缶コーヒー・カウント
これは、『なろうラジオ大賞4』参加作品です。
☆お題:缶コーヒー
シングルマザーの私の親は、仕事に行く時に必ず190㎖の缶コーヒーを持っていく。私はそれが減っていくのが楽しみだ。缶コーヒーが無くなれば親は休日になるから。
親が休日になれば一緒に缶コーヒーを補充しにスーパーへ行く。
そんな日常が、たまらなく楽しかった。
「――行ってきます」
毎朝、眠気眼でそう言う親に「行ってらっしゃい」というのが私の日課である。今日も親は缶コーヒーを一本持っていった。電子レンジの置かれた冷蔵庫の余白に、まだ缶コーヒーが二本もある。
その日は大雨だった。自転車通勤の親にとっては足腰に来るだろう。私に出来ることは、洗い物や洗濯物などをすることぐらい。
本来ならチャキチャキ働き、親の分までお金を稼ぐべきだ。そうであれば親の缶コーヒーの量は減る。だけど、現実は缶コーヒーのように甘ったるくはなかった。
私が病気になってからというもの、親は躍起になって介護職員として働いていた。周囲から「休憩しなよ!」と心配されるくらいに。
また、あかぎれも日に日に悪化していた。爬虫類が脱皮するような皮の剥け方に、正直言うと見ていて吐き気も覚えた。
夕方。
親はずぶ濡れになって、足を引きずりながら帰って来る。端から見ていて、こっちが放心状態になるような感覚だ。まだ缶コーヒーは二本あるのに。親はそれを明日握れるのかさえ分からない。
それでも、
「ただいま」
親はそう言って、玄関に傘を干し廊下で服を着替える。あかぎれの手に消毒液を掛けて「いたぁー!」と縮こまった。
それを見ていて私は、
(一生懸命仕事をしてきた親の人生がこんなので良いわけない)
そんな気持ちになった。
缶コーヒーが残り一本になった日。眩しいほど晴れだった。いつも通り「行ってきます」という親に、「行ってらっしゃい」と挨拶する。
今日の私はいつもと違う。朝早くから一人でスーパーに行った。
シフトを見て、いつもの190㎖のコーヒーを補充する。ついでに、あかぎれ用の薬用ハンドクリームも目に入ったから買った。少しでも親に楽になって欲しい。
買い物に行った旨をメールで送る。早朝に送ったのに返信はお昼過ぎに来た。
――ありがとう!
絵文字付きのメールを見て私も嬉しくなった。どうか親の頑張りが報われますように。私の病気も良くなりますように。そしていつか、私も親と同じ缶コーヒーを仕事場で飲めますように。
昼過ぎの晴天にそんなことを祈った。