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ピピピピ ピピピピ
朝の目覚ましが鳴る。
今日も生きてる。起きないと。
ピピピピ ピピピピ
はぁ、起きたくない。
涼子は目を擦りながら右手でスマホを探す。
ピピピピ ピピピピ
あと少しだけ。
ピピピピ ピピピピ
右手を枕の上に伸ばす。
ピピピピ ピピピピ
え?畳じゃない?
右手が冷たい床に触れた瞬間、涼子は飛び起きた。
え?床?布団は?
さっきまで寝ていたはずの布団が無くなって冷たい床に座り込んでいた。
涼子は唖然としてその冷たい床から立ち上がれずにいると、上から綺麗な声が降ってきた。
「ようやく目が覚めたか」
声のする方へ視線を移すと、綺麗な女性が舞い降りて来ていた。
ふわふわと羽衣を翻しながら降りてくる。
天女か!
その場を見ていたら誰もがそう思ったであろう。
「普段使っておるアラームの音で漸くか」
後光が差しているその姿はとても美しい。まつ毛は長く、髪と共に金色に輝いていて唇は薄く、緩やかに弧を描いている。なんだかキラキラと輝いているようにも見える。
まだ少し早いけど老眼かな?よく見えない。見えるのに見えない、不思議な感覚だ。
もしかして神様?
そんな言葉が頭を過ぎる。
いや、まさか。
「左様、我は神なり。其方には異世界転移してもらう」
あれ?考えてること読まれてる?異世界転移?
え?やだ面倒くさい。
「ここはどこですか?私は死んだのですか?」
とりあえず気になったことを聞いてみる。
昨日は布団に入ってからゲームして、そのまま寝落ちしたような‥‥死んでないよね?
「ここはどこだろうな?地球だが地球ではない。そちらの世界で言う空間と空間の狭間だろうか?次元の狭間と言うのが近いのか?そんなところだ。異世界には面倒だろうが行ってもらう。私の手足となって働いてくれる者が必要なのだ。其方は死んでいて死んでいない、そんな状態だ。あまり長い命では無かったのでこちらに来てもらうことにしたのだ。それと、そのままの体ではあちらの世界では耐えられぬ。少し体を作り変えて異世界へ行ってもらう予定じゃ。こちらの都合だ、叶えてやれる範囲でなら其方の願いは叶えてやろう。願いはあるか?」
女神が微笑んでいる。
これはテンプレか?
とりあえず情報が欲しい。
「そこはどのような世界なのですか?どのような場所かによって私の願いは変わってきます。願いの数に制限はありますか?」
これ大事!チート必須!
「面倒だのぉ。其方が今から行くのは地球でいう中世ヨーロッパみたいなところじゃ。少し違うのはそこそこモンスターがいて魔法やスキルがあり、妖精や精霊、エルフや魔王なんかもおる。ああ、神罰もある。教会に来ると我と話ができるぞ。所謂テンプレじゃな。 願いはなんじゃ?」
面倒そうにする女神も美しい。
好みではないけど。
とりあえず、
「経験値upとスキル取得率up、鑑定、最大規模の魔力と防御力は必須です!」
大事なことなので声を大にして言う。これは異世界転移、転生の必須能力。異世界で心安らかに過ごす為には最大級の能力が必要だ。どこにでも転がっていそうな私みたいな凡人には特別な能力が必要だ。神様は言った。転生ではなく転移だと。
治安のいい国の王族に転生するのならここまで求めたりしない。転移だから必要なのだ。
「うむ、他には?」
他に?そんなに能力をもらえるの?もらっていいの?それともそれだけ危ない世界なの?
えーっとじゃあ、
「あちらの言葉を話せるようにして欲しいのと、文字も知りたいです。あと、いろいろな属性が使えるようにして欲しいのと、収納魔法、もふもふ、可愛い生き物に好かれやすくして欲しいのと、コミュ症を治して欲しいです」
最後大事最後大事最後大事。
結局は言葉の通じる人間が一番怖いからね。コミュニケーション能力が高くて困る事はないもんね。
「属性はあってないようなものじゃぞ?生き物に好かれやすくと言うのはテイマーでよいかの。我らの力は万能ではないからコミュ症を治してやる事はできんが改善できそうな職業はあるぞ?詐欺師とかどうかの?」
その美しい女神は気怠げに答える。
え?詐欺師?詐欺師って言った?
確かにコミュ力とか高そうだけど。違うよね?
「あのぉ、できれば犯罪系の職業とかはちょっと‥牢屋には入りたくないので」
ガクブルガクブル神様怖い神様怖い神様怖い。
中世ヨーロッパみたいなところの牢屋なんて現代の日本みたいに好待遇なわけないし。いや、知らないけど。働く時間とか休む時間とか決まってるんだよね?宿代はかからないし、最近のご飯は美味しいらしいし。牢の中に入りたくて他人の罪被る人とか、わざわざ犯罪を犯す人もいるくらいだもんね?そっちならまだしも‥‥もしかして牢屋じゃなく奴隷とか‥?魔法とかあるんだよね?こわっ
「少し騙しただけで人の世では牢に入れられるのか?騙される方が悪いのだぞ?やはり日本人では無理か‥?日本と同じ治安だと思うとほぼ即死じゃぞ?まぁそんなに詐欺師が嫌と言うならこちらで適当に見繕っておくかの。容姿も多少弄れるが希望はあるかの?」
女神様は恐ろしい事を言う。
治安が悪い?
ほぼ即死?
適当に見繕う?
「容姿の希望はできれば可愛い系がいいです」
綺麗な顔立ちの人ってあんまり好きじゃないんだよね。怖いっていうかなんというか、コミュ症にはキツイ。女は愛嬌って言葉があるくらいだから整ってなくていいから、ほんわりふんわりがいいよね。って現実逃避してちゃダメだ即死は嫌だ。エグい殺し方されるとかもっと嫌だ。
「あと、犯罪系以外の職業でお願いします。人の世に馴染めそうな」
大事大事
「ふふっ我に任せておけ。願いはそれで全部か?もう少しなら大丈夫じゃぞ」
女神は少し楽しそうに笑う。少女のように笑う姿はこの目に焼き付けておこうかと思うほど美しい。見えないのに美しい。胸がギュッとする。これは、何年も忘れていた感覚だ。恋心だろうか?いやこれは‥憧れか‥?
丁寧な女神様だ。人とは少し感覚が違うみたいだけど割と親切だし。
「転移する場所を選べるなら人里から少し離れていて、しばらくは人と会わない場所がいいです。あと武器と数日分の着替え、塩とかも欲しいです。それと、一人で生活できるだけの能力が欲しいです」
しばらくは人と会うのは危険だと思う。なんせ、こっちの常識は通用しないからね!世界が違うって言われてもあまりピンとはこないけど、時代が違うと言われれば、ああ、と納得できる。不便だろうか?魔法があるから逆に便利かな?国によっても違うんだろうな。面倒くさいな。はぁ。
環境に馴染んでから人を観察して、大丈夫そうならコンタクトをとろう!コミュ症は臆病!慎重に!命を大事に!
「わかったわかった。武器と着替えは無理じゃが塩くらいは用意してやろう。我に任せておけ。そんなもんかの?それじゃあ適当にテンプレっぽく弄ってから送るとするかの」
女神の言葉と共に眩い光に包まれた。足元が揺らぐ。
眩しいっ!
えっちょっまっ適当って!話聞いてた!?
わやわやと考えている内に地に足が着いた気がして目を開く。
え?
そこは、白銀の世界だった。