エピローグ
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「――取りあえず今の所は問題なさそうだな」
水堂はそう呟いた。 場所は喫茶店、祐平と水堂は向かい合っている。
祐平はクリームソーダ、水堂はホットコーヒーを注文して話ながらチビチビと飲んでいた。
あの事件から一か月。 今の所、日常は何の問題もなく回っていた。
結局、祐平が選んだのは二人の意見の折衷案だ。 櫻居、卯敷、伊奈波の三人は警察に駆け込んで保護を求め、祐平と水堂は知らない顔をしていつもの日常に戻った。
三人はフードコートに居たはずなのに気が付けばここにいたと記憶がないと主張し、おぼろげながら不審者らしき人物の姿を見たと証言。
「流石に七十人も消えりゃ騒ぎになるよな」
「そうですね」
祐平はスマートフォンでニュースサイトを開くと未だにその話で持ちきりだった。
現代の神隠し、数十名が行方不明。
日中のショッピングモールでの消失現象など、適当に調べるだけで関連記事が腐る程見つかる。
「公では正確な数は把握されていないみたいですが、魔導書の数から逆算すると七十人だったみたいですね」
「――それはそうと結局、あのクソ野郎は何で消えたんだ? それだけが分からねぇ」
「後で調べましたが、割と分かり易い落とし穴でしたよ」
祐平の手元には未だに魔導書が存在する。 今の彼は人を超越した力を振るう事が可能だ。
上手に使えば大抵の事は知る事ができる。
「というと?」
「前に悪魔やら妖怪やらはネットミームに近い存在だったって話を覚えていますか?」
「あぁ、確か色んな人間の認識によって形作られるだか何だかって話だったな」
「はい、その通りです。 悪魔は架空の存在であり、魔導書はそれを実体化させる為のツールなんですよ」
「それは何となく分かる。 俺は寿命を燃やして浮かぶ気球をイメージしたな」
「はは、面白い例えですね。 認識としては割と近いですよ。 俺達が使っていた魔導書はあくまでよく分からない場所に情報として存在する悪魔を寿命っていうエネルギーを使ってこっちに形を持たせて物理現象として干渉させてます。 で、何ですが、第五位階を使って完全に融合してしまうと召喚者が悪魔と完全に一体化してしまうんですよ」
「要は人間を辞めちまうって事だろう?」
水堂はそれがどうしたんだと首を傾げる。
「その人間を辞めてしまう事が問題なんですよ。 魔導書は燃料であると同時に悪魔を安定してこちらに呼び出す為の楔の役割を担っています。 いいですか? 魔導書は起動しているから楔足りえます。 で、起動するには術者が必要なんですが、ここで聞きたいんですが悪魔と一体化した人間は使役者足りえますかね?」
そこまで聞いて水堂の脳裏に理解が広がる。
「ははぁ、つまりあいつは悪魔になっちまったお陰で使役する側からされる側になったのか」
「はい、つまり制御する側からされる側に変わった事で、僅かな時間なら問題ないんでしょうがあそこまでしっかり使うと制御する人間がいなくなったって扱いになるみたいですね。 その結果、悪魔は元の場所に送り返される訳ですが、融合したままのあのクソ野郎も一緒にくっ付いて消えたってのがあの時に起こった現象の答えですね」
「……要は野郎は勝手にくたばって消えたって事か?」
水堂はやや呆れた口調でコーヒーを啜る。
祐平も似たような感想なのか小さく肩を竦めた。
「まぁ、はっきり言うとそうですね。 あいつは勝手に死んだ形になります」
「ってかあいつも魔導書を持ってたんならそれぐらい予想できそうなもんだがなぁ……」
「多分、寿命を削りたくなかったから高位階では使用しなかったんでしょうね」
「それで死んでりゃ世話ないな。 ――一応、確認するが、死んだって事でいいんだよな?」
「微妙な所ですが、もう悪魔の一部に成り果ててるでしょうから元には戻らないでしょうね。 悪魔っていう巨大な存在に取り込まれたので、自我は恐らく希釈されているので死んだも同然です」
「つまりはこういう事か」
水堂はコーヒーにミルクを垂らして混ぜる。 こげ茶色の液体は僅かに白く濁った。
「えぇ、そういう事です。 混ざったミルクとコーヒーと同じで、もう分離はできません」
祐平はスプーンでクリームを口に運びながら苦笑する。
話が途切れ、少しの沈黙。 ややあって水堂は気になったのか最近はどうだと尋ねて来た。
「俺ですか? 笑実の両親に娘がどうなったかを聞かれましたよ。 ショッピングモールに入った後で別れたって事にしたんで知らないとしか言えませんでしたよ。 ……正直、きついっす」
「正直に話せねぇってのはきついな」
「はい、警察に捜索願を出したり、ショッピングモールの近くで他の被害者親族に混ざってビラ配りしている姿は見ててマジでいたたまれない気持ちになりますよ……」
そう言って祐平は頭を抱える。
笑実が死んだ原因は黒幕の男ではあるが、手にかけたのは水堂達なのだ。
遺族と日常的に接する機会の多い祐平からすれば彼等の姿を見る事さえも苦痛だった。
あまりにも精神的に追い詰められ、衝動的に『44/72』を使いかけたぐらいだ。
だが、彼の良心はそれは逃げだと許さない。 頭を抱えた祐平に水堂はかける言葉が見つからず、結局話題を変える事しかできなかった。
「そう言えば他の連中はどうしてる? 櫻居の奴は長い事、事情聴取をくらったみたいだが、元の生活に戻れたってよ」
「あの二人なら魔導書で作った金を売り捌いて現金に替えたみたいですね」
「あいつらマジであの塊、売り飛ばしたのか。 よく怪しまれなかったな」
「結構、足元見られたって言ってました。 それ以外は普通に学校行ってるみたいですね」
「あいつら大丈夫かよ」
「その辺は自己責任でしょう。 ――それと今の所は特に変化はありません」
それを聞いて水堂から表情が消える。
「こっちも特にはない。 最低でも一年は経たないと安心できねぇな」
彼が言っているのは黒幕の男が恐れていた何かに対する備えだ。
身を守る術を持たない櫻居達の安全を確保する為に敢えて正体を晒さなかった。
それにより、もしも何かが居るのなら祐平達を狙うはずだからだ。 水堂も同じように名乗り出なかったのは少しでも祐平の負担を軽くする為でもあった。
「狙われるのかそうでないのかはっきりしないってのは中々に神経を使いますね」
「だな。 ――次は来週辺りにするか」
そう言って水堂は伝票を持って席を立つ。
会計を済ませた水堂を追いかけて祐平も店を出る。
「じゃあな。 何かあったらすぐに知らせろよ」
「はい、そっちも気を付けてください」
水堂は小さく手を上げて去って行った。
二人は有事に備えて定期的に連絡を取り合い、互いの無事を確認している。
一定期間連絡が取れなければ懸念は正しかった事になるだろう。
去っていく水堂の背中を見送った後、祐平は小さく溜息を吐いて踵を返した。
空は夕暮れ時を示しており、徐々に夜へと変わっていく。
あの事件から何とか生き残りはしたが、事件の影は延々と付き纏う。
――果たして俺は解放されるのだろうか?
光の見えない未来、永遠に失われた幼馴染。 代償に得た魔導書。
それでも出口を求めて進むしかなかった。 祐平は小さく肩を落として家路を急いだ。
誤字報告いつもありがとうございます。
これにて完結となります。 お付き合いいただきありがとうございました。
活動報告も更新しておりますのでよかったら一読いただければ幸いです。
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