった。
なので、僕たち家族は、それからしばらくして別の場所に引っ越した。