猪娘の婚約~守る価値なしと言われた少女は隣国の騎士に溺愛される~
1人書き出し祭りです。いつか連載にできるといいなあ
「そっち回って!」
「うっす!」
森の中、逃げる獲物を五人がかりで追いかけてる。今日の獲物は地走鳥だ。
鳥と名はつくものの、翼が退化して走ることに特化した野生の地走鳥は、畑を荒らすんで討伐依頼がよく出る。足が速いから馬で追いかけて、長い首に縄をかけて引き倒したところでとどめを刺すのだけれど、今追いかけているのはどうやら群れのボスらしくて、サイズが半端なくでかい。
これならムキムキマッチョの父上殿も乗れるかもしれない、と思って捕獲に切り替えたんだけど。
ちょーっと欲張ったかもしれない。森に走り込まれた時点で諦めるべきだったかなあ。なんて考えつつも、見失わないように追い込みをかける。森を抜けてしまうと隣国だから、それまでに捕まえないと。
「お嬢っ、もう無理っす! 森を抜けちまうっ!」
「まだまだーっ!」
せっかく父上殿へのいい土産を見つけたのだ、逃すわけにはいかない。
少し開けたところに出たところで地走鳥が一瞬スピードを落とした。その期を逃さず縄を投げれば開いた嘴に引っかかり、地走鳥はいやいやをするように首を振りはじめた。このままだと食いちぎられる。
馬の手綱から手を離し、縄を両手でつかんで引っ張ったとたん、地走鳥がいきなり止まった。
「うわっ!」
「お嬢っ!」
勢いが付いたまま縄に引っ張られて、前方に放り出された。飛んでいく先には木の幹が見えて、とっさに頭をかばって背を丸める。木に叩きつけられたらさすがにヤバい。せめて頭直撃だけは避けますようにっ! これ以上馬鹿になったらほんとに嫁の行き先がなくなっちゃうんでっ!
盛大に自爆しながら内心必死で祈ってたけど、一向に衝撃が来ない。……どころか、なんか飛ぶの、止まってない?
遠くで誰かがわーわー言ってる。近寄ってこないってことは何かまずいのよね?
……まさか、目の前にクマがいたり、それとも魔獣が出てきたり……?
ぎゅうっと縮こまっていた体をすこーしだけゆるめて、頭を持ち上げる。もしほんとにクマや魔獣なら、死んだふりして無駄に時間稼ぐより一刻も早く撤退するのが正解。
だけど。
……そろーりと目を開けたら、真っ青な空が見えた。
嘘。
抜けるような青い瞳がこっちを見ていた。――人間っ?
がばっと体を起こして、後ろに飛んで退ける。
「うわっ、すごい身体能力」
少し離れたところに着地して、そろりと身構える。手には地走鳥に投げた縄が残ってた。ゆっくり手繰れば端っこの輪は切れていた。やっぱり噛み千切られたらしい。どすどす音のする方をちらりと見れば、巨大な地走鳥が走り去っていくところだった。
次回遭遇したら絶対捕獲する。
……じゃなくて。
目の前の人間に集中する。
背は私より高い。父上殿より高いな。頭は薄い金、肌は健康的な焼けた色。青地に銀の縁取りの騎士服とブーツ、使い込まれてる剣。
今いる場所は森から抜けた場所で、男の向こう側に森がある。
つまりは……背にしているのは隣国の森なわけで。
やばい。詰んだ。
森を抜けたら隣国。国境沿いに切り開かれたこの場所は、我が国との国境を守りやすくするためと言う口実で作られた、実質上の国境線。
そう。子供だって知っている。
『森に一歩でも踏み込んだら密入国即逮捕、裁判なしで吊るし首』
何代か前の王様たちが盛大にケンカしたらしく、百年ぐらい国交断絶状態なんだよね。もうケンカの理由を誰も知らないってのに、なぜか今の王様たちも仲が悪く、いまだにこのルールは生きているって話だ。
この男、どう見ても隣国の警備兵だよね。見たことのない騎士服だし。
兜もかぶらず馬も連れずに、なんでこんなところにいるのよ。
さりげなく右手を腰の後ろに回すけど、いつもならあるはずの短剣がない。飛ばされた時に吹っ飛んでったのかも。だとしたら隣国の森の中だよね。
……やっぱり詰んでる。
狩りの仲間たちが向こうの森から声を飛ばして来る。でも、助けるために森を出てくる奴はいない。当たり前だ。こんなお馬鹿な娘のために縛り首になりたいわけがない。
周りには他に人馬の影はなし。普通騎士様ってのは二人で動くもんだと思ってたけど、幸いなことに彼一人だけらしい。
となると、何とか突破さえして森に戻れば、逃げ切れる。
隣国の者が国境を越えてこちらに入って来てももちろん密入国なので、追っては来ないはず。
……よし。行ける。
男から視線を離さないようにしつつ、そろりそろりと足を動かす。
「ところで、お礼の言葉はないわけ? キスでもいいけど」
「はぁっ?」
目の前の男はにこやかに微笑む。……今気が付いたけど、こいつ無駄に顔がいいな。人懐こい笑顔を浮かべてこっちに近寄る素振りを見せるから、一歩大きく飛びのいた。もちろんサイドに。隣国の森の方に入っちゃったらアウトだからね。
「君があの鳥に引きずられてるの見て縄を切ったのも、吹っ飛ばされて木に叩きつけられそうになったのを助けたのもオレなんだけど」
――つまり、こいつのせいであの地走鳥を逃がしたってわけ? せっかく父上殿に献上するつもりだったのに。
「あんたのせいかっ! せっかくの獲物、取り逃がしちまっただろーがっ」
「ひどいなあ、せっかくその残念な頭がもっと残念になるのを防いであげたっていうのに」
「なんだとっ!」
残念で悪かったわねっ。そんぐらい自覚してるわっ。脳筋なのは父上様譲りなんだからしょうがないじゃないのっ! これでも領外に出ればおとなしくしてるしっ、北方辺境伯の黒真珠って言われてるんだからねっ。
「それに女の子がそんな恰好で粗野な口調で、よくお父上が許すねえ」
「ここじゃおしとやかなお姫様なんかお呼びじゃないんだよっ!」
野獣は出るわ魔獣は出るわ、それに対応するための男どもをまとめ上げなきゃなんないのよ。力になるなら山賊崩れだろうが騎士崩れだろうがごろつきだろうがなんだって使う。父上殿はそんじょそこらの騎士じゃかなわない実力者だから、力でねじ伏せることだってできる。
でもあたしはそうじゃない。
線の細い母様譲りの体はなかなか筋肉つかないし、背もあんまり伸びない。力がすべての奴らを御するにはまだまだ力不足だってことぐらい、バカなあたしにだってわかる。
兄様は父上殿そっくりの筋肉バカだから心配してない。けど、もし二人に何かあったら?
正真正銘お姫様の母様とあたしじゃ、あたしが強くなるしかないじゃない。
「そうかな。強い男を婿にもらえば、守ってもらえるじゃないか」
その言葉を聞いた途端、ブチっと何かが切れた。それはもう盛大に。
「てめぇなんかにあたしの気持ちがわかるかっ!」
優男に駆け寄って胸ぐらを掴もうと手を伸ば――す振りをして横に飛んだ。みんなが待ってる森の方へ。
目論見通り、優男はあたしが飛び掛かってくると思って身構えたせいで、一瞬アクションが遅れた。捕まえようと腕を伸ばした時にはもう、あたしは森に飛び込んだ後だった。
「お嬢!」
「ごめん、ありがと」
馬に飛び乗り、並走する四人に頭を下げつつ、ちらりと後ろを振り向く。もう木の幹に隠れたけど、あたしたちを見送った男の顔には、楽し気な笑みが浮かんでいるように見えた。
銀の髪に紫色の瞳の母様。
傾国と言われた美姫から生まれたあたしは父上殿そっくりの黒髪黒目のちんくしゃで。幼いころの誕生会で集まった同年代の男の子たちが陰で嘲笑っていることを知った。
あれは守るに値しない――そんなことを言われて、切れた。
普通の女の子ならここで泣き崩れるんだろうけどさ。着飾ったドレス姿のまま、父上殿から贈られたばかりの木剣片手に殴り込んだ。何人いたかな、四人ぐらい不意打ちでボコったところで知らせを聞いて駆け付けた父上殿に捕まった。
まず、気合を入れ仕立ててくれた虹色のドレスが修復不可能なまでにズタボロで、母様がぶっ倒れた。
次に、ぶちのめした四人の中に王族と高位貴族の息子がいて、父上殿がぶっ倒れた。
幸い、同年代とはいえ女にぶちのめされたというのはとても外聞が悪いからと、何もなかったことにしてくれたそうだけど、その代わりにと兄上が王都の近衛騎士団に入ることを強制されて、兄上がぶっ倒れた。兄上、前から誘われたけど自領の騎士団に入るからって断ってたんだよね。
ちなみに兄上は母様の容姿をそのままそっくり受け継いでいて、王都では大変な人気だそうな。幼馴染の婚約者がいるけど、王都で悪い女に引っかからないかそれだけが心配。ちらっと耳に挟んだところでは王女様までご執心というからちょっと今から先行きが怖い。
まあ、そんなこんなで、その年の誕生会は散々だった。
でもまあ、暴れたことで結構吹っ切れた。守るに値しないなら守ってくれなくて結構。自分で自分を守れるぐらいに強くなりゃ問題ないんだから。
……ってことで、今のあたしがある。
守るに値しない程度の女は自衛するしかない。守ってもらえるだなんて思えるのは顔がいい奴らだけだ。あの優男もそっち側の人間だったってことで。
なんでかムカムカするから通りすがりに見かけたボアをぶちのめしておいた。ちょっと小さいけど父上殿に献上しよう。
それにしても地走鳥、惜しかったなあ。あれがあれば最高だったんだけど。今度人集めて山狩りならぬ森狩りしよう。
「それにしてもお嬢、今回ほど肝が冷えたことはなかったですぜ」
右隣を走る狩り仲間――ベテランのジジが声をかけてきた。
「ちげぇねえ、あと一歩で国境破りだったしな」
と会話に入ってきたのはその向こう側にいるジジの息子、ガイヤ。
「あの場に人がいるってのも予想外だったな」
と口をはさんだのは左側にいたパテオ。
「あれ、隣国の王国騎士団の制服でしたよ」
ぼそっとつぶやいたのは殿を務めるマッシュ。……ってええっ? 王国騎士団?
「辺境伯の制服じゃなかったんだ」
普通、国境を接している部分に展開するのは接した地の領主が持つ騎士団だ。うちみたいに。まあ、森が十分深いんで国境線には人は配置してないけど、森の見回りはしている。
だから、こんなところに王国騎士団なんかいるはずがないのだ。
「だって、見回りなら二人一組が基本でしょ? なのに一人だけだし。何しに来てたんでしょね?」
そういわれてちらっとあの男の顔が浮かぶ。目を開けたときに見えた真っ青な空の目。それと、フェイントかけた時に一瞬唖然とした顔。
それから――不愉快な発言を思い出して眉を寄せる。
「あんな奴のことなんか放っときな。それより今度人集めてあの鳥追い出すから」
「またやるのかよっ!」
「お嬢、さすがにやばいですよ。今日のことは隊長に話しますよ?」
悲鳴を上げたのはガイヤ、冷静なコメントはマッシュだ。マッシュは騎士団の一員で、どこだかの貴族の子息だとかで物言いが丁寧なもんで、微妙に浮いてる。あたしの目付け役兼監視役だからってことでみんな一歩引いてるけど。
「内緒にしといてよっ、あの地走鳥はサプライズプレゼントにしたいんだからっ」
「そっちじゃありません。……はぁ」
マッシュがいるおかげであたしの行動は父上殿に筒抜けだ。でも、こればっかりは譲れない。なのに変な男には出会うし獲物はあの男のせいで逃げられるし、ため息つきたいのはこっちよ。
「とにかく、人集めといて。あれ絶対誕生祝いにするんだから」
力のない返事がバラバラと戻ってくる。なんのかんの言いながら、みんなちゃんと力を貸してくれるもんね。見てろよ地走鳥!
えいえいおー! と声をあげて馬を駆るあたしの頭からは、あの男のことなどすっかり消え失せていた。
◇
「やれやれ」
雄叫びを上げながら森の奥に走り去る一行を見送って、男はため息をついた。
音に聞く『黒真珠』が国境近くの砦に時折姿を現すと聞いて、わざわざ王都からやってきた。動きやすいように一般兵として赴任すれば新兵扱いで国境警備に回され、指導役のはずの先輩兵はこれ幸いと国境巡回をオレに押し付け詰所で昼寝。まあ、いない方が動きやすいから構わないが。
とはいえ国境に北方辺境伯の掌中の珠がころがってるはずもなく、森の奥から突如出現したのは地走鳥に引きずられた女の子。とっさに魔法で助け出したのに、警戒心丸出しでしかもなぜかブチギレられた。
普通そこはありがとうじゃないのか、と思いもしたけど、国境で隣国の兵士と顔を合わせれば警戒もするか、と一応納得する。
しかし、黒髪黒目の女の子が顔を真っ赤にしながら怒っている姿はなかなか可愛かった。そういう性癖はなかったはずだけど。普段見かける貴族の令嬢たちと比べてなんとも新鮮だった。
流石にあれが黒真珠ってことはないわな。こんなところに辺境伯の姫がたったあれだけの護衛を引き連れただけで来るはずもないだろうし。
やはり直接顔を拝むには国境を越えるしかなさそうだ。とはいえ、国境を越えれば即死罪。地元民レベルの交流があればなんとかなったかもしれないが、旧街道は閉鎖されたままだし、今では道があったことすら誰も知らないのかもしれない。
もうしばらくは粘るとして、他の道も探らなければ、と踵を返したところで光るものがあった。
自国の森、入ってすぐのところにあったのは、短剣だった。そういえばあの娘、途中で腰の後ろを探っていた。これを探していたのかもしれない。
革のホルダーに納められた短剣は使いやすいようにと柄の部分に細い革が巻き付けてある。その隙間から赤い小さな宝石がのぞいていた。
短剣の柄に装飾を施すのは貴族ならよくあることだ。やはりあの娘は貴族だったか、と自分の観察眼が間違ってなかったことに口元が緩む。
よく手入れされた髪は絹糸のよう、小麦色の肌はつやつやで、着ているものも上等なもの。小猿と称するのは少し不適切か。
ともあれどこの娘なのかは調べねばなるまい。少なくとも、この短剣を返すということで、国境を越える口実にはなるだろう。
ついでに黒真珠の姫と繋がりがあれば最高だが、そこまでは期待薄だろうな。
向こうの社交会に繋いでもらえれば、あとは何とでもなる。
まあ、あの様子だと快くは思われていないだろう。むしろ嫌われただろうな。せめて門前払いされない程度にはならなければ。
そういえばあの地走鳥を獲物と言っていたか。普通なら首に縄をかけるよりも魔法で足止めをして転ばせる方が確実なはずだが、もしかして生け捕りを目論んだのか?
たしかに、一般的な個体よりは大きかった。あれは群れのボスだろう。ボスさえ押さえてしまえば、群れは大人しくなる。倒してしまえば次に強いのがボスになるが、生け捕りならそれも起こらない。なるほど理に適っている。
だとしたら、あの娘はまたあれを追い回すのだろう。ならば、先に捕らえて献上するのもアリか。恩を売れるかもしれないしな。
何の意味もない国境警備よりはマシな仕事ができた。
隣国の森の奥をもう一度見やって、男は楽しげに笑みを浮かべた。




